聞かぬは一生の   作:コーンフレーク

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前夜、そして発表当日

 

 

デミウルゴスが戻ってくるまでの間、アインズは魔導国の領地であるエ・ランテルから寄せられる様々な陳情書に目を通していた。定期的にこうして魔導国に住む人々が望む事や困っている事を把握するようにしているのだが、いざそれらを解決しようとする時に大活躍するのがアインズのもう一つの姿である「漆黒の英雄モモン」という存在だ。魔導国の統治に大きな問題はないとはいえ、未だに魔導王という得体の知れない存在とその使役するアンデッドに懐疑的な者は多い。だが、皆が認める英雄モモンを間に立たせる事で大体の事は解決するのだ。

 

(…まだまだモモンは必要だよな~。最近は俺もパンドラズ・アクターも忙しくてしばらく外に姿を見せてないから、その分住民の不満も溜まっているという感じか…とはいえ、モモン頼みになりすぎないように少しずつ魔導王の求心力もあげていかないと!)

 

そのように施政者として英雄モモンという存在を考えていると、不意に自身が冒険者モモンとして振る舞っていた時が愛しく思えてくる。

 

(時間が出来たら、久しぶりにナーベラルとハムスケ連れて依頼(クエスト)でもこなしてくるか…あいつらとのドタバタも今にして思えば楽しかったな)

 

と物思いに耽るのも束の間、デミウルゴスの到着を外に控えているメイドが告げてくる。

 

「デミウルゴス様がいらっしゃいました。お通ししても宜しいでしょうか?」

 

(おっと、まずはこちらのドタバタをしっかりやり遂げないとな!)

 

「ああ、頼む」

 

ほどなくしてデミウルゴスが「失礼します」といって入ってくる。

 

「告知の件、完了いたしましたので報告に伺いました」

 

「ウム、ご苦労だったな…で、どうだった?私との結婚に難色を示す事はなかったか?」

 

「!いえ、決してそのような事はありません」

 

予想外の質問だったのかやや驚いた様子のデミウルゴスだったが、返ってきた答えは予想通り。

 

(ですよね~。一応聞いてみただけです…よし、こうなったらもう覚悟を決めよう)

 

と、何度目かわからない決心をするアインズ。

 

「両名とも大変喜んでおりました。…方や興奮のあまり、方や感激のあまり挙動不審になっていましたが」

 

「そうか…その~、やはり危険だと思うか?」

 

「ハッ…アルベドもこの期に及んで罰せられるようなマネはしないとは思いますが…確信は得られません。念のためしばらくの間御身の警護を強化させていただきたいと思います。高レベルのシモベ数体と、私も警護に参加致しますのでご安心を」

 

「発表までの間そうするしかないか…しかし、そのような事でお前に負担をかけるのは申し訳ないな」

 

「なにを仰いますか。お気持ちはありがたいのですが、今は事が成就するかどうかの瀬戸際。御身の安泰こそが第一でございます。」

 

アインズは静かだが譲らないという気迫のこもったデミウルゴスの物言いに「まさか命を取られる訳でもあるまいし…デミウルゴスも大袈裟だな」と内心苦笑しつつも、その提言を受け入れる事にする。

 

「そこまで言うのであればお前の言に従うとしよう。ただ、そうだな…皆への発表は、急だが明日済ませる事にするぞ。こういった事は早い方が良いしお前の負担も少なくてすむしな。それに発表の時に私自ら、今後は私の伴侶として周囲に恥ずかしくない行動を取れ、と釘を刺しておけば少しは落ち着くだろう」

 

「おお、御配慮に感謝致しますアインズ様!では、シモベ達には明日の朝玉座の間に集うよう伝達しておきます。それが済み次第私はそのまま警護の任に就かせていただきますので、アインズ様は明日に備えてゆっくりお休みになってください」

 

(これからずっと部屋の前にはりつくのかよ!…でも、こうなったらデミウルゴスも頑固だからな…大人しく言う事聞いておこう)

 

「そうか…お前の忠心に心から感謝するぞ!デミウルゴスよ!ただ、休息はしっかり取るようにな。無理は許さんぞ」

 

「ハッ!有り難きお言葉!…では私は御前から失礼しますが…これから何があっても夜が明けるまで決して扉を開けないようお願いします…」

 

(…え、何それ。なんか怖い話みたいなの始まったんですけど…)

 

デミウルゴスが去った後の静寂を、アインズは自身の姿も忘れて不気味に思うのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして深夜。書類の確認と判押しが一段落ついたアインズはデミウルゴスの言葉に甘えてベッドに横になっていた。すると、「くふっ……くふふ……」という不気味な笑い声と共に足音が自室に近づいてくる。足音が止まり部屋の外から途切れ途切れ話し声が聞こえる…

 

「…アルベ……こんな夜中にどうし……アインズ様からお呼び……た訳でも……」

 

「…君はなんという格好……みたまえ、君の姿……メイドが鼻血を……倒れ……ペストーニャを……」

 

「……いから帰り……来てもムダだよ……ずっといる……」

 

足音が遠ざかっていく。どうやら危機を脱したようだ。

 

(…流石はデミウルゴス…助かったぞ…)

 

そのままベッドで身を固くしていると、またもや足音が聞こえてくる。今度はやたらと不規則で、壁にぶつかりながら近づいて来ているようだ…時おり「あ、あい……さま……あいんず……ま」とうめき声のようなものも発している…

 

(…で、でみうるごす……!)

 

祈りが届いたのか、今度はデミウルゴスの声らしきものが聞こえてくる。

 

「…アウラ…ーレ……こんな時間……すまない……ティアが泥酔し……連れて帰……くれ……」

 

しばらくすると、子供が走っているような足音が二つ近づいてくる。

 

「…ルティア!……アンタみっともな……明日早い……帰るよ!マーレ……持って!」

 

「お、お姉ちゃ……お酒くさ……ティアさん……胸から何か落ち……」

 

などというやりとりが微かに聞こえ、ずりずりと何かを引きずりながら二つの足音が遠ざかっていく。今回も何とか危機を脱したようだ。

 

「やれやれ…」

 

というデミウルゴスの呟きらしきものを最後に夜は静寂を取り戻す。そしてアインズは今夜何回目かわからない発光をしながら思う。

 

(…俺の決断…間違ってない…よな?)

 

こうしてアインズ独身最後の夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

そして翌朝、玉座の間。シモベ達はすでに集まっており、アインズの登場を整然と待っていた。やがて扉番をしていたメイドの声が響く。

 

「アインズ様がお入りになります」

 

その声を合図に、一斉に跪くシモベ達。その様子を悠然と見渡しながらアインズは玉座に着くのだが、内心は全然悠然としていない。

 

(何回やってもなれないな…早くラクな姿勢にしてやりたいけど、あんまり焦るのもおかしいから…一呼吸おいてと)

 

「面を上げよ」

 

アインズの声で一斉に顔を上げるシモベ達。その動きには一糸の乱れもない。

 

(相変わらず見事だよな~。一体いつ練習してるんだ?)

 

などと思いつつ、自身も必死に練習した「面を上げよ」のタイミングもバッチリだったな、と自画自賛する。

 

「ウム、皆まずは楽にしてくれ」

 

アインズがそう声をかけるとシモベ達はほとんど音もなく立ち上がり、美しい佇まいでアインズに向き直る。

 

(あの二人は…アルベドは…早くもそわそわしてるよ…シャルティアは…?なんか元気なさそうだな。アンデッドにも二日酔いってあるのか?っと、今はそれどころじゃないな)

 

(ついにこの時が来てしまった…噛みませんように)

 

「皆、よく集まってくれた。今日集まってもらったのは私から皆に報告があってな…」

 

「その報告というのはだな…この度、このアインズ・ウール・ゴウンは…魔導国の更なる発展のため…あー、その、なんだ…つ、妻を娶る事にしたのだ…」

 

(言った…ついに言った)

 

最後の方は消え入りそうな声だったが静まり返った玉座の間では十分な音量だったようで、シモベ達が「おお!」と声をあげる。その後アウラとマーレの「アインズ様おめでとうございます!」を皮切りに、「おめでとうございます」の大合唱が始まる。その中に「くふーーっ!」という奇声が混ざったような気がしたので、そちらの方は見ないようにする。

 

(皆、心から喜んでくれているんだな…)

 

久しぶりに味わう心あたたまる感動。「今だけは抑制しないでくれ」と願いながら、アインズはシモベ達に心からの感謝を告げる。

 

「ありがとう、皆本当にありがとう!」

 

アインズはしばらくの間感動の余韻を楽しみ、シモベ達が落ち着くのを待ってからデミウルゴスに会の進行を促すべく視線を送る。その視線を受けたデミウルゴスが「皆、静粛に!」とシモベ達に告げると、玉座の間は再び静寂に包まれる。

 

「では、これよりアインズ様の伴侶となる栄誉を授かる者を発表します…一人目、守護者統括アルベド、前へ」

 

「ハッ!」という抑えられてはいるが良く通る声を発し、アルベドは玉座の前に進み跪く。

 

「守護者統括アルベド、御身の前に」

 

その一連の所作は優雅でありながら一分の隙もなく、見るもの全てを魅了する見事なものであった。美と威厳を兼ね備えた姿はまさに守護者統括としてふさわしく、先程までの浮わついた雰囲気は微塵もない。

 

そんなアルベドの姿をみて、アインズは今までにない愛しさを感じていた。長い間アルベドの気持ちを無視していた訳ではないのだが、向き合ってこなかったのも事実だ。それでも誠心誠意自分に尽くしてきてくれた。普通であれば軽蔑されても仕方がない行為をした自分を支えてくれた。

 

(…本当にありがとう、アルベド。絶対幸せにしてやらないと…)

 

その気持ちを伝える為に、アインズは自らも玉座を離れアルベドの手を取りこう告げる。

 

「今はそのような礼は不要だ、アルベド。立って、私に顔を見せてくれ」

 

「はい、アインズ様」と答え、立ち上がり顔を上げるアルベド。その頬には涙が流れていた。

 

「…今の私と魔導国があるのは間違いなくお前のおかげだ。良く尽くしてくれたな。まずはその事に感謝を。そして…今までお前の気持ちを蔑ろにして本当にすまなかった」

 

その言葉を聞いてアルベドは頭を振りながら答える。

 

「そんな…謝罪など!アインズ様はいつか私の事を見てくださると信じていました。そして今日、アインズ様は私の想いに応えてくださいました。それだけでアルベドは幸せです」

 

そう言って微笑むアルベドの姿はまさしく女神そのものだった。アインズはそのままアルベドを抱き締めたい衝動に駆られるが、まだ自分にその資格はない。

 

「…ありがとう、アルベド。だが、私はお前に愛を誓う前にやらなければいけない事がある。少し待っていてくれるか」

 

「アインズ様…?」

 

不安そうに眉をひそめるアルベド。その肩を優しく撫でてからアインズは階下に控えるシモベ達の方を向く。

 

「皆聞いてくれ。アルベドを我が伴侶とするのを皆に認めてもらう前に、話さなければならない事がある」

 

 

 




今回はここまでとなります。読んでくださった皆様ありがとうございました!次回はアインズ様がシモベ達に様々な告白をします。

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