「SUSHI NAKAZAWA」や「NOBU」といった人気店はいまも健在だが… Photo: Melina Mara / The Washington Post via Getty Images
Text by Romi Tan
ここ数年で、ニューヨークの高級寿司店が軒並み閉店に追い込まれている。トランプが米国大統領に就任して以後、相次いで移民政策を厳格化したせいだ──。
そう指摘するのは、連載「日米中『秘史』から学ぶ、すぐ役立つ『知恵』」でおなじみの譚璐美さんだ。ニューヨーク在住の譚さん、いったいどういうことですか?
ご存知の通り、トランプ大統領の移民嫌いは音に聞こえている。難民受け入れ政策にしても、従来は2015年7万人、2016年8万5千人、2017年11万人と、毎年増加していたが、トランプ政権になって以来、2018年4万5千人、2019年3万人(上限)と、大幅に削減された。そう指摘するのは、連載「日米中『秘史』から学ぶ、すぐ役立つ『知恵』」でおなじみの譚璐美さんだ。ニューヨーク在住の譚さん、いったいどういうことですか?
その一方、トランプ大統領は2017年4月、外国人の就労ビザの厳格化を促す大統領令に署名した。非合法移民の就労を取り締まるためだが、特にH-1Bビザの取得に厳しい条件がつくようになった。
H-1Bビザとは「専門職ビザ」とも呼ばれて、会計士やIT系エンジニアなど特定分野の高度な専門知識をもつ人たちのための就労ビザである。寿司職人もこの分類に入り、昔は日本人の特殊技能とみられていたため、比較的簡単にH-1Bビザを取得することができた。
だが、就労ビザが厳格化され、H-1Bビザを取得するには、「学士号以上の学歴、もしくはそれに相当する実務経験、職務内容があり、高収入があること」いう厳しい条件がついたことで、事実上、寿司職人のビザ取得がかなり難しくなってしまったのだ。
ニューヨークの指折りの高級寿司店、たとえば寿司Sや寿司Dなど、多くは築地などに本店があり、寿司職人は毎年日本から1、2名が交代で派遣されてきて、世界に誇る生粋の「味」と「技」を惜しみなく披露してくれていた。
だが、いくら合法的に就労ビザを申請しても、なかなか許可されない現状に、ニューヨークの高級寿司店はどこも困り果ててしまった。寿司職人の就労ビザが得られなければ、営業を続けることは叶わない。やむなく撤退することにしたというのである。
ああ、残念! 和食は2013年にユネスコ(国連教育科学文化機関)から無形文化遺産に登録されて、空前の和食ブームが起きているというのに、なんということだろう。ただし、世界的な和食ブームも「難アリ」の側面がある。
近年では中国人や韓国人の寿司職人が急増して、アメリカの大手スーパーマーケットは、どこでも寿司を売っている。試しに一度買って食べてみたら、柔らかすぎる白米を力いっぱい海苔で締めて餅状になり、固くて食べられた代物ではなかった。当然の如く、寿司めしではなく、ただの白米。アメリカ各地に乱立する寿司店では、東洋人が寿司を握っていても、十中八九は韓国人か中国人だ。それに最近は南米人も珍しくなくなったしね。
ニューヨークの指折りの高級寿司店、たとえば寿司Sや寿司Dなど、多くは築地などに本店があり、寿司職人は毎年日本から1、2名が交代で派遣されてきて、世界に誇る生粋の「味」と「技」を惜しみなく披露してくれていた。
だが、いくら合法的に就労ビザを申請しても、なかなか許可されない現状に、ニューヨークの高級寿司店はどこも困り果ててしまった。寿司職人の就労ビザが得られなければ、営業を続けることは叶わない。やむなく撤退することにしたというのである。
では、スーパーで売られている寿司は?
ああ、残念! 和食は2013年にユネスコ(国連教育科学文化機関)から無形文化遺産に登録されて、空前の和食ブームが起きているというのに、なんということだろう。ただし、世界的な和食ブームも「難アリ」の側面がある。
近年では中国人や韓国人の寿司職人が急増して、アメリカの大手スーパーマーケットは、どこでも寿司を売っている。試しに一度買って食べてみたら、柔らかすぎる白米を力いっぱい海苔で締めて餅状になり、固くて食べられた代物ではなかった。当然の如く、寿司めしではなく、ただの白米。アメリカ各地に乱立する寿司店では、東洋人が寿司を握っていても、十中八九は韓国人か中国人だ。それに最近は南米人も珍しくなくなったしね。
今はもう、懐かしく思い出すばかりだ。暖簾を一歩くぐった途端、威勢の良い「いらっしゃい!」の掛け声とともに、清潔な白木のカウンターが見えて、心底すがすがしさを覚えたものだった。その光景が掻き消えて、寂しさがいよいよ胸にせまる。
気を取り直して、ニューヨークで今流行りの高級寿司店に行ってみたら、洒落た洋風レストランの雰囲気がただよっていた。白木のカウンターはあるが、色とりどりの造花が飾ってある。客は米国人ばかり。数少ない東洋人客は中国人か韓国人だ。店員に日本語は通じない。
外務省の海外在留邦人数調査統計(最新2018年10月時点)によると、海外に住む日本人の総数は約139万人で、アメリカ在住者はダントツ1位の44万人余り。これは在外公館に届け出た数で、実際には50万人いるだろうと推定されている。最も多いのはロサンゼルスで7万人余り、次がニューヨークで5万人余りだそうだ。だが、彼らの姿をニューヨークの高級寿司店で見かけることは少ない。みんなもう諦めたのだろうか?
「外国人のための外国人の寿司店」では、客の注文で最も多いのがサーモン、ツナの握りとカリフォルニア・ロールなど、典型的なアメリカ寿司ばかり。光物が少ないのは、もともと東海岸では捕れないので、日本から空輸で13時間以上かけて届けられる超貴重品なのだ。握り寿司にはワサビが入っておらず、皿の横に山盛り添えてある。まあ、それには目をつぶろう。
だが、驚いたのは、握り寿司の上にどれも甘いタレが塗られていたことだ。アナゴだけじゃない。マグロもエビもホタテ貝も鯛も、全部、全部ですよ! おまけに鼻を近づけてみると、ひどく生臭い。ああ、この臭いをごまかすために、タレを塗っているのではないのかと、つい思ってしまった。
気を取り直して、ニューヨークで今流行りの高級寿司店に行ってみたら、洒落た洋風レストランの雰囲気がただよっていた。白木のカウンターはあるが、色とりどりの造花が飾ってある。客は米国人ばかり。数少ない東洋人客は中国人か韓国人だ。店員に日本語は通じない。
外務省の海外在留邦人数調査統計(最新2018年10月時点)によると、海外に住む日本人の総数は約139万人で、アメリカ在住者はダントツ1位の44万人余り。これは在外公館に届け出た数で、実際には50万人いるだろうと推定されている。最も多いのはロサンゼルスで7万人余り、次がニューヨークで5万人余りだそうだ。だが、彼らの姿をニューヨークの高級寿司店で見かけることは少ない。みんなもう諦めたのだろうか?
だけど、日本に帰ってきたら…
「外国人のための外国人の寿司店」では、客の注文で最も多いのがサーモン、ツナの握りとカリフォルニア・ロールなど、典型的なアメリカ寿司ばかり。光物が少ないのは、もともと東海岸では捕れないので、日本から空輸で13時間以上かけて届けられる超貴重品なのだ。握り寿司にはワサビが入っておらず、皿の横に山盛り添えてある。まあ、それには目をつぶろう。
だが、驚いたのは、握り寿司の上にどれも甘いタレが塗られていたことだ。アナゴだけじゃない。マグロもエビもホタテ貝も鯛も、全部、全部ですよ! おまけに鼻を近づけてみると、ひどく生臭い。ああ、この臭いをごまかすために、タレを塗っているのではないのかと、つい思ってしまった。
もう寿司は日本で食べるものと決めて、2年が経つ。
ところが先日、久しぶりに日本の実家に戻った際、衝撃的なテレビ番組を見てしまった。ミシュランから星を獲得している銀座の高級寿司店で、一貫ごとに差し出される寿司の上にタレが塗られていたのだ。カメラの前で店主が厳かに言った。
「ネタごとに最適のタレを用意したので、そのまま口に運べば最上級の味が楽しめる……」
穴子やシャコなら甘いタレも悪くないけれど、やっぱりイカは塩で、鰺やイワシはショウガと長ネギで食べたいと思ってしまう。ひょっとして、私のほうが時代遅れになってしまったのか? 世界に冠たる寿司文化の大変革に、ひどく混乱している今日この頃である。
ところが先日、久しぶりに日本の実家に戻った際、衝撃的なテレビ番組を見てしまった。ミシュランから星を獲得している銀座の高級寿司店で、一貫ごとに差し出される寿司の上にタレが塗られていたのだ。カメラの前で店主が厳かに言った。
「ネタごとに最適のタレを用意したので、そのまま口に運べば最上級の味が楽しめる……」
穴子やシャコなら甘いタレも悪くないけれど、やっぱりイカは塩で、鰺やイワシはショウガと長ネギで食べたいと思ってしまう。ひょっとして、私のほうが時代遅れになってしまったのか? 世界に冠たる寿司文化の大変革に、ひどく混乱している今日この頃である。
PROFILE
譚璐美 タン・ロミ 作家。東京生まれ、本籍中国広東省高明県。慶應義塾大学卒業、ニューヨーク在住。慶應義塾大学講師、中国広東省中山大学講師を経て、元慶應義塾大学訪問教授。日中近代史を主なテーマに、国際政治、経済、文化など幅広く執筆。 著書に『中国共産党を作った13人』『阿片の中国史』(新潮新書)、『柴玲の見た夢』(講談社)、『中国共産党 葬られた歴史』(文春新書)、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』(上下巻、新潮社)、『ザッツ・ア・グッド・クエッション! 日米中、笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、『帝都東京を中国革命で歩く』(白水社)ほか。最新刊『戦争前夜』(新潮社)、好評発売中!
日米中「秘史」から学ぶ、すぐ役立つ「知恵」
- どうして、ニューヨークの「高級寿司屋」が続々と閉店しているの?
- 2019年、「騒乱の香港」が世界的に失ってしまったもの
- #10 “謎の古地図”が解き明かす「中国に不都合な歴史」
- #09 29年前、なぜ日本は中国に「制裁解除」したのか?
- #08 「暗殺の時代」の中国から私たちが学べること
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