シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
ゴンドは荒い呼吸のまま動きを止めていた。ランタンもない僅かな地上からの光だけが届く闇の洞窟の中に女の声が響く。ドワーフもクアゴアも光の届かない地下に暮らす種族だが、突如現れた女の種族がわからない。
この場ににそぐわない頭の先から足元までヒラヒラした黒い服を着た白い少女、それが一目で見た印象だった。種族は人間? あるいはエルフ? 耳が隠れているため断定はできないが相手も夜目がきくのであればエルフかもしれない。
そこまで考えたところで思い出す。違和感はその姿だけではなく先ほどの挨拶も含まれた。命がけで逃げ、奴隷落ちか殺されるかもしれない今の自分には、あんまりな言葉ではないかと思う。
ゴンドはもう走る力も残っていない、自らの生殺与奪の権利は最早自分にはないが目の前の女はまだわからない。
クアゴアに意識を戻すと「こいつもドワーフか?」「奴隷にして一緒に連れていくぞ」と、既に結論を出し鋭い視線を少女に向けていた。そんな悪意の視線を真正面から向けられた女は――
「よかった。言葉は通じるんだ~」と、先ほど以上に訳の分からない独り言を呟いている。
危機感の欠片もない死んでも自業自得な女だが、偶々とは言え自分が逃げてきた方向のせいで誰かを巻き込むのは、ゴンドには我慢ができなかった。
「逃げろ嬢ちゃん!」
「ちっ!」
力尽き垂れていた両手を無理矢理動かし、腹に乗っていたクアゴアの片足を掴む。ドワーフ一人の体重では心もとないがクアゴアと一緒に下り坂を転び落ちる覚悟で必死に力を籠める。怪我を負った自分にはこれが精一杯であり、上手くいけば自らも青の上位種から逃げられる事に全力を賭けた。
「そいつはもう殺せ。どうせほかのドワーフを――」
「<
突如両手に掛かっていた足の抵抗がなくなる。それどころか見上げていたクアゴアの体が急速に傾き、そのまま坂に倒れゴロゴロと転がり落ちて視界の隅で止まった。
「は?」
ゴンドは思わず自らの手を見つめたが――いや、自分ではないと思い直す。疲労のせいか指先が震えており、こんなボロボロの手で大したことができるとは思えなかった。
(この嬢ちゃんが……)
少女を確認すれば目の前にもう一体のクアゴアがいるにも関わらず、握った手を見つめながら「弱い……」などと手応えのなさを確認するようにしていた。気のせいか落胆してるように見えたのが、少女の実力を物語っている気さえした。
「き、貴様ァ!」
「この体を奴隷にしようなどと言う者に話を聞く気はない。<
眉をひそめた少女の手から光が漏れたと思った瞬間、白い光が視界を埋め尽くす。突きつけた指から生物を象ったような雷が一直線にクアゴアに向かう。直撃したクアゴアが発光したと思った途端、あまりの光の強さに眼が眩んだ後の視界には少女のみが残されていた。
「おッ、嬢ちゃん、何が? クアゴアはどこへ行ったんじゃ?」
「……」
少女が無言のまま指をさす方向、丁度ゴンドと少女の中間に位置する床になにやら黒い灰のような塊があった。(ほんとにこの嬢ちゃんが……)焦げたような匂いが周辺に充満する。砦に設置したマジックアイテムによって焼け焦げたクアゴアを見たことがあったが、形も残らずただの灰になったクアゴアなど聞いたことはなかった。
「怪我をしているのですか?」
「あ、あぁ。じゃが少し休めば大丈夫じゃ」
いつの間にか目の前まで移動していた少女から声を掛けられる。
「これを飲んでください」
「そいつは赤い? ポーションか? そんな貴重品はええぞ。少し休めば――」
「いいから気にせず飲んでください、ここはまだ安全ではないのでしょう?」
何処から取り出したのか少女が手に持っていた瓶――少し過剰な装飾をされたポーションを強引に押し付けられる。赤いポーションなど聞いたこともない。
未知の物を体に取り込むには抵抗感を感じたが、渡された少女は命の恩人であり、今ここが安全ではないと言われたことも尤もだったので勢いに任せ一気に飲みほす。
「なんじゃ……これは」
飲んだ途端に体中に付けられた爪痕が消えていく。赤く光ったと思えば時間を巻き戻すように一斉に塞がったのだ。ドワーフの国にも帝国から輸入されたポーションは僅かにあるにはあるが、全て摂政会が管理しており主に軍部で使われることになっている。ゴンド自身は飲んだことはなく人生で初めての体験となった。
「ポーションっつうのは、こんなに効くもんなのかッ!」
「よかった、さきほどのクアゴア? が言っていましたがあなたはドワーフ?」
「ああそうじゃ! 感謝するぞ嬢ちゃん。わしゃゴンド、『ゴンド・ファイアビアド』じゃ。ここから北に半日ほど進んだドワーフ国に住んでおる」
「わたくしは…そうですね」
「シャルティアとお呼びください、嬢ちゃんでも構いませんよ。旅人です」
頬に手を当て少し考えるような仕草をした後、ニコリと微笑みながら告げられる。その姿に(なんじゃ?訳ありか?)と、一瞬不躾な考えが頭をよぎったが、恩人の過去を詮索する趣味もないので流すことにする。
「シャルティア嬢ちゃんじゃな。よければわしらの国に来んか? 大した礼はできんかもしれんが宿は必要じゃろ?」
「そうですね、この辺りに来たばかりですしお話も聞きたいのですが」
「よし、では決まりじゃ! ドワーフしかいない国なんじゃが命の恩人じゃ、誰にも文句は言わさんから安心して来てくれ」
「ありがとうございます。ところでこんなところでゴンドさんお一人ですか? 仲間の方とかは」
「ゴンドで構わん……ッ! そうじゃったあああ!」
仲間。正確には調査隊の同胞を今の今まで忘れていた不覚を恥じる。死に物狂いで逃げ、もう駄目かと思ったとき場違いな少女が現れ、一瞬でクアゴアを倒すという不思議な体験をしている最中のため仕方ないが、思い出したからにはできる事を考えなければならない。
そして瞬時に思い付く案と言えば、目の前の少女しかいなかった。
「じょ、嬢ちゃん!なんとか、なんとか仲間を助けてくれんか」
「……落ち着いて、仲間は何人? 状況は?」
「あ、あぁわしを入れて十人じゃ。昨晩の地震と赤い光の調査で来たんじゃが、クアゴアの襲撃をこの地下道の奥で受けてそのまま散り散りに」
「……調査?」
「ああ、頼む! 礼は必ずする! あいつらも助けて貰えば――」
「眷属よッ!」
途端に少女、シャルティアの背後から蠢くような影があふれ出す。影は分裂し周囲に飛び出し音もなく床や側面、果ては天井に張り付き赤い双眸が開く。それは漆黒の狼――影と思い込むほどの闇を纏った毛並み。邪悪な無数の瞳が一斉にゴンドと、その傍で狼を見渡しているシャルティアを見つめていた。
ゴンドはその姿に身震いしてしまったが、シャルティア本人は微笑みながら狼を確認するように見渡していた。
「ゴンド! 襲撃を受けたのはここからどれくらい?」
「あ、あぁ……わ、わしがへばってしまったくらいじゃから、それほどは」
「先行し奥に進みなさい。私が殺したクアゴア――毛むくじゃらの種族を殺し、ゴンドと同じドワーフ種族九人を守りなさい。行けッ!」
影が這うように音もたてず赤い二つの、そして無数の光が洞窟奥へ一斉に消えていく。速すぎて追いきれないが数は二十以上、ひょっとすると五十匹はいるかもしれない。無数の気配が消えて周囲の圧迫感が霧散する。
シャルティアは気配が消えた洞窟の奥を厳しい目つきで見つめながら、先ほどと同じように使い魔を召喚する。今度は一匹の狼と無数の小さな影がシャルティアの周囲を飛行していた。
「
「あ、あぁすまん。嬢ちゃん恩に着る!」
「……いえ、あまり気にしないでください」
少女――シャルティアは照れたような苦笑いを向けると宙に浮きながらゴンドと狼を置いて洞窟の奥へ消えていく。
「さっきまで荒事に慣れた戦士のような雰囲気じゃったのに、あんな年相応の反応をするとは、おぬしのご主人は変わった人じゃのお」
漆黒の狼に話しかけながら、その巨体につかまりなんとかよじ登る。首を傾げた狼が無事に騎乗したゴンドを振り返った後、主人を追うように駆けだす。ドワーフ一人を乗せているとは思えない軽快な走りにバランスを崩しそうになるが、何とか立て直し首にしがみつく。
(みな生きていてくれよ。わしのように無駄に抵抗してなければ、捕まって連れていかれるだけじゃ――)
静寂な洞窟に四足歩行の漆黒の狼の駆ける足音のみが響く。狼の背から前方を覗き見る。頭部が邪魔で横から覗かなければならないのが不便だが、かなりの速さで襲撃現場にはすぐに着いてしまった。
周囲にはクアゴアだったらしい毛の着いた肉塊や首が擡げた死体が転がっており、その姿から先行した狼達に殺されたと容易に想像できた。
「どうした? 嬢ちゃん」
近くまで来ると先ほどの通路に比べ、やや広がった空間にシャルティアが既に着いており警戒しているのか宙に浮きながら周囲に向けて視線を飛ばしていた。
「いえ、終わったようです。警戒はまだ必要だけれどこれから迎えに行くので、ゴンドも一緒に来てください」
「終わった? クアゴアを全て倒したのか? あやつらみな助かったのか?」
「えぇ、九人全員無事でした。今しがたこの子達が教えてくれましたよ」
警戒していたと思われた厳しい表情が消え、ゴンドに笑顔を向けられる。
よく見ればシャルティアの周囲には先程呼び出したと思われる黒い蝙蝠が数匹舞っていた。
(全然気づかんかったわい……)恐らく狼が戦闘に、蝙蝠は隠密に優れた使い魔なのだろうとあたりをつけ、改めて尋ねる。
「では迎えに行くとするかの」
「ええ、怪我をしているドワーフがいるそうなのでまずはそこへ向かいます」
シャルティアに先導されゴンドを乗せた狼が付いていく。怪我をしたドワーフもそれほど重いものではないようで、先ほどよりもややスピードを落とした浮遊魔法で洞窟を進む。
「あー、仲間に紹介する時のためなんじゃが、シャルティア嬢ちゃんの種族はエルフかの? それとも人間か?」
「人間やエルフがこのせか、……この辺りにも人間やエルフがいるのですか?」
「ふむ、この山を挟んで東西それぞれに大きな人間の国があるの、エルフは遠く南の森の中にあるんじゃが……」
「そうですか」
前を飛ぶ少女はやや考え込むような神妙な表情を見せる。
「あぁ、いや……言いたくないなら――」
「半分は人間ですね、もう半分は秘密ですが」
♦
それからすぐに怪我をしていたドワーフ達と合流し、ポーションですぐに治療が完了した。交易に詳しいドワーフが「帝国のポーションなんぞより凄い!」と、目を見開きシャルティア――モモンガに問いただそうとしたのを、別のドワーフが殴って止めるというアクシデントがあったくらいだ。
その後も使い魔の狼を敵と勘違いし、逃げ惑っていたドワーフ達と合流。命の恩人となり、襲撃現場に残っていたゴンドの不可視化のマントなど物資を回収できた。
王都に帰還するという彼らに同行を申し出る前に、是非御礼がしたいと逆に招待を受けることとなり、これ幸いと同行する事にした。
(狙ってたとはいえ、なんか怖いくらい都合よく進むな。……クアゴアというのも弱すぎるし、少し警戒しよう)
流石にこのドワーフ達が罠を仕掛けているとは思えないが、戦争中の国に足を踏み入れる事にモモンガの警戒心が二段階上乗せされる。彼らの街に着く前にできるだけ情報を引き出そうと、地下道を歩きながらお互いの自己紹介を始めていた。
「ほう、ナザリックという都市か。すまんが聞かん名じゃな」
「えぇ、もしかしたら……もう帰れないかもしれないくらい遠いので」
「帰れない?」
「おい! 命の恩人にあまり根掘り葉掘り聞くもんじゃないぞ!」
「そ、そうじゃな。ところで嬢ちゃんは酒は飲めるかの? わしらドワーフは酒好きでの、国にも酒が溢れておって――」
とは言えドワーフの話は酒に傾きがちで、モモンガ自身もどこまで話せばいいのかわからず、当たり障りない話になりがちとなってしまっていたが。
「みなさんは赤い光の調査目的と、お聞きしたのですけれど」
「あぁ、本当はクアゴアとの遭遇を恐れてみな及び腰だったんじゃがの」
「摂政会が出した条件に眼が眩んだ、阿呆な十人というわけじゃな」
「条件?」
「一言で言えば報酬の金なんじゃが。摂政会もわしら国民もみなあの地震に怯えておっての。なんせ国営の坑道がいくつも崩落を起こしたんじゃ。トンネルドクターという
今までのような地震では、こんなことは絶対起こらん。おまけに地上側の砦では地震の起こる前に山に赤い光が落ちていったという不気味な報告がされてな。その光が原因ではないかと、こうして調査隊を送り出したわけじゃ」
「そうだったんですか……」
ひととおりの調査団のいきさつを聞いたモモンガは銀色の眉と眉の間に深い皺を作り唸っていた。
(運よく命の恩人として取り入れたと思ったけど、そもそもの原因って俺かッ!)
当然ながら悩んでいるのは自分が行ったことで広がった被害結果についてであった。試しに使った魔法で彼らの――ドワーフの国に相当数の被害が出てるようで、多少の罪悪感が湧いてしまう。
精神が鎮静化するためか思ったほど落ち込みが感じられず、それ自体に自己嫌悪を覚えるが、此処まで集めた情報でやる事は決めていたため前向きに考えることにした。
(このまま同行して、彼らの国でこの世界の知識を得ないとな)
少なくとも彼ら十人は、モモンガに多大な恩義を感じてくれている。彼らの国の話でも概ね魅力的な様子が見て取れた。クアゴアの侵略行為については少々の不安はあったが、今日のような相手であれば問題になりそうもない。このままついて行けば国のトップである摂政会にも仲介してもらえそうだし、防衛に手を貸したり、先の話にあった国営坑道の復旧に手を貸して恩義を売るのも良いだろう。
死亡者が出ていた場合復活魔法を試すのもいいかもしれないが、ドワーフ達がどういった反応をするかもわからないので、その時々で判断する事にした。一通りの熟考したあと内心ほくそ笑んだところで
――大勢の逃げ惑うような足音が耳に届いた。
「なんじゃ!!なにがあったんじゃ!?」
間もなくドワーフ達も異常に気が付く。自分たちが進んでいた地下通路その先から無秩序に大量の足跡が聞こえてくるのだ。クアゴアのようなヒタヒタと音のする足跡でないのはわかったが、それ以上に洞窟内に響き渡るような大量の足跡など彼らも聞いたこともないという。混乱するなという方が無理な話だ。
そして通路を抜けた先、今までモモンガたちが通っていた小さめな通路に比べて軽く見ても十倍以上に広く、そして天井も高い地下通路にひしめき合う様に大量のドワーフ達が南に向けて走っていた。
それぞれに手荷物は最低限であり手ぶらの者、赤ん坊を抱えた者、トカゲのような動物に騎乗している者、その走る姿は多種多様であったがみな一様に共通点があった。それは必死の表情――恐怖に追われてい者の表情だった。
その流れの中からドワーフが一人駆けてきた。一瞬モモンガを見た時に訝し気な表情をとったが、此方に知り合いがいる様でためらいもなく近づいてきた。
「ゴンド達か!? 早く逃げろッ! クアゴアの襲撃じゃ」
「なんじゃと!? フェオ・ジュラにか!! 都市はどうなっておる!?」
「見りゃわかるじゃろッ! みんな今逃げ出しとるところじゃ!!」
「そんな……!」
「砦は!? 軍はなにをしておったんじゃ!!」
「昨日の地震で崩れた坑道から湧き出してきおったんじゃ! もうどうにもならんわ!」
ゴンドの眼が見開き天を仰ぐ、抱えていた荷物が辺りに散らばるが固まったまま動かない。モモンガが周りを見れば他の九人も多かれ少なかれ同じような反応であり、今の知らせが彼らドワーフにとって絶望的な事だったのは、部外者であるモモンガにもすぐに理解できた。
(これは不味い……のか?)
自分がしでかしたドワーフ王国に対する被害がさらに増しているようだ。
――そして、彼らが絶望的な状況に。もしかしたら滅びるのかもしれない。
そうなると知識の収集どころではない。元々の原因は自分ではあるのだが、何もなくなった者に恩義の返済ができるはずもない。国としての形がなくなるのであれば当然そこに暮らす者たちは、家どころか国を失った身となる。
「じょ、嬢ちゃん!」
真っ先に知らせを聞いて呆けていたゴンドが、こちらを見ていた。瞳には最初にあった時と同じように何かを頼みこむような、今にも土下座せんばかりの懇願が見て取れた。
「な、情けない話じゃが――」
「待ってゴンド、確認します。私はなんでもかんでも助けてあげるお人よしではありませんよ。あなたたちにもそれ相応の謝礼を要求するつもりでした」
「もとよりそのつもりじゃ! わしらみんな嬢ちゃんに感謝しとるし、謝礼だって出来るだけの物を」
「それはドワーフの気質からくる物? 種族としても国としても、摂政会というのは私がドワーフ達を助けた場合ちゃんと心から感謝してくれる?」
「勿論じゃ。信じてくれ!」
周りを見渡せば強く頷く他のドワーフ達。
「……ゴンド達は、使い魔の狼に乗って避難する人たちの護衛をして。同族が乗っていれば混乱も少ないでしょう。私は――」
そこまで言い終えてモモンガは避難民が背にする遥か先、遠方に見える大きく開かれた巨大な門を見据えた。