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2019年
年間ベスト・アルバム 50
by YOSHIHARU KOBAYASHI
SOICHIRO TANAKA
December 31, 2019
2019年<br />
年間ベスト・アルバム 50

もっとも優れた作品にもっとも多くの人々がアクセスし、あらゆる壁が崩れ、ポップという大きなうねりとして結実した2010年代は遂に終わってしまった。このチャートに挙げた50枚の大半は、この10年の集大成的作品と、いまだ水面下で息づく新たな胎動だ。いまだ次のポップは見えてこない。

2010年代というディケイドは、ダイナミックなジャンルの再編が起こり、ある種のポップの理想が美しく結実した、極めてエキサイティングな時代だった。まずは声を大にしてそう言っておくべきだろう。

思い返してみれば、2010年前後には、これからの輝かしい10年間を形成する様々な萌芽が見られた。レディ・ガガやテイラー・スウィフトに始まるフィメール・ポップ・シンガーの躍進、ウィークエンドやドレイクが牽引したオルタナティヴR&Bの隆盛、新しいラップ・ミュージックのメッカとしてのシカゴやアトランタの浮上、スクリレックスやカルヴィン・ハリスが口火を切ったEDMの台頭、あるいはロバート・グラスパー『ブラック・レディオ』に端を発したジャズの刷新――最初はそれぞれ個別の動きとして現れたが、2010年代半ばには北米のメインストリームを舞台として、ラップを中心にあらゆるジャンルが互いに刺激を与え合い、交じり合うことで、新たなポップ・ミュージックの形を創出していた。まさに新時代のクロスオーヴァーの象徴だったフランク・オーシャン、ビヨンセ、チャンス・ザ・ラッパー、ソランジュなどの大傑作が揃い踏みした2016年は、そのような機運のピークだったと言えるだろう。

2016年
年間ベスト・アルバム 75


だが、2019年も終わりを迎えようとしている今、時代の風景は移ろいつつある。無数の異なるジャンルやサウンド、世代、地域、人種が接続され、メインストリームとアンダーグラウンドの境界も崩れてひとつの大きなうねりになっていた10年が完全に終わりを迎えて、またそれぞれがバラバラに戻ろうとしている。それが2019年という一年ではなかっただろうか。

もちろん、こんな別の見方もあるだろう。誰もが認める2019年の顔だったビリー・アイリッシュ、リル・ナズ・X、ポスト・マローンといったアーティストたちは、すべてを繋ぐ最大公約数だったのではないかと。確かに、10代後半から20代前半のZ世代である彼らは、まさに2010年代的な「ジャンルレスで当たり前」という価値観を前提とした音楽性を打ち出したことで、商業的にも圧倒的な成功を収めた。ただ、その一方で、彼らは音楽性と価値観の双方において2010年代の集大成だと位置づけることも出来る。なにより、彼らのような飛び抜けた才能だけが目立ち、コミュニティやムーヴメントの感覚が希薄だったことが、2019年という時代の空気を何よりも明確に現してはいないだろうか。

このような状況をポジティヴに捉えるか、ネガティヴに捉えるかは、リスナー一人ひとりに委ねたい。ただ、すべてがバラバラになったのだとしても、それぞれがそれぞれの場所で、新たな価値観や音楽性、コミュニティの在り方を探り始めようとしているのは確かだ。言い方を変えれば、すべてが過剰に繋がるようになった結果、あらゆる場所で均質化が進み、その反動として、個々のアイデンティティの模索が始まったのである。

たとえば、ヴァンパイア・ウィークエンド、ソランジュ、ラナ・デル・レイといったアーティストたちの作品には、過去の自分や2010年代のポップ至上主義的な価値観の枠組みから意識的に外れ、新しい何かを模索する意志が感じられるだろう。ビヨンセの『ホームカミング』も、ブラック・ミュージックの歴史を見つめ直すことによるアイデンティティの再定義という文脈が引ける。カニエ・ウェストの最近の動向も、新しいコミュニティやアイデンティティの在り方を探求しているという意味では決して奇異に映るものではない。よりミクロな話では、ガール・バンドを起点にフォンティンズ・DCやマーダー・キャピタルといったバンドがしのぎを削るダブリンのパンク・シーンや、ジャズとインディとラップが混濁するサウス・ロンドンのシーンも新たな可能性の模索のひとつと言える。いずれにせよ、またゼロからやり直し――そんな意識だけは緩やかに共有されているのかもしれない。

これらの動きは、まだどれもが個々の独立した「点」でしかない。それぞれが何かしらの成果を生むのか、互いに繋がって「線」となり得るのか、あるいはまったく違った何かがやってきてすべてを塗り替えるのか、もしくはしばらく何も起こらないのか――現時点では誰にも確かなことは言えない。だが、思い出してみてほしい。2010年前後に起きていた幾つもの萌芽が2010年代半ばに新しいポップの形へと結実するとは、当時ほとんどの人が予想できていなかった。となれば、きっと2019年の今も、人知れず2020年代の新しい何かに繋がる萌芽が始まっているに違いないのだ。

2010年代という幸福な時代が終わるという一末の寂しさと、新しくエキサイティングな時代の前触れが始まっているはずだという微かな予感――わたしたち〈サイン・マガジン〉が2019年の年間ベスト・アルバムに選んだのは、そんな時代のムードをキャプキャーしている50枚である。

2019年 年間ベスト・アルバム 41位~50位

2019年 年間ベスト・アルバム 31位~40位

2019年 年間ベスト・アルバム 21位~30位

2019年 年間ベスト・アルバム 11位~20位

2019年 年間ベスト・アルバム 6位~10位

2019年 年間ベスト・アルバム 1位~5位




collage graphics by DaisukeYoshinO)))

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