04:楽しい収録 後編
収録本番の話をしていくわけだが、まず知りたいのは収録よりも声優そのものだろう。
しかし申し訳ないが、声優個人の話や、エロゲ声優とはこういうものだ、という話はあまり触れないことにする。
単純に畑違いなのでしたり顔で話をできないだけなのだが、声優業界のタブーに迂闊に触れてしまい仕事を失いかけた業界人を知っており、ぶっちゃけるとただビビっているだけである。
なのであまり深い話はできないかもしれないが、ご容赦願いたい。
収録の話をすると言っておいてまたその手前の話になってしまうが、キャスティングする際、キャラクターの声にあっているかがもちろん最重要だが、ギャラが高くないかも今の不景気なエロゲ業界にとって無視できない要素である。
ベテランほど高くなるわけだが、声優業界で一律に決まっているわけではなく、事務所によって大きく変わる。とある事務所のベテラン声優よりも、別の事務所の中堅声優の方が高かったりするのだ。
様々な作品に出演しているベテラン声優は、実力とギャラの安さを兼ね備えた、オファーを出しやすいありがたい声優、というわけだ。
安さを求めるのならば、新人が一番である。
ただし、『前編』でも述べたとおり、収録はギリギリに行われることが多い。
ベテランは1時間あたりにだいたい150くらいのセリフを読み上げ、短いセリフばかりだったり特別速い人だと200ワード以上収録できることもある。
しかし新人だとやはり時間がかかってしまい、一時間に50程度、下手すると10や20くらいしか録れない場合があるのだ。
単純に、ベテランの10倍以上の時間がかかってしまうことになる。
あくまでも個人的な意見だが、ベテラン声優にオファーを出すのは、絶対的な信頼が一番ではあるが、スケジュール上の都合もあったりするのかもしれない。
さて、今度こそ収録の話をしよう。
声優にオファーを出し了承してもらえれば、収録現場でいよいよご対面となる。
収録のスタイルについてはスタジオによって大きく異なるのだが、ブースに声優が一人で入るのはどこも一緒だろう。
コントロールルームには、エンジニアが一人から二人。そして立ち会いのディレクターやライターが1人から数人。時には声優のマネージャーが顔を出すこともあり、多いときは5人くらいで収録を見守ることになる。
エンジニア曰く、コンシューマーではライターが立ち会うことは滅多にないとのことなので、ライター自身が声優の演技までディレクションするというのは、エロゲーならではなのかもしれない。
さて、名刺交換などを済ませたら、台本作成後に見つかったミスを伝えたり、声優からの質問に答えたりなど、軽い打ち合わせを行う。
打ち合わせを終えたら、次はテストに入る。
セリフをいくつか読んでもらい、適切なマイク距離などの機材のチェックや、キャラの調整をする。
また新人の話になってしまうが、1音声ごとにマイクとの距離が変わってしまったりして、そのたびに収録が止まってしまうことがあった。ベテランはやはり慣れているので、このあたりのテストはスムーズに終わるし、収録中に再調整が必要になることも滅多にない。
たかがマイクの距離と思うかもしれないが、少し顔が横に向いてしまったり上体を反らすだけで聞こえ方がまったく変わってしまうのだ。
ベテランでも熱の入った演技でつい体勢が変わってしまってなんてこともあり、同じ距離を維持し続けることがいかに難しいかがよくわかる。
テストを終えれば、いよいよ本番だ。
台本の何ページから何ページまで、音声番号のX番からY番までと、細かく範囲を区切って録っていくのが定番だろう。
リテイクの出し方は人それぞれで、指定した範囲をすべて録ってからまとめてリテイク箇所を伝える場合や、その場ですぐに止めてリテイクしてもらい、OKが出てから続きを、という場合もある。
たとえば3行のセリフがあったとして、最後の行のみなおして欲しい場合でも、3行分すべてリテイクしてもらうのが普通だ。
3行目だけ読んでもらい編集で繋げることももちろんできるのだが、1行目2行目とテンションが微妙に違って違和感が出ることが多いため、3行丸々リテイクしてもらった方が結果的に早くなることが多い。
何回読んでもテンションを合わせられる声優もいるので、そういう人の場合はリテイク箇所だけ読んでもらい、問題なかった部分と繋ぎ合わせてOKテイクとする。
範囲の指定、収録、リテイク。範囲の指定、収録、リテイク。それを50分から1時間ほど続け、休憩に入る。
休憩中、ブースに篭もって喉を休める声優もいれば、コントロールルームにやってきてスタッフたちと雑談を楽しむ声優もいる。
後者の場合、つい話が弾んでしまって休憩が30分や1時間になってしまうこともある。
誰か止めろよと思うが、やはり声優は喋りのプロ。話がうまい人が多く、つい引き込まれてしまうのだ。
あと、夏場は休憩中になるとすかさずブースの冷房のスイッチを入れる。
収録中は冷房の音がノイズとなってしまい、つけっぱなしにできないのだ。つまり、収録が進むにつれブース内の気温が上昇し、中は地獄になる。
濡れ場などのハードなシーンは、声優自身も汗だくになって収録することになるのだ。
対して、俺たちは涼しい部屋でぬくぬくと監修である。声優とは、体力勝負のハードな仕事だなと、そのたびに感じるものである。(余談だが、チュパ音は現場のおっさんがやっているというジョークがあるが、当然声優自身が独自の技法であの艶めかしい音を出している)
休憩が終われば、また同じ手順で収録を進める。
収録時間は、1人につき4時間くらいが多いだろうか。
昔はぶっ続けで10時間録り続けて終電を逃した、なんてこともあったようだが、今では声優の喉を酷使しないよう、そういった無茶をしてもらうことはあまりない。
たまに「この前の収録がやばかった」みたいな話を耳にすることもあるが、スケジュールが非常にまずいときのみの例外だろう。(その例外がこの業界では頻繁に起こっているような気もするが)
時間が来れば、そこでその日の収録は終了。
メインヒロインクラスだと1日ではとても録りきれないので、続きはまた後日となる。
だいたい1日に2人分の収録があるから、次の収録が始まるまで待機。
次の声優がやってきて、挨拶をして打ち合わせをしてテストをしてとまた同じ手順で収録を進めていく。
基本的に座っての収録になるが、声優の希望によっては立った状態での収録になることもある。
そのあたりは、収録がやりやすいよう臨機応変に対応していくことになる。
1日のすべてのスケジュールをこなしたら、お疲れ様。ようやく帰宅となる。
収録の開始は早いと10時か11時くらい、だいたいは午後から始まることが多いだろうか。そのくらいから声優の喉の調子がよくなってくるそうだ。
そして2人分、あるいは3人分の収録となるから、終わるのは遅いと22時くらい。たまに想定よりも進まずに泣きの延長が入り、終電ギリギリになることもある。
翌日も同じ時間に収録が始まるから、毎回立ち会わねばならないとなかなかにハードで、たまに1日空いたりすると「今日は他の仕事ができるぞ」とホッとするものだ。
収録終了後には音声切りという1音声ごとにデータを切り分けていく作業があるのだが、これはスタジオに投げてしまうのが普通だろうから、ライターがやることは滅多にない。
滅多にと言うのは会社がそのコストをけちると当然社内の誰かがやらなくてはいけなくなるわけで……小さなメーカーに所属するようなことがあれば、もしかしたら音声切りをする機会もあるかもしれない。
収録はライターにとって初めて社外の、あるいはクライアント以外の人間の目にシナリオが触れる機会であるから、俺みたいな小心者は毎回かなり緊張してしまう。
だが、声優から「面白かったです」と言ってもらえると、たとえそれが営業トークだったとしても、やはり嬉しい。
自分の書いたシナリオが声優にとって特別な一本になってくれたりするとそれはもう格別で、これからもがんばろうと思える。
声優が気に入ってくれた作品というのはやはりそれだけ演技にも熱が入るもので、ユーザーからの評判もよかったりする。
そういった作品に限っていまいち売れなかったりもするのだが(声優と「なんか私たち作り手側が気に入る作品って売れないですよね」なんて話をしたりもする)、俺だけじゃなく他のスタッフ、声優が一丸となって作ったぞという一体感は、何事にも代え難い。
産みの苦しみやクライアントからの理不尽な要求に頭を悩ませ胃が痛くなることもあるが、ライターにはそういった喜びがあることも、読者の皆に伝えておきたい。