東京大学日本語教育センター|Center for Japanese Language Education,the University of Tokyo

助詞「は」と〈情報構造〉

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このページでは、助詞「は」の話をしましょう。「は」は、日本語の文の述べ方(特に、情報の提示の仕方)に深く関係する、日本語に最も特徴的な助詞だといってよいものです。ついでに、「は」と、よく似ているとされる「が」との違いについても、簡単に触れます。

1. case markerとは;「は」はcase markerではない

日本語って、どんな言葉?」のページで、次のように述べました(以下十数行は、そのページの最初の部分の要約です)。

(a)田中さんはお茶を飲みました。(Tanaka drank tea.)
(b)田中さんは佐藤さんときっさてんでお茶を飲みました。(Tanaka drank tea at a coffeeshop with Sato.)

(a)(b)の「お茶を」の「を」は「目的語のしるし」object markerで、「お茶」が目的語であることを示します。(b)の「佐藤さんと」の「と」は、英語でいえばwithの意味をあらわし、「佐藤さんと」で“with Sato”です。また、「きっさてんで」の「で」はatのような意味で、「きっさてんで」で“at a coffeeshop”です。このように、助詞は、その名詞の文中での役割を示します。「お茶」は目的語、「佐藤さん」は行為のパートナー、「きっさてん」は行為が行われる場所で、これがそれぞれの名詞の「役割」ということです。 この「役割」のことを文法用語で格caseといいます。「を」「と」「で」は格を示す助詞で格助詞case particleあるいは「格のしるし」case markerと呼ばれます。 さて、「は」については「主語のしるし」subject markerだと、そのときは述べました(subject markerということはcase markerの一種ということになります)。しかし、そのすぐ後に、「……と、この段階では説明しておきましょう」と、付け加えておきました。この述べ方からもお察しいただけるでしょうが、実は、「は」は、本当は、subject markerでもcase markerでもありません。そのときはとりあえずそう説明するしかなかったのですが、今日は「は」の本当の性質について、より深く説明することにします。

2. 事実は同じ、述べ方の違う3つの文

主語をあらわすには、「は」のほかに、もう一つ「が」という助詞があります。上の(a)の文についても、「は」の代わりに「が」を使った、次の(1)のような文を使う場合もあります。上の(a)の文も、(2)として、その下に書いておきましょう。

(1) 田中さんがお茶を飲みました。
(2) 田中さんはお茶を飲みました。

この2つの文は、どちらも、英語・中国語などに訳せば同じ訳になってしまうでしょう。ですから、(1)と(2)の微妙な違い、つまり「は」と「が」の違いは、多くのノンネーティブスピーカーにとって難しいものと映るようです。が、言語学的な目で解析すると、「は」と「が」の違いは、はっきり捉えることができます。それを説明するために、ここで、もう1つの文を加えます。

(3) お茶は田中さんが飲みました。

まず、(3)を簡単に説明しましょう。(3)も、あらわしている事実は (1)(2)と同じで、“Tanaka drank tea.”という内容をあらわしています。ですから、「お茶」は目的語で、「田中さん」が主語です。つまり、(3)では、目的語「お茶」に「は」が付き、主語「田中さん」に「が」が付いていることになります。この例から、「は」はsubject markerではなさそうだ、と感じさせられますね。では、「は」はどういう働きをするのでしょうか。 (1)(2)(3)は、事実としては同じ事実をあらわしますが、いわば述べ方が違うのです。そして、その述べ方の違いに関係しているのが、「は」(「は」の有無と、「は」が何に付いているかということ)なのです。

3.「は」はtopic marker

このことを見るために、(2)と(3)を比べましょう。この2つの文だけ、もう一度並べて掲げます。

(2) 田中さんはお茶を飲みました。
(3) お茶は田中さんが飲みました。

(2)と(3)の違いは、簡単にいえば、(2)は「田中さん」の話をしているときに使い、(3)は「お茶」の話をしているときに使う、ということです。つまり、(2)は「田中さんは何を飲みましたか。」What did Tanaka drink?(または「田中さんは何をしましたか。」What did Tanaka do?)、(3)は「お茶は誰が飲みましたか。」Who drank tea? という質問に答えるような場合に使うわけです。

どちらの場合も、実際には質問の文はなくてもかまいませんが、要するに、(2)は「田中さん」が関心の対象になっている場合に、(3)は「お茶」が関心の対象になっている場合に、使うわけです。(2)については「田中さん」と「鈴木さん」を対比して使う、(3)については「お茶」と「コーヒー」を対比して使う、というような使い方もありますが、「鈴木さん」や「コーヒー」を持ち出さなくても、要するに、「田中さん」を話題にして述べているか、「お茶」を話題にして述べているかということが、(2)と(3)の違いだといえます。

このように、「xは……」という言い方は、xを話題topicにして、それについて何かを述べたり尋ねたりするときに使うもので、これが助詞「は」の働きなのです。「xは……」と述べることで、「xがtopicです(私はxについて話そうとしています)」という合図を送るわけで、こういう働きを、言語学ではトピックマーカーtopic marker と呼んでいます。 topic markerは、持っている言語と、持っていない言語とがあります。

4. 日本語の文の〈情報構造〉

topicと主語とはどう違うのですか、という質問が出そうですね。(2)では、「田中さん」はtopicだし、主語でもあります。しかし、(3)では、「お茶」はtopicではありますが、主語ではなく、目的語ですね? topicと主語とは、一致する場合も、一致しない場合もあります。一致するにしても、概念としては違うものです。 実際には、主語が、主語であるとともにtopicでもあるという場合が、どの言語でもかなり多いのではないかと思いますが、一致しなかった場合に、どちらを重視して文を組み立てていくかということで、個々の言語の個性が出ます。英語は、特別な場合を除けば、とにかく主語を文頭に置く言語です。これに対して、日本語はtopicのほうを重視します。《まずtopicを提示して、それについて何かを述べる》という〈情報構造〉で述べるのが日本語です。だから、「お茶」を話題にするときは、目的語であってもこれを文頭に置き、「は」を付けてtopicであることを示しながら、先程の(3)のように文を組み立てていくのです。このような述べ方をするタイプの言語では、topic markerが活躍するわけです。「は」は、日本語の文の述べ方あるいは〈情報構造〉と一体となったtopic markerなのです。

5. 「が」はcase marker

「は」については、大体わかりましたね。では、「が」はどうなのでしょう。もう一度、(1)と(2)を並べてみましょう。

(1) 田中さんがお茶を飲みました。
(2) 田中さんはお茶を飲みました。

(2)は、今述べたように、「田中さんは何を飲んだかというと……(または、田中さんは何をしたかというと……)」というような述べ方なのですが、(1)のほうは、いわば「どんなことがあった(起こった)かというと……」というような述べ方です。あるいは、「誰がお茶を飲んだかというと……」という場合もあります。

どちらにせよ、「田中さん」をtopicとして述べる述べ方ではありません。「が」は、topic markerではなく、あくまでも格を示すcase markerなのです。先程の(3)で、目的語をtopicにして文頭に持ってくることができたのも、その後の「田中さん」にcase markerの「が」が付いているため、文頭の「お茶」を主語だと誤認する心配がないからだ、と考えることもできるでしょう。

以上のように、「は」は、日本語の文の述べ方(特に〈情報構造〉)と一体となった特徴的な助詞です。「は」の使い方に習熟することは、日本語に習熟することでもあります。

「は」や、「は」と「が」の違いについては、ほかにも触れるべき点がいくつかありますが、ここでは最も基本的な点を述べました。

なお、もう少し詳しく知りたいという上級の学習者は、たとえば拙稿「ハとガの話」(『UP』〈東京大学出版会のPR誌〉31巻12号、2002年12月号)をごらんください。

大事な点のまとめ: 日本語学習へのアドバイス(4)
「Xは……」は、「私はXについて話そうとしています」という合図(「は」はtopic marker)。
田中さんはお茶を飲みました。
 ← 田中さんは何を飲んだか(何をしたか)というと……
お茶は田中さんが飲みました。
 ← お茶は誰が飲んだかというと……
田中さんがお茶を飲みました。
 ← どんなことがあった(起こった)かというと……
または、
 ← ← 誰がお茶を飲んだかというと……

(以上は、「東京大学日本語教育センター・ニュース」36号に掲載の菊地康人〈本センター教授〉「日本語の特徴を知って効果的に勉>強しよう(4) 助詞「は」と(情報構造)」とほぼ同じ内容です。)

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