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太安万侶《おおのやすまろ》古事記を作った人の秘密 酔いどれ詩人、別荘病院の調査 作者:春野一人
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古事記の不思議 一

「いつ見ても、良い眺めですね」

「どうだ、そこまでちょっと出てみないか」

「あら、いいんですか」

「なに、大丈夫さ。僕の入院は単なる肝臓君の骨休めだからね」

「ま、都合のいい入院です事」

「君ね、詩人を舐めてはいかんよ。普通、詩人は無法者で悪人なんだよ」


 その時、ドアがノックされて、入って来たのは海浜病院の院長、大島五郎であった。

「田沼先生ご挨拶おくれました。ちょっと糖尿病の研究会があったもので、三日ばかり留守にしてました」

「いや、いいんですよ。ひどく体調が悪いわけではないんです。これは内緒ですが、ちょっと詩人仲間との酒のつきあいなどが煩わしくてね。それから逃げるために入院を院長にお願いしようと電話したら、おられなかったのです。そしたら婦長さんがね快く受けてくれたんですよ」

「あはは、婦長は、裏で女院長などとよばれてるようですからね、私としては従っている方が楽なのですよ。それで良いのです。・・・ところで、今度のテーマはもうおきまりなんですか?」

「ええ、古事記と日本書紀の関係がなんだか非常に怪しいのです。太安万侶がどのように関わっているかもなんだかはっきりしません。これをすっきりとさせたいのですが、どうなりますか。どうせ暇つぶしの座興ですから良いのですが・・・」

「また、これを元に出版なされるんでしょう?本に登場するというので近頃はこの病院の特別室はだいぶ人気が出てまいりました。また、普通の患者さんも面白がっているようなんですよ」

「おや、良い話しを聞いたぞ。今回は病院から宣伝係として給料がでそうだな」

「いや、それはかんべんしてください」


院長が自室に引き揚げたあと、田沼と沙也香は浜辺の散歩に出かけた。

十月の日没は早い。西に海を見る材木座海岸は鎌倉のはずれで、人影が少なかった。夕陽が雲と海を赤く染めている。田沼と沙也香は近くの、海辺のレストランに入り込んでコーヒーを注文した。

「たまには、こうして散歩でもして気晴ししないとね、良い発想も生まれてこないよ」

「この時間とても良いですね。先生がここが好きなのがわかりますわ」

「そうだろう。僕は海が好きでね。君も知っているように、先年妻を亡くしてから、子供もいない僕の生活は少し殺風景でね。海があって暖かい人たちがいる海浜クリニックは居心地がいいんだよ。・・・朝に魚が水揚げされる小さな市場などは僕の詩興をかき立ててくれて最高なんだ。・・・さて個人的なことはこのくらいにして、これからの進め方を話そうか」

「あら、ちょっと、先生を寂しがらせてしまったようですね・・・ごめんあさい」

「僕はね、日本書紀と古事記の神話時代はわりとくわしいんだが、雄略天皇以降はちょっと苦手なんだな。僕が講師をしている清滝女女子大学の国文科助教授に、まだ若い早川祐司君という人がいるんだけどね、先生にしては余り固くない人でね、いい加減な私と馬があうのだ。今日になって、その彼ならば、私の調査のいい相談相手になってくれると思いついたのだ」

「それなら、心強いですね」と、沙也香は言った。


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