2020年01月04日
結論から言うと、史上最高に面白いM-1だったと思います。
準決勝は会場のNEW PIER HALLで観戦したので、その時の印象も踏まえながらまずは1回目のネタの感想を。
・ニューヨーク オリジナルソング
おおむね客席のウケ順で決められた準決勝の審査でしたが、ここは上がらなければおかしいというほどウケていたわけではなく、当落線上にあったんじゃないかなというイメージです。
彼らの武器である毒の効いた切り口は今の時代だと「あらかじめ取り除かれておくべき小骨」だと感じる人が多いのではないかと思っていたのですが、そこをかなり修正してきたネタだと思います。今までなら屋敷さんの「女性はLINEが既読にならないとかに共感する」「女性は異様に一途な人が好きだから100万回とか言っておけばいい」みたいなツッコミの部分がもっとメインになるんですよね。
そういった毒を控えめにしつつ、でもヒット曲をちょっとバカにして、でもやっぱり楽しく笑えるネタです。「マッチングアプリが一番出会える、冷静にそう思う」って本当に心に響きますよね。
結果は619点。トップなのでどうしても抑え気味の点数になってしまうのは仕方がないと思いますが、特段の加点要素がないというのもあるかなと思います。
松本さんが「笑いながらツッコむのが好きじゃない」とコメントしていましたが、おそらくツッコミがあまり効果的に働いていないと見えて、その理由が笑いながらツッコミを入れていることにあるととらえたのではないかなと思いました。
・かまいたち UFJ
くじを引いたら2番目がもうかまいたちというとんでもない展開。もはや賞レース決勝常連となった彼らに対する期待は尋常でないものがありますが、それを軽々と超えてきてさらに「なんだこれ」と思わせる衝撃のネタです。発想だけでもなく話術だけでもなくキャラクターだけでもなくワードの強さだけでもなく、そのあらゆる要素がとんでもないレベルで融合したとんでもない漫才です。
準決勝でやったのは2本目の「となりのトトロ」です。そっちも面白いんですが、何なんでしょうねこのネタのすごさは。ありネタではあるようなんですが、そういうことを感じさせないぐらい、どうやってこれ考えてるの、どうやってセリフ覚えて喋ってるのと衝撃を受けました。
点数は660点。例年なら最終決戦進出確定どころか1位通過も十分ありうる高得点です。これが序盤に出てどうなっていくのか。
・和牛 内覧
ここで敗者復活枠。さらに敗者復活の投票結果も発表されて、和牛がダントツの1位で勝ち抜け。
この「内覧」のネタは敗者復活戦と同じネタですが、準決勝で披露したのはこれとは違い「板前だった頃の癖」みたいなネタでした。準決勝は大トリでしたが、ぺこぱやミルクボーイといった決勝初進出組に押されてウケとしてはいまいち。それでも和牛は決勝に上げるんだろうなと思っていたら落とされていたのでびっくりしましたが、「内覧」のネタの方が本気度というか、これで勝ちに行くという気持ちを感じるネタのように思いました。だから準決勝は温存していたのかなと思ったり。
「内覧」のネタはいちいち奥に行ってまた戻ってくるのがいいなあと思います。「住んでる」「住んでない」というわかりやすいワードを繰り返すことで笑いどころが散らからなくなる効果があるのもいいんですが、最後の最後で「住んでる」「住んでない」からちょっと離れますよね。そこが難しいなあと思いました。
終盤の川西さんの「いいね!」で楽しく盛り上げて笑わせるのを狙っているのかなと思うんですが、たぶん彼ら自身の自覚するイメージと、和牛に特段の思い入れがない人たちの抱くイメージがちょっとずれているんですよね。そういったところもあって、爆発しきらない、圧倒的とは言いにくい感じになってしまったように思います。
とはいえ、点数は652点。これも例年ならもう最終決戦進出確定と言っていい点数です。
・すゑひろがりず 合コン
かまいたち和牛と高得点が続いて、残りは全組決勝初進出。もうこれで決まって後は消化試合になってしまうのでは、この中で空気を変えられるのは1組しかいないのでは……と思ったら、くじ引きで決まったのはすゑひろがりず。これ以上ないくらいの巡り合わせだと思います。
M-1グランプリって漫才師を最もかっこよく見せられる大会であり番組だと思うんですが、この二人がせり上がってくる時の鼓と扇子を構えた立ち姿のかっこよさたるや、今までのM-1の歴史で一度も見たことのない種類のものでしたよね。そして南條さんが「Because We Can」に合わせて鼓をポンポンと叩きながら階段を下りてくる。見る人の頭に残っていたかまいたちと和牛という2組の漫才師の残像を、この瞬間にもう吹き飛ばしていたと思います。
で、このコンビは何がすごいって、キャラ漫才と思わせて何キャラなのか名乗らないんですよね。普通なら「我々、少々狂言を嗜んでおりまして」とか最初に言いそうなものなんですよ。でもそれをやらない。名乗らずに、自分たちに最初にラベルを付けずに、ネタで何キャラかわからせていくのがすごいと思います。
とは言え、彼らが何キャラかって明確には言葉にできないですよね。能でもないし狂言でもないし、昔の言葉に当てはめてるかというといつの時代の言葉かよくわからないし。要はみんなの記憶にある「古い日本」の全体的な記憶やイメージに訴えかけるあるあるネタなんだと思います。しかも単なる当てはめやあるあるではなく、演技力のクオリティが常に想像を超えてくる。最初の「すゑひろがりずと申します、よろしくお願い奉りまする」という自己紹介がもう、この人たちの見た目で「ああ、こういうキャラなのね」と少し侮ってしまう見る側の想像を超えるんです。
で、最初の「お主は誰そ」のくだりの完成度を見て、完全に彼らの世界に引き込まれてしまいますよね。世界というか、「この人たちはこういう人たちなんだ、これで完全に笑わせてくれるんだ」という安心感にどっぷり浸ることができるんです。これがもう少しでも演技が甘かったら、全然引き込まれなくなると思います。
コンビ名がみなみのしまだった時代からM-1やキングオブコントの予選でたびたび見ていて、私は彼らのこの芸が見てるだけで楽しくなってしまって大好きだったんですが、決勝に上がるのは難しいだろうなと思っていました。キングオブコントならまだしも、M-1だと例によって秘技「これは漫才ではない」が発動して落とされる類のネタだろうなと。でも今年の準決勝で見たこのネタは、他のネタに比べて二人のかけ合いが多いのか何なのか、「これは漫才ではない」が発動しないような気がしたんですね。で、バカスカとウケていたからこれは決勝に上げてほしいなと思っていたらちゃんと上がったので、めちゃくちゃうれしかったです。
コールも楽しいですよね。「なにゆえ持っておる、なにゆえ持っておる、召し足りぬゆえに持っておる」なんて語呂とテンポが異常にいいです。
最後の「関白遊び」は、「関白のお言葉は、盤石!」こそあまり当てはめがうまく行っていないからかいまいちでしたが、「なればそちに、越前国、七十万石を授けよう!」「ありがたき幸せ~!」がウケましたね。歴史の授業で習った、時代劇で見た、いや見たことがなくてもなんかわかる。今面白いことを言っているというだけでなく、そんな自分たちが記憶していることを自覚すらしていない記憶を全力で揺さぶって笑わせるのは本当に強いと思います。
点数は637点。立派な点数だと思います。審査員のコメントを聞いている二人がなんだか感無量に見えました。もちろん私も感無量でした。
・からし蓮根 路上教習
若い。見るからに若い。準決勝の舞台で見ても若いのがわかりますが、テレビで見るともっと若いですね。もちろん年齢も出ますし。
準決勝だと伊織さんのボケもウケるし杉本さんのツッコミもぐいぐいとウケて最後の轢くところで爆発という感じだったんですが、知名度がないことをひっくり返すインパクトのあるくだりがなかなかなかったのか、そこまでのウケ方はしていなかったですね。
ただ、若さと同時に見るからに野心が伝わってくるんですよ。やってやるぞ、今から漫才でのし上がってやるぞという野心が。それは準決勝でもひしひしと伝わってきたんですが、この決勝のネタの後の審査員とのやりとりでもさらに感じました。特にツッコミの杉本さんの顔つきが、雰囲気に呑まれそうになりつつもやってやる、何か言ってやると思っていそうに見えて。
そういう風に思っていたら上沼さんが和牛と比べてうんぬんということを言い出したので、本当にびっくりしました。後で書きますが、準決勝を見ていた時に本当に私も同じようなことを感じたし、他のお客さんもそうだったんじゃないでしょうか。それは和牛に限ったことではなく、常連組や売れっ子と呼ばれていた他の数組にも言えることです。もしかしたら審査員もそれを感じ取っていて、だから決勝はこういう審査になったんじゃないかなと。
点数は639点。すゑひろがりずと比べて上にしたり下にしたりが審査員ごとに違って、結果的に僅差という感じです。
・見取り図 お互いのいいところ
去年初めて決勝に進出したものの今一つだった彼らが、準決勝で立派にウケて再び決勝へ。ネタの中で盛山さんが自分のことをブサイクとかデブとか言うのを聞くたびに「そこまでかな」と思っていたのですが、ネタ前のVTRで出た昔の二人の顔を見て、「昔こうだったんなら言うわ」と納得しました。
このネタ、自分たちの特徴というか自分たちの見た目の面白がり方をプレゼンする、とてもいいネタですよね。これも準決勝で見た時に、「このネタで優勝して売れてやるぞ」という野心を感じました。だってこれで優勝できたら、このネタがそのままバラエティで彼らをいじる時のお品書きになるんですから。
点数は649点。和牛と3点差に迫る、これも立派な点数です。塙さんに指摘されていた盛山さんの手の動きは本当にそうですよね。見返すと他のネタでも同じようにやっています。手を組んでいるでもないあの手の置き方はちょっと独特ですが、指摘されないと素人はなかなか気づかないと思います。でもプロから見たらすごく目に付くんでしょうね。こういうのは、師匠がいたら早い段階で言われることなのかなと思ったり。
実際、手の位置があっちこっち行って振る舞いが定まらないというのは、漫才師としてどっしりして見えないというだけでなく、盛山さん自身が漫才師として、ツッコミとして何者なのか今一つ定まっていないということなのかもしれません。M-1の決勝まで来られるんだからすでに立派な漫才師なのに、それでもまだ改善の余地はあるということなんでしょうね。それはもちろん、改善すればもっともっとよくなる可能性があるということでもあります。
ここまで6組が終わり、1位は660点のかまいたち、2位は652点の和牛。
この日見ていて、あれだけ腕のある漫才で実績もウケも十分なこの2組をこの後出てくる誰かが上回ろうとしたらそれはもうめちゃくちゃくにウケなければいけない、でもそれぐらいウケたらM-1の歴史を変えるほどのインパクトが残るだろうと思いました。
残っている4組のうち、その可能性がありそうなのは2組です。これは結果論ではなく、本当にその時思っていたことです。準決勝を見てファイナリストのメンツを見て、出番順次第ではあるもののM-1の歴史を変えうるぐらいにウケる可能性があると思っていた2組が、この時点でまだ残っていました。
誰かここからまくれ、M-1の歴史を変えろ。そんなことを願いつつ、でもそんなドラマチックなことが起こるわけがないからまあこのまま行くだろうなとも思っていました。
・ミルクボーイ おかんの好きな朝ごはん
そして7組目はミルクボーイです。
もうすごいですよね、このネタ。自由自在に感情が揺さぶられてめちゃくちゃに笑ってしまう。言っていることが面白いだけでなく、言い方も完璧に面白い。そして何より、我々が「コーンフレーク」というものに対して無意識に抱いていた気持ちとか記憶とか、そういうものを全部掘り起こされて笑わされてしまうんですよ。
すゑひろがりずと同じ、記憶を揺さぶる笑いです。簡単に言うとあるあるネタなのかもしれませんが、それよりももっと根っこから揺さぶられているような面白さで、さらに結構な角度からのディスりが入っているという。
これを書いている時点でM-1当日からしばらく経っているのですが、一つ一つのフレーズを今思い出してもまだ面白いですよね。「まだ寿命に余裕があるから食べてられる」「あれは自分の得意な項目だけで勝負してるからやと睨んでるよ」「店側がもう一段増やそうもんなら俺は動くよ」「生産者さんの顔が浮かばへんのよ」、どれも思い浮かべるだけでまだまだ面白い。しかも内海さんの言い方があと少しだけでも速かったらおそらくそこまで面白くなくなってしまう、駒場さんのボケ方があと少しだけグイグイ来ていてもおそらくそこまでになってしまう。このネタを見せるための計算が何もかもがぴったりとはまって、計算通りにこの日の大爆発が生まれたんだと思います。
準決勝でこのネタを見た時もめちゃくちゃに笑って、翌日ぐらいにGyaO!で確か三回戦のこのネタの動画をまた見たんですが、それでも同じように声を出して笑ってしまったので、これは決勝でも本当に同じようにウケるんじゃないかと思いました。で、期待以上に大爆発したので、めちゃくちゃ興奮しましたね。
ネタ中に映る審査員の人たちの表情もすごかったですね。特に「生産者さんの顔が浮かばへんのよ」の時の松本さんの顔が、まだこんなものが出てくるのかと驚いているように見えました。
点数は681点。アンタッチャブルが2004年に出した673点を上回り、歴代最高得点に!歴史が変わった!
・オズワルド 先輩付き合い
ミルクボーイの大爆発の後に出てきたのはオズワルド。このネタも本当に面白いですよね。非吉本でこのレベルの人がいたらライブシーンですごく騒がれていると思います。吉本は本当に層が厚いなと思わされます。準決勝では最初のボケからがっつりウケて後半は爆発という感じでしたが、決勝では前半はなかなかという感じで。でも後半から尻上がりによくなっていきました。
二人の声が聞きやすくて笑いやすくて、ゆったりしてるけれどかけ合いに緩急が付くようにすごく工夫されていて後半は声を張るし、脱力系というよりもスタイリッシュな印象を受けます。
キングオブコントでうるとらブギーズを見た時も思いましたが、非吉本だったら毎年決勝に行くって騒がれると思うんですよね。
点数は638点。からし蓮根とすゑひろがりずの間に収まりました。特にからし蓮根との比較だと審査員のうち3人が同点を付けていて残りの4人も僅差なので、差を付けにくい出来なんだろうなと思います。
この時点でミルクボーイの最終決戦進出が決定しました。
・インディアンス おっさん女子
THE MANZAIでは認定漫才師に選ばれたのが一回、復活後のM-1では毎年準決勝まで進出していて、今回初めて決勝の舞台に上がったコンビ。率直に言っていつもそこそこウケるけれど勝ち上がるために決め手には欠けているという印象だったのですが、準決勝ではこのネタで上位に入るウケを取っていました。で、「おっさん女子」というテーマは田渕さんの明るい暴走キャラの理由付けになるものですし、過去の彼ら自身のハードルを超えて、言ってみれば「通ってよし」みたいな感じで決勝に上がることができたという印象です。
このネタは最初の待ち合わせの「すいませ~~~ん!」が予想を超えたおっさんぶりなことでぐっとつかんで、そこからノンストップでボケを繰り出していくのが面白いところ……だと思うんですが、なんだか全体的に上滑りしているように見えてそのまま終わってしまいました。
後の配信で田渕さんが序盤でネタを飛ばしたと聞いてもう一度見てみたら、待ち合わせのタクシーを止めるくだりの後、田渕さんがきむさんの方を向いたところで意味のわからないことをあれこれ言っていて、たぶんここで飛んでいるんでしょうね。確か準決勝で見た時は料亭の日本酒の種類がどうこうというのがもう一つあったはずだし、おそらく他にももっとあるんだと思います。でもそこから一応ネタの形にして終わらせたのは本当にプロってすごいなあと。
点数は632点。すゑひろがりずの5点下で、この時点で下から2番目。ネタを飛ばしたのは別として、ウケ具合からしたらもう少し点が付いてもいいような気もしますが、率直に言ってこのコンビの漫才はちょっと点数をもらいにくいタイプだと思います。腕があるのは確かですが、かけ合いでボケの面白さがちゃんと増幅されているかと言うと……。
あと、楽しさを演出しきれていないのか、機械的にボケている感じがするんですよね。たぶん「おっさん女子」というテーマにすることで他のネタよりは楽しさを一貫して演出することはできていて、だから決勝に上がれたとも思うんですが。プロの採点という形になるとこの日のように下げどころにされてしまう可能性がある漫才だと思いますが、でも観客には安定してウケるからいいかなあと。
この時点で2位確定のかまいたちも最終決戦進出が確定しました。3位にいるのは和牛、残りはあと1組です。
・ぺこぱ タクシー
10組目はぺこぱ。有名どころのかまいたちがウケて和牛もウケて、ミルクボーイが大爆発して、もうドラマとしてはお腹いっぱい。おまけにせり上がって登場してきたのは、誰もが飽きるほど見てきたようなタイプの色物コンビ。
なんか自己紹介も滑ってる。ああこういう感じね、はいはいエンタっぽいあれですね、なんでこんなのが上がってきたんだろう、それならミキとか見たかったなー……と思った視聴者が、たぶん数十万人レベルでいたと思います。
でも、シュウペイさんのかぶる自己紹介に松陰寺さんが「いやかぶっている!……なら俺がよければいい」とツッコんだだけで、もうその気持ちがかなりずらされるんですよね。そして二回轢かれたところのツッコミで、これは見たことがないものを見ているぞと思わされる。
で、そこからは見る側も変化球のパターンだなとかなり予想をするようになるじゃないですか。そこに「知識は水だ。独占してはいけない」とか「ナスじゃねえとは言い切れない色合いだ」とか「さっき取った休憩は短かった」とか、絶対に予想できないフレーズがどんどん繰り出されてくるんですよ。ツッコミの概念どころか、漫才の概念そのものを揺るがすようなツッコミだし、社会のことにまで言及するし、急に正面は変わっちゃうし……もうヤバいですよね、ヤバい。
こんな見た目のコンビが、間違いなく漫才の概念を変えるようなネタをやっている。しかも、発想の一発勝負じゃなくてゴリゴリに仕上がった構成なのがまたすごいですよね。何も情報がなく見ているだけでも、この人たちは人生をかけてこの形のこのネタを磨き上げてきたんだというのがまざまざと伝わってくるんですよ。
実際、準決勝でも大ウケでした。決勝よりもさらに全部のくだりがウケていたぐらいです。特に「キャラ芸人になるしかなかった」「まだ迷ってる」からの「正面が変わったのか」がめちゃくちゃはまって、これは決まったなという感がありました。
得点は654点。652点の和牛をわずかに上回り、最終決戦進出が決定!
最終決戦
・ぺこぱ 席を譲る
一本目よりさらにウケていますね。それにしてもこんな緊張する舞台でちゃんと口笛を吹けるのがすごい。
「お年寄りがお年寄りに席を譲る時代がそこまで来ている」とか、漫才を見ているだけなのにすごく広い視野のことを見ているような気持ちになるんですよね。それで笑えるようにしているのが新しいなあと。
そういう風に新しい概念を見せつつ、「ボケの畳みかけ中ですけどどうですか」とか一本目の「時間返せって言って本当に返ってきた人?」とか、みんなの知っている漫才の型を利用したくだりもあって、本当に隙がないなあと思います。
・かまいたち 自慢できること
準決勝でやったのはこちらのネタ。「俺のトトロ見たことないはトトロすらいらんのよ」って、どうしたらこんなの思いつくんですかね、本当に。だってこれだけ言ってもそんなに面白くはないわけじゃないですか。そこに至るまでの導入とかやりとりがあっての「トトロすらいらんのよ」ですよ。
あの手この手で詭弁を言って、変なことを言ってるのに全然置いて行かれないですよね。漫才コントじゃなくて立ち話で二人がこうやってヒートアップしていく様をこんなに面白く見せることができるのは、かまいたち以外にいないと思います。
・ミルクボーイ おかんの好きなお菓子
一本目で大爆発しての二本目。同じパターンなのか違うパターンなのかと見る側が無駄に身構えるのがM-1というものですが(結果としてはミルクボーイは同じパターンのネタしかないわけですが)、駒場さんが「うちのおかんがね」と切り出して、内海さんが食い気味に「わからへんのがあるんでしょ」と返して笑いを取ったことで、この不安を打ち消すことができたと思います。
このネタも、最中を見ている時、最中を食べている時にみんなが感じてきた気持ちを絶妙なフレーズですくい上げていきながら、「最中の大食いギネス記録は2」「最中は見た目が怖い」「お菓子の家の施工に最中は関われへん」といったディスを加えていきます。あとは同じパターンだと飽きられがちなところに、中盤以上関係性や家系図のくだりが入ってきたことで変化がついたのがすごく奏功したと思います。
それにしても、「だーれも今最中の口になってない」って、どうやって思いつくんでしょうね。
これで最終審査。結果はかまいたち1票、ミルクボーイ6票でミルクボーイの優勝!
というわけで今年のM-1はミルクボーイの優勝で終わりました。
準決勝が本当に面白かったんですが、見終わってすぐに思ったのは、「がらっと変わったらいいのになあ」ということでした。
準決勝を見ないでファイナリストを予想したら、和牛、ミキ、アインシュタイン、かまいたちとかになるじゃないですか。あとは非吉本から四千頭身とかカミナリとか。
でも、実際の準決勝を見たら全然そうじゃなかったんです。ミルクボーイ、ぺこぱ、見取り図、からし蓮根、オズワルド、すゑひろがりずががっつりウケていて、そのあたりの勢いに比べると和牛、ミキ、アインシュタインといった知名度のある人たちももちろん悪くはないんだけど……という感じでした。まだ決勝に出たことのない組の気概をものすごく強く感じたんですね。
それでもM-1の決勝はテレビ番組だし、視聴率とか盛り上がりを考えたら人気者がファイナリストになるんだろうな、まあそんなことに文句を言うのはお笑いファンとして野暮だから割り切らなきゃな……と思いながらファイナリストの発表配信を見たら、本当に思った通りにがらっと変わっていたという。これにはびっくりしました。そういう選出にしたということ自体にも審査員の気概を感じましたし。
で、準決勝の審査がこうなったんだから、決勝自体も盛り上がったらいいなあと思っていたら、過去最高のM-1グランプリと言われるほどの盛り上がりになりました。
「M-1グランプリ」に求められるものは何でしょうか。
もちろん漫才です。でもそれは質の高い漫才とか腕のある漫才ではなくて、「新しい漫才」だと思うんです。
そして、新しい漫才を生み出すのは渇望だと思います。自分たちには何かが欠けていることを自覚した漫才師が、悩んで苦しんでたどり着くのが新しい漫才なんだと思います。
みんな最初はダウンタウンだったり爆笑問題だったりサンドウィッチマンだったりを目指した漫才から始めるものの、それではウケなくて人気が出なくて、何年もそういう時期が続いてどうしようもなくなってきて、いよいよ追い込まれたところで全く別のことを試してみる。
ぺこぱはまさにその典型だと思います。前のコンビ名先輩×後輩の時も、オスカーで今の形になる前の時も、賞レースの予選や小さなライブで見たことがありますが、どこにでもいるようなキャラクターと腕前の、埋もれたまま終わっていくタイプのコンビにしか見えませんでした。「漫才師」というたたずまいですらなかった記憶があります。
そんな彼らが、あんな漫才を作り出した。たぶん彼らは去年1年間、ライブでウケまくって先輩から「お前らM-1あるぞ」と言われ、ネタを磨いて磨いて、その結果決勝の舞台にまで上り詰めたんだと思います。
この漫才で絶対に決勝に行ってやる、売れてやる。そう思ってきたから、あそこまでの完成度のネタが出来上がったのではないでしょうか。
ミルクボーイは少し違って、ずっと同じパターンのネタをやってきたコンビです。でも内海さんのホームページを見ると、ネタがウケずやる気も出ない「暗黒時代」を経て危機感を募らせたことで漫才に打ち込みこのパターンのネタを研ぎ澄ませた結果、決勝の舞台に上り、さらに優勝をつかみました。
審査員の中で、松本さんは特に「新しさ」を重視する傾向があると思います。決勝のコメントでも、ミルクボーイには「行ったり来たり漫才」、ぺこぱには「ノリツッコまないボケ」とそれぞれ命名していたところからして、松本さんは常に「この漫才の形は何に分類されるのか」を考えながら見ているのではないでしょうか。
たとえ形が新しくても、面白くなければそれは「新しい漫才」とは言えません。ミルクボーイは学生時代から大会に出て5upに入り、この形でちゃんとウケていたんだと思います。でもそこから伸び悩んで、そこで一念発起してネタ作りを必死にやってライブを主催して、そうしてM-1を勝ち上がってやっと「新しい漫才」を世間に提示できたのでしょう。
この二組以外にも、準決勝でウケた他の組は、どこも「売れてやる」と思っているように見えて仕方ありませんでした。
そうなると、和牛、ミキ、アインシュタインといったすでに売れている人たちは追われる側になってしまいます。「売れているけれどもっと売れるためにはM-1で優勝したい」と「売れるために絶対にM-1で勝たなければいけない」という人たちでは、目の色が変わって当然です。もちろん後者にあたる人たちでも実際に目の色を変えていい結果を出すのは簡単なことではないですが、今回決勝に初めて上がった人たちはそれをやってのけたんです。それがすごいと思います。
そういう違いが素人にも見て取れたのですから、上沼さんが和牛に対して言ったあの発言は、本当にそうだなあと思うばかりです。
でも、和牛の立場になって考えると本当につらいですよね。
知名度があるから腕前があるというのも知られていて、M-1の決勝に行って当然だとファンからもそうでない人からも言われる。そうやっていつの間にか追われる立場になっていて、準決勝では新しい漫才をした人たちの勢いに押されて落ちてしまう。敗者復活で上がれたと思ったら上沼さんに間接的に説教をされて、それでも3位には入れると思ったら最後の最後でぺこぱにまくられる。
腕があって勝って当然と言われている自分たちに、ぺこぱやミルクボーイが、人生をかけたネタで殴りかかってくるんですよ。こんな恐ろしいことはないんじゃないかと思います。
もともとM-1は新しい漫才やドラマ性が重視される大会でしたが、サンドウィッチマンやオードリーが売れた以降はそのドラマ性が停滞した感もあり、そのまま大会は一度終わりました。
変わって始まったTHE MANZAIは、M-1のようなヒリヒリ感よりも、楽しさが重視される大会だったように思います。で、THE MANZAIが終わってM-1が再開した時も、前のM-1の雰囲気にすぐに戻るのではなく、THE MANZAIからの移行期間のような雰囲気がまだ残っていたように思います。
楽しくて、腕のあるそこそこのベテランが報われる大会。そんな流れがそのまま続けば、おそらく和牛は今年か来年に優勝できたのではないでしょうか。
が、去年で流れは大きく変わりました。霜降り明星が勢いのある漫才で優勝して去年1年でめちゃくちゃに売れたことで、世間は「新しいスターを発掘する」という以前のM-1の魅力を思い出しました。
それが回り回って何にどう影響したのかはわかりませんが、準決勝は知名度よりもその時のウケ具合と新しさを重視する審査になり、決勝もこのような結果になりました。
こうなると、「安定」「熟練」といったところに長所のある和牛のような漫才師はとても不利になってしまいます。
その変わった流れの中では、敗者復活から上がってきた和牛の安定感がとても異質なものに見えてしまって、その結果が上沼さんのあの発言だったのではないでしょうか。和牛が悪いわけでは全くなく、ただただM-1というものの流れが変わってしまったのです。
今回のファイナリストが発表された時、準決勝を見ていない人の反応としては「敗者復活の方がレベルが高そう」というものがすごく多かったと思います。
多くの人はどうしても、「芸人は自分の知っている順に腕があって面白い」と思いがちです。ミキや和牛やアインシュタインは知っている、だから面白いに違いない。知らない芸人はそれよりも面白くないに違いない。それは準決勝を見に行くようなお笑いファンも例外ではなくて、知名度のある組は自己紹介やつかみからすぐウケるからかなり有利なんですよね。
そんな思い込みを根底から覆すようなネタを作り上げてやり切った芸人さんたちは本当にすごいと思います。
ただただ「気概」の一言ですよ。準決勝を見終わった後はその気概に当てられてしばらくぼーっとしていましたし、審査員もそれに応えた審査をしたんだと思います。
テレビ番組として無難な審査をすることだってできただろうに、何かが起きてほしい、何かが大きく変わってほしいという見る側の渇望を潰さない番組作りをしてくれたスタッフの皆さんもすごいと思います。
だって、今回のネタ前のVTR、芸風のネタバレをしてないんですよ。二人の見た目とボケツッコミの役割の紹介、それにネタバレにならない程度のキャッチフレーズ。「子どもが生まれて苦労してる」とか余分な情報もなく、フラットにネタに入れるようになっているのはすごくありがたかったです。
あとネタ前のVTRでよかったのは、コンビの昔の写真が出たことですね。見取り図やインディアンスの見た目がヤバくて面白かったです。
でも、予選に行ったらそういうコンビが本当にたくさんいるんですよね。ぺこぱみたいなナルシストキャラもそれはもうたくさんいます。
そういう有象無象の漫才師の中で、自分に欠けているものを自覚して、見た目も人前に出られる程度に整えて、何者かになっていく。そんな漫才ドリームを見せてもらえて、今年のM-1は最高でした。
お笑いが好きだと自分で思っていても、まだまだ芸人さんたちのすごさを見くびっていたなと思ったほどです。
もう三回ぐらいは通しで見返したし、こうやって思い返しても本当にいい大会だったなあとしみじみ思います。
芸人さん、スタッフの皆さん、ファンの皆さん、お疲れさまでした!
(18:58)