2019年は「マイクロプラスティックと人類との闘い」が本格化した年でもある

わたしたちの身の回りにあるプラスティック製品は、微細化したマイクロプラスティックとして自然界の隅々にまで行き渡ろうとしている。その脅威が検査技術の進化によって明らかになった2019年は、「マイクロプラスティックと人類との闘い」が本格化した年と言っても過言ではない。

plastic bottles

MONTY RAKUSEN/GETTY IMAGES

ますます切迫した気候変動と政治的な激変が伝えられた今年、マイクロプラスティック汚染が新たな脅威としてニュースをにぎわした。科学者らによると、マイクロプラスティックは空気中を漂い、海流に流され、わたしたちの食料や水を汚染している。だが、ヒトの健康への影響については不明である。

研究者が汚染問題の監視を始めてから数十年が経つだけに、マイクロプラスティック汚染は科学にとって特に新しい話題ではない。だが、新たな技術や技法の登場によって環境から微小のプラスチック片を見つける試験を実施しやすくなったと、環境学者のデオニー・アレンとスティーヴ・アレンは言う。

夫婦でもあるふたりは、スコットランドのグラスゴーにあるストラスクライド大学で環境汚染を研究している。新たな手段が登場したことで、マイクロプラスティックがありとあらゆる場所に存在していることが明らかになった。

「分析手法が着実に進歩したことは、今年の一大ニュースだったと思います」と、デオニーは言う。「おかげでマイクロプラスティックを識別・計量する方法を改善することができました」

異分野からの研究者の流入が続く理由

かつては、研究者が熱した針で微粒子の標本を突き刺すことによって熱で変形する物質を見極め、有機粒子とプラスティック粒子とを区別していた。微生物学者は以前からバクテリアなどの粒子の計量にレーザーを用いていたが、いまではプラスティック研究者も、こうした別分野の顕微鏡検査技術を応用するようになっている。

また、スクリップス海洋研究所で海洋学者であるジェニファー・ブランドンによると、マイクロプラスティックが世界の隅々まで汚染していることから、近年マイクロプラスティック研究には別分野から大量の科学者が流入してきているという。

鳥類の寄生虫を研究しているブランドンの友人もその例に漏れず、プラスティックによる脅威の解明に協力するようになったひとりだ。ブランドンはこう話す。「彼女が鳥の解剖を進めるにつれ、特に寄生虫が発生しやすい病気の鳥からプラスティックが次々に見つかりました。こうした経緯から、ほかに適当な場がなかったことから彼女はプラスティック研究者になったのです」

社会的認知が高まったことも、こうした流れを後押ししている。ここ数年、マイクロプラスティックが世界中に拡散しているという一連の調査結果がメディアに注目された。それが大衆の目を引き、政府の目にとまったことで、より多くの研究予算を確保できるようになったのだ。

「わたしはマイクロプラスティックを摂取していますか? 食べ物に含まれていますか? という質問が長年絶えませんでしたが、今年はより確信をもって答えられるようになりました」とブランドンは語る。「残念ながら摂取しています、含まれています、とね」

いまだに謎の多いマイクロプラスティックの影響

プラスティックは耐久性が強く、たとえ分解したとしてもより小さなかけらになるだけで、生態系に残留し続ける。これがプラスティックの核心的な問題だ。研究者はより小さな粒子を調べることで、マイクロプラスティックが特定の環境に拡散する方法に粒子の大きさがどんな影響を与えるかについて、理解を深めることができる。

先月発表された研究結果によると、稚魚がマイクロプラスティックを獲物と勘違いしていることが判明しており、大きな懸念を呼んでいる。粒子の大きさが魚の健康にどのような影響を与えるかは不明だ。大きな粒子は消化器系を詰まらせる可能性がある一方、微小な粒子は消化器組織を通り抜けて、臓器に侵入する恐れがある。

同様に、マイクロプラスティックの大きさがヒトの健康に与える影響も、大きな疑問になっている。わたしたちが飲み食いして摂取する粒子の多くは、体内を通過することが研究で判明している。しかし、極小の粒子が消化管の壁を通り抜けるのか否か、あるいは血液中の毒素が脳に侵入することを阻む保護機構である血液脳関門を通過するのか否かは、いまだにはっきりとわかっていない。「より大きな危険が潜むナノの世界を調査する必要性が明確になりつつあります」と、スティーヴ・アレンは言う。

期待される新たなセンサー技術

粒子の大きさは、マイクロプラスティックの拡散方法にも影響を及ぼす。大きな粒子よりも、プラスティック繊維のほうが風に飛ばされやすいことは想像に難くないが、それを証明するうえで十分なデータは揃っていない。ポリスチレンやポリエチレンなどのプラスティックの種類によって、水や風による流され方が違うかどうかも気になるところだ。標本を収集・試験する技術が向上したことで、こうした疑問への答えを近々見つけられるのではないかと、研究者たちは期待を寄せている。

なかでも2020年に登場するとされるセンサー技術は、海水を取り込み、自動的にマイクロプラスティック粒子の数を計量することができるとされ、特に有望視されている。ブランドンの報告によると、従来の方式では研究者が水をろ過して粒子を計量しなければならないため、数百時間の作業を要するという。しかしセンサーがあれば、「海のどこであろうと即時に計量できるので、海の状態をはるかに正確に把握できるようになります」

海が隅々までマイクロプラスティックで汚染されていることは、今年行われた画期的な研究ですでに明らかになっている。研究者たちは6月に発表した研究結果を通じて、有名なモントレー湾の全域にわたってマイクロプラスティックが拡散していることを明らかにした。いわゆる「太平洋ごみベルト」より濃度が高い事例もあったほどだ。

関連記事マイクロプラスティックは「北極圏の雪」にまで蓄積していた

9月には別の研究により、南カリフォルニア沖の堆積物から、数十年前に由来するマイクロプラスティックが発見されている。研究者たちは実験を通じて、マイクロプラスティックからにじみ出た化学物質が、世界中の海で酸素を生成しているバクテリアの成長を阻害する可能性を示した。

底知れぬほど根深い問題

プラスティック研究者らは、そうした汚染に対処するには汚染源をできるだけ上流までたどる必要があると口を揃える。ならば何よりもまず、プラスティックの大量使用はやめなければならない。

そのためには使い捨てのプラスティック製品の濫造をやめ、コンポスト化が可能な高品質プラスティックの開発に投資するよう企業に働きかける必要がある。それと同時に、新素材が従来の素材より環境に優しく、生分解しやすいことを証明しなければならない。

プラスティックは特に医療分野などで非常に有用性が高いため、完全に根絶することは不可能だ。したがって、収益性が低いことから現時点では実現していないが、使用済みのプラスティック製品はリサイクルに回すようにしなければならない。ミシガン大学の生態毒物学者でマイクロプラスティックの研究に取り組むアレン・バートンは次のように指摘する。「収益性を確保できるまでは、政府が前面に出てリサイクルを支える必要があります」

また、プラスティックは環境に侵入しないよう封じ込める必要がある。排水管にネットを張るという単純な対策でも、マイクロプラスティックの海洋流出を防ぐことができる。地表を流れる雨水も大量のマイクロプラスティックの発生源となっており、毎年サンフランシスコ湾には7兆トンもの粒子が流出している。

これを受けて研究者は、いわゆる「レインガーデン」を使った実験を行っている。レインガーデンとは道路に並行する細長いスペースで、雨水に含まれるマイクロプラスティックを吸収し、保持することができる。

さらに、洗濯も海洋マイクロプラスティックの主な発生源になっており、対応が必要だ。特に安価な合成繊維の服からは、洗濯のたびにおよそ10万ものマイクロファイバーが抜け落ち、排水とともに海や川に流出している。消費者は洗濯機メーカーに対し、マイクロプラスティック粒子をとらえるフィルターの設置を求めていかなければならない。下水処理場を改修して、マイクロファイバーをより効果的に除去できるようすることも可能だ。

今年の先駆的な研究によって、マイクロプラスティックは底知れぬほど根深い問題であることが明らかになった。しかし、わたしたち自身が生んだ脅威に立ち向かうには、わたしたち自身で研究を進めていく以外にない。

※『WIRED』によるプラスティックごみの関連記事はこちら

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フォルクスワーゲンは2020年、本格的な「EVの時代」に向けて舵を切る

フォルクスワーゲンにとって2019年は極めて重要な年だった。長らく続いた内燃機関の時代から大きく舵を切り、本格的な電気自動車EV)の時代へと方針転換する決断を下したからだ。鍵を握るのは、20年に欧州を皮切りに発売されるEVの新モデル「ID.3」である。11月にドイツの工場で始まったID.3の量産は、VWのみならず自動車の歴史においても重要な出来事として刻まれる可能性がある。

TEXT BY DAISUKE TAKIMOTO

VW ID.3

フォルクスワーゲンにとって電気自動車EV)の新モデル「ID.3」は極めて重要な意味をもつ。PHOTOGRAPH BY VOLKSWAGEN AG

「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」──。アポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングが、1969年7月20日に月面に降り立ったときの言葉だ。この言葉を自動車業界に置き換えてみたとき、50年後の今年11月4日に世界最大級の自動車メーカーであるフォルクスワーゲン(VW)が電気自動車(EV)「ID.3」をツヴィッカウ工場で生産開始した瞬間は、「人類にとっての大きな飛躍」と言って過言ではないかもしれない。

「いまわたしたちは、まさにモビリティの新しい未来の途上にあります」と、ID.3の量産開始を記念する式典に出席したドイツのアンゲラ・メルケル首相は語った。「EVがビートルやゴルフのように誰もが手に入れられるような存在になる。まさしく“国民車”(ドイツ語でフォルクスワーゲン)になるのです」

メルケルが言う「ビートル」と「ゴルフ」は、いずれもVWの礎となってきたモデルだ。戦時中に国民に広くあまねく自動車を普及させるミッションのもと開発され、世界的に成功を収めたビートル。そして、いまもあらゆるメーカーの自動車開発の手本になっているゴルフは、8代目となる最新モデルが10月に発表されたところだ。

VW ID.3

VWが11月に開いた「ID.3」の量産開始に伴う記念式典には、ドイツのアンゲラ・メルケル首相も出席。VWのみならず、ドイツという国にとっても重要な意味をもつ出来事だった。PHOTOGRAPH BY VOLKSWAGEN AG

このように、VWどころか自動車の歴史においても重要な意味をもつクルマにたとえられるID.3とは、いったいVWにとって、そして人類にとってどんな飛躍をもたらす存在なのか。

VWの「新しい世界」

「フォルクスワーゲンの新しい世界へようこそ」──。ID.3は、そんな言葉とともに、9月のフランクフルトモーターショーで発表された。この小型EVは、モジュール化されたEV専用のプラットフォーム「MEB」を採用した最初のモデルとして、2020年半ばにドイツを皮切りに発売される。

だが、ID.3の発表は単なる新しいEVの発表ではない。それ以上に、来るEVの世紀に向けてVWがクルマを再定義し、新しい時代を迎えるという意思表示でもあるのだ。「フォルクスワーゲンは、EVをニッチな製品から社会の主流へと押し上げ、誰もが手の届くものにしたいと思っています」と、フォルクスワーゲングループ社長のヘルベルト・ディースは言う。

VWがID.3の発表と同時にブランドロゴの刷新を発表したのも、ID.3の重要性ゆえだろう。円の中に社名のVとWの文字を縦に重ねた立体感のあるロゴは、フラットでシンプルなデザインへと生まれ変わった。デジタルでの視認性を高めるのが狙いというが、決してそれだけではない。その真意は「新しい時代」への移行を宣言することにある。

「3度目の幕開け」の意味

発表会では、「新しいチャプター」「“3度目”の幕開け」といったキーワードが繰り返された。ここで言う「3度目」とはどういう意味なのか。

1度目はVWの通称「ビートル」の誕生だ。1940年代から本格的に量産されたビートルは、アドルフ・ヒトラーが打ち出した「国民車(フォルクスワーゲン)構想」のもと、のちにポルシェを創業するフェルディナント・ポルシェが設計して誕生した。ビートルには国民に広く自動車を普及させるというミッションが課せられ、結果的にドイツのみならず世界的に大成功したのだ。

そして2度目は、1974年の「ゴルフ」の誕生だった。ビートルの正統な後継車として開発されたゴルフは、丸っこくて愛らしいデザインのビートルとは対極にある角張ったデザインだが、イタリア人デザイナーのジョルジェット・ ジウジアーロによって実用性と合理性が極めて高いレヴェルでアップデートされていた。そしていまも小型車の基準たる“メートル原器”として、あらゆるメーカーの自動車開発の手本になっている。

その意志を継ぐ「3度目」が、EVの時代における国民車、すなわちID.3というわけだ。ディースは、「これこそがクルマ、と言えるクルマになった」と胸を張る。

VW ID.3

「ID.3」のダッシュボードは、ふたつのディスプレイを中心としたシンプルなデザインとなっている。PHOTOGRAPH BY VOLKSWAGEN AG

確かにID.3は、小型車としてもEVとしても優れたスペックを誇る。自動ブレーキや自動運転技術といった従来モデルに搭載された安全技術はもちろんのこと、バッテリー容量によっては航続距離が最大550km、そして出力100kWの急速充電器を利用すれば30分の充電で約290kmを走行できる充電時間の短さなどは特筆すべきだろう。ドイツでの量産モデルのベース価格は30,000ユーロ(約354万円)未満になる見通しで、補助金を考慮すると従来の小型車に近い水準になる。

VWの強い意思表明

ディースは同時に、「進化する覚悟が必要であり、それを続けていく。変化をもたらす存在として社会を変えていこうと考えている」とも語っている。その象徴となるのが、カーボンニュートラルであることだ。

ID.3はサプライチェーン全体において、カーボンニュートラルに生産される最初のVW車になる。ID.3の量産が始まったVWのツヴィッカウ工場では、コンポーネントの生産からボディの製造、塗装、組み立てにいたるまで再生可能エネルギーのみでまかなっているという。また、ID.3に搭載されるバッテリーセルも、再生可能エネルギーのみを使用して生産されている。

VW ID.3

ID.3が量産されるVWのツヴィッカウ工場では、コンポーネントの生産からボディの製造、塗装、組み立てにいたるまで再生可能エネルギーのみでまかなっているという。PHOTOGRAPH BY VOLKSWAGEN AG

つまりID.3の発表は、世界を揺るがした「ディーゼルゲート問題」で痛手を負ったVWがEVの時代に向けて退路を断ち、自らを変えていこうという強い決意表明でもある。そして自動車の生産から利用にいたるまで、あらゆるプロセスにおいて二酸化炭素の排出をなくしていこうという、自動車メーカーとしては極めて意欲的な取り組みでもある。

VWは28年までに約70車種のEVを投入し、2,200万台を世界で販売する計画を打ち出している。その計画の達成だけでなく、「EVを誰もが手に入れられるものにする」というディースの“約束”を実現していくうえで、ID.3の存在は大きな鍵を握ることになる。

そして当然のことながら、これまで二酸化炭素を大量に排出し、空気を汚してきた自動車が、カーボンニュートラルかつクリーンなモビリティへと生まれ変わることにもつながる。「人類にとっては大きな飛躍」と言えるかどうかは、歴史が証明することになるだろう。

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