3/249
古事記序文 一
古事記、日本書紀が届けられて一週間後、昼過ぎ沙也香は田沼の病室にやって来て言った。
「先生、なにか収穫ありました?」
「そうだね、その前に、僕が我流で訳した古事記序文を読んでみてくれるかな」
沙也香は、さしだされた原稿用紙に書かれた古事記序文に眼を通した。
古事記 序
臣の安麻呂は申し上げます。大昔、この世の根源が固まり始めても、いまだに定かな兆候を取ることがありませんでした。したがって名もなく動きもありません。だれにもその形を判断できない状態でありましたが、やがて天と地がはじめて分かたれて、神々の誕生となりました。神の陰陽も天地のように分かたれて二霊(イザナギの命・イザナミの命)は万物の祖先となりました。両神は陰の世界である幽界と陽の世界である現実との両方の世界を行き来して、太陽の神と月の神が眼を洗うにつけて現れ、海水に浮き沈みして身をあらうごとに多くの神々が現れました。この世の始めは暗くてはっきりしませんでしたが、神々の自らある智恵により国を生み、島を生み、再び神を生み、人を生んだことが解ります。天の岩屋戸に鏡を掛けた時から百の天皇が続き、剣でおろちを切って萬神が誕生したのであります。神々が安川原で合議をなされ、それゆえ天下は穏やかになり、出雲の浜で大国主の神に談判してからは、国はいよいよ平穏となりました。この時をもってニニギの命が初めて高千穂に下り、神武天皇が秋津島を巡歴なさりました。荒々しい神が熊に化けて現れるに及んで天から剣を得、尾のある人々が道に溢れて遮りましたが、大カラスが吉野への道を導きました。軍の者は舞い踊りながら敵を打ち合図の歌で賊を討ち取りました。崇神《天皇は夢の中のお告げを聞いてオオモノヌシ神を祭られ、それ故に賢明な天皇と呼ばれました。仁徳《天皇は民家の煙の立ち上るのを眺めて、心安らかになられましたから、今でも、聖帝と呼ばれております。成務《天皇は国や県の境を定められ允恭《天皇は遠飛鳥《に飛鳥の都を建てて、天下の氏や姓《を正されました。このように天皇それぞれの方が行ったことは様々でありましたが、道を正すと言うことにおいて他ならないことでありました。
飛鳥清原《に大宮殿を建造なさって、全国をお治めになりました天武天皇の御世の前頃になりますとやがて天武天皇になられる皇子は天子たる徳を持ちながらも、いわれがあってお隠れになっていましたが、ついに雷鳴を轟かせる時がやって参りました。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。