深夜の部屋で、サトルとキーノが向かい合う。
時間の経過も忘れて戯れ合った結果、いささか少女は興奮していた。
サトルのリードも危うい。
当初は恐る恐る手を伸ばしていたキーノは、すっかり慣れた様子だ。
むしろ、サトルの方に迷いが出てきている。
サトルが手を添えて、入口に自分のものの先を当てる。
今晩でこのスリットへどれだけ抜き刺しを行っただろう?
外に出す度に散らばった周囲を片付け、再開するの繰り返し。
今度は早く終わらせるつもりはない。
できるだけ粘って、先にキーノを追い詰めるのだ。
「そっ、そこまでして、抜くなんてヒドイよっ!」
「でもまだ先っぽだけだぞ?」
「ダメ! サトルちゃんとして!」
観念してサトルがグッと押し込む。
固い先から根元まで、細く狭い隙間に収まった瞬間―――
「ああっ!?」
勢い良く中から吹き出し、キーノが声を上げる。
憮然とするサトル。
その様子にニッコリと笑い、私の勝ちだねと少女は得意げに胸を反らした。
ルビクキューなど六大神がスレイン法国に遺した玩具。
その一つ、クロウヒィーゲ・キキィパーツ――正式名称『黒ひげ危機一髪』で対戦した結果である。
こんなオモチャで一喜一憂するなんて、キーノもまだまだ子供だな。
仕方ない、そろそろ本気を出すとしようか。
「えー、まだやるの?」
「勝ち逃げはズルイぞ。やらないのなら、もうキーノの頭は撫で撫でしない。ハグも禁止だ」
「もう、しょうがないなー。でもサトル? <
「…………も、もちろんだとも」
その後サトルは、ビギナーズ・ラックという言葉を痛感。
<
※ ※ ※
キーノがナザリック地下大墳墓……もとい、ナザリック統一王国に受け入れられたかというと微妙なところだ。
至高の御方である主人モモンガ―――サトルが保護した現地の吸血姫。
その関係を正確に把握できている者はいない。
至高の御方に仕える家臣として、最高位の実力を備える七人であっても。
かつては階層守護者と呼ばれ、現在は大陸を支配する六侯と、ナザリック地下大墳墓の筆頭執事―――定期的な合同会議で顔を合わせた面々であっても。
「珍しい吸血鬼だから手に入れられた、モモンガ様のペットでしょう?」
瞳は決して笑わずに、双角双翼の女悪魔は優雅に微笑んで評する。
「あの娘はわたしとモモンガ様の隠し子…………冗談だから、アウラはその鞭を仕舞うでありんす」
銀髪の真祖は余裕の態度を崩さない。
剣呑な視線を友人に送っていたアウラと呼ばれた人物は、溜め息をつくと疲れた様子で机に突っ伏した。
白いパンツルックに赤い胴衣、革の靴とグローブという活発な格好だが、アウラは少女である。
代わりに口を開いたのは、尻尾を生やした赤いスーツ姿の長身の男。
「そういえば、下賤から成り上がった王は手の届かなかった貴族の姫を望み、高貴な出自の王は珍しさから身分の低い女に手を出すとか」
「デミウルゴス、何が言いたいの?」
「そうでありんす。わたしを差し置いて、小娘の吸血鬼など―――」
「拾われた娘が愛人になり、やがて正妃になった例は枚挙にいとまがありませんよ」
その言葉が放たれた瞬間、彼より先に発言した二人から殺気が広がり、空気が凍って重くなった錯覚がした。
だが、場にいた五人は微動だにしない。
息を乱すことなく涼しい顔で受け流し、あるいは呆れて取り合わなかった。
この程度でジタバタするような小物は居ないのだ。
そこへ今まで発言していない人物が、凍える空気を破った。
気弱そうな外見の魔法詠唱者だが、内面は同じとは限らない。
実際その行動こそが、二人の殺気など物ともしていない証でもある。
「あの娘の事どうするんですか? いくらモモンガ様のお気に入りでも、好き勝手にされるのはいけないと思います」
女装した魔法詠唱者の意外に強い発言に、あれ? と彼の姉は首をかしげ―――ああ、成る程と破顔した。
魔法詠唱者の少年がナザリック地下大墳墓に訪れる際、玉座以外で必ず寄る場所がある。
第十階層内にある巨大図書室『
話題に上がる新参の娘はそこにある小部屋を与えられ、アンデッドの職員たちと共に死霊――もとい、資料整理や魔法研究に携わっていた。
司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスの覚えも良く、魔法道具の作成にも協力をしている。
故に少年は娘と遭遇する機会があるのだろう。
見れば少年は、左手の薬指に嵌めた指輪を右手で押さえている。
弟が抱いている感情を思いやり、姉は事態の解決に動いた。
「じゃあ、デミウルゴスはどうしたら良いと思う?」
「私たちの中から見極める代表者を出すべきだと思うね」
「そうね、私が責任を持って――」
「わたしの出番でありん――」
「君たち二人に頼むつもりは毛頭ない。コキュートスとセバス、頼まれてくれるかい?」
「承知シタ」
「畏まりました」
「……意外。あたしに頼むかと思った」
男装少女の発言に男は肩をすくめて見せる。
「アウラ、君とマーレには私と共に当日この二人の監視を頼みたいんだ。勝手な真似で見極めを邪魔されても困るからね」
「ああ、そういうことか。もの凄く納得したよ……」
装備アイテムで感じないはずの疲労感を覚えて、少女は再び机に突っ伏した。
※ ※ ※
清掃が隅々まで行き届いた広く美しい廊下を歩む。
ナザリックに属する面々が、この世で最も神聖で偉大な場所に繋がる場所と考える第十層の回廊。
進む影はサトルを入れて四つ。
キーノは借りてきた猫のように大人しい。
ナザリック最強の武器攻撃者と格闘戦闘者の二極がつき従っているのだから、仕方が無いとも言える。
玉座に居る訳でなく、単なる移動だから雑談の一つでも問題ないのに。
そんなサトルの念が届いたのか、筆頭執事セバスが優しく少女に話を振った。
「昨晩キーノ様は大図書館のお部屋にいらっしゃらない様子でしたが、どちらにいらしたのでしょうか?」
「サト……モモンガ様の部屋にずっといたよ」
「…………!」
何だこの空気。
夜通し『黒ひげ危機一髪』をしていたのは確かだが。
「何故ズットイタノカ聞イテモ?」
「モモンガ様が中々帰してくれなかったから……」
「…………!?」
勝ち逃げを許さなかっただけで、あれ? おかしいぞ。
二人ともどうして黙る?
おいセバス。今、俺からそっと目を逸らしたのは何故だ。
「ナ、何ヲシテイタカ聞イテモ?」
言っても良いの? と目でキーノが問うので、サトルは無言で頷く。
少女は何度も敗北した自分を気遣ったのだろう。
確かに主人としての体面もあるが、変に隠す方が誤解の種になる。
じゃあ、とキーノが口を開いて―――
「あのね、えっと……確か『近こう寄れ、ひぎぃ一発』って、ずぶっと何度も刺して、勢い良く吐き出させるゲームを夜通し……」
NPC二人の少女に対する印象が、すっかり一変したのは言うまでもない。
※ ※ ※
何とか誤解を解きつつ、サトル達は玉座の間に辿り着いた。
「勿論です。心得ております」
「理解シテオリマス。コノ事ハ、内密ニシマストモ」
二人の返答に少し不安を覚えるが、解かってくれたと信じたい。
ここからは、コキュートスから合同会議の代表として―――毎回六人で交代する仕組みで今回は彼の当番だ―――大陸支配に関する報告・相談。
セバスは中立の立場から同席した証人と補佐・訂正。
キーノは現地人の視点として、生じた疑問・対策のオブザーバーである。
いつも玉座に控える一般メイドは下がらせた。
彼女たちの忠誠を疑う訳ではないが、ここから交わされる会話は大陸支配における最重要機密。
万が一の可能性を考えると、戦闘力のないメイドに追わせる責として釣り合わない。
「……そうか、いつもながら良くやってくれている。コキュートスよ、何か褒美は要らないか?」
「モモンガ様カラ頂イタ物ナラ、何物デモ褒美ニ成リマショウ。デスガ――」
「私の世継ぎか。それは……」
ああ、やはり誤解は解けていなかったらしい。
先のキーノの発言があって、コキュートス達は彼女を愛妾と認識したのだ。
さて、どうしたものか。
いっその事、不明瞭な少女の立場を確立させるか?
しかし、彼女への好意はあるが、自分とキーノは子供を授けることも、授かることも出来ない身体なのだ。
その事実を明かさない場合。
彼らの異常に高い忠誠心を考えれば、サトル自身に当たる風は生まれない。
子を為せない非難の嵐に晒されるのは、間違いなくキーノの方―――
「えっ? コキュートスさんは、サト……モモンガ様の赤ちゃんが生まれて欲しいの?」
太陽の笑顔を持つ吸血姫。
その無邪気で明るい声がサトルの曇る考えを晴らす。
「私、モモンガ様の子ども産めるよ?」
一瞬、衝撃に凍った
きっとアレだ。
コウノトリとかキャベツ畑とか、性の知識のない幼女が発する、根拠のない発言。
ママゴトで人形を赤子に見立てて、お母さんぶる小さな母性。
「えっと……私、サトルと
キーノがちょっと顔を赤らめて、サトルに視線を送る。
それは何も知らない幼女の表情でなく、恋をした女の嬉しげな笑み。
困った事に、サトルの目にはとても綺麗だと映った。
キーノが『精神墳墓(ナザリック)』で眠っていた時に、夢で見た事を話す。
何か巨大な何かと結びつき、身体に新しい情報を書き換えられる感覚。
かつて
もっとも、キーノはサトルの側に居られないことに絶望して、好きにしろと投げやりで受諾したのだが。
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クラス『
吸血姫の発展クラスであるヴァンパイアの女王。
そのスキル『闇の聖母(Lady of Darkness)』。
5レベル分のエナジードレインか、自身のレベルダウンが必要。
女王は不死者でありながら、己の後継者を儲けることができる。
吸い続けた精気を種として、処女懐妊も可能な文字どおり
数多の騎士から忠誠のキスを捧げられる女王。
彼女が祝福のキスを与えるのは、我が仔たる吸精主(きゅうせいしゅ)である。
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最大500%の経験値の消費―――5レベルダウンで、不可能を可能とする奇跡。
5レベルダウンのエナジードレインがもたらす、不可能なはずの不死者の出産。
星は願いを叶え、月は新たな生命を闇に育む。
―――世界の半分は夜であるがゆえに。
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<死の螺旋>は生じる負のエネルギーを身に封じることでアンデッド化を成す、勘違いから生まれた魔法儀式。
『クライムのような才能を持たない人間とは違う。クライム、お前がするべきことは
『……アンデッドへと変化すると、心も歪む場合が多い。理想に燃え、それを叶えるための手段であったはずが……』
スレイン法国の洗礼名『ファスリス』を持つ幼い少女と儀式に関わった者たちが望んだのは、理想を叶える為の手段。
<死の螺旋>は失敗魔法儀式でしかない。
本当の魔法儀式の名前は―――
「私はサトルしか吸ってないから、本当にサトルと私の子どもだよ!?」
相手が無言の様子を見てキーノが焦りを見せた。
慌てる余り、モモンガ様が抜けてサトルの呼び捨てになっている。
その様子がコキュートスやセバスの目には違う形に映った。
神に等しい偉大なる主人の真名を用いてまでの訴え―――少女の発言は真実なのだと。
余談だが、吸血姫の吸愛のキス。
後に地下大墳墓で働くホムンクルス、純粋な一般メイド達には、『男の人とキスをすると赤ちゃんができる』と噂になった。
「ああ、本当っすよ? 異性と粘膜接触したらデキちゃいますからね」
狼少年……もとい、狼神官の口添えが拍車を掛けたという。
「オメデトウゴザイマス、モモンガ様!」
我が事のように―――いや、念願の守り役の実現が近づき、コキュートスが歓喜の声を上げる。
続けてセバスが祝福の口上を述べた。
二人に対し、サトルは無言で右手を上げることで返事を送る。
余りにも衝撃が強すぎて、まだ実感が湧かないのだ。
これから先に待つ未来は、まさにサトルの未知のものばかり。
知人・友人ではない。
長年持っていなかった『家族』。
サトルの世界が一変するであろう、まさに
太陽の温かさを持つ少女。
彼女の身が育む闇の御子。
昼と夜―――世界の半分同士が揃って、サトルの前に在る。
何か欲しいものはあるか?
精神抑制の制御に感謝しながら、じっと自分の反応を待ち続ける少女に尋ねる。
しばし思案した後、彼女の目に強い意志が宿った。
「欲しいものじゃなくて、お願いなんだけど―――」
前置きから漂う、これだけは絶対に引くつもりはないという決意。
キーノが強い口調でサトルに応える。
「赤ちゃんの名前、私に決めさせてね?」
てっきり「絶対産むから!」と来ると思ったが、もはや彼女の中では決定事項なのだ。
サトルが不意に笑いだした。
明るい笑い声に主人の喜びを感じて、守護者と筆頭執事は改めて慶事に目を細める。
キーノ・ファスリス・インベルン。
彼女が次にサトルと旅へ出るのは『
あるいは小さな姫を連れた三人の初旅行。
どうやら『キーノの旅』は、まだまだ続いていくようである。
~ Fin ~
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