はじめまして。
タイトルの通りです。
朋花Pではないんですが、視聴でSister来た時から一目ぼれして聴き続けたときに思ったことです。
何かあったらコメント頂けると嬉しいです。
興奮してるので日本語めちゃめちゃです。
あと書いてたらMaria trapと鳥籠スクリプチュアの話も長くなってしまいました。
あとクリスチャンでもないのでその辺ガバガバだったらすいません。
前置きはこのくらいにして、
カッコいいですよね!「Sister」
今までにはないようなフラメンコ的なラテンの感じの曲調で。
ここからうだうだ長々話すんですけどそーゆー所を抜きにしてもものすごいかっこいいです。
というかだからこそものすごい気にいったというのもありますが。
タイトルのSister、これ「マリア様」って意味があるらしいです。
単刀直入に言います。
自分がこの曲で感じたこと、それは
「これは天空橋朋花の曲。そしてマリア様と朋花の対話」
です。
今までのソロ二曲
「Maria trap」
「鳥籠スクリプチュア」
は「朋花の中にいるマリア様」の曲です。
そう判断した理由も後述します。
曲の順番としては
「鳥籠スクリプチュア」→「Maria trap」→「Sister」
だと考えた上で話をしていきます。
あと朋花の中にはマリア様という人格がある設定で今回は捉えています。
順を追って説明します。
まず、鳥籠スクリプチュアで朋花はなんらかの方法でマリア様と契約をします。
曲中で「まだあどけないその情熱」とマリア様が評していますし、ただ「残酷な覚悟を その両手は選び取れるかしら」や「護ってあげる」、「教えてあげる」などのマリア様の話し方は、子供に話しかけるようなので、朋花がおそらく子供の頃の話だろうということは何となくわかります。
「羽ばたく自由に飽きて」しまった朋花、しかし彼女は自由が故の「孤独」に苛まれていたのでしょう。
朋花はここでマリア様と契約し「『鍵を開ける』」ことにより「未来永劫 約束を交わ」しました。
しかしその結果、朋花本人の心は「鳥籠の世界へと」囚われてしまいました。(「Fallen cage」)
2サビの後にある〔騎士団の七カ条〕も朋花とマリア様の契約の際のものだと思うと、2.4.6つ目が可愛らしい声であるのも説明ができます。朋花とマリア様、2人が読み合っているからです。
その世界「鳥籠の世界」にいる限り(「そこに在るのなら」)マリア様が「迷わず護って」くれますし、孤独だというのもマリア様が「孤独を砕いて 抱きしめて護って」くれます。
ここからマリア様は「貴方(朋花)と在る」のです。
一連の契約によりマリア様は朋花の「躯」を手に入れましたが、朋花本人の人格は「鳥籠の世界」にとらわれてしまいました。
最初の印象的な「“選びなさい”」もマリア様が朋花に契約をするのかしないのか選べという問い掛けのように聞こえますね。
そして月日は流れて「Maria trap」の時間軸です。
鳥籠の世界に囚われていたはずの朋花の人格ですが、誰かに「恋をして」しまいます。
しかし鳥籠スクリプチュアでマリア様は「全てを捧ぐプロセス 偽りの愛など決して赦されはしないの」だったり「私のため生きたらいい」など朋花には「全てを捧ぐ」ことを要求しています。
よって朋花の心は「自由」ではないのです。
ですが、朋花が人に恋をしてしまったせいで朋花の心は「狂わせ」られます。
「(朋花の心が恋した人の)ため息が 微笑みが 貴方(朋花)に向けられる (朋花を)狂わせて…」(狂わせてほしいの願望の「狂わせて…」ではなく狂わせやがって!の怒りや嫉妬の狂わせて)だともとれます。
しかしマリア様は朋花の心には自分だけを愛してほしい(ここの愛はおそらく恋の愛とは別?)のです。
だから「『貴方(朋花)を支配したい』」や「貴方が欲しい」だったり果てには「貴方にとって唯のマリアで善いわ」などと言っています。朋花の心には唯一自分がいればいいと、マリア様は思っているのです。
恋してしまったが故に身体の自由を取り戻したくなった朋花自身とそうはなってほしくないマリア様。
歌の中でも「やめて 惑わせて」などの対立するような二つのものが印象の違う声で歌われていますが鳥籠スクリプチュアと同じ様に甘い方の声が朋花の心の声、少し厳しい印象を受けるカッコいい声がマリア様の声がせめぎ合っています。
2番の「完璧とは終わりのことよ」などと甘い声でちょっと夢見がちなことを言うのが朋花の心の声、「完成とは絶望のことよ」などと突き放すのがマリア様ですね。
マリア様の人格が朋花の身体に入っているのはいうなれば「嘘」なわけです。
だって本当の心は鳥籠の中なのだから。
だからこそ甘い声の朋花の心の声は「嘘(今のマリアの人格)を見抜いて貰いたい」と思う訳ですし、マリア様は「嘘(今の人格)を愛して」もらえれば朋花が出てくる必要はなくなりますし、朋花のために愛されようと思っているのかもしれません。マリア様は「傍にいてくれない」だけで「優しい」のですから。
甘い声といえばもう一つ登場箇所があります。
そう「兎の歌 蝶が踊る 夢に溶けてく これは醒めない レクイエム」
の部分です。
確かにここにも甘い声で夢見がちという朋花の心の声の特徴と一致します。
これ以前の心の声とマリア様の対立パートは心の中で繰り広げられているいわば葛藤のようなものですが、ここは一瞬朋花本人が身体の主導権を取り戻します。
しかし、「これは醒めない レクイエム」でだんだんまたマリア様が主導権を取り戻し「レクイエム」ではほぼ完全にマリア様です。
レクイエムはキリスト教では、亡くなった人に贈る歌らしいです。
だからこの歌はマリア様が朋花に心の中に居ろ!という気持ちも含まれていると思います。
それを感じている朋花ももちろん好きな人に愛してもらいたい、だがこの鳥籠から出て自分が身体の主導権を取り戻すことができない。それを理解しているからこそ「これは醒めない」までは甘い声もそこそこ入っているのかな、と。
長くなりました。ここからは「Sister」についてです。
ロザリオ(カトリックでしか使わない)だったりとかから読めるように朋花はクリスチャンです。
だからこそカトリック政策を行った人に唯一保護されたフラメンコというチョイスなのでしょうか。こっこちゃんパねえ!
冒頭で話した判断の理由ですが今までのソロ二曲は歌詞に出てくる「アナタ」という読みの表記を絶対に「貴方」としています。
しかしこの「Sister」では「貴方」の表記になることは一度もなく絶対に「あなた」表記です。
これは単純な間違いなのでしょうか?
わざわざ曲調としてカトリックと関わりのあるものを入れるような人が作詞もしたのに?
ここにはなんらかの意図が介在してあえて「あなた」と平仮名表記にしているはずです。
そこで考えたのがこの曲は
「Maria trapからまた時間が経ち、今はある程度朋花本人が身体の主導権を手に入れている、その様な状態で朋花本人が「あなた」(マリア様)に話しかけたり、朋花本人の心の葛藤を描いた歌」
だと決めました。
歌に入りましょう。
まず最初朋花が「~て…」と言っています。
自分は耳がおじいちゃんなのでちゃんと聴きとれないのが残念でしょうがないのですが、「どうして…」か「返して…」か「愛して…」と言っているように聴こえます。
二番の頭の同じようなところでは「奪ってほしい…」と言っているはずなのでおそらく「返して…」の方が正しいのかと思われましが聴いた感じは「どうして…」が一番近いのでどちらの見解も書いておきます。
「返して」「愛して」パターンは相当前述した通りのことが原因だと考えられます。
「どうして」は後の歌詞を見ていくと朋花は順風満帆というわけではないようです。
どうして…こんなはずじゃ…やどうしてうまくいかないんだの「どうして」かなと。
たぶん「どうして」だと思います。
恋をした朋花の心とマリア様との対話です。
この歌はいままでの二曲と違って朋花自身がメインで歌っています。
どんどん朋花自身が前に出て来るようになった時、自分の思い描いていたように恋がすすまないことに対する苦悩なんかを情熱的に描いています。
一番では「自分は騙れない」つまり今の自分がマリア様だったころの自分に対して見劣りする、という考えを持っています。
しかしマリア様の自我を引きずり降ろし、前に出ることを実行したのは自分です。
おそらく決定打となったであろう出来事は
「わざとだったの 声に二秒だけ乗せた本音が
私(あなた)からの最初で最期の言い訳」
です。
二秒の本音とは何か、2という数字から二文字の言葉で考えてみるとまあ〔好き〕とかが妥当な所ではないでしょうか。
みんなの聖母でなくてはならなかったのに一人の人間に対して想いを口にしてしまう。
その時点でマリア様では居られなくなります。
そのことを朋花もわかっていたのでしょう。
だから「わざと」口にすることでマリア様から心も取り戻すことができたのではないのでしょうか。
「恋」は「儚げ」なものです。
しかしそれが聖母で居られなくなるには十分すぎる理由だった。
だからこそマリア様にとっては〔硬い罠〕なのです。
やっと自由になれた朋花。
しかし先ほど言った通り彼女は自分に失望してしまいます。
だから「迷ってる 惑ってる 解ってる ああ分からない
あなたのまま あなたじゃない あなたなら赦されたの?」
の部分で今度は朋花が心の中のマリア様に問い掛けます。
ここ、「迷ってる」「解ってる」「あなたのまま」「あなたなら」が残りの部分に比べると音が大きいです。
こっちは朋花の心の声、残りはマリア様の声です。
朋花の〔迷い〕を〔惑い〕だと言い、〔解っている〕という朋花に対し、〔分からない〕(朋花の気持ちが)と言ったりしています。
また、マリア様の状態だったらと望む朋花に対し、「赦されたの?」(願い通りになるのか?)といったりと割と手厳しいですねマリア様。
二番に入りいきなり「膝まづ」いています。
膝まづく様子というのは祈りをささげているように見える動作です。
「禁断」というのはマリア様を追放した自身のことだと取れます。
そして「私は弱いな」
ここから結局またマリア様に縋ろうとしていると思えます。
「『サヨナラ』」と言えたら良いのに…
嗚呼 為す術も無く私じゃなくなる でも」
から恋した人に対し、別れを告げたいのにマリア様が出てきてしまうから告げられない。
「でも」自分よりマリア人格のほうが相手のためになる、と朋花は思っているのでしょう。
2サビは割とマリア様が歌ってる様に聴こえます。
ここで朋花の心は割と自暴自棄なのでしょう。自分が想いを捨て、マリア様に託せば上手く行くと考えています。
だからマリア様が本当に「全て乱されたい」のか「望んでいるの?」と問い掛けますし、マリア様と自分の心を強く「有刺鉄線」で縛りつけ「繋ぐ」ので血が流れてしまい、「赤」に染まったと取れます。
また自分が鳥籠の世界に戻っていくことがわかっているからまだ自分が残っているうちに恋している相手に対し聖母として授けられる〔愛〕なのでしょう。
しかしその気持ちは嘘なのです。
だからこそ
「願い事叶うなら 私だけに騙されてーーー」という独占的な台詞が出てきてしまう。
そのことでまたマリア様が引っ込み朋花自身が出てきてしまいます。
次の
「『サヨナラ』と言えたら良いのに…」
は今度はマリア様に対するサヨナラなのかなと。
キチンと一人で自立して、縋らず生きて行きたい。
もう聖母には戻れません。
だから、最後のサビは余裕のなさを感じるような歌い方です。
「Sister」から朋花は今まで一緒に過ごしてきたマリア様をお姉ちゃんのように思っている、だからそれも含めてのSisterなのかもしれません。
長々と書かせて頂きましたが、まあ他にも色々とらえ方、あると思います。
僕のこの記事も皆さんが朋花をより一層好きになるきっかけになってもらえれば嬉しいです。
(頑なに明言を避けてきたけど恋した相手ってプロ…)
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