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【国際】<民衆の叫び 世界を覆うデモ>(4)インドネシア 人権よりも経済か
インドネシアのジャワ島中部の古都で、多くの大学がある教育都市ジョクジャカルタ。昨年九月三十日、周囲に大学が集まるガジャヤン通りを数万人が埋め尽くした。 「君の人生は汚職まみれの人間に支配される。戦え!」。特別捜査機関「汚職撲滅委員会」(KPK)の活動を制約する法改正に反対し、プラカードを掲げる学生や労働者ら。やがて二十年以上前に民主活動家が作曲し、インドネシア語で「解放」を意味する「ペンベバサン」の合唱が始まった。 ガジャヤン通りでのデモは特別な意味を宿す。一九九八年、三十年にわたるスハルト政権(当時)の独裁と身内優遇の腐敗に怒るデモが全国でわき起こり、治安部隊と衝突する中、学生が死亡した場所だ。「ペンベバサン」はこの時にも歌われた。今回のデモはそれ以来の規模だという。 KPKはスハルト時代の反省から二〇〇二年に設立された。ユドヨノ前大統領の親族を摘発するなど、大型の汚職事件を手掛け、国民の信頼も厚い。 だが、国会は昨年九月、改正KPK法を二週間の審議で成立させた。改正法で新設される「監督評議会」は、KPKが通信傍受や家宅捜索、押収を行う際に許可する権限を持ち、そのメンバーは大統領が選ぶ。初めて捜査期間として二年の期限も設けられた。連立与党「開発統一党」幹部のアルスール・サニー氏は「KPKには捜査への説明責任がある」とガバナンスの重要性を主張する。 だが、ガジャマダ大のリマワン・プラディピヨ上級講師(犯罪の経済学)は「KPKは厳しい内部統制が機能し、社会の汚職体質の改善に貢献してきた」と疑問を呈する。 デモを組織した大学生シャダン・フセインさん(24)は「改正法はKPKの独立性を弱め、得をするのは政治家だ」と力を込める。 庶民出身の親しみやすさと清廉さを売りに一四年に初当選したジョコ大統領は、地方の市長や知事時代は汚職対策に積極的に取り組んだ。ただ、昨年四月の選挙で再選を果たしながら、KPKを巡る議論への態度は不明確で、法改正中止の政令発出を期待した市民を失望させている。 また国会に提出された刑法改正案には、大統領への不敬の禁止が盛り込まれており、ジョコ氏への不信感を増大させている。さらに大統領選で争った当時の野党の党首を国防相に任命し、連立与党の勢力を国会議席の七割超に拡大させるなど、二期目のジョコ政権は強権化の傾向とチェック機能の低下がうかがえる。 昨年九月以降、デモ隊と治安部隊の衝突で、全国で学生五人が死亡した。フセインさんは「とても危険だ。現政権下で人権は後退している」と顔を曇らせる。 インフラ整備を最重要政策とするジョコ氏の姿勢は、「開発独裁」の典型例とされたスハルト氏にかぶる。研究機関「インドネシア科学院」のフィルマン・ヌール氏は「『とにかく経済』という点では似ている」と警鐘を鳴らす。 (ジョクジャカルタで、北川成史) <スハルト元大統領> 陸軍戦略予備軍司令官だった1965年、左派系将校の反乱を鎮圧。共産党勢力を弾圧し、実権を握った。初代大統領スカルノを失脚させ、68年、第2代大統領に就任。独裁体制のもと、先進国の援助や投資を活用して経済開発を進めた。親族への利権集中や言論弾圧に批判が高まった上、97年に始まったアジア経済危機で市民生活が混乱。98年に全国でデモが発生して辞任に追い込まれた。2008年に病死。 PR情報
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