4.新たなるゲーム

「こっちだ。」

一同は鉛色の通路を歩く。
山羊達が鉄の通路を踏み鳴らす音が響く。
通路は、奥に行く度に、だんだん暗く、広くなっていき。
やがて、その景色は建物の中というよりは、
立体感のまったくない黒一面を背景にした、
銀河のように煌めく、宇宙空間のような見た目になっていく……。

「……ベアトリクス氏、ここは?」
老いた山羊がベアトリクスへ話しかける。
ベアトリクスはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに振り向く。

「説明しよう。僕らイタリック教団の聖地、……”真実の海”、だよ。」

この、銀河を形作る、星々のような何か。……それは、宙に浮かぶ、”球体の部屋たち”だった。
それぞれが淡い、もしくは強い光を放っており、
……何れの”部屋”も何らかの法則性に基づき、場所、大きさ、明るさが決まっているように見えた。

「強く輝く部屋は、議論が行われている最中の部屋。大きさは、その部屋の真実の信者の数を表すんだ。」
ベアトリクスが解説するが、わざと勿体ぶっているのか、一番欲しい情報が分からない。

「部屋!部屋とはなんでしょうか?」
……だから、つい青服の山羊が口を開いてしまう。
この場所はどうやら宗教施設か何かに見えるが……
…なるほど、こうやって人々は心を絡めとられてしまう訳か。

「……フフ。僕らは皆、黄金の魔女のゲームの”奴隷”だ。
 勿論好きでやってる訳だが、例えば良く知られた説なら重箱の隅をつついて遊んでみたくなるし、
 奇説を提唱するなら同志は欲しいだろう?
 ここはそれを叶える場所さ…
 …この”部屋”はそれぞれ、
 この世に無数に存在するベアトリーチェのゲーム盤に対する真実のそれぞれを
 具現化したものなんだ。」

ベアトリクスがそこまでを伝えると、
ベアトリクスはどこからかエメラルド色に光る空間タブレットを投影し、操作し始める。

「例えば、あの十時の方向の物が『須磨寺犯人説』、隣のやや小さいのが『小此木黒幕説』。
 2時のアレらは『楼座犯人説』『譲治犯人説』。 あそこの小さな星たちは、
『熊沢』『南條』『眞音』『郷田』『鯖吉』『輝正』……」
……次々と、山羊達には見知った名前が出てくる。
どれもこれも、1986年10月6日の六軒島爆発事故、もしくは六軒島の関係者の名、
あるいはその家族や知人の名前であった。

続いて、『メタ世界オンラインゲーム説』『インターネット説』『ロールプレイ説』
『悪霊による肉体操作説』『サブリミナル説』『煉獄説』『レイトカミング・”ディテクティブズ・アプレンティス”説』『反ノックスヴァンダイン説』
『弱い人間原理説』『無限=無限の錯誤で蓋然性が低くても起こせる説』
『公開鍵暗号説』『数学パズルであり反証可能であるべきなの説』『一人遊び説』
『演劇説』『EP5夏妃離婚説』『全ての視点は妄想・偽書・現実を流転する説』(順不同)……
などなど、人物名ではなくハウに趣きを置いた説なども登場していく。

数多の山羊達が湯水のように時間を使い、只管に自らの真実を紡ぎ、
そうして結実した真実達がこの場所に星となって現れている……という事なのだろう。
誤解を招かぬように追記するが、それは彼らがこの教団の信者なのではなく、
この教団の信者が、これらの考察達の信奉者なのである…………。

……山羊の中には、一部の”星の名”を聞き、懐かしさに打ち震えたものも居た。
この場所には、好敵手達の情熱の結晶が、こうして保管されている……。

「位置は何か関係あるのかしら?」
桃色の山羊が問う。

「……ああ、あるさ。 上に行けば行くほど、ミステリーの度合いが強く、
 奥に進めば進むほどアンチファンタジー、逆に引き返せばファンタジーの度合いが強い。
 ……、ごらん。あれが苦院寺庵の”地上”で、最も巨大な部屋……!」

ベアトリクスは指を指す。
目の前には、今までの星とは比べ物にならないほどに巨大な星が見えた。

「言わずとも中身が何かわかるだろう。……安田紗代犯人説。
 その衛星のような位置にあるのが、黒戦人犯人説。……ふふ、実にお似合いのカップルじゃあないか。」
ベアトリクスは陶酔するように山羊と縁寿達に語り掛けた。
……そして、その陶酔感は、確実に山羊達に伝播している………!

あるいは、縁寿でさえ、闇の中での光の濃淡、大きさの大小、高さなどが織り成す不思議な芸術に、心を奪われ始めていた。
その中身は、自らの遺族を知的強姦で汚し尽くす穢れた祭りなのだろうが。
少なくともその部屋の外見は、縁寿にすらぬくもりと美しさを感じさせた……。

「あ、ちょっとストップ。この星達って、潰しあったりするの?」
癖毛の山羊が問う。
つまり、この宗教施設は、
これらの具現化した考察を戦わせたり、するのだろうかという事……。

ベアトリクスの返事は意外にも、
「ノーだ。……これらはすべて独立している。
 そう、これこそが僕らイタリック教団の教義……
 ”全ての真実を、平等に受け入れる”……だよ。 
 それぞれの真実を主張するのに、争いなんて必要ないんだ。
 ただ、無限の猫箱で、こういった見方だと素敵だな、
 この見方も面白いかもしれない……と。
 気の赴くままに、たどり着いたり、語り合ったりすればいい。」

……その回答に、一同は息をのんだ。
それは、それはつまり……

「唯一絶対の真実を、放棄すると……ッ?」
声を震わせ、名無しの山羊が問う。

「そうだよ?やめようよ、真実の潰しあいなんて。
 百害あって一利なしさ。……個別の発見を紹介しあう、とかならともかくね。」
興がそがれたのか、ベアトリクスが少し冷たい口調で返す。

「……まあ、どうしても賛同できなければ、
 イタリック教団からは抜ければいいのさ。ウチは去る者は追わない主義だ。」
その言葉を発した時のベアトリクスの目は、まるで氷のように感じられた。

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”安田紗代犯人説”の部屋を通り過ぎてしばらくした後、
「ご飯にしよう。」とベアトリクスが言った。
そして何の前触れもなく闇は消えたかと思うと、その瞬間に食堂へと一同は移動していた。

見れば、まったく同じ姿をした白山羊達の行列が、
配食係と思われる白山羊達からどろりとした何かを受け取っていた。
配食係の内一人は割烹着を来た老女だった。

「あれは聖粥ワニャ。スーパーフードだよ。
 勿論、嫌いなら食べなくていい。
 望むならカレーから鯖の煮つけ、キビヤックまでより取り見取りさ。」

縁寿は、ワニャと呼ばれた粥を配膳している様子を見る。

見た目は灰色に黒粒が混じった、どろりとしたお粥だが、
海苔、胡麻油と黒ゴマ等の匂いが普通に食欲をそそる。

「……………。」
縁寿は特に何も考えず、食欲に任せ、それを選んだ。
………想像以上に美味しかった。
その後の人生でまた何度かは食べたくなる味だった。

他の山羊達は、天丼やらステーキ、ガルバンゾーのチリコンカン等を頼んでいた。
青服の山羊は縁寿と一緒にワニャを食べた。
デザートも注文でき、山型のパンナコッタのようなもの、ソフトクリーム、抹茶アイス等をそれぞれ選んだ。
……どれもクオリティは高いようで、皆、満足そうだった。

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腹ごしらえを終え、消化が済んだのを見計らい、ベアトリクスはまた別の部屋に一同をワープさせた。
縁寿は、……瞬時に切り替わる移動にももう慣れていた。

その部屋には52の柱と、それぞれ部屋の四隅に赤、青、白、黒の大きなテーブルがあった。
テーブルの上には、チェス盤のようなものが固定されている。
赤と青のテーブルでは、すでに一般信者の白山羊達がゲームを行っていた。
……縁寿は自らの腕章を見るが、”それ”は青色のままだった。

また、北側の壁には”ラウド・フォークソング・インデックスの19798番”と題された詩が綴られており、
その詩の下には、現時点での地球上には存在しない4つの旗が飾られていた。

「ここは苦院寺庵にいくつかあるプレイルームの内一つ……。
 目的は勿論分かるだろう?山羊達に対するもてなしと言えば、これしかあるまいね。」
ベアトリクスが指を鳴らすと、彼の手元にカケラが1つ、浮かび上がる。

「「「「「…………!」」」」」
黒山羊達は浮足立つ。
……知的強姦への欲求が高まっていく。


「さあ、親善試合と行こうじゃないか……!
 赤と青のテーブルは埋まってるから、黒か白か。皆で好きなテーブルを選んでくれたまえ。」

「ふん、山羊と言えば黒だ。」
老いた山羊が舵を取る。そして、皆それに従った。
……色など端からどうでも良い。早く、ゲームをプレイさせろさせろさせろ……ッ!
鬼気迫る黒山羊達に、白山羊ベアトリクスは肩を竦め、全員が黒いテーブルに着席した。

「縁寿。……君には話に聞いた”前回”同様、審判役を務めてもらおうか。」
「……分かったわ。」
渋々である。逆らえば、どうなったか分かったものではない。

縁寿は思考に戻る。
常々考えていた。……この世界は、”どこ”なのか?誰がどんな目的で作ったカケラなのか?
ベアトリーチェと戦人が居る、あの黄金郷へ戻るには……
解放されれば、また黄金郷を構築できる……?
――否、かもしれない。

「(魔女の駒、いや、山羊共の駒となってしまっている以上、”この私”に帰る場所はない……)」
ならば。
駒の幸せは何か。
駒に相応しくない意思と記憶を与えられてしまった駒の幸せは。

……良いわ。
誰が私をこの世界に配置したか知らないけれど……。
私は、”私”の運命を……「ハッピーエンド」を……諦めないッ……!

だから焦るな。
これが2つ目なんだ。
……まずは、3つのゲームとやらに、終わるまで付き合ってやる……っ!

「良いね。」
ベアトリクスはにやりと笑う。
全員の闘気は十分だった。

「では始めようか。 三十六の魂を救済する僕のゲーム!
 ”Dogma of the golden witch” をねッ!」 


――――(ガラスの割れる音)
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うみねこのなく頃に二次創作「Follower of the golden witch」
Episode 2 ”Dogma of the golden witch”









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