キーノの旅   作:ヘトヘト

11 / 14
【# 最終話 オーバーロード 中編】

旅の進行は緩やかなものになった。

森林を抜けて、人里から遠く離れた山脈の麓に差し掛かっている。

冷たい夜風が吹き荒ぶ中、魔法のコテージで二つの影が寄り添う。

元より冷気に耐性ある身だが、心は温かい。

 

「ねえ、今日もお話を聞かせて」

 

キーノにせがまれて日課となった、サトルのアインズ・ウール・ゴウン時代の想い出。

黄金時代のエピソードも終わり、今ではナインズ・オウン・ゴール時代に突入している。

 

「―――こうして、俺はたっちさんに助けられたんだ」

 

始まりは独り。

身に降りかかる理不尽の中、手を差し伸べられて仲間になり、情熱を捧げる程の大事な時間を得られた。

ああ、その想いに共感できる。

キーノにとってサトルとの旅は黄金の時間だったから。

胸が苦しくなる程に、隣にいてくれる存在が愛おしい。

途端に感情に反応して少女の喉が―――いや、牙で舌を少し傷つけ、血を舐めとる事で抑える。

 

「もう話すような、目ぼしいネタは無いな」

「終わったの?」

「まあ、一応な」

「終わっちゃったんだ……」

 

サトルの言葉にキーノが目を閉じる。

終わりを胸中で噛み締めるように。

反芻するように無言の後、少女が何気なく口にした。

 

「……サトル。私ね、魔法をひとつ完成させたの」

「おっ? 例の新魔法か?」

「うん。明日披露するね」

 

火蜥蜴(サラマンダー)のローブの下で、少女の膝が緊張で震える。

サトルが教えてくれた、ぷにっと萌えさんの教え。

 

『勝負は始まる前に終わっている』

 

物事は師より教わる時よりも、覚えた自分が新たな弟子へ伝授する時こそ、より理解度を深める。

実際サトルはキーノに伝授したことで、改めて戦術を復習した状態である。

アインズ・ウール・ゴウンが誇る特殊役(ワイルド)だったサトル。

その幅広い対応力を以ってすれば、キーノの新魔法も阻止されるかもしれない。

 

だから、想い出話を聞いた時、願を掛けて名前が決まった。

『絶対サトルに破れない魔法』。

それを目指した結果の一つでもある。

キーノが編み出したオリジナルの新魔法は、名を『ナザリック』と名づけられていた。

その効力は―――……

 

 

            ※  ※  ※

 

 

緑の少ない、剥き出しの岩場で占められた山岳地帯。

魔法のお披露目には格好の場所だ。

人里から離れたこの場所なら、被害は生じず人目も気にしなくて済む。

二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)は適度な距離を置いて向き合った。

 

サトルの魔法耐性は術者のレベルに関係なく、低位および中位の魔法を完全に無効化する。

中位レベルの魔法詠唱者であるキーノの魔法も、効果を受ける正面から観察が可能だ。

()()()()()、少女の理想的な状況が整った。

 

「まず最初に―――」

 

前置きを口にして、吸血姫が深々と頭を下げる。

 

「私と一緒に居てくれて、本当にありがとう……サトル」

「急に何だよ?」

「今までの旅の全て。私、忘れないから」

「…………」

 

顔を上げた少女の表情に、サトルが言葉を詰まらせる。

いつもの彼女なら、緩んだ照れや赤面が浮かんでいただろう。

しかし、そこにあったのは白く固い―――まるで覚悟を決めた冷たさ。

何故だか胸騒ぎを覚えて、サトルは無意識に身構える。

 

「私達の旅は終わり。ここでお別れだよ。サトルは―――」

「おい、待った。どういう……」

「私をここで置いていって良いから」

「なっ!?」

 

即座に精神抑制が働き、サトルの驚愕と混乱を鎮める。

それ程に激しい感情が生まれた証だ。

 

「お別れって、俺キーノが嫌がること何かしたか?」

無言でキーノは首を左右に振る。

「じゃあ、俺のこと嫌いになったのか?」

 

「だ―――」

 

大好き……と言いかけて、胸がぎゅっと苦しくなって口を結ぶ。

ゆっくりと牙が伸びる感触。

喉が渇いてサトルに手を伸ばしたい。

ああ、駄目だ。

息苦しく求めるほど愛おしい。

あと数分の辛抱で全て済むのに、衝動に飲み込まれそう。

 

そんな無様な決別を、サトルに残して良いはずがない。

最後のお別れだから、精一杯の笑顔を浮かべる。

魔法で生み出した水晶の鏡の前で、何度も何度も練習をした成果を。

 

練習では上手く出来たのに。

未練は整理したはずなのに。

 

「ばいばい、サトル。幸せになってね」

 

涙がこぼれそうになり、慌てて少女は言葉を継いだ。

 

「おっぱいの大きい人と」

 

完全な蛇足。

自分の間の悪さに笑ってしまう。

だから何とか、最期までサトルに向けて笑顔は維持できた。

 

 

            ※  ※  ※

 

 

笑顔を浮かべるキーノに対し、サトルは冷たい汗を浮かべる思いでいた。

自分は少女の嫌がることをしていない。

少女は自分を嫌いになってもいない。

キーノ本人が否定したから間違いはない。

 

なのに『旅が終わる』。

ここで『お別れ』。

何故このタイミングなのか?

それは―――新魔法のお披露目だからだ。

 

()()()()、サトル。()()()()()()()

 

少女の言葉に、直感は確信に変わった。

相手を好きなのに別れる。

単に別れるだけなら、転移魔法でも良いだろう。

間違いなく、キーノの新魔法は危険な類のものだ。

 

 

<時間停止(タイムストップ)>

 

 

間髪入れず、サトルが発動したのは<魔法無詠唱化(サイレントマジック)>による即効時間停止の魔法。

時間停止の最中は相手にダメージや効果が生じない為、魔法も意味は成さない。

ゆえに解除のタイミングに合わせて、<魔法遅延(ディレイマジック)>を併用させた対魔法の防御術を自身にかける。

 

『絶対サトルに破れない魔法』

 

以前キーノが洩らしたヒントが本当なら、こちらの守りを突破する何かがあるはずだ。

サトルは微塵も気を緩めるつもりはない。

新魔法は効果が発動するまで、初見殺しに等しいからだ。

警戒を解かない中、停まっていた時間が動き始める。

 

「おっぱいの大きい人と」

 

その言葉が耳に入った瞬間、サトルは課金アイテムを発動させて再び時間を停めた。

正直少しムカついたのだ。

確かに胸が大きい方が好みではある。

だが、恋愛は感情であり、理屈や利益と反することは珍しくもない。

芽生えた感情はどうにもならないし、勝手にこちらの『好き』を見くびられたようで腹立たしい。

 

サトルは決めた。

キーノが泣いて謝っても、赤面して悶えることを決行しよう。

徹底的に嬉しがらせて、どれだけ自分が愛されているか思い知らせてやる。

その為にも彼女の新魔法を封じる。

 

二度目の<時間停止(タイムストップ)>の最中、<魔法遅延(ディレイマジック)>と共に、少女に対して<究極の妨害(アルティメット・ディスターブ)>を仕掛けた。

これはフレンドリィファイヤが有効な異世界だからこそ可能なハメ技だ。

第十位階魔法<究極の妨害(アルティメット・ディスターブ)>は味方一人の魔法耐性を急上昇させる代わりに、魔法の行使能力を壊滅させる。

つまり、魔法職を封じる奥の手である。

 

「悪いが、キーノの魔法は封じさせてもらった。何を企んでいるのか知らないが、新魔法は次の機会に―――」

「サトルの欠点は自分の評価の低さだね」

 

その勝利宣言を少女が遮った。

 

「私はサトルが相手だから、最大に注意して最高に戦術を練った。でも、どうしてもサトルを上回る方法が見つからなかった。

考えに詰まった私がすがったのはサトルが教えてくれた、ぷにっと萌えさん考案の戦闘術だよ」

「まさか、キーノお前―――」

「うん、サトル。私の新魔法はね、()()()()()()()()()()()という、致命的な欠陥があるの」

 

魔法は早く発動した方が良い。

そのセオリーとは正反対に、超位魔法も余裕で超える儀式魔法めいた発動時間。

実用性を度外視して、威力のみを追求した新魔法。

 

「魔法はその性質と効果を知り、使い方次第で巧くハマる。

遅いのなら、<魔法遅延(ディレイマジック)>みたいにタイミングを合わせれば良いもの」

 

『戦闘は始まる前に終わっている』

計画と準備の大切さを説く、ぷにっと萌え直伝の戦術に倣い、キーノはサトルと対峙した時点で魔法を唱え終わっていた。

アインズ・ウール・ゴウンが誇る特殊役(ワイルド)であったサトルを以ってしても、対応は難しかっただろう。

炎や雷なら視認できる。

回復や瞬間移動であれば察知できる。

速度上昇や筋力強化なら対抗魔法で相殺する。

召喚や防壁であれば発動の前後に合わせて潰せる。

 

だが、不可視の『呪い』の進行は目には見えない。苦痛や傷を生じるものでないのなら尚更だ。

サトルは死霊系魔法詠唱者。

解呪を得意とする信仰系魔法とは対極の位置に近く、得手・不得手で言えば前者とは言い難い。

こうして距離も速度も対策されて、レベル差も魔法防御も関係なかった。

新魔法は対象がキーノ自身であり、しかも発動ポイントが術者の『体内』であったから。

 

『絶対サトルに破れない魔法』

 

その名前は『精神墳墓(ナザリック)』。

失った安らぎを与える、不死者特効の強制的な眠り。

死者よ、大地で安らかに眠れ。

地属性エレメンタリストであるキーノが編み出した、不死者の精神耐性すら侵す呪いである。

本来は幻術系に属する眠りの魔法であるが、不死者の天敵である信仰系の魔法で開発した点にキーノの覚悟の程が表れている。

彼女は覚めない眠りを選択したのだ。

まるで墓に入るように。

サトルの奥深くに根付いている執着(おもいで)を聞き、自身を蝕む愛と結びついた渇きを重ねて。

 

「ばいばい、サトル。幸せになってね」

 

発動済みの新魔法の呪いは、今朝から少女の身体を巡っている。

残された時間はカウントダウンに等しい三秒。

魔法と課金アイテムで連続して<時間停止(タイムストップ)>を発動したサトルには、再詠唱時間(リキャストタイム)により三度目の停止が間に合わない。

ハメ技であった<究極の妨害(アルティメット・ディスターブ)>が邪魔する形で、彼女をサトルの魔法から護るからだ。

その解除も含めて、有効となる手段を放つには一手が足りない。

 

残り一秒は―――

サトルは魔法を発動しながら、相手を見ていた。

キーノは何もしないまま、サトルを見つめていた。

愛しい人の姿を焼き付けて目蓋を閉じる。

これで良かったのだ。

本能に狂って取り返しのつかない悲劇を招くよりも、きちんとお別れを告げる方が。

サトルはもの凄く怒るだろう。

だから、罰として自分のことは捨てて、他の誰かと幸せになって欲しい。

私の世界(サトル)は終わったのだから。

 

暗闇は直ぐにやって来て、キーノの意識すべてを飲み込んだ。

無詠唱による<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>で距離を詰めたサトルの腕の中で、ゆっくりと少女は倒れ込んだ。

 

 

            ※  ※  ※

 

 

サトルの把握していたキーノの最大魔法は、第五位階のはずだった。

しかし、彼女は吸血姫として覚醒している。

サトルは異世界では規格外の存在だ。

そんな彼からエナジードレインで奪った経験値により、位階は英雄を超えた()()()()たる第六へ。

 

これを<魔法上昇(オーバーマジック)>で、本来は使用できない二つ上の位階を発動。

17レベルの蜥蜴人(リザードマン)祭司(シャーマン)。彼女が本来は使えない第五位階の全体治療魔法を発動させたアレである。

そう、『精神墳墓(ナザリック)』は第八位階の魔法であり、さらに<魔法位階上昇(ブーステッドマジック)>で、新魔法の威力を第十位相当まで強化させた。

サトルなら第一位階の魔法を第十位階まで強化できるが、キーノはせいぜい二位階の強化が限界だ。

 

強化の二つ重ねで、魔力の消費は限界。

新魔法『精神墳墓(ナザリック)』は一度の発動でキーノのMP全てが空になる、文字どおり一発勝負。

固い魔法耐性と複雑な構成で解呪が極めて難しい永遠の眠り。

それは愛しい相手が話してくれた、彼の大切な思い出が詰まった地下大墳墓と同じ名前である。

 

「……何だよ、これ……」

 

倒れ伏した少女の懐から、サトル宛ての手紙が発見された。

『吸血姫』による吸血の衝動が始まったこと。

サトルをエナジードレインして以来の苦悩。

キーノの身に起きていた事態と、今回に至るまでの流れが書かれていた。

何故こうも説明をしたためたのか、この一文で理解する。

 

『サトルは何も悪くない』

 

少女は相手が苦悩しないよう、馬鹿正直に説明を書き遺したのだ。

ただ王子の幸福を願った、声帯を失った姫(マーメイド・プリンセス)のように。

 

「こんなことをされて、俺がハイさよなら、と見捨てると思ってるのか?」

 

サトルに奥の手はある。

超々希少アイテム、流れ星の指輪(シューティングスター)

レベル95の魔法詠唱者でなければ習得できない超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>を、経験値の消費無しに三度まで行使できる最高の課金アイテムである。

それも本来なら、ランダムで選ばれる願いの選択肢(一つにつき経験値が10%消費)が最大数の10個で発動。

二百を超える選択肢も有用なものが選ばれ易く、超位魔法のネックである発動時間ゼロという、本来の超位魔法の上位版ともいうべき効果である。

 

これが地下大墳墓ナザリックの宝物殿を使用できる状態であったら、サトルもためらわず使用していただろう。

所有ワールドアイテムの中には、願いを叶える類のものもある。

優れた魔法詠唱者が直に発動する魔法の効果には劣るが、信仰系や精神系魔法の回復・解呪を秘めたアイテムもある。

だが、現状は宝物殿はなく、所有アイテムは限られている。

それだけではない。

アインズ・ウール・ゴウンの仲間達を探す為に流れ星の指輪を使っていない理由と同じだ。

指輪を使って願いが叶わなかった場合、絶望が決定してしまう。

それ以前にランダムで選ばれる以上、三回とも無駄打ちで終わる可能性もある。

 

サトルは知らない。

異世界では指輪の効果が全く違うものに大変異していることを。

最大500%の経験値の消費―――5レベルダウンで、望む願いを確実に叶える奇跡を起こす効果を。

 

指輪は手を打ち尽くした、最後の最後にとっておくべきだ。

サトルは思案する。

そもそも、指輪で願いを叶えて魔法の眠りを解除したところで、事態は解決しない。

キーノのサトルに対する吸血衝動は残ったまま。

二つ目の願いで消すか?

駄目だ。

衝動が『吸血姫』固有の求愛であるのなら――その吸愛を消すことをキーノは拒否するに違いない。

根底にあるのは自分に対する愛情。

愛を失うことで、一緒に居られるようにするとは本末転倒も甚だしい。

 

実のところ、サトルが指輪を使用しないのは正解であった。

蘇生魔法と同じく、呪いもまた本人が望まない意思を持つ場合は解呪が成功しない特殊例がある。

死が耐え難い苦痛の慈悲となるように、呪いと祝福は表裏一体だからだ。

ましてや今回、キーノは望んで自ら魔法を発動している。

 

万能に思える願いの指輪にも穴はあるのだ。

ユグドラシルのプレイヤー達に絶大なる信頼を得ている糞運営。

彼らの方針『新たな発見の為に』則って、超位魔法を超える世界級アイテムにも発見すべき抜け道を作っている。

だからこそ、『傾城傾国』の精神支配を解除する手段―――死亡からの蘇生があり、世界級アイテムの効果を防ぐ方法―――世界級アイテムの装備という解決策があるのだから。

 

 

昏倒したキーノを魔法のコテージに運び、ベッドに寝かせてサトルは付き添った。

事態を飲み込んでも、アンデッドが感じないはずの疲労感で身体が重い。

 

「キーノ起きろよ。起きないと俺、八つ当たりで近隣諸国を滅ぼすぞ?」

少女は応えない。

ただの屍のようだ。

 

「スレイン法国なんて三日も持たないからな。早く起きないと世界征服どころか、世界滅亡しているかもだぞ?」

少女は応えない。

ただの屍のようだ。

 

「なぁ頼むよ、キーノ。世界なんて要らないから、起きて声を聞かせてくれよ」

少女は応えない。

くすぐろうが頬を引っ張ろうが、独り空しくサトルの声が部屋に響くだけ。

 

「糞がぁっっ!!!」

 

精神抑制が激情を鎮めたが、サトルの悲しみは晴れない。

涙の雨は流れないが、暗い気持ちが曇り空のように心を覆っている。

 

「楽しかったんだ……」

 

ギルドの仲間達の引退の時は、友人達を見送る側として、成すすべなく運営のサービス最終日を迎えた。

ゆっくりと衰退していった栄光の日々。

あの時とは違い、キーノとの旅は唐突に終わった。

少女の苦悩に気づかず、自分だけ浮かれて楽しんでいたのだ。

いや―――

旅は終わってなどいない。

少女の問題も今は把握した。

ならば、己のやるべきことなど一つだ。

 

『でもね、私にとってサトルが世界みたいなものだよ』

『絶対サトルに破れない魔法』

 

キーノの言葉を思い返す。

つまり―――

 

「絶対、世界(サトル)級に破れない魔法とは、大きく出たなキーノ。ならば本当かどうか、答え合わせといこうじゃないか?」

 

ひとりの人間が世界を変えることがある。

ある者は自由を勝ち取った奴隷。

ある者は前人未到の記録を生んだスポーツマン。

分野に革命を起こした技術者や、怖ろしい病魔を駆逐した医者もいた。

 

人間ですら世界を変えるのだ。

ならば、ひとりの超越者(オーバーロード)は世界を―――……

 

 

            ※  ※  ※

 

 

【?日後】

各諸国に吉報が届いていた。

邪法を操る秘密結社ズーラーノーンが壊滅したと。

かの組織が保有していた研究と儀式―――“死の螺旋”を含めた資料が全て奪われたが、その事は知られなかった。

 

 

【?年後】

特務部隊・風花聖典により、スレイン法国へ吉報が届いていた。

異形による人間の被害が減っていたのだ。

特に吸血鬼に襲われたケースが。

 

まるで吸血鬼を狩り尽くしたように、吸血鬼の目撃例すら途絶えた。

なぜ消えたのかは全く分かっていない。

解呪の実験体にされているという報告もあったが、現実味の無さに笑い話と消えた。

 

 

【?年後】

竜王国に吉報が届いた。

侵攻を繰り返すビーストマン国家の恐怖から解放されたと。

始めは誤報だと疑われた。

三日間でビーストマンは国そのものが、地上から消えたと伝令が伝えた為に。

後に三時間の間違いであったと訂正。

 

一掃したのはモモンガという魔法詠唱者。

しかし、竜王国にはウォーモンガー(Warmonger)(戦争狂)と伝聞された。

この間違いは訂正されていない。

 

単純な名前の聞き違え。

そして一方的な殺戮は戦争と呼べる代物ではないという、二重の誤りは。

 

 

【?年後】

滅ぼされたビーストマン国の広大な跡地に、新たな持ち主が誕生していた。

住人は件の魔法詠唱者。

彼に救われた形の竜王国としては、むしろ祝いを送る立場を取っている。

 

さて、異世界を旅する者は地図で見たことがあるだろうか?

竜王国の東は険しい山岳地帯。

西には広大な湖があり、その遥か先の対岸にスレイン法国。

北にはアンデッドが多発するカッツェ平野。

残る南に旧ビーストマン領があった。

 

つまり、竜王国という土地は左右を山と湖で塞がれて、カッツェ平野と旧ビーストマン領に、上下を挟まれた状態である。

もしもアンデッドを統べるような、カッツェ平野を支配する存在がいれば、挟撃の憂き目に遭うだろう。

 

平野を常に覆う霧から軍勢が侵攻する日まで、誰も気づかない可能性の話である。

 

 

【??年後】

国家を次々と陥落・吸収する謎の“国堕とし”。

あるいはアンデッドの軍勢を取り巻く中心の存在を指して、“死の螺旋”と呼ばれた。

 

異なる可能性の分岐で、イビルアイと名乗る少女が背負うものを奪って。

大陸の半分を掌中にした“国堕とし”は、未だ望むものを手に入れられずにいた。

 

 

【???年後】

蠅の悪魔がいた。

樹の魔竜がいた。

各地に出現し災厄をもたらさんとした魔神たちは、ことごとく鬼神の働きをする魔法詠唱者に滅ぼされた。

世界の為ではない。

一人の少女の眠る屋敷が、魔神たちの進む先にあったことが原因だった。

 

 

            ※  ※  ※

 

 

夢は数少ない、自己の無意識と向き合う手段でもある。

『吸血姫』という職業(クラス)の限界レベルに到達。

さらに―――

愛を知った。

指輪を得た。

身を捧げた。

かくして三つを満たした『姫』は―――……

 

それが何だと言うのだろう?

愛する相手と一緒になれるのなら、喜んで『それ』を選んだかもしれない。

でも無意味だ。

彼さえいれば何も要らなかった。

彼と居られないなら何も要らない。

 

月のない夜闇のような真っ暗な意識の世界で、少女は何かに応えた。

もうどうにでもなれ、好きにしていいよ。

 

接触した自己と他者がそれぞれ。

無意識は『了承』と受諾し、彼女を変え始める。

外意志は『了承』と受諾し、彼女と契約を結ぶ。

 

かくして二つと結んだ『吸血姫』は―――……

 

 

            ※  ※  ※

 

 

「……お目覚めですか?」

 

ぼんやりとした意識に、知らない声が届く。

目蓋を開けば、浅黒い日に焼けた肌をした背の高い男がいた。

見たことがない手足にぴったりとした赤い奇妙な服。

ズボンからは鋭いトゲを持つ尻尾が―――し、尻尾っ!?

 

意識を完全に覚醒して、少女は慌てて身体を起こした。

豪奢で広い部屋にある寝台の上、身震いしながら構える。

種族の識別に成功。

目の前の男は、途方もない力を持った大悪魔だ。

 

悪魔?

 

ああ、そうか。

自分はサトルに酷い事をしたのだ。

地獄で裁かれるのも仕方ないだろう。

思い出した最後の記憶に、少女はうな垂れて構えた腕を下げた。

 

「どうやら混乱しているようですね。初めまして。私はデミウルゴスと申します。41人の至高の御方を創造主とする―――」

 

41人。

聞き覚えのある数に、少女はハッと顔を上げる。

 

「サトルに聞いたことがある!」

「おおっ、モモンガ様の真名ですか。サトル様のサトルとは『悟りを開いた』意味で、神に為った存在―――ええ、実に相応しき御名。

それを軽々しく呼び捨てにされるのは如何なものかと?」

 

口調は丁寧だが、男は怒っている様子である。

ごめんなさいと頭を下げつつ「モモンガ様?」と尋ねると、男はサトル様の魔法詠唱者の名前(アバター・ネーム)だと教えてくれた。

サトルが王様や貴族みたいに、すごい権力の持ち主だと理解する。

つまり、サトル・スズキ・モモンガということだろうか?

 

サトルに逢いたい。

でも、あんな仕打ちをしておいて、合わせる顔がある訳がない。

幸いサトルの事を考えても喉の渇きは今は感じないし、今の内に早くここを立ち去らないと。

その為にも情報収集は基本。

相手から話を聞き出すべく、少女は男の好みそうな前振りを考える。

忠臣タイプならその主人―――サトルの話題は気まずいから、男の創造主を誉める話から入るべきだろう。

 

「サトル……様から聞いたことがあるけど、デミウルゴスさんって、ウルベルトさ……様が創造主なんだよね?

自分よりも凄い魔法詠唱者だったって、サトル……様が言ってた!」

 

慣れない様づけに詰まりながら話題を振ると、予想とは違った反応があった。

「何故……貴女が……?」

驚愕? この人あまりウルベルトさんのこと知らないのかな?

 

「我が創造主のこと、どこまでご存じなのです?」

「アインズ・ウール・ゴウンを結成する前の、九人の頃に―――」

「!!!?」

 

男の激しい動揺を目の当たりにし、驚いた少女は寝台の上で後ずさった。

何だか様子がおかしい。

「そ、その話を詳しく!」と歓喜したかと思ったら、急に考え込んで「……成る程、そういうことですか」と独り呟く。

そして、じっと少女を吟味するように見詰めた。

 

と―――

 

「ウルベルト様のお話、残念ですがまたの機会に是非。たった今<伝言(メッセージ)>を承りました。モモンガ様がご到着のようです」

「……サトルが来るの?」

「ええ、そうです。貴女が暗い顔をするのも分かります。湯浴みや着替えも出来ず、寝起きの顔をお見せするのは、女性として恥でしょうから」

 

違う、そうじゃない。

寝起きの顔よりも恥ずかしい場面、今までサトルに何度も見ら―――そう胸の中で反論しかけて、サトルの名前に様づけしなかった事に気づく。

どうしてデミウルゴスさんは、注意しなかったのだろう?

 

「言っておきますが、<転移魔法>は無駄ですよ? この部屋に不届き者が来ないよう、転移阻害の対策が施されていますから」

 

その忠告で合点がいった。

だから、サトルの到着も転移ではないのか。

 

「今さらだけど、デミウルゴスさん。ここは何処なの?」

 

主人を迎えるべく部屋を出ようとしていた大悪魔は、少女の問いに扉の前で振り返った。

 

「ここはかつてスレイン法国と呼ばれていた場所。

貴女の解呪の手段を求めて、モモンガ様が信仰系魔法詠唱者を確保しようと陥とした国。

現在は私がモモンガ様の代行として治める、ナザリック()()()()の領土のひとつです」

 

 

                              ― 後編に続く ―

 

 

.

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。