05:苦しいお仕事
前回では他人に評価してもらえる喜び、チーム一丸となって作る達成感に少しだけ触れたが、そこを掘り下げるのはまたまた別の機会にして、今回は真逆、仕事の苦しさについて話していこうと思う。
趣味ではなく仕事であるわけだから苦しいのは当然と言えば当然で、売れなければお話にならない。だからライターが書くのは『好きな話』ではなく『売れる話』になる。これはどの業界に入っても同じ事だろう。
『ディレクターとシナリオライター』の章で「好きに書きたいなら仕事にしない方がいい」と言ったのはそのためで、仕事にした時点で「どうすれば売れるか」という視点を絶対に持たなければならなくなる。
エロゲの場合だったら企画会議でそこを突き詰めていくし、おそらくライトノベルでも編集と相談することになるだろう。(一握りの天才は別だろうが)
100%好きにやりたいなら、同人しかない。同人であれば誰にも文句は言われないし、しかも売れれば商業よりもよほど儲かる。
エロゲは1本あたり約9000円と非常に高額であるが、メーカーに入るのはだいたいその半分以下で、ほとんどは流通が持っていく。わかりやすく半分とすると、1本あたり4500円が利益となるわけだ。
そして約8000本売れたとすると、約3000万円から4000万円の収益となる。そこからスタッフの人件費やら諸々の経費などの開発費を差っ引く必要があるから、実際の儲けはさらに少ない。
同人は1本の値段は商業よりもはるかに低い。仮に1本あたり500円の利益としよう。
ダウンロード販売しているサイトでは販売数を見ることができるのだが、大ヒットした同人ゲームは数万本を平気で売り上げてしまう。商業よりも市場規模がはるかに大きいのだ。
しかも個人で制作していた場合、500円×数万本の儲けが丸々自分の懐に入ってくる。1500~2000円くらいが相場のゲーム系ならさらに利益が上がるから、腕に自信がある人は同人で稼いだ方がいい。今はそういう時代になっている。
それほど儲からないぞ、というのが業界全体の苦しさだろうか。
さて、話を戻して、仕事の苦しさ、個人レベルでのトラブルなんかを実例を交えつつ紹介していこうと思う。
「ライターなんかやめとけ!」と言うつもりはないのだが、「こんなはずじゃなかった」と辞めていく同業者を何人も見てきたので、かる~い気持ちでライターになろうとしている人の判断材料にでもなってくれればと思う。
Case1:男は描きたくない。
企画が決まり、キャラ設定もできあがり、プロットも仕上がった。
クライアントからのOKも出て、ガリガリ執筆中での出来事。
クライアント(以下ク)「進捗いかがでしょうか」
俺「順調です。ある程度まとまってきたので、今週末にでも一度送りますね」
ク「すみません、問題が発生しまして……」
俺「どうしました?」
ク「原画家さんが男キャラは嫌だと言いだして……」
俺「親友キャラですか? 性格の設定とかまずかったでしょうか」
ク「いえ、そういうことではなく、男キャラ自体がいらないと」
俺「……いらない、ですか」
ク「はい。男キャラの視界にヒロインが入るだけでも許せないと」
俺「え~……じゃあどうしましょう」
ク「いなかったことにしましょう」
俺「えっ」
ク「親友キャラはなしで」
俺「えっ!? もう書いちゃってますよ?」
ク「消してください」
俺「ええっ!? 書き直しですか?」
ク「はい」
俺「それはちょっと……」
ク「でもそうしないと仕事をおりると仰っていて……」
俺「え~…………」
ク「すみませんがお願いします」
俺「ちなみに締め切りは……」
ク「変わりません」
俺「ですよね」
誰かのわがままで作業が振り出しに戻ることが、実は結構ある。
わがままを言い出すのは原画家に限らず、ディレクターだったりライターだったりする。
ショタキャラを「やっぱおっさんにしよっか」とかなったりする。現仕様にまったく関連性のない設定をいきなり追加しろと言われたりする。しかもある程度書き進めていたり、さぁ書くぞ! という段階で。最悪、書き終わった段階で。
こういうとき割を食うのが俺のような外注で、今のようにある程度安定して仕事が入ってくるときは「さすがにこのレベルのリテイクには対応できないので俺がおります」で済むのだが、フリーになりたての頃はそういうわけにもいかず、涙を呑むしかないのである。
Case2:お任せします!
俺にしては珍しく企画立案からの依頼が届く。
ク「企画からお願いできますか?」
俺「ぜひやらせてください。なにか指定があればそれに従って企画を考えます」
ク「いえ、すべてお任せします。実は先生の過去作のファンでして、ぜひ先生の好きなようにしていただければと」
俺「(なんていいクライアントなんだ!)がんばります!」
(企画書を作成し、提出)
俺「こんなのどうでしょう。3つほど考えてみました」
ク「検討します!」
(数日後)
ク「検討しました!(なぜかクライアントから別の企画書が届く)」
俺「この企画書はなんでしょう?」
ク「先生の企画書を元にこちらで考えてみました!」
俺(元にってまったく別ジャンルになってるぞ……)
俺「つまりこういう方向性の企画が望ましいということですね」
ク「そうですねっ!」
俺「自分が苦手な分野が含まれているので、こちらを元に改めて考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ク「お願いします!」
(クライアントからの企画書を自分の個性が出るように調整し、再提出)
俺「こんなのどうでしょう」
ク「検討します!」
(数日後)
ク「検討しました!(なぜかクライアントから別の企画書が届く)」
俺(……またか。しかも今回も前回の内容まるで無視して別ジャンルになってるじゃないか)
俺「前回の企画書はどうなりましたか?」
ク「こっちの方がいいかなと思って!」
俺「な、なるほど……。また自分の得意分野から外れているので少しいじってもいいですか?」
ク「お願いします!」
以下、あと数回同じやりとりが続き、「あ、この人達は俺の個性とかどうでもいいんだな」「結局俺じゃなくて自分達の企画をやりたいんだな」と気がついたわけだが、このように「お任せします!(でもあなたの好みじゃなくてこっちの好みを最優先にしてね!)」ということがかな~り多い。
というかすべての「お任せします!」の裏には「俺達の気持ちを察しろよ」というメッセージが隠れている。
もちろんお任せしますと言われてもそのメーカーの作風を盛り込んで完全に好きにすることはないのだが、少しでも自分の個性を出そうとしたり、クライアントの好みから外れるとNGが出てしまう。
そもそも「過去作のファンなんです!」というのもご機嫌取りのための嘘だったりすることもある。鵜呑みにしてはいけない。
企画書を考えても、1稿目の原型すら留めていない企画に着地することは多い。
もう少し実例を出してみようかと思ったが、長くなりすぎるのでこのくらいにしておこう。
このように色々な人が関わるからこそ、めんどくさいことが起こってしまうのである。
色々な人が関わるからこそ、好きに書けないのである。
純粋に文章を書くことが好きな人は、他にも選択肢があるはずだ。
「エロゲが好きだ!」「チームでゲームを作りたい!」という情熱がないのであれば、やはりシナリオライターなどやめておいた方がいいのかもしれない。