「おはよーございまーすっと……」
ひそひそ……ひそひそ……
「んー?みんなどったのー?なんかあった?」
シアターの控室で、みんなが顔を寄せ合って話しているみんなに声をかける。
「あ、恵美さん!実は恵美さんのプロデューサーさん、好きな人がいるらしいんですよ!だからそれが誰なのかな~ってみんなで話してたとこなんです!」
翼が答える。
この手の話題をあまり好まなそうな静香も、話の輪に加わっている所を見ると、この手の話題はやはり皆、興味津々なのだろう。
「恵美さんは誰だか知りませんか?仲良さそうな女の子でもいいんで!」
あのプロデューサーに好きな人、ねえ……
優しくて、見てくれもそこそこ良いので、モテそうなタイプではあると思う。
だが……
正直あの人に女の人と遊んでる暇はないように見える。
毎日夜遅くまで、休日も望んで仕事をしているような人だ。
本人曰く「俺はこの仕事が趣味だからいいんだよ。それに芸能活動に休日も祝日も関係ないだろ?」とのことらしい。
確かにプロデューサーの言う通りだし、プロデュースしてもらっている身としては心強いことこの上ないが、そんな仕事人間に女の人と遊んでいる余裕があるとは思えない。
……仕事関係の人ならワンチャンあるのかも……
まあどっちにせよ、具体的な人物に関しては、皆目見当もつかない。
「うーん……わかんないかなー、ゴメンね!力になれなくて!」
「全然ですよ!でも、なんかあったら、教えてくださいね~」
「もち!じゃねー!」
まあ、この後プロデューサーに会うわけだし、その時聞こう。
「プロデューサー、おはよー!」
「ああ、恵美、おはよう」
「……」
「……」
気まずい……
物凄く気まずい……
あんな話をされた後だからなのか、プロデューサーの顔を見るのがなんだか気恥ずかしい。
そんなに気にするようなことではないのに。
パチン!「……よし!ねえ、プロデューサー?」
「ん?」
「……好きな人、いるらしいじゃん?」
「……あ、ああ、まあ、そうだな…どうしてそれを知ってるんだ?」
翼たちが言ってたこと、ホントだったんだ……
「みんな言ってるよー!ねね!どんな子なの?」
「そうだな……明るくて可愛い子、だな」
「…それで?他はどんな感じなのさ!」
「あとはだな……オシャレだし仲間思い、だけど頑張り屋な素敵な女の子、って感じかな」
「えー!めっちゃいい子じゃーん!プロデューサーが好きになっちゃうのもわかるよ!うんうん!」
ポリポリと恥ずかしそうに頬を掻くプロデューサー、そんなプロデューサーを、アタシは、しっかりと見据えることができない。
プロデューサーに好きな子がいるって言われてから、頭の中がグルグルしている。
ちゃんと笑えているかすらわからない。
ホントは喜ぶべきところなのに。
なのに……
これ以上聞けない、聞いているのがツラい。
「……恵美?どうかしたか?」
「……ん!なんでもないよ!アタシも応援するからさ!頑張りなよ!プロデューサー!」
これ以上プロデューサーと話していると、余計な気持ちが湧きあがって来そうだ。
悪いことなんてある筈ないのに。
少し早いけど、今日はもうレッスンに行こう。
「そろそろレッスン行ってくるよ!じゃね!」
「ああ……気をつけてな」
「はい、今日はここまでー!」
「「ありがとうございましたー!」」
ドッとレッスンの疲れが押し寄せてくる。
「恵美、恵美?大丈夫?」
「……琴葉ー?いきなりどしたのさ?」
琴葉が心配そうな顔で話しかけてくる。
「いや、今日、なんか集中出来てなかったから……」
「そんなこと……」
「あるよ。それくらいは私にもわかる。」
真っ直ぐ見つめて話しかけてくる琴葉。
「や、ホントに大した話じゃないんだって!」
「さすがにそれは嘘かな。顔に分かり易く悩んでます、ってかいてあるもの」
「しつこいなー琴葉は。心配し過ぎなんだって!」
琴葉が心配性なのはいつもの事だが、今日は放っておいてほしい。
「……間違ってたらゴメンね。もしかして、恵美のプロデューサーの話のこと?」
「…………」
流石に自分でも、今日何が原因で、こんな状況になってるかくらいは分かっているつもりだ。
答えなかったことで、肯定と見なしたのか琴葉が話を続ける。
「あれは噂なんだし、プロデューサーと一回ちゃんと話した方が………」
「……何を、何を話せばいいのさ!」
「あっ、琴葉、ごめ……」
最低だ、自分を善意で心配してくれた琴葉に当たり散らすなんて。
「いや、いいの。それより恵美、何を話したらいいかなんて、自分が一番良く分かってるはずだよ。」
「………別に、プロデューサーと話すことなんてなんもないよ」
「恵美!!」
「アタシは別にプロデューサーと今のままでいい!アタシが黙ってるだけでプロデューサープロデューサーが幸せになれるならそれでいいの!」
「……本当に恵美はそれでいいの?」
「だからいいって言ってるじゃ……」
「そう、ならいいの。でも、自分の気持ちに鍵をかけて、仕舞っておくことがどういうことか、恵美はわかってるはずだよ」
「それに」
「結果がどうであれ、私は行動した方が後悔ってしないと思うな、なんて、部外者だから言えるのかな。」
「じゃあ、先に帰るね。色々とお節介焼いちゃってゴメン。」
「あーあ、何やってんだろアタシ……」
劇場の屋上で、フェンスに寄っ掛かりながらぼやく。
自分からプロデューサーに好きな人の話振って、勝手に自爆して。
さらには優しくしてくれた琴葉にまで八つ当たり。
最悪だ。琴葉にはちゃんと今度謝ろう。
でも、プロデューサーに好きな人、好きな人かぁ……
これからプロデューサーとどう接したらいいのか、それすらわからない。
「どーしよっかな……これから……」
夕焼け空にそんなことを問いかけたところで、答えは返って……
「恵美!やっぱりここにいたんだな!良かった!」
一番聞きたくない声が返ってきた。
「……プロデューサー?どうしてここに?」
プロデューサーの方を見て、問いかける。
「いやー、それは……なんか恵美の様子がおかしかったから?」
嘘だ。
鈍感なプロデューサーが、気配りをしてここまで来るとは考えにくい。
おそらく琴葉辺りがプロデューサーに連絡したのだろう。
ホントに話すことはないのに……
「にゃはは~、別にそんなことないって! ホラ!」
くるりとその場で回ってみせる。
「そんなことよりプロデューサー、たまには早く帰って彼女とご飯でも食べに行ったら?」
そんな思ってもいないことを口にする。
プロデューサーの前で、さっきみたいに取り乱してしまうくらいなら、こっちの方がずっといい。
「……は? 恵美、お前何言ってんの?」
戸惑った声色の返答が返ってくる。
「ほら!早く!あんまもたもたしてると嫌われちゃうよ~」
心配して来てくれたと言うのなら、こっちの気持ちを汲んで、この場は帰ってほしい。
「ちょ、ちょっと待てって、何か勘違いしてんだろ」
「待たないよ、ほら!」
プロデューサーの背中をグイグイと押す。
「ほんとに!俺の話を聞いてくれって!恵美!」
プロデューサーがアタシの肩を掴んで顔を覗き込んでくる。
「別に、プロデューサーと話すことなんて何もないよ」
「そうだとしても、俺からは恵美に伝えなきゃいけないことがあるんだよ!」
「……構わないでって言ってるの! どーして、こーゆーこと、するかなあ! 別にアタシに優しくしなくていいんだってば! 早く行ってよ!」
「落ち着けって、恵美」
「落ち着いてらんないよ! どーして好きな人がいるのに、他の女の子にも気を持たせるようなことをするの! その娘にだけ優しくしとけばいいじゃん! ねえ、プロデューサー、どうして? どうしてそんなことするの?」
「やっぱり勘違いしてるよ、恵美」
「だから勘違いなんか……」
「俺に好きな人がいる、ってのは本当なんだが……あークソ!俺が好きなのは恵美!お前なんだよ!」
「……は……?」
全くプロデューサーの言っていることのわけがわからない。
俺が好きなのは恵美……?恵美……恵美?!
顔を上げると、真っ赤な顔をしたプロデューサーがこちらを見つめている。
「だから俺がお前に優しくするのも!プロデューサーってのもあるけど!お前の事が好きだからなの!わかったか!」
早口で一気にまくし立てるプロデューサー。
「何それ……何それ……プロデューサー……おかしいよ……」
「おかしくない」
「そもそもどうしてアタシなんかの事を……」
「それは今日事務所で言っただろ?オシャレだし仲間思いで頑張り屋、そんな恵美に惚れたんだ」
事務所でのやり取りを思い出し、一気に顔が熱くなる。
「プッ!あはは!なにそれ!プロデューサー、めっちゃ恥ずかしいことしてたんだね!」
「うっせ」
でも、もっと恥ずかしいのはアタシの方だ。
一人で早とちりして色んな人に当たり散らして。
「でも、アタシはこのままでいいと思ってた、アイドルとプロデューサーだし、歳も全然違う、それに無理に何かをして、この関係が壊れてしまうなら、このままでいいって、でも……」
「プロデューサー……アタシはプロデューサーの事が好き。こんな後だしみたいな言い方で卑怯かもしれないけど、それでも……だから」
「恵美、俺と付き合ってくれないか?」
「!!!!どうして……それを、先、に言うかなあ……」
「これを女に先に言わせるのは男としてなんか許せないだろ」
「それで恵美。その、付き合ってくれるのか?」
「…んーどしよっかなー」
「な!おま、今のはOKする流れだったじゃんか!」
「だってさっきプロデューサー、『クソ』って言わなかった?好きな女の子に向かってクソっていうのはどうなのかな~?」
「それは……その……すまん」
「うん」
「もっかい言って、したら許したげる」
「えぇ……結構恥ずかしかったんだけど……」
「そんなんでいいの?プロデューサー?」
ホントはこんなことが言いたいんじゃない。
もっと他に言いたいこと、言わなきゃいけないことがたくさんあるんだ。
なのに、軽口を叩いてしまう。
こんなめんどくさいアタシでも、プロデューサーは好きでいてくれるのだろうか。
「わかったよ……」
「所恵美さん、あなたの事が好きです。僕とお付き合いして頂けますか?」
「うん、でも……」
「嫌じゃないの……? こんなにめんどくさいアタシなのに、プロデューサーの、傍に居てもいいの……?」
「恵美が嫌じゃなければ、ずっと一緒に居たいと思ってる」
「うん……うん……そんなの嫌なわけないじゃん……」
「だから、その、プロデューサー!」
「ああ」
「これからも……これからも、よろしくね! ずーっと、一緒に、傍に居てね!」