ディープフェイク、アルゴリズムの監査、人間中心のAI、あるいは「規制」のこれから:『WIRED』が振り返る2019年(AI編)

2012年以降の「深層学習」への注目は、AIというテクノロジーへの(過剰な)期待とさまざまな議論を巻き起こしてきた。2010年代が終わるというタイミングで、いまAIに関して考えるべき論点は何か。19年に約90本のAIにまつわる記事を公開してきた『WIRED』日本版が、その今日的状況を振り返る。

Fei-Fei-Li

PHOTOGRAPH BY MICHELLE GROSKOPF

AI」というテクノロジーを統括して語ることは難しい。それを取り巻く論点は多岐にわたり、ひとえに「2019年のトレンド」という言葉でまとめられないからだ。

「WIRED.jp」では約90本のAIに関する記事を出したほか、『WIRED』のメンバーシッププログラム「SZ MEMBERSHIP」でも「AI」をテーマに世界的権威ジェフリー・ヒントンやフェイフェイ・リーへのインタヴュー記事を掲載してきた(ちなみに、その論点を理解するには「WIRED.jp」での連載が書籍化された菅付雅信著『動物と機械から離れて』を読むことをオススメしたい)。

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AIに関する今年の大きなニュースを振り返りながら、そのいくつかの論点を紹介してみよう。

2016年、グーグルの親会社であるアルファベット傘下でAIを研究するDeepMind(ディープマインド)が開発した囲碁AI「AlphaGo」が囲碁韓国チャンピオン、イ・セドルを打ち負かした出来事は世界に衝撃を与えた。19年1月にDeepMindが挑んだのは、ゲームの領域だった。開発した人工知能「AlphaStar」が、プロゲーマーと「スタークラフト2」で闘った試合では、「10-1」でAlphaStarが勝利している。

また、コンピューターサイエンス分野のノーベル賞として知られる「チューリング賞」は、今年、ニューラルネットワークの理論を確立したジェフリー・ヒントン、ヤン・ルカン、ヨシュア・ベンジオの3人に贈られた。1950年代後半に登場した「異端」の研究が2010年代の第3次AIブームを支えた「深層学習」の基礎技術となり、それが表舞台で評価された瞬間だった。

18年9月にグーグルを退職したスタンフォード大学教授のフェイフェイ・リーは、19年3月に「人間中心のAI」を提唱する研究所「Human-Centered AI Institute(HAI)」を立ち上げた。AIに関する実務家や開発者、リーダーとして活躍する人材の多様性をより豊かにし、AIにまつわる人々のリテラシーを高めることが狙いだ。

さまざまな課題も浮き彫りに

「WIRED.jp」では、AIを取り巻く課題についても繰り返し伝えてきた。現実の映像や画像を加工し偽の情報を組み込み、あたかも本物のように見せかける「ディープフェイク」は、いま向き合うべき課題のひとつだ(一方で、現実世界をシミュレーションした仮想都市は、アルゴリズムを訓練するにあたり最適だという話もある)。

また、ブラックボックス化するアルゴリズムが抱える問題も明らかになってきた。例えば、アップルが米国でサーヴィスを開始したクレジットカード「Apple Card」は、性別データはアルゴリズムに入力されていないにもかかわらず、発行時に付与される利用限度額が、男性より女性のほうが低いという課題が指摘されている。

そのような状況を踏まえながら、『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』の著者であるデータサイエンティスト、キャシー・オニールは「アルゴリズムを監査せよ」と世に訴えかけている。また、高度化するアルゴリズムを「説明可能」にするための取り組みとして、グーグルのある研究チームは、ニューラルネットワークが物体を識別するプロセスを可視化することに成功した。

このように、さまざまな可能性と課題が浮き彫りになっているAI技術をどのように規制するべきか。例えば、18年にマイクロソフトは顔認識技術の規制を呼びかける声明を発表している。ほかにも大手テック企業や欧州委員会なども含め、国や自治体レベル、業界団体による規制の動きが進んだのが19年の象徴的な出来事のひとつだ。

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さまざまな動きがあった2019年。10本のストーリーとともに、AIにまつわる論点を振り返ろう。

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TEXT BY MANAMI MATSUNAGA

ADOLESCENT CONTENT /CAROLINE JAPAL/GETTY IMAGES

いよいよ2020年がやってくる。『AKIRA/アキラ』や『ブレードランナー』で予想された壮大な世界を夢見ていたわたしたちは、なぜかそれとはほど遠い、スマートフォンの画面のなかに見える脆いつながり合いに一喜一憂するという偏狭な世界に生きている。

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