03:楽しい収録 前編
俺は声優の方々とはある程度距離を置くようにしている。
理由はもちろん、キャラクターのイメージ作りに支障をきたすからだ。
嘘だ。
半端に親しくなってしまうとゲームを楽しめなくなってしまうからだ。
18禁シーンでティッシュを準備して「いざ!」となったときに声優の顔がちらつくのは、まぁいい、そのうち慣れる。
だが親しくなってしまうと、「友人の声をおかずにするなんて……」という猛烈な罪悪感が生まれてしまうのだ。これはとても由々しき事態で、好きなゲームが出て猛烈にストライクなシーンがあっても、「友人の声だ」と気づいてしまうともう抜けないのだ。
シナリオライターとは、そういったとてつもない悲哀を抱えた職業であることを知っておいて欲しい。
友人の声だからこそ興奮する、という上級者ならなんら問題ない。あなたにとってシナリオライターは天職だ。
ライターが声優の方々と顔を合わせるのは、もちろん収録現場である。
顔出しOKの声優はイベントに参加してくれたりもするが、その場にライターがいることはまずない。
外注ライターが収録現場に立ち会うことも実はそんなになかったりするし、「立ち会わせてくれ」とお願いしても呼んでもらえなかったりするのだが、所属ライターならばまず間違いなく立ち会えるだろう。
声優に会うためにライターになったんだ! という人は、ぜひメーカーに所属することをおすすめする。
収録の流れであるが、まずは収録に望む前の話からしていきたい。
収録に必要なのは、もちろん台本である。通常はシナリオが完成してから台本を作成するが、スケジュールの都合でそうならない場合もある。
そして収録は発売のだいたい2、3ヶ月前くらい、準備がいいメーカーやコンシューマー系だと半年前だったりそれ以上前から始まるが、スケジュールの都合で発売日の数週間前ということもある。恐ろしいことに、シナリオが遅れたせいでマスターアップ予定日三日前にまだ収録していたりするが、それは例外中の例外なので脇に置いておこう。
収録期間はロープライスで登場人物が少ないと1週間から2週間。フルプライス規模だと1ヶ月から2ヶ月、超大作だとそれ以上必要となる。
エロゲに延期が多い理由をなんとなく察してもらえたと思うが、収録スタートが遅れると全体のスケジュールも致命的に遅れるため、シナリオ完成を待たず台本を作り、結末がわからないまま収録に突入したりする。
そのあたりを語り出すと長くなってしまうのでまた脇に置くとして、とにかく台本を作るわけだ。
これはメーカーに所属していればライター自身で行うこともあるし、音響担当がいればそちらに投げることもある。シナリオを台本化する専用ツールがあったりするから、外注ライターが台本を作ることはまずない。
エロゲはアニメと違って一人ずつ録るから、台本はそれぞれのキャラごとに用意することになる。
ヒロインAのセリフのみを拡大したり太字にしたりして、ヒロインAが出てこないシーンはバッサリとカットする。
なぜカットするんだ。シナリオ全部あった方が理解も深まるじゃないか。と思ったかもしれないが、メインヒロインクラスになるとセリフ数が尋常ではなく、カットしても台本の厚さが電話帳以上になってしまうのだ。だから必要なシーンのみを抜き出した上で台本化する。
その作業が終わったら、次は印刷だ。
電話帳クラスの台本をヒロインの人数分、そしてサブキャラ分も印刷しなければいけないから、収録が近くなるとプリンタフル稼働である。
大作のメインヒロインだと1000ページにも及ぶことがあるから、誇張ではなく一日中プリンタ動きっぱなしである。
そうして台本が出来上がったら、次は収録スタジオにそれを送ることになる。キャラ数にもよるが、シナリオボリュームによっては小さなダンボール数箱分になったりもする。
声優とスタジオエンジニアの分で最低二部は必要になるから、それはもうとんでもない量になるわけだ。
台本はスタジオに届いたあと、そこから各声優事務所に送られて、声優の手元に届く。
正確には台本を送るよりもずっと前にスタジオと各声優のスケジュールのすり合わせだったり、ギャラの相談だったりがあるのだが、前者はスタジオに任せっきりであるし、後者は社長であったり経理に投げてしまうので、あまり語れることがない。もちろん外注ライターが関わる部分でもない。
準備が整い、いよいよ収録となるわけだが、少々長くなってしまったのでここで一旦切ろうと思う。
次回こそ、収録現場の状況を語っていこう。