11:業界が萌えに傾倒したきっかけ
以前も述べたが、俺がエロゲ業界に足を踏み入れたのはまだギリギリ景気がよかったころで、多少内容がアレだったり広報展開が不十分でも売り上げ1万本以上を達成することはそれほど難しくなかった。
その頃はほぼデバッカーのような立場であったから売り上げなんてそんなに気にしていなかったわけだが、ある程度の経験を積んでそういうものを意識し始めたころにはおそらく業界の衰退は始まっていたように思う。
シナリオ重視のエロゲは売れないからという理由で流通には渋い顔をされ、店舗側もあまり興味を示さなくなり、それでも折れず作品をがんばって作ってみたところで実際に売り上げはイマイチ。
じゃあ内容よりもパッケージでわかるイラストで、豪華な特典で勝負しようとメーカー側もスタンスを切り替えざるを得なくなった。
元々恋愛や青春をテーマにした作品はヒットする傾向にあったわけだが、シリアスなテーマを持つ作品が一掃された明確なきっかけは、Clochetteの『カミカゼ☆エクスプローラー!』だったように思う。
決して作品を貶める意図はないのだが、俺はなぜこの作品が大ヒットしたのか当初はわからなかった。
その高水準の萌えシナリオも高評価の要因の一つではあるが、まだ体験版が出る前から異常なほど注目されていたように記憶している。
そうなのだ、異常なほどユーザーが盛り上がっていたのだ。
他のメーカーの広報スタッフなどと会ったときも当然話題になるわけだが、答えは一緒だった。「なぜここまで盛り上がっているのか、よくわからない」と。
手堅く売っていた萌えメーカーが、この作品で唐突にトップメーカーに躍り出た。そんな風に見えたのだ。
つまり、俺が流行についていけていなかったわけだ。
だから、Clochetteはユーザーのニーズに応えたという、たったそれだけのことがわからなかった。
あのときの俺はまだ「シナリオがよければその他の点で劣っていても売り上げは伸びる」と信じていた。
だが勝負はそれ以前に、作品発表時に、もっといえば原画家にオファーを出した時点で決まっているという事実を、『カミカゼ☆エクスプローラー!』は俺たちに突きつけてきた。
その事実は、昨今では当時以上に容赦なく数字に表れるようになっていて、一昨年素晴らしいシナリオで絶賛された『あの晴れわたる空より高く』の売り上げは、テックジャイアンの売り上げランキングを見るとなかなか厳しい数字だったようだ。
雑誌のランキングがソースかよ、と思った読者もいるだろうが、初動に限っては実は意外なほど近い数字が出る。それについてはまた別の機会にでも話そう。
そして超人気メーカーニトロプラスの『君と彼女と彼女の恋。』も、すーぱーそに子でお馴染みの人気原画家が担当しているが、内容が真面目すぎた(少なくとも広報段階で文学的な恋愛を印象付けた)がゆえに、伝え聞くところによると売り上げは……ということだったそうだ。
萌えるイラスト、そして萌えるシナリオ。
予約を伸ばし、話題をかっさらうには、この二つがほぼ必須となる。
『カミカゼ☆エクスプローラー!』によって多くのメーカーがそいつに気がつき、Clochetteのフォロワーがそれはもう大量に出現した。
わかりやすいところではまどそふとあたりだろうか。キャラデザや塗りをかなりClochetteに近づけている。他のメーカーも童顔巨乳キャラを増やし、普通以下の胸囲が絶滅危惧種になろうとしている……というのは少々言い過ぎだろうか。
シナリオでも萌えを求められ、シナリオゲー全盛期を生きてきた俺にとって苦しい時代となった。
今は伏線を盛り込んだりそれを回収したりするよりも、楽しくのほほんとした日常シーンを求められ、下手にシリアスなどいれようものなら袋叩きにされるし、それ以前にクライアントからOKが出ない。
かといって淡々と日常シーンだけを描こうものなら、ただの山も谷もないシナリオになり、それはそれで酷評される。
白状すると、萌えゲーを俺は下に見ていた。シナリオゲーが至高で、萌えを売りにした作品は一段劣ると。
だが萌えシナリオを書かざるをえない状況になって、ようやく理解した。
高水準の萌えシナリオを書き上げるのは、とてつもなく難しいのだと。
楽しくて、ほのぼのとしていて、女の子が可愛くて、決してシリアス要素を入れず、ユーザーにストレスをまったく与えることなく話の起伏を作り、エッチで抜ける。
どうストレスを与えて話を盛り上げるか、その後のカタルシスを演出するかと、そんなことばかりを考えていた俺には、ユーザーをただただ楽しい気持ちにさせて、猛烈に萌えさせて悶えさせるシナリオを書くのは、筆を折るべきか悩むほどに難しいことだった。
完璧な萌えシナリオを書けるライターがいたら、おそらく今のエロゲ業界で天下を取れる。
自信のある人は、ぜひチャレンジしてみて欲しい。
俺のように感性が劣ったおっさんライターなどあっさりぶち抜いて、遙か高みにのぼっていけることだろう。