唐突に木立ちが大きく揺れた。
森へ嵐が近づいているのだろう。
茂る葉の隙間から遠くを見通すと、雷閃を孕んだような黒雲が天空の高い所を覆っている。
好都合だ。ひと雨来る前に終わらせれば、場の荒れた痕跡は洗い流してくれるだろう。
木立ちの一つが微かに揺れた。
今度は風でなくて、『彼女』がそこから飛び降りた反動だ。
同時に落ちた枯れ葉が地面に着くより早く―――地を蹴って落下の衝撃を強引に、縦から横へとL字の形にねじ曲げる。
その先にいたゴブリンとオーガの集団は、最初の一体が喉元を貫かれて絶命するまで、反応が出来なかった。
「安心して良いよー」
崩れ落ちる亜人の影から現われた人間の女は、気安げな笑みを浮かべている。
首元で短く切り揃えられた蜂蜜色の髪。
任務用の黒い
右手にあるのは、真新しい血で濡れた
瞳に浮かぶのは、これから始まる
「みんな一緒に
言葉にした為か抑えきれず、三日月の形を取る唇。
その笑みを誤魔化すように武器の血糊を振るい払った動作で、彼女がまとう外套が少しめくれた。
この世界には似つかわしくない、風変りな意匠の装備が覗く。
女の雰囲気に呑まれかけていた亜人の集団が、怒りで唸り声を上げるより早く―――
「<疾風走破>」
速度上昇の武技――戦士の特殊能力――を発動させて、女が走り出した。
深い緑の世界を背景に、一方的な殺戮が遂行される。
死に臭いがあるとすれば、如何なる臭いか?
血の鉄錆か? 湯気の温かい臓物のそれか?
『彼女』は個人的に無臭だと思う。
死に近づくにつれ、臭いの感覚など失われるのだから。
麻痺したように消えゆく、奪われ停止する生の感覚だ。
それは静謐を満たす感覚に似ている。
静かで厳かな教会の礼拝のように、淡々と執行するのが『彼女』の務め。
影で覆い、闇に埋め、黒く塗りつぶす、決して表舞台には出ない最強の特殊部隊。
スレイン法国の秘密機関が一つ、漆黒聖典。
その第九席次を賜っているのが、クレマンティーヌ・ハゼイア・クィンティア。
英雄の域にある女戦士―――つまり、『彼女』の名前だ。
「ふふっ」
女の口から思わず満足げな笑みが洩れる。
相対した獲物の右眼、その小さな瞳孔に寸分違わず突きが入った。
眼球を衝撃で潰すことなく、速度を以って綺麗に穴を開けた自身の技量に彼女は微笑んだのだ。
相手全体の動きを見るには一点を集中して見ず、意識をぼんやりと広げて面で見なければならない。
観(かん)の目という技術だ。
一方、刺突武器を効果的に扱うには、急所という一点を見定めて正確に貫く必要がある。
攻撃における点を見ない・見るの矛盾。
だが、熟練者は急所を『何となく』把握することで成立させる。
言うなれば、刺突武器の熟練者とはこの矛盾を手にした域にある。
「ギャアアアアアアーー!!!」
堪らず顔を手で覆い悲鳴を上げる獲物にクレマンティーヌは前進。
その指の隙間を通して、強引に左眼へ刺さる閃光。
腰に帯びていた第二の
「右の眼を突かれたら、左の眼も突き出せってね。六大神の教えだよ」
もちろん、スレイン法国にそんな教義は存在しない。
彼女の出まかせだ。
冗談を口にするほど気楽に傷つけ、女は亜人たちの生命を奪う。
増える屍が数えるカウントダウン。
生き残りが二体になるのに、そう時間は掛からなかった。
ゴブリンとオーガが一体ずつ。
オーガが威嚇と恐怖の入り混ざった声を上げて突進した瞬間、ゴブリンはオーガの巨体の影に隠れるように逃げ出した。
しかし―――
「……あーあ、ダメじゃない。敵に背中を見せるなんて、突いてくれって誘ってるの?」
心臓は突かない。
臆病者のそれに用はない。
彼女は臆病者へ相応しく、慎重に丁寧に生命力を少しずつ削って嬲るのだ。
斬り続けると刃が鈍る切断武器と違い、刺突武器はその形状から血脂の影響が薄い。
もちろん、先が潰れると致命的だが、この手にあるのは特別な業物。
アダマンタイトにすら傷をつける、クレマンティーヌの『全力』に耐えられる一品だ。
「じゃあ、声も枯れるくらいガンガンに突いてあげるから―――」
後ろでなく前から聞こえた声に、ゴブリンは驚愕して足を停めた。
オーガを瞬殺し、突風を伴って回り込んだ人間は笑っている。
興奮、期待、高揚、嘲笑、驕慢、残虐。
女の赤い瞳が、濡れたような妖しい光を宿す。
「……簡単に逝っちゃダメだぞ?」
両脚の甲に
逃亡を封じられて、ゴブリンが出血と共に悲鳴を上げた。
痛みと恐怖どちらのものか本人にも分からない。
それを伴奏に女の鼻歌が始まった。
腰鞘から放った三本目の
「~♪」
これは彼女の遊戯だ。
致命傷を外し、出血の多い部分を避けて突く様は、まるで『黒ヒゲ危機一髪』のよう。
その遊戯も、魂が肉体から飛び出てしまえば終了。
最後の一体の身体に刻まれた穴の数は四十に及んだ。
「亜人だと長く保つけど、人間に比べると表情がイマイチだねぇ~」
スレイン法国では人間以外の種族は人ではないと云う。
ゆえにゴブリン、オーガでは物足りない。
これは数ではなく質の問題だ。
クレマンティーヌは『人』殺しが大好きで、心から愛しているのだから。
涙目で揺れる瞳。
驚愕で流れる汗。
恐怖で震え乱れる頬。
そして最期に上がる絶叫を、ひと刺しで沈黙させる優越感。
ああ、死は素晴らしい快楽だ。
それを与える『信徒』として、クレマンティーヌは心より
死ぬ為に生き続ける、生ある全ての者たちに神の祝福あれ―――と。
※ ※ ※
天空の黒雲は地上に近づき、先程より大きく映っていた。
ひと雨くるのも時間の問題だ。
風に湿りが加わり、少し肌寒くなっている。
クレマンティーヌがまとう装備は頑強さと軽さを同居させた六大神の遺産だが、防水・防寒といった仕様ではない。
神人にのみ使用を許された神器ならぬ、
雨に濡れれば、鎧の金属は冷たさを増す。
「ちょっと遊びが過ぎたね。ちえっ、仕方ない。急いで森を抜けるとするか」
単騎で討伐を完了し、その場を立ち去ろうと彼女が踵を向けた瞬間―――空気が冷たさを増して肌に突き刺さる。
即座に振り返ったクレマンティーヌの二の腕は鳥肌が立っていた。
彼女の視線の先で血の糸を引きながら立ち上がっていく屍たち。
それは新たな死の顕現。
クレマンティーヌによって生を奪われ、停止したはずの死が書き換えられている。
「死霊系魔法!?」
第三位階魔法<
穴だらけの
漆黒のローブをまとい、フードを深く下ろしている為、正体は分からない。
ただ、鳥肌の原因はこの人物だと理解した。
「初めまして、スレイン法国の番犬。私はズーラーノーンの誇る十二人の高弟が一人……」
秘密結社ズーラーノーン。
『死の螺旋』なる邪法をもって、一つの都市をアンデッドが大量に徘徊する死の街へと変えた邪悪な集団。
その十二人の最高幹部はアダマンタイト級の冒険者に匹敵するとも云われている。
そんな実力者に加え、前衛に位置する
最下級のアンデッドである
破壊や回避による一手遅れは、強敵を相手するには致命的な隙になりかねない。
だから―――
「高弟が一人……」
「<能力向上>」
相手が名乗りを言い終わる前に、クレマンティーヌは武技を発動させて地を蹴った。
途中に
強化された戦士の身体能力に任せた跳躍は、人ならざる高さと速度を可能とした。
「<超能力向上>」
高さが最大になり、落下へと変じる前にまた一つ武技を重ね、双腕を振りかぶる。
落下地点は獲物の頭。
肉食獣のように襲いかかり、
「魔法詠唱者が私に勝てるはずないじゃん。スッといってドス、で終わりだよ」
落下速度に加え、クレマンティーヌの全体重を込めた一撃。
手応えは即死を与えたと確信をもたらした。
おそらく相手は死を自覚すること無く逝っただろう。
「あ~あ、残念。苦悶を浮かべない死体なんか、つまんないなー」
口調とは裏腹に、フードをめくって顔を確認することなく、彼女は念入りにトドメを遂行。
<
「<
爆炎と共に人間の
ズーラーノーンの魔法詠唱者にはアンデッドと化した者もいると聞くが、この相手は違ったらしい。
不死者の腐臭は無く、普通に血肉の焼け焦げる臭いが漂う。
漆黒聖典の中でも魔法に長けた第三席次によって込められた第三位階魔法<
術者の技量によっては、同じ魔法でも範囲や効果を増す。
通常よりも激しい火勢では、たとえ回復魔法や再生能力があっても追いつかないだろう。
「灰は灰にぃ~、塵は塵にぃ~、あとは雑魚にぃ~ってね」
残りは主を失った
クレマンティーヌにとって造作もない相手。
死を刻める生者と違って、何の面白みもない破壊対象であるが。
“ それが彼女にとって、髪の毛ひとすじ程の気の緩み
油断とは呼べない、息を吐き出した一拍
退屈という無意識的な、熟練者の脚止め ”
「あーあ、気分は乗らないけど、ちゃっちゃと片付け……」
彼女は即座に気づいた。
肌を刺す冷たさが消えていない。
二の腕の鳥肌が訴え続けている、燃え続ける死体の方向から感じる存在感。
「……相手が不死者だった? いや違う! 死体の影っ!!」
「ご名答。さすがは漆黒聖典の戦士だ」
高弟の死体の影から這い出る、新たな黒いローブ。
クレマンティーヌのうなじがチリチリと警告めいた焦燥を感じている。
先の鳥肌の正体は影に潜んでいたこいつだ。
何よりも、そいつが漂わせている不浄な負の瘴気が能弁に語っていた。
相手は不死者に間違いないと。
ただ、顔は分からない。
白い仮面のようなものを―――いや、あれは骨だ。
一瞬スケルトン・メイジのように自前の骨かと思ったが、獣か人間の磨かれた骨で作られた仮面だ。
動かぬ唇の下から、相手が名乗りを上げる。
「我が名はズーラーノーン」
「なんで秘密結社の盟主がこんな場所にっ!!?」
容易に判明した相手の正体に動揺する。
意外過ぎる大物。
ゴブリンを追っていてドラゴンが現れたみたいな―――
「決まっている。組織が誇る高弟の一人が討ち取られたのだから」
「ハッ! 手下がヤラレて親玉が出張って来たわけ?」
「ああ、そうだとも」
勤勉にも程がある。
てめぇは
年寄りと偉いやつは最前線に出向かず、大人しく後方で座っとけ。
そんな感情は表に出さない。
ふーん、と気のない相づちを返して
相手は間違いなくアンデッドにして
高位の吸血鬼や竜などが相当するが、モンスターが魔法を使役できるとなると通常よりも危険度が増す。
しかも相手は結社の盟主であり、邪悪な呪法で一都市を滅ぼした怪物だ。
大物モンスター相手にするに当たり、切り札の<
できるなら、ここは撤退したいところだが。
「大事な高弟を殺っちゃってゴメンねー。謝るから、ここは見逃してくんない?」
「冗談だろう? 私が出向いた意味がない」
「だよねー」
軽口を返しながら、クレマンティーヌは戦意を張り詰めていく。
気取られないように足を爪先の分ずつ移動。
進めるだけ前へと刻む。
死地にあって、彼女の獣じみた直感と豊富な経験が告げていた。
ほんの僅かな距離・時間が生死を別けると。
相手が魔法を発動させるより先に、命を狩る一撃を叩き込む!
「さて……」
言葉と共に盟主が右手を前に突き出す。
魔法攻撃っ!?
とっさに見極めと回避を取ろうとしたクレマンティーヌへ向けて、軽い笑い声が放たれた。
「いや、そうではない。女戦士よ、私の右手をよく見よ」
「?」
警戒して見れば、盟主の右手は掌を上にし、さかしまに差し出されていた。
何も載せていない。
いや、そうではない。
これはまさか―――
「言っただろう? 私が出向いた意味がないと。高弟ともなれば、私は魔法でその死を探知できるようになっている。その発動そのものが、百に近い数十年ぶりで驚いたがな」
突き出した右手は、差し出された状態。
その形が意味するのは『誘(いざな)い』。
「討たれた者を蘇生、あるいはアンデッド化しようにも、死体が半分以上も灰となっては意味がない。上半身を失った不死者など、
ましてや呪文を唱える口と、頭脳を失った魔法詠唱者なんて無用の存在だろう?」
クレマンティーヌのこめかみに汗が浮いた。
何を言っているのだ、この邪教徒は?
理解したくないのに理解しようとする自らの思考に混乱が生じる。
「どうやら理解したようだな。ああ、そうだ。私は欠けた高弟の補充に出向いたのだよ」
(……狂ってる)
「人殺しを愛する女戦士よ。汝は我ら死の結社に相応しい」
結社の盟主じきじきの
勤勉にも程がある。
もちろん、スカウトに応じるつもりはない。
ここは話を合わせて、今日は逃走を図るべき。
改めて装備と情報を整えてから、後日に盟主を討ち取れば全て帳尻が合う。
そう、死なない限り何度でも再戦は果たせる。
だからこそ、クレマンティーヌ自身は獲物に対して確実に死を刻むのだ。
※ ※ ※
森に降るはずだった雨なく、嵐は遠ざかっていた。
<
一般的に人間の使える魔法の上限とされる第六位階。
第七位階を可能としているスレイン法国に属する者として驚きはしないが、厄介な相手として警戒はする。
ずぶ濡れになるよりましだが、実力を見せつけられたようでクレマンティーヌとしては面白くない。
考えてみれば、その出現からして<
(……盟主は英雄級か、それ以上の逸脱者クラスか。こんな大物を
アンデッドだとしても、元人間として特別に目をつぶろう。
クレマンティーヌは緩みそうな口元を意識して強く結んだ。
心から溢れそうになる喜色が浮かばないよう、瞳は伏し目がちに盟主の足元へ視線を落した。
完全に目を離すには危険な相手だから、その初動を洩らさまいとする。
まだお互い握手を交わし、味方になると首を縦に振っていないのだ。
前言を
―――だから逆に今ここで、私が不意を突いて討ち取っても問題ない。
破綻した倫理と、猫のように衝動任せの気紛れ。
でも、それが正解になることもある。
世界はそれなりに不条理で理不尽であるがゆえに。
いっそ本当に、気ままな感情に身を委ねてみようか?
彼女が喜色を殺意に塗り替えようとした瞬間、盟主が口を開いた。
奇襲にはタイミングが合わない。
(あーあ、残念……)
まぁ、大物を正面から喰い破るのも悪くない。
クレマンティーヌは無念を押し込めて耳を傾ける。
「言っておくが、この勧誘は今決めたものではない。私は以前から君に注目していたのだ」
「わぁーい、熱烈な私の信者? エロイ目で見られてたなんて最悪ぅー」
「こう見えても私は、人を見る目があってね」
「へー、そいつはすごいねー」
揶揄や棒読みの賞賛を気にすることなく、盟主が続けた言葉。
それは彼女の予想しない方向から来た。
「なぜ
「………………は?」
何を言われたのか予想外で、戸惑いから素の声音が出た。
これは勧誘ではなかったのか?
「
不意を突いた暗殺や相手の抵抗を奪ってから使用される、いわば用途が限定されたトドメの品だ。
携帯に向いた
「あー、それは女の細腕だからねー。重いと動きが鈍るでしょ?」
「ミスリル製の剣先を、わざわざオリハルコンで固めるような重くなる補強をしてか?」
ミスリル銀が比較的に軽い金属だとしても、追加された分だけ剣先は必ずプラスになる。
握っている剣の柄なら兎も角、握りから離れた剣先はなお重く感じるだろう。
「しかも細腕をうたうのなら、君が強敵を相手に用いる
「…………」
同じ武器を二つ装備して駆使する攻撃に必要とされるのは筋力だ。
片手でその重さを操って遜色なく動かせる腕力と、攻撃力を支える手首の強さ。
左右が同等でなければ不均等なバランスが隙を生み、双剣のメリットである連撃が活かせない。
左右どちらからも放てる必殺の初撃から、念入りに再度トドメを実行する連撃は、完成された理想的な攻撃といっても良い。
だが、そもそも一撃必殺である突きに限定された武器で、同じ二刀の連撃スタイルは相性が良くない。
側面に刃を持つ剣のように斬撃という選択肢がない為、突きだけでは攻撃が単調になってしまう。
刺突武器の反対側には、ダガーやソードブレイカー、マンゴーシュといった異なる補助武器を防御の役割で持つのが普通だ。
刀や槍ですら、大小・長短の組み合わせで二刀流を成す。
「私が観察した君は言動の軽さとは裏腹に、本質は非常に理知的で冷静だ。特に戦闘に関する判断は、合理的と言って間違いない」
「えーそうかなー?」
見透かしたようなこと、言ってんじゃねーぞ。
てめぇみてぇなヤツに私の何が分かる。
内心とは裏腹にクレマンティーヌは軽く微笑む。
否、ヘラヘラと薄っぺらな笑みを貼り付ける。
「だから不思議に思ったのだよ。なぜ
これでは勧誘でなく質問ではないか。
まるで学者のように疑問を投げかける相手に、なぜかクレマンティーヌは失望を覚える。
これだから
問答なんてどうでも良い。
強いか弱いか。死ぬか殺すか。愉しめるかどうか。シンプルな関係に余計なモノは要らない。
なのに……あーあ、完全にシラけた。
ウザい、もう殺そう。
今すぐに殺そう。
「ほう、何を苛立っている?」
「はぁ? 私が? 別にイラついてねぇーよ」
自らの口をついて出た物騒な低音の返答に、クレマンティーヌは少し頭を冷やした。
自分の中で予想以上に熱くなっている部分を認め、肯定することで切り離す。
切り替えのスイッチを戦士へと入れる。
呼吸ひとつで精神の乱れを洗う。
戦闘開始までカウント5と定めた。
全力で行く。
死ぬ気で殺す。
死ぬまで殺す。
「繰り返すが、私は君を戦闘に関して合理的と判断した」
―――5
「ならば、解は自ずと導き出される」
―――4
「
―――3
「たびたび見ていたが、君はよく攻撃で眼を狙っている。確かに相手の自由を奪う急所だろう。眼はいかなる生物も鍛えどころが無いからね。だが、それ以上の意味があるんじゃないかな?」
――2
「君が仮想している標的は、眼を封じなければならない相手なんじゃないか? 例えば……」
―――1
「石化の視線を持つギガントバジリスク。そう、君の兄上が使役する魔獣だ」
――…ッ!!
「ギガントバジリスクの体液は即死級の猛毒。解毒できる神官を伴わず、接近戦で傷つけるのは自殺行為だ。しかし、『疾風走破』たる君の速度なら、眼さえ封じれば一撃離脱は可能だ」
「……何が言いたいわけ?」
「君の戦闘スタイルは目的の為に完成されている。君は兄上を殺したいんだろう?」
……はっ、は……ハハ……ッ……
笑ってとぼけようとして、クレマンティーヌはそれが出来ずにいた。
優秀な兄の存在は彼女の生涯をねじ曲げ、複雑な感情として深く根を張っていたから。
笑えるわけがない。
この場で笑えるのなら、特化した戦闘スタイルを持つ戦士として鍛錬を積むこともなかった。