ジルとモモンガの最高の人生の見つけ方 作:abc
バハルス帝国現皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは自室のベランダに立ち夜風を顔に感じていた。その表情は落ち着いているというよりは落胆、諦観を多分に含んだ顔つきをしている。そんなジルクニフに夜の風はどこか心地よさを感じさせてくれた。
思い出すのはつい数時間前に掛かりつけの医者に言われたことである。
ジルクニフは最近体調が優れないでいた。細かなところでは体の節々に違和感を感じるなどの症状が、大きなところでは吐血をつい先日出してしまったのだ。これには流石のジルクニフも自分の身を案じ、医者の元へと向かった。
様々な検査をすること数時間。
やっとのことで分かった自分の健康状態にジルクニフ自身が驚くことになる。
「陛下……落ち着いて聞いてください。あなたの余命はそう長くはない。持ってあと2~3年といったところでしょう」
その瞬間自分の後頭部に重りでも乗っけられたかのようにズーンと重さを感じる。これまで鮮血帝と呼ばれるほど様々な決断を下してきたジルクニフだったが流石に自分の余命宣告にはもの凄いショックを受けることになった。
ジルクニフは聞き返す何か治療法はないのかと。
それに対して医者は神妙な面持ちで答える。
「非常に珍しい病気のため、薬や魔法による治療法は確立されていません」
「そう……か……」
「どうか悔いのない人生をお送りくださいませ」
もともと期待しての質問ではなかったために受けるショックは少ない。
そしてそのままのおぼつかない足取りで皇城まで帰る。
一人月夜を眺めながら一体どれだけの時間が経ったのだろうか。長いようで短く、短いようで長い間月を眺めていた。
「これから一体何を成すべきか……何ができるのか……」
考えることはどれも自分が死んだ後の事ばかりだ。幸いなことに自分には多くの世継ぎが生まれている。後継者や後任の存在には不自由はしないだろう。そう考えると自分が死ぬときの悔いと言うものは限りなくなくなってしまう。ジルクニフにとってこの帝国こそが全てであったからだ。
「帝国に依存し過ぎていたのかもな……死ぬまでにやりたいこと……夢か……」
死ぬまでにやりたいこと……そう考えた時にいくつもの夢が浮かんでくる。それは子供の頃に描いていたような本当の意味での夢ばかりだ。そんなことを今になって叶えたいと思う自分は馬鹿なのだろうか?
「他国にはこの状態を悟られるわけにはいかない……いや、魔道王には知らせねばなるまいか。残された時間は少ない明日にでも行動に移そう」
ジルクニフの終活が始まった。
◆
月夜を浴びているのはジルクニフだけではなかった。
アインズ・ウール・ゴウン魔道国にあるナザリック大墳墓の地表部分でアインズ・ウール・ゴウンは一人月眺めていた。
「今日の月は本当に綺麗だな……」
その横にはアルベドが座っておりモモンガに寄り添うようにして座っている。アルベドは常に顔を下げた状態であった。そんなアルベドの横に手回し自分に手繰り寄せる様に体をくっつける。
その時俯いていたアルベドの顔から一滴の涙が零れていくのが、月明かりに照らされていることで分かった。
「もう泣くなアルベド、いずれ私が消えてしまうことになっても、今は……今だけはお前の側にいることが出来ている。それでいいじゃないか」
顔上げたアルベドの顔は鼻水と涙でグチャグチャになっていた。
「アインズ様!私は……私はアインズ様がいない生活など考えられません。アインズ様が亡くなるときに私も一緒に旅立つことをお許しください」
「それはダメだ。アルベドにはアルベドの人生を歩んでもらいたい」
「そんな……うっ、ううう……」
「大丈夫。出来るだけ長生きしてみせるさ」
最近のアインズは転移直後の活発さが鳴りを潜め、活力と言うものが亡くなっているように感じられた。そのことを察したデミウルゴスが身体検査を実施。そこでモモンガの体に異常が見つかったのだ。
アインズの体を蝕んでいたのは生命の根源たる命の灯の縮小であった。それによりアインズは段々と気力が落ちていったのだ。そして刻一刻とアインズの命の灯は縮小を続けている。そしてこのままいけば残り2~3年で消える計算であった。
アインズはどこか達観した様子でそのことを聞いていた。アインズはこの世界に来て多くの命を奪ってしまったその報いが自分に来たのだと考えている。心残りがない訳ではない。NPC達を残していくことが何より辛いが自分達の力で生きていくことを願うばかりだ。
死期を知ったアインズはアルベドと共に空を見に来た。この満天の星空の下では自分の余命のことなどちっぽけなことに思えてしまう。
「悔いはある……お前達を残していくことだ」
「アインズ様……いえ、モモンガ様……!」
「私は私のやり残したことを終わらせようと考えている。お前達に迷惑をかけることがあるかもしれない。それでも最後まで私と共に歩んでくれるか?」
「もちろんです。全てはモモンガ様の意思のままに」
夜は更けていく。二人は朝になるまで寄り添い月を眺めていた。
◆
「……本当なのか?余命が残り2~3年であるというのは……」
「ああ、だからもし私が死んだ場合にはどうか帝国のことを目にかけてやってくれと頭を下げに来たところだ」
アインズはバハルス帝国皇帝の訪問を受けていた。急な訪問であったが一国の長が直接に訪問してきたのであるアインズ・ウール・ゴウン魔道国魔道王として受けなければならなかった。
そして直接会ったジルクニフの話は自分の余命が残り少ないということであった。モモンガはあまりに自分と被った状況にあるジルクニフに対して、親近感を感じずにはいられなかった。
「お前らしくもないな。私が同情で帝国に肩入れするとでも思っているのか?」
「まあ、しないだろうな。だが棺桶に片足を入れた私が出来ることはこれくらいしかないのだ。失礼だと思うが遺言だとでも思って聞いてくれるとありがたい」
「そうか……」
モモンガは考えるもしここで自分も命が残り少ないことを、カミングアウトすることが出来るならどれだけ気分が楽になるのか。話したい。話したくて仕方ない。そして一緒に考えて欲しい。死にどうやって向き合うのかを。
その時アルベドの言葉を思い出す。
『もちろんです。全てはモモンガ様の意思のままに』
ああ、そうだ。ここは正直になろう。そう決めてジルクニフに全てを話す。
自分も余命が残り少ないこと。これから先何をすればいいのか分からないこと。そしてただ悩むことしか出来ていないこと。沢山話した。もちろん最初に二人だけの秘密であるということを付け加えてだ。
全てを聞き終えたジルクニフは一言呟く。
「そうか……それは辛いだろうな……」
ジルクニフ自身も辛い状況であるだろうに、それでも自分の気持ちを汲んで慰めてくれた。モモンガはそれが本当に嬉しくて仕方なかった。
「ジルクニフよ……お前はこれからどうするつもりだ?死に行く体に鞭を打って何を成すつもりでいる?」
「何かを成せるかどうかはわからない。だが私は自分の夢をリストにしてそれを叶えようと考えている。後悔をしないためにな」
モモンガはジルクニフの行動に感心する。やり残したことをリストにする簡単なようで辛いことだ。自分の死を受け入れなければならないのだから。
「ジルクニフ、おまえのそのやり残したリストに私を混ぜてはもらえないだろうか?」
「正気か?私の夢などつまらないものばかりだぞ?」
「構わない。その代わり私の夢を叶えるのに、お前にも手伝ってほしい」
「……ふふ、病人に出来ることは限られているが……いいだろう。共に悔いなき生涯を送ろうではないか」
消えゆく命の二人はともに最高の人生の見つけるために立ち上がった