色々ありましたね2010年代。リーガ・エスパニョーラとの売上高の差は今や2,400億円。プレミアリーグにとっては、サッカー観戦市場のグローバル化がもたらす恩恵を最大限に受けた10年間であった。
さて、10年間の間にビッグ6にも色々あった。というか、トッテナムとシティが台頭してビッグ6という枠組みが成立したのがちょうど10年前の2009/10シーズンだ。この10年間にサッカーもビジネス化したとか、資本主義の論理で動くようになったとか色々いわれるようになった。まあ要するに市場として成長したのだが、そのおかげでビジネスっぽい視点からサッカーを見るのもちょっと流行りになっている。例えば片野道郎さんがNewspicksにこういうコラムを載せたりとか。よっていつものことではあるが、ビジネスっぽい目線に立ちながら、プレミアトップ6の2010年代を振り返ってみたい。
アーセナル 凋落
平均順位:2000-2009 2.3位 vs 2010-2019 3.9位
平均勝ち点:2000-2009 77.1 vs 2010-2019 71.9
獲得タイトル:FAカップ×3
10年前の時点ですでに「CL圏を獲得するだけでいいのか」という批判はあったが、ここまで落ちると予想した人は少なかったのではないか。そういう切ない10年であった。
この10年をまとめると、事業と財務が適切に連携できなかったために、千載一遇の機会を逃し、ファンの愛情に応えられなかった期間と言える。確かにアーセナルにはマンチェスター・ユナイテッドほどの収益力も、チェルシーやマンチェスター・シティのようなオーナーもいなかったが、タイトル争いをするのに無尽蔵の資金は必ずしも必要ないというのはトッテナムやレスターが見せた通りだ。というのは、フィナンシャルフェアプレイ(FFP)があるので各クラブは原則的には損失を出せない、つまり売上でカバーできる範囲内でしか費用を使えないので、資金源の差は矮小化される。
加えて、2010年代初頭のアーセナルには、スタジアム建設にかかる負債の返済を差し引いても、他クラブを圧倒する現預金があった。しかも09/10シーズンには負債の大幅な元本返済を済ませているのだ。なのに金を使えなかった。2010年代中盤になってから慌てて獲得を増やしているが、時既に遅しであった。これは事業サイド、つまりピッチ内のパフォーマンスを勘案し、選手の売買にゴーサインを出す財務が機能していなかったと見るべきであろう。
そうなってしまった経緯も正直意味がわからない。2010年代中盤の時点で、ヴェンゲルは「移籍金が高騰することは以前から分かっていた」と言っている。じゃあなんで現金を腐らせておいたんでしょうか。案の定、現金の実質的な価値は10年前に比べて激減してしまった。10年前なら5,000万ポンドあれば世界屈指の選手が買えたが、今やサイドバック一人分である。
これはぶっちゃけ、ファンに対する裏切りだと思う。というのは、クラブに蓄えられた現預金というのはファンがチームに期待して買ったチケットや、愛着を感じて買ったグッズの売上の集積であり、あるいはファンが(直接的な儀式を経ないまでも)信任したオーナーからの資金であるわけで、平たく言えばファンの愛である。それを腐らせておいて、フィナンシャルフェアプレイの文句を言うとか、他にすることがいくらでもあったのではないだろうか。
そうして資金を使わないうちに、アーセナルは資金を「使えない」クラブになってしまった。アレクシス・サンチェスとアルテタの件で二回も案件がポシャりかけた(サンチェスの場合は実際にポシャった)不手際が示しているのは、アーセナルが決めたことを実行することも、あるいは「決める」ことすらも覚束なくなっているということだ。
とここまで批判はしてきたものの、数年に一回見せるザックジャパン究極系みたいなスーパーゴールとか、「ブリティッシュ・コア」という素敵なコンセプトとか、楽しいところもたくさんあった。なんと言っていいかよくわからんが、アーセナルのことを嫌いになるのは難しい。そういう良いクラブだと思う。アルテタも来たことだし、どうか明るくやっていてほしい。
チェルシー 驚異の復元力
平均順位:2000-2009 3.2位 vs 2010-2019 3.5位
平均勝ち点:2000-2009 77.3 vs 2010-2019 75.0
獲得タイトル:リーグ×3, FAカップ×3, リーグカップ×1, CL×1
実はシティに次いでタイトルを取っている。CLも一回獲ったし。
その10年、チェルシーはとにかく失敗が多かった。失敗というのが言い過ぎなら、とかくチェルシーの立てた計画は計画通りに進まなかった。その証拠が他クラブに比べて明らかに大きい特別損失で、これは定義上「臨時的・偶発的な理由で発生した損失」なのだが、チェルシーはびっくりするくらい毎年これを払っている。内訳は主に、監督解任の違約金や、選手の減損だ。(あと、女医に賠償金を払っているという噂もあった。)チェルシーくらい日常的に監督解任時の違約金を支払っていると、もはや特別損失じゃなくて営業外費用かなにかで処理したほうがいいんじゃないかという気がしてくる。
そしてもっと重要なことに、チェルシーは何回失敗してもすぐ立ち直る。この10年間を見ても、モウリーニョ第1世代組(テリー、ランパード、ドログバ等)が衰えてくる、モウリーニョ後の監督選びが落ち着かない、第二次モウリーニョ政権が優勝後1年保たずに賞味期限が切れる、コンテ政権も優勝後1年保たずに賞味期限が切れる、ローン規制が既定路線になる、とそれなりの危機に直面しているのだが、その都度1,2年で成績を回復している。アーセナルやマンチェスター・ユナイテッドと比べると段違いの復元力である。この見切りと復元の速さはチェルシーの強みと言えよう。
リヴァプール 見事なターンアラウンド
平均順位:2000-2009 3.5位 vs 2010-2019 5.4位
平均勝ち点:2000-2009 71.0 vs 2010-2019 68.8
獲得タイトル:リーグカップ×1, CL×1
順位も勝点も、そしてトッテナム除けばタイトル数もトップ6中一番少ない上、実は10年単位で比べると数字上は悪化しているのだが、CL優勝+リーグ独走でついにプレミア優勝ほぼ確定、と2010年代を最高な形で締めくくることができたので、印象はとてもポジティブ。何より、10年前のリヴァプールはほとんど破綻寸前まで行っていたわけで、そこから再生したのは見事であった。
なぜそれができたのかについて色々説明はあるだろうが、まず新しいオーナー、ジョン・W・ヘンリーにはちゃんと金があった。Forbesが主張するように、前のオーナーは言ったことを実行に移すだけの金がなく、リヴァプールはほぼ債務超過で、選手を売る以外にほとんど何もできない状態だった。その後、うまく行ったり行かなかったりした戦略・施策は色々あるが、このおっさんの会社が約450億円ぶち込み、債務を肩代わりしてバランスシートをきれいにしたことの功績は大きい。
また、軌道修正も早かった。WSJのこの記事に詳しいが、一般的に評価される指標と、勝利に繋がりやすい指標の差をアービトラージするマネーボールがプレミアでは効かないとわかると、すぐに「大量に、しかし賢く金を使う」という方針に切り替えた。ちゃんと金を出してサラーたち3トップや、ファン・ダイクやアリソンを調達できていなかったら、CLタイトルや現在の好調は難しかっただろう。
ちなみに、リヴァプールとシティを比較するのは色々と面白い。リヴァプールのオーナーであるフェンウェイ・スポーツ・グループ(FSG)は異なるスポーツのクラブ(例えばレッドソックス)を保有するが、シティの親会社であるCFGはサッカーに絞ったポートフォリオを組んでいる。前者は「異なるスポーツの知見を適用することでより価値が生まれる」と言うだろうし、後者は「特化によってより深い知見を得ることができる」と言うだろう。どっちも一般的なビジネスではよく見るアプローチではあるが、スポーツクラブでやるとどうなるのかは気になるところだ。(アーセナルのスタン・クロエンキーも同じことができるはずだが・・・)
(追記)10年前のリヴァプール「サッカーファンなら誰でも知ってる、アジアにもアフリカにもファンが多い名門クラブが、借金漬けで株主価値が下がりきっている*1」という、投資家的にはめちゃめちゃ美味しい状態にあった。
が、「めちゃめちゃ美味しそう」と「実際に手を出す」ことの間には大きな隔たりがある。私がコーポレートファイナンスを習った教授は、「君がもし、世界中が白と言うものを『黒だ』と信じられるならば、君は投資家に向いている」と言っていた。その意味で、ヘンリーとFSGには手腕と資金だけでなく、なにより見る目と勇気があったのである。
マンチェスター・ユナイテッド 完璧な仕上がり
平均順位:2000-2009 1.7位 vs 2010-2019 3.6位
平均勝ち点:2000-2009 83.2 vs 2010-2019 75.9
獲得タイトル:リーグ×2, FAカップ×1, リーグカップ×1
平均順位は意外と高いが、これは10年代の最初の3年に1位、2位、1位で来ただけで、残りはかなりひどい。マンチェスター・ユナイテッド基準で言えばだが。
しかし投資対象として捉えると、この10年でまんゆは実によく仕上がった。
前提として、グレイザー一家はまんゆをレバレッジドバイアウト(LBO)で買っている。これはサラリーマンが不動産投資をするのに近くて、物件を買うときに、自分で入れる手金はそこそこで、大半は投資対象の資産(この場合はマンチェスター・ユナイテッド)が生み出すキャッシュフローを裏付けとした借金によって補うというスキームだ。負債を返し終わると、投資対象資産がまるごと自分のものになっている。つまり最初に自分が入れた手金の価値が数倍になっているので、そこで売却すれば多額のリターンが得られる。よって重要なのは、まんゆが毎年着実にキャッシュを生み出すかどうかになる。www.investopedia.com
そう考えると、今のまんゆは仕上がりバキバキである。まずピッチ上の成績は悪化しているのに、キャッシュフローはしっかり増えている。この5年間で2回しかCLに出場できていない(しかもすぐ敗退した)のに、EBITDAは安定して対売上高30%前後を維持している。むしろ本業が悪くてもキャッシュが安定して生み出せているのであるから、投資対象としては理想的だ。*2
全部こういう基準で動いているので、エド・ウッドワードは彼らにとって最高の経営者で、プレミア1の高給をもらうのも当然である。だからフットボールディレクターが決まらないのも、議決権のないファンが抗議活動をするのも、キャッシュフローには直接的な関係がないので、対応すべき事柄としての優先順位は高くない、つまりかなりどうでもいいのだと思われる。
しかもこの10年で一定の元本返済が進んだので、このあと中東の大富豪にでも売れればリターンは大きい。その準備はできている。結局グレイザー一家にとって、まんゆは本当にただのキャッシュマシーンなのだと考えた方が良いと思う。もちろん彼らにはそうする権利がある・・・スポーツクラブでそれをやるべきなのかは定かではないが。
たまに雑誌等でまんゆのことは「ビジネスはうまくいっているが」と表現する人がいるが、それは「このクラブの本業はサッカーではない」と言っているに等しい。あれはビジネスじゃなくて、法人営業がうまく行っているだけだ。この先、アトレティコにおけるシメオネのような、カリスマ的監督が来てピッチ内を立て直すこともあるかも知れないが、長続きはしないだろう。チェルシー、マンチェスター・シティ、リヴァプールと比べて、今のまんゆはそもそも組織の目的も構造も違うのだから。
まあサウジの殺人皇太子がオーナーになれば、チェルシーやシティのごとく、利益や配当の心配なく“純粋に”サッカーに集中できるようになるかもしれない。あるいはスーパーリーグ構想が実現すれば、まんゆが除外される可能性はまずないだろうから、構造的に守られたぬるま湯の中で、ファンの愛を金に変え続けられるところにたどり着けるかもしれない。今首脳陣が狙っているのはそれかもね。
マンチェスター・シティ 報われたギャンブル
平均順位:2000-2009 14.2位 vs 2010-2019 2.3位
平均勝ち点:2000-2009 46.0 vs 2010-2019 81.2
獲得タイトル:リーグ×4, FAカップ×2, リーグカップ×4
10年前の怪しい集団から、サッカー界のスーパーパワーの1つになった。合計勝ち点、順位、タイトル数、全て2010年代の1位だ。さらに、PEファンドのシルバーレイクがシティフットボールグループの株主価値を48億ドルと評価したことで、歴史上最も高く評価されたスポーツクラブになった(株式の一部が売りに出たからというだけで、他のクラブ、あるいは他のスポーツチーム、例えばペイトリオッツとかはもっと高値がつくだろうが)。
強くなった背景には、もちろん資金力があるのは言うまでもない。シティの強みは、低コストで大量の資金を、相当に自由なタイミングでオーナーから調達できることにある。つまり、金銭的なリターンを求められることなく、割と好きなタイミングで金の算段ができるのだ(もちろんFFPがあるから、好きなようには使えないが)。まんゆが毎年グレイザー一家に2,000万ポンド以上の配当を支払っているように、株式はふつう負債よりも調達コストが高いものだが、シティの場合はオーナーに配当を出さないのでそれもない。一事が万事、スポーツで強くなるためにデザインされた状態にある。その理想的な環境が、人権問題を指摘されている国からの国策投資で成立している状況は皮肉だし、かなりグロテスクでもある。ましてや、金が入るまでは弱かったわけだし。
ともかく、まんゆのようにオーナーと経営陣が既存のブランドを搾取しようとするクラブと、シティのように(資金源に問題はあるが)ブランドを強くしようとするクラブ。2010年代に結果が分かれたのは必然であった。
2020年代にこの状態が変わるのか。まず調達コストという点でいえば、2015年の中国の投資ファンドに続き、昨年は米系PEファンドが株主に参加した。PEファンドと言えば概ね5年で額面3倍程度のリターンを求めるものだが、多分配当というよりは数年後に売却する方を想定していると思うので、費用(例えば選手獲得)を抑えろ等のプレッシャーはそんなにかからないのではないかと予想する。
2点目として、2年前くらいから、「シティの資金力でまともに頭使ってやられると、差が付きすぎてコンペティションとして成り立たない」という批判もある。ただし、今シーズンみたいに調子が悪いとそういう声もすぐ消えるので、この件が真面目に捉えられるまでにはもっと時間がかかるだろう。それよりは、欧州スーパーリーグという欧州のビッグクラブがほとんど皆乗り気になっている、(そして最低の)提案をちゃんと潰した方が世の中のためになると思われる。
最後に、オーナーであるアブダビ・ユナイテッド・グループ、ひいてはアブダビという国の目的に照らせば、横浜やNY、メルボルンといった姉妹クラブでもどこかのタイミングでアブダビを絡ませていく必要がある。すでにNYシティとメルボルン・シティの胸スポンサーはエティハド航空になっているが、そういうふうに、なるべくきれいなイメージでアブダビ関連企業を売り込んでいく、死の商人みたいな人間の仕事が増えてくることだろう。
トッテナム・ホットスパー バスに間に合う
平均順位:2000-2009 9.3位 vs 2010-2019 4.1位
平均勝ち点:2000-2009 52.1 vs 2010-2019 71.0
獲得タイトル:なし
- ダニエル・レヴィーは本当に偉い
- 一番近いリヴァプールと比べても売上2/3しかない上に、オーナーも普通の富豪でしかないトッテナムが、2010年代に優勝争いとCL準優勝に絡んだのは本当に偉業
- 同じように、寡占化の「バスに乗り遅れない」可能性があったのはアストン・ヴィラとニューカッスルだったと思うが、この2つがクソオーナーとクソ経営陣を抱えて沈んでいったのと比べると、いくら世界的な知名度があっても、所詮サッカークラブは売上数百億・従業員数数百人サイズ、属人性が大きい事業なのだということを思い知らされる
- レヴィーのすごいところは色々あるが、とくに「給料を抑えながら良い選手を雇う」技術は近代サッカー史に残るレベルだ
- トッテナムは偶発債務(現実にはまだ発生していないが、将来一定の条件が成立した場合に発生する債務)が売上規模に対して大きいので、多分契約におけるボーナス条件が大きいのだと思われる
- なので、CL決勝で破れたときも、レヴィーは「それはそれで全然OK」だと思ったかも知れない
- 多分、まだ早すぎた、と思っていると思う。勝負はスタジアム拡張の効果が出始めてからだ
- まあ、スタジアム建設費の膨らみ具合もサッカー史に残るレベルだったが・・
- 箇条書きなのは疲れたからです