約120年ぶりに債権法を見直した改正民法が2020年4月1日に施行される。注目はシステムに対するベンダーの無償対応期間が実質的に延びる点だ。ユーザーに有利なように思えるが、対応を誤ると開発費が「高騰」しかねない。
改正民法は売買やサービスなどの「契約」に関するルールを定めた債権法を約120年ぶりに抜本的に見直す。2017年に国会で成立した。建築業界と並んで大きな影響を受けるのがIT業界だ。ITベンダーとユーザー企業のそれぞれで対応が必要になる。
最長10年間、無償対応を請求
ユーザー企業とITベンダーが交わすシステム開発の契約形態は大きく2つある。ITベンダーが成果物に対する完成義務を負う「請負」と、ユーザー企業がITベンダーに設計やプログラミングなどの作業を頼んで、対価として報酬を支払う「準委任」である。
準委任の場合、ITベンダーは完成義務を負わない。請負と準委任は仕事の完成を目的にしているかどうかに大きな違いがある。
このうちITベンダーが身構えているのが請負への影響だ。民法改正により請負契約の内容が見直されると、ユーザー企業がシステムにバグがあった場合にITベンダーに対して無償改修などを請求できる期間が実質的に延びるからだ。
現行民法は「瑕疵(かし)」に対して無償のシステム改修などを請求できる期間について、システムの引き渡しから1年間と定めている。一方、改正民法は「瑕疵」とほぼ同じ意味の「契約不適合」を知ってから1年間へと変わる。さらにシステムを引き渡してから最長10年間、ユーザー企業は無償の改修などを請求できるケースも生じる。
引き渡しの9年後にユーザー企業がバグを見つけても、ITベンダーはシステム改修に無償で応じなければいけないケースが出てくるわけだ。ITベンダーにとっては、長年にわたって無償改修のリスクを抱え込む。対応コストがかさむと見られる。
ユーザー企業は「無償対応期間が延びた」と喜んでばかりもいられない。ITベンダーが長期化する無償対応のリスクを織り込んで開発コストを見積もると、料金が上がりかねないからだ。
「長期的なリスクを見込んだ体制を維持するためのコストの積み増しなどが必要になれば、システムの提供価格の上昇を招くだろう。結果として発注者側のメリットは小さいのではないか」(NTTデータ広報)。ただしユーザー企業が値上げを受け入れるかは分からない。
おんぶに抱っこの検収、通用しない
改正民法の施行までに、ITベンダーがすべきはユーザー企業との話し合いだ。2020年4月1日以降に締結する契約について、従来の「瑕疵」という用語を改正法に合わせて「契約不適合」に変えたり、無償でシステム改修などを請求できる期間の取り決めを適切な文言に変更したりしないといけない。
急ピッチで進める必要がある作業に向けて、国も支援する。経済産業省が所管する情報処理推進機構(IPA)は2019年12月末にも、改正民法に準拠した契約書のひな型を公開する。公開に向けて2019年5月に有識者を集めた「民法改正対応モデル契約見直し検討ワーキンググループ」を立ち上げ、論点などを整理してきた。
「大手のユーザー企業やITベンダーは改正民法に準拠した契約書のひな型を独自に作っている場合が多い。IPAとしてはひな型を持たない中小企業に利用を促していきたい」。IPAの山下博之社会基盤センターコネクテッドインダストリーズグループグループリーダーはこう意気込む。
業界団体の電子情報技術産業協会(JEITA)はIT業界におけるルール変更を盛り込んだ2020年版のモデル契約書を2019年春に公開した。日立製作所は「JEITAの考え方に合わせて、情報システムの取引に関わる標準契約書を改訂している」(広報)と話す。
一方で、IT業界の取引慣行に詳しいブレークモア法律事務所の平野高志弁護士は「契約だけで改正民法のルール変更を完全に吸収するのは無理だ」と指摘する。平野弁護士が重要性が増すと見るのは、ITベンダーが開発したシステムをユーザー企業が受け入れるかどうかを見極める「検収」である。
一般的に、従来の検収は「ITベンダーにおんぶに抱っこで、(ITベンダーが提出する)テスト結果をまとめた資料だけを見る(ことで検収を終わらせる)ユーザー企業も少なくない」(平野弁護士)。今後はそうした検収をITベンダーが見過ごさなくなる可能性が高い。ユーザー企業が検収の手を抜くと、潜在的なバグなどの「契約不適合」が残る可能性が高まり、ITベンダーは長期にわたる無償のシステム改修リスクを抱えることになるからだ。
ユーザー企業が今のままITベンダーにおんぶに抱っこの検収を改めなければ、いずれシステム開発費は上がる。そうならないためにもユーザー企業各社は検収に対する意識を変え、「検収力」を高める必要がある。
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