最終更新:2018/06/23

行列の無限等比級数

分野: 線形代数  レベル: 大学数学

対角化可能な正方行列 A について,全ての固有値が 1 より大きく 1 より小さいとき,
k=0Ak=I+A+A2+
(IA)1 に収束する。

行列の無限等比級数について考えます。記事の後半では,より一般的な主張を述べます。

部分和

無限級数について考える前に,まずは項の数が有限の場合について考えてみます。

1+x+x2++xn1=1xn1x
という等比数列の和の公式の行列版として(IA に逆行列が存在するという条件のもとで),
I+A+A2++An1=(IAn)(IA)1
という等式が成立します。

証明

(I+A++An1)(IA)=IAn
という式が成立することは,左辺を展開することで簡単に証明できる。

よって,(IA) に逆行列が存在する場合は,両辺に (IA)1 を右からかけて,
I+A+A2++An1=(IAn)(IA)1
を得る。

無限和

A が対角化可能であるという条件に注意して,冒頭の定理を証明してみましょう。

証明

まず,(IA) が逆行列を持つことを確認する。
A の固有値が 1 より大きく 1 より小さいので IA の固有値は 0 より大きく 2 より小さい。よって,IA は正則行列である(行列が正則であることの同値な条件と証明の5)。

次に,D=P1AP のように対角化できるとすると,先程の部分和の式より
I+A+A2++An1=(IAn)(IA)1=P(IDn)P1(IA)1
となる。

ここで,A の固有値が 1 より大きく 1 より小さいので Dnn を大きくしていくと限りなく零行列 O に近づく。よって,
k=0Ak=P(IO)P1(IA)1=(IA)1
となる(※)。

※「高校数学ではイプシロンデルタを使わずに,限りなく近づく,という言葉でごまかした」と同じごまかしをしています。
→イプシロンデルタ論法とイプシロンエヌ論法
本当に厳密にやるには「行列が行列に限りなく近づくとはどういうことか」を考える必要があります。

より一般的な定理

任意の正方行列 A について,以下の2つは同値。
1. ρ(A)<1
2. k=0Ak=I+A+A2+(IA)1 に収束

  • ρ(A)A の絶対値最大固有値の絶対値です。A のスペクトル半径と呼ばれることもあります。「全ての固有値が 1 より大きく 1 より小さい」を言い換えただけです。
  • A が対角化不可能な場合にも,冒頭の主張は成り立ちます。証明にはジョルダン標準形を使います。
  • 冒頭の主張の逆も成立します。

詳細は参考文献:The Geometric Series of a Matrixをどうぞ。

「行列の等式だけど,1×1 行列の場合は普通の見慣れた公式になる」というタイプの式,好きです。