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本日の日記過去の日記一覧
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介護に
2020年01月08日 (水曜日)
介護をされておられる方にはお休みがありません。
子育ての方にもお休みはありません。
毎日毎日ご苦労様です。
でもね。
どんな時でも楽しみ事は見付けられます。
母が亡くなって今年で11年目になりますが、母を車椅子に乗せて「大きな栗の木の下」でとか「黒田節」とかを歌った日のことや、母の大好きなオーレを飲んだ時や‥‥アッそうそう、オーレのことをミーコと言っていたのですよ。
ミルクコーヒーのことなのですけどね。
母はミーコが大好きでした。
思い出は齢をとりませんね。
娘も立派な大人になっていますが、子供の頃をいつでも思い出せます。
齢をとると楽しい思い出しか残らなくなるのですよ。
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フビライと日本
2020年01月08日 (水曜日)
チンギス・ハーンに興味のある方っておられるでしょうか。
私は、チンギス・ハーンよりも、5代目皇帝のフビライに興味があります。
フビライといえば元横綱朝青龍。
だぁってね。フビライの顔といえば元横綱朝青龍の顔なのですものね。
まさかとは思いますが、どなたかフビライの顔を見つけ出してください。
私はパソコンもスマホもなく、勿論チョチョイのチョイと調べる方法はありません。
だからね。出来る方は調べてみてくださいね。
フビライ皇帝が誕生したのがフビライ46歳の時でした。
フビライという人は、日本を足掛かりとして太平洋を手に入れたかったのでしょうか。
本当か嘘かわかりませんが、マルコポーロとは親しかったようです。
あの当時、日本は黄金だらけの国だと思われていてジパングと言われていました。
マルコポーロはフビライに、高麗の東方にあるジパングという国は黄金の国だと教えたというのですから、フビライにしてみれば日本が欲しくて欲しくて仕方がなかったことでしょう。
ただね。欲しくなった理由は別にあった気がしているのです。
日本に援軍要請の親書を送ったことがあったのが、当時反乱を起こしていた三別沙。もし、三別沙からの親書を受け入れ同盟関係を結んでいたら、日本はフビライ相手に戦っていたかもしれないのです。日本が参加しなかったことで、三別沙の敗北は早まりました。
この後フビライは日本が欲しくなったのです。しかし日本の扉は硬く、フビライは日本の鎌倉幕府に対して大軍を編成し襲来したのです。
歴史というのは実に面白い。三別沙と一緒に戦っていたら、日本来襲も違った形で歴史に残っていたことでしょう。
こうして見ると、私達もヒョンなことで人生を変えられていたことになるのです。
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【2020年大世見】月刊SYO新春特大号「2020年大世見」今年の大世見のテーマは「地震」
2020年01月01日 (水曜日)
新年、明けましておめでとうございます。 昨年度は「幸福への近道」をご愛顧頂き、誠にありがとうございました。 本年度も「幸福への近道」並びに松原照子を何卒よろしくお願い申し上げます。 さて、毎年恒例の会員限定コンテンツ「月 […]
「幸福への近道事務局」年末年始休業のお知らせ
2019年12月28日 (土曜日)
平素は「幸福への近道」をご愛顧頂き、 誠にありがとうございます。 年末年始を下記のとおり休業とさせて頂きますので、ご案内申し上げます。 休業期間中はお振込による入金確認、ユーザーサポート業務はお休みとさせて頂きます。 年 […]
【第36回世見深掘り】楊貴妃の漂着伝説が日本に複数ある!?
2019年12月20日 (金曜日)
月刊ムー制作担当者が、世見を独自の視点で探究する会員限定特別コラム「世見深掘り」。 第36回は、2019年11月12日の世見「楊貴妃」に書かれている内容を深掘りします。