02:シナリオライターになるには/なってから
俺がとあるメーカーにシナリオライターとして採用されたのはまだ景気のいい時期であったから、今からする話は現状に即したものではないし、そもそも一社の事情しか分からないから、てんで的外れな可能性もある。
だが間違いなく俺が経験したことではあるから、これからエロゲ業界に入りたい、シナリオライターを目指したい、という人の参考に少しでもなってくれれば嬉しい。
シナリオライターだけでなく、グラフィッカーの話も触れてみようと思う。
シナリオライターになるためには、まずサンプルシナリオをメーカーに送る必要がある。どういったシナリオが必要かはメーカーごとに指定があるはずだから、それに従うと良い。
それとは別に、自由に書いた自信のある作品も一緒に送ってみると良い。極論、指定を無視していようが、文章に粗があろうが、「こいつ面白いぞ」と思ってもらえれば採用の確率がグンと上がるのだから、どんな手を使っても自分を売り込むべきである。少なくとも俺はそうして採用された。
ただし、『はじめに』で述べたようにエロゲ業界は全体的に不景気で、イチからライターを育てる余裕がなく即戦力を求めているメーカーも多い。だから、指定を守ったサンプルを全力で仕上げることが、シナリオライターになる近道だろう。
ゆくゆくはフリーでやっていきたいと思っているのならば、指定通りのシナリオを仕上げるスキルがなによりも必要になるから、その訓練とでも思えば良い。
サンプルシナリオが目に止まれば、面接を経て人格面のチェックをされ、それをパスすることができれば採用となる。
俺の最初の仕事は、先輩ライターが仕上げたシナリオの校正だった。誤字だったり設定の矛盾だったりをチェックするあれだ。
早く書かせろよと思わないでもなかったが、シナリオの書き方を学ぶ良い機会ではあるから、真剣に取り組むことにする。
しかしメーカーごとにシナリオの書き方はかなり変わるので、ここで覚えた文法はフリーになった時点で一度忘れる必要がある。
キャラクターの台詞の書き方を例に挙げると、
例1)
【主人公】
「ああ、よく寝たぜ。
今日も良い天気だ」
例2)
主人公
「ああ、よく寝たぜ。
今日も良い天気だ」
このように、とあるメーカーではキャラ名を【】でくくる必要があるが他のメーカーでは必要なかったり、改行時に全角スペースを入れる必要があったりなかったりと、そのメーカーが使うプログラムによって違いが出てくる。
他にもコメントアウト(ゲーム内では表示されないメモ)の仕方が違ったり、改行する時に[br]などのスクリプトコマンド挟む必要があったりなかったりする。
このルールを間違えるとゲーム内で表示がバグッてしまうか、そもそもエラーが出てゲーム内に組み込めなくなってしまうから、まずはそこを学ばなければいけないわけだ。
シナリオ校正を終えたあと、俺はそのままそのプロジェクトに配属され、スクリプトやデバッグを担当していくことになる。
スクリプトはどのタイミングでBGMを鳴らすか、立ち絵を表示するか、背景を切り替えるかなど、総合的な演出である。先ほどチラッと触れた改行コマンドも、スクリプトの一種だ。
デバッグは説明の必要も無いだろうが、バグチェックである。デバッグを行いすべてのバグを取り除いてようやくマスターアップ、ゲーム完成となる。
かなり昔のことで記憶が曖昧ではあるが、入社してから数ヶ月から半年はそういった作業をしていたように思う。
当時はシナリオが書けず相当フラストレーションが溜まっていたが、スクリプトの経験があるおかげで「どういった演出をするか」の思考が鍛えられたから、ライターになりたいのであれば一度はやっておくべき作業であると、今は思っている。
そのプロジェクト完了後、ようやくシナリオを書く機会が巡ってきた。
と言っても先輩ライターのヘルプで、エロシーンを書くだけである。そしてその後またスクリプト、デバッグとお決まりの流れになり、また数ヶ月間シナリオ執筆から遠ざかる。
メインライターを任されたのは、入社後、実に一年以上経過してからだった。
運よくその作品がそこそこ好評で、次の作品も一定の支持を得ることが出来、そのまた次も、次もとキャリアを積めたからこそ、今の俺がある。
その話は気が向けば別の機会に話そうと思う。
このように、シナリオライターとして採用されても、既に所属ライターがいる場合なかなか書く機会は与えられない。
そのライターが大御所であるのならば、永遠の二番手三番手でメインライターとして作品に関われない可能性もある。
しかも給料は雀の涙で、貯金すら危うい。俺は無名ライターであるが、それでもメーカーに所属していた頃よりは稼げている。ぶっちゃければ、フリーになって初めてまともな貯金ができるようになった。
じゃあメーカーに所属するメリットなんてないじゃん、と思うかもしれないが、先述したとおり、スクリプトやデバッグなど、ゲーム制作の流れを体験できるのは大きなメリットであるし、その経験があるからこそ俺は無名ながらもなんとかやっていけている。
新人の頃はCGの差分(表情だったり、ポーズだったりの別パターン)を無闇に増やそうとしてしまったものだが、原画家やグラフィッカーと直に接し話をすることで、あらゆる作業には当然コストがかかる、という当たり前の事実を学ぶことができた。
当たり前と言ってしまったが、そこを考えていないライター、そしてメーカーは多く、外注グラフィッカーの友人が「この報酬で、この差分量って頭おかしいだろ……」と愚痴っているのをよく耳にする。
外注作業だと孤独な作業になりがちだが、会社にいれば他の専門家と話をして知識を深める機会を多く得られる。
金銭的には確かに外注が圧倒的に楽だが、一度はメーカーに所属してみるのをおすすめする。上手くいけばコネもできるし、フリーになった時にその経験が必ず生きてくるだろう。
グラフィッカーについても触れておこう。
グラフィッカー、主にCG着色だったり背景を担当するわけだが、こちらは常に人手不足だった。
クオリティを選ばなければ人材は豊富なのだが、ある程度の技量を望むと途端に人がいなくなる。
腕に自信がある人は、外注登録でもしてみるといい。大手メーカーだと単価も高く、驚くほど稼げるかもしれない。
それと、グラフィッカーには女性が多かった。原画家にも女性がかなり多く、イラスト関係は男性よりも女性がリードしているのかもしれない。
エロゲをやるとき「どうせこれもおっさんが描いて塗ってるんだよな……」と脳裏にチラついて萎えてしまったユーザーもいることだろう。しかし、安心してくれ。描いているのも塗っているのも女性という場合もある。
どうせブスでしょ? とんでもない。
確かにいる。いかにもな女性もいる。しかし、「なぜこの業界に入ったの?」と直接聞きたくなるような美人もいる。特に原画家さんはお洒落な人が多い。
女性に限らず、男性にもお洒落に気を使っている人は少なくなく、臭くて汚いというイメージからはほど遠い。
「エロゲ業界入りたいけど生理的にちょっと……」と二の足を踏んでいる人も、勇気を出して踏み出してみれば、おそらく「な~んだ、意外と普通じゃん」となるだろう。
――と、無理矢理な流れで「可愛い女性・かっこいい男性も多い」という話をしてみたわけで、それについてはまったく嘘はついていないのだが、やはりスタッフにはいかにもな、付け加えれば異性と接した経験の乏しいオタクがいる。
俺もそういう部類で、あるメーカーの広報がとてつもない美人でしどろもどろになってしまったことがある。そしてつい理不尽な条件を受け入れてしまったわけだが、まぁそれはいい。
美人と女慣れしていないオタクが同じ場所にいればやはり起きるのが恋愛トラブルで、オタサーの姫ならぬエロメーカーの姫みたいなのが生まれてしまったりもするのだ。
俺がフリーになった一番の理由は、そのあたりの人間関係がめんどくさくなったからなのだが、それも気が向いたらいつか話すことにする。
それと、シナリオライターがもっとも接する女性は、声優である。
だから当然、声優とのトラブルもある。
こちら側はクライアントだから、立場的に強いことを利用して声優と良い関係になろうとするクズが少なからずいるのだ。
逆のパターンもあるわけだが……デリケートな話になるからやめておこう。
次回はそんなドロドロした話ではなく、楽しい収録現場の話でもしてみようと思う。
声優を目指している人に多少は参考になる……かもしれない。