オーストラリアのオンラインマガジンであるQuillette誌に掲載されていた「英国労働党は目覚め(woke)、そして破産(broke)した」という記事を訳してみた。
Woke は Wake (起こす) の過去分詞で、「社会正義に目覚めた(意識が高い)」ぐらいの意味で最近よく使われる。左派が自分たちのことを指すときにも使うが、右派が使うときは揶揄のニュアンスが入っていることもある。
筆者のトビー・ヤングは同誌のアソシエート・エディターだが、友人がニューカッスルのある選挙区で保守党から立候補したので、選挙運動を手伝ったという。英国では合法の戸別訪問をする中で彼が体験したことから、なぜ労働党が失敗したのかを考察します。
元記事の公開は2019年12月13日。選挙の翌日です。
(翻訳ここから)
英国労働党は目覚め、そして破産した
2019年12月13日
トビー・ヤング(Toby Young)
昨日の英国総選挙で保守党が圧勝したが、「レッド・ウォール(赤い壁)」を選挙運動で歩いた者にとって、これは驚くような結果ではない。「レッド・ウォール」とは、イングランドのミッドランドや北部に広がる、労働党が強い地域に付けられた名前である。そのうちのいくつかの選挙区では、75年以上にわたって、労働党が議席を守り続けてきた。かつては英国の鉄鋼産業の中心地であったシェフィールドのペニストン・アンド・ストックブリッジ(Penistone and Stockbridge)、以前は炭鉱の町だったダラム(Durham)郡のビショップ・オークランド(Bishop Auckland)。今回の選挙で、これらの選挙区の議席は、労働党の牙城であるポスト工業地域の数多くの議席と共に、保守党が奪った。これはもう「レッド・ウォール」ではなく、青と赤の正方形で構成されるモンドリアンの絵のようである(訳注: 赤と青は、それぞれ労働党と保守党のシンボルカラー)。ボリス・ジョンソンの保守党に、1983年以来最大の議席数を与えたのは、こうした選挙区の有権者である。彼らの多くは、最低賃金で働き、公営住宅で暮らしている。
彼らは、金髪のリーダーをそれほど愛しているわけではない。私の友人の1人が、ニューカッスル・アポン・タイン・ノース(Newcastle upon Tyne North)選挙区で保守党から立候補した。2年前の選挙では、労働党の現職議員が10,000票の差を付けて当選した選挙区だ。私は先週、彼の選挙運動を手伝うために、何軒かの家を戸別訪問した。私が話したすべての人が、保守党に票を入れるつもりだと話した。「ブレグジットを終わらせたいから」と言う人もいた。「ブレグジットを終わらせる(Get Brexit Done)」は、保守党が過去6週間で何度も何度も繰り返してきた言葉だ。しかし、労働党党首に対する理屈抜きの嫌悪感を理由にする人もいた。
「以前は筋金入りの労働党支持者だった私の知り合いの多くは、ジェレミー・コービンはありえない、と言っている」と、スティーブ・ハートと言う名のエンジニアは言う。「労働党はもう私たちの党ではない。ラベルは同じだが、中身が違う」
私と共に歩いた運動員によれば、どこに行ってもこういう反応があるという。その日、彼は既に公営住宅団地の世帯を100軒訪ねていた。そのうち、3人を除くすべての人が、保守党に投票するつもりだと言った。これは、人口の26%がイングランドの最貧層に属する都市での話である。コービンが嫌いなのなら、単に棄権すればいいだけではないのか、と私は尋ねた。12月の厳しい寒さの中を、なぜわざわざイートン校出身の洒落男が率いる党に投票しに行くのか?
「それほどコービンを憎んでいるということだよ」と彼は言った。「彼らがコービンに贈ることができる最大のメッセージは、保守党の政権を擁立することなんだ」
イングランドのいたるところで、同様のことが起こった。労働者階級の有権者が大挙して労働党を見限ったのだ。収入別や職業別の投票行動が明らかになるまでには、しばらく待たなければならない。しかし、投票日前の世論調査では、驚くようなデータがいくつか明らかになった。たとえば、メール・オン・サンデー紙の依頼を受けてデルタポール社が先月行った調査によれば、 全国読者層調査(NRS)分類システムの下半分に相当するC2DE 社会階層に属する人々は、49%が保守党を支持し、労働党支持は23%に過ぎなかった。この分類システムは、職業によって人々をランク付けするものである。すなわち、NRS分布の下半分に属する、熟練/半熟練/非熟練労働者や、国の年金/福祉手当で生活している人々は、2対1以上の割合で、労働党ではなく保守党に投票しようとしていたのである(出口調査が示す実際の数値は1.5対1に近いものだった)。
火曜日、2日後の選挙結果がどうなるかを垣間見せるような出来事が起きた。労働党の影の厚生大臣であるジョン・アッシュワース議員のプライベートな会話の録音が流出したのだ。彼は、大都市圏の外では党の状況がどれほど “ひどい (dire)” かを友人に話していた。「地方の状況は真っ暗闇だ」と彼は言った。「彼らはコービンに我慢ならない。労働党がブレグジットを邪魔したと思っている」。
アッシュワースは、英国の選挙地図を “あべこべ (topsy-turvey)” と形容した。伝統的な労働党地域での負けが予想されることだけでなく、カンタベリー(Canterbury)などの中産階級の都市で労働党の支持率が上がっていることを指したものだ。世論調査が示すもう1つの驚くべきデータは、大卒者の間で労働党がリードしているということだ。一般的に、大卒者の割合が高い地域ほど、今回の選挙で左に振れる可能性が高かった。また、その逆も同じだ (カンタベリーの議席は労働党が維持した)。
「レッド・ウォール」の崩壊は、今回の選挙の中心的な話題だった。一部の評論家は、これを1回限りのものだと説明する。世間一般の通念に従えば、労働者階級の有権者は今回、保守党に票を “貸した” だけであり、意外なことが起きなければ、次の選挙では労働党支持に戻ってくるだろう。メディアにいるコービンの伴走者たちは、勝敗を分けたのはおそらくブレグジットだ、と言う。労働党の敗北を大将のせいにするのは我慢ならないのだ。
We couldn't overcome the Brexit culture war. I'm so sorry, to everyone who fought like lions til the close of polls. The movement continues, and we keep on keeping on tomorrow.
今回、保守党が議席を奪った労働者階級の選挙区を見てみると、そのほとんどが2016年の国民投票で離脱派が残留派に大差を付けて勝った場所である。たとえば、イングランド・ヨークシャーの港湾都市であるグレート・グリムズビー(Great Grimsby)では、離脱派が残留派を71.45%対28.55%で破っている。彼らの分析によれば、労働党の問題は、選挙運動でEU離脱の推進を明確にせず、新しい離脱の取り決めを交渉した後、2回目の国民投票を実施して、その取り決めを受け入れるか、残留するかを有権者が選べるようにすると言ったことだ。このごまかしは、大卒者を味方に付けるには十分だったかもしれないが、イングランドの錆び付いたかつての工業地帯に住む、離脱派で労働者階級の有権者を遠ざけたのかもしれない、というのだ。
この分析は精査に耐えない。まず、労働党が労働者階級の支持を失い、裕福で教育レベルの高い有権者の支持を増やしているのは、長期的なトレンドであり、例外的な状況ではない。労働党の伝統的な支持基盤の消失は、今回の選挙だけの話ではなく、英国の戦後政治史のメインテーマの1つである。労働党は、絶頂期には、ロンドンや南部に住む大卒のリベラルと、ミッドランドや北部の工業都市に住む低所得の有権者との連合を形成することに成功した。 “ハムステッド(Hampstead)からハル(Hull)まで” (訳注: ハムステッドは中産階級の街の代表で、ハルは工業都市の代表。Hで頭韻を踏んでいる)という言い回しはこうして生まれた。しかし、大量移民とグローバリゼーション、そして膨れ上がる福祉費用とEUのメンバーシップにより、労働党を支持する中産階級と労働者階級の間に亀裂が走った。
1974年10月の選挙では、熟練労働者(C2層)の49%と、半熟練/非熟練労働者(DE層)の57%が労働党に票を入れた。2010年には、その数字はそれぞれ29%と40%に落ちた。中産階級の有権者 (ABC1層)について言えば、保守党の支持率は 1974年の56%から2010年には39%に下がった。1974年には、労働党はC2層(熟練労働者)で23%のリードを誇ったが、2010年には保守党に逆転され、8%差を付けられた。2017年もこのパターンは繰り返された。一方、大卒者の間では、2017年の労働党の支持率は保守党を17%上回っていた。これは、2015年と比べても2%伸びている (調査会社のIpsos MORIが作成したこのデータ表を参照のこと)。
ジェレミー・コービンと彼の支持者は、労働者階級の票を取り戻すことを熱心に言い募っていたが、コービンの政治的立場は労働者階級にアピールするものではなかった。私は単に、ブレグジットに関する彼の煮え切らない態度について話しているのではない。国旗、信条、家族を大切に思う有権者の間に、コービンはこれらに価値を置く人間ではないという印象が広まっていたのだ。2015年に労働党党首になる前、彼は、スエズ動乱以来、フォークランド紛争も含め、英国が関与したほとんどすべての軍事衝突に精力的に抵抗してきた。彼はまた、英国の独立核抑止力の放棄、NATOからの 脱退、情報機関の解体を主張してきたし、2015 年のバトル・オブ・ブリテン記念式典で国歌を歌わなかったのも有名な話だ。国を愛することが今でも深く根付いた感情である労働者階級有権者の目には、コービンが英国の味方に見えることよりも、英国の敵の味方に見えることの方が多い。
労働党の党首選でコービンが勝った後、2014年には193,754人だった党員数は、2015年には388,103人へと大きく増えた。しかし、彼に魅力を感じる活動家たちは、大多数が中産階級である。ガーディアン紙が入手した労働党の内部データによれば、彼らが持ち家のある「高ステータスの都市生活者」である可能性は不釣り合いに高い。
労働党の最新のマニフェストに記載された政策を注意深く分析すると、党が提案する公共支出の増大によって利益を受けるのは、主に中産階級の支持者であることがわかる。ちなみに、保守党は労働党の公約を実現するには1.2兆ポンドもかかると試算している。
たとえば、労働党は鉄道料金を33%下げると約束していたが、その予算は道路に使うお金を節約することで捻出するとしていた。しかし、自家用車で通勤するイギリス人は68%に達するのに対し、鉄道で通勤する人は11%に過ぎない。そして、電車通勤の人の方が傾向としては裕福である。また、コービンは、年に72億ポンドをかけて、大学の授業料を廃止すると約束した。これは、非常に逆累進的な政策であり、財務研究インスティチュート(IFS)によれば、中~高収入の大卒者にはメリットがあるが、低所得の人々にとっては “まったくといっていいほどほとんど“ 得のない政策だ。
また、コービンの興味と見た目 (70歳のベジタリアンで、電車の運転士の帽子が好きで、抗議運動による政治に生涯没頭してきた) は、ほとんどの労働者階級の有権者にとって、”風変り (weird)” だと捉えられている。ニューカッスルで戸別訪問を行っていた私の仲間の運動員は、”風変り” という言葉を玄関口で何度も耳にしたという。コービンはまた、悪意に満ちた反ユダヤ主義者の侵入を許したリーダーであり、彼がその対応に失敗したことで、労働党は現在、英国の平等人権委員会の調査を受けている。既に彼の支援者の1人は、選挙で負けたのはユダヤ人のせいだと言い出している。
Who'd have guessed that Mendoza - one of the people most responsible for toxifying the British left with racially charged conspiracy theories about Jews - would blame a Jew before anyone else.
Whoever takes control of Labour, from whatever faction, please fuck these people off.
しかし、C2DE層の有権者が労働党に背を向けた主な理由は、ブレグジットでもなければ、コービンでもない。これら2つは、少なくとも過去45年間にわたって進行してきたトレンドを増幅する役割を果たしただけである。そのトレンドとは、「ハムステッド/ハル」連合のほころびと、労働者階級の労働党支持率の落ち込みである。
関連する現象で、見過ごされがちなものがもう1つある。こうした “あべこべ” 政治は、英国に限った話ではないということだ。アングロスフィア(訳注: 英国と文化的背景を共有する西洋の英語圏)のほとんどや、その他の西洋民主主義国家の中道左派政党は、彼らなりの「レッド・ウォール」の崩壊を体験してきた。今年5月のオーストラリアの選挙で、スコット・モリソンの自由党が下馬評を覆して勝利した理由の1つは、ビル・ショーテンの労働党が、クイーンズランドなどの伝統的な労働者階級の地域で非常に人気がなかったからだ。スカンジナビアでは、大都市以外において、社会民主主義的な政党に対する支持が過去15年ほどで急降下した。
フランスのマルクス主義者であるトマ・ピケティは、昨年、この現象について、「バラモン左翼と商人右翼: 不平等の高まりと変化する政治闘争の構造」という論文を書いた。これは、彼の最新の本である『資本とイデオロギー』のテーマでもある。彼は、米国、英国、フランスの政治は(ピケティは今回の分析をこの3か国に限定している)、バラモン左翼と商人右翼という2つのエリート集団間の争いに支配されているという仮説を立てた。米国、英国、フランスの左翼政党は、以前は選挙に勝つために “地元密着主義者” の有権者を頼りにしていた。教育レベルが低く、低所得の有権者だ。しかし、1970年代から、”グローバリスト” の有権者を引き寄せるようになってきた。教育レベルも所得も高い有権者だ(ただし、所得が上位10%に入る層は除く)。その間、地元密着主義者は右に流れ、ビジネス・エリートと連合を形成した。ピケティはデータをかみ砕き、米国においては、1940年代から1960年代まで、教育レベルが高い人ほど共和党に投票していたことを示した。しかし、今ではそれが逆になった。修士号を持っている有権者の70%が2016年にヒラリー・クリントンに投票したのだ。「このトレンドは、3つの国で実質上まったく同じである」とピケティは言う。
ピケティが見るところ、ポスト工業社会の労働者階級(プレカリアート)(訳注: 下を参照)の選挙行動を左右しているのは、マッテオ・サルヴィーニやオルバーン・ヴィクトルなどのポピュリストの蛇使い(訳注: 下を参照)がしばしば生み出す一種の虚偽意識(訳注: 下を参照)である。ピケティは、超絶リッチな “商人” とルンペン・プロレタリアートの不自然な同盟については強い猜疑心を抱いている。そして、ボリス・ジョンソンが獲得した高い支持についても同様の雑音が聞こえる。
(訳注: プレカリアート(precariat)は「不安定な(precarious)」と「プロレタリアート」を組み合わせた語で、1990年代以後に急増した不安定な雇用・労働状況における非正規雇用者および失業者の総体)
(訳注: マッテオ・サルヴィーニはイタリアの元副首相で同盟(旧称・北部同盟)の書記長、オルバーン・ヴィクトルはハンガリー首相。共に右派ポピュリストと呼ばれることが多い。彼らが蛇使いなら、踊らされる蛇は民衆ということになるので、「ポピュリストの蛇使い」はポピュリズムを揶揄した言い方)
(訳注: 「虚偽意識」は、マルクス主義の社会学者がよく使う言葉で、資本主義社会において、階級間の社会的関係に内在する搾取を隠すために、物質的、イデオロギー的、制度的プロセスを用い、プロレタリアートや他の階級の判断を誤らせることを意味する)
Following tonight’s devastating election results, it’s time for the left to reflect.
We have clearly failed to win over the hearts and minds of our fellow citizens.
The obvious conclusion is... we didn’t call them racist often enough.
(訳注: Titania McGrath のアカウントの中の人は、英国のコメディアン。左派が言いそうなことを誇張して面白おかしくツイートするパロディ・アカウント。彼女のこのツイートにぶらさがっているのは、本当に左派の人のツイート)
木曜日に保守党はハルやハムステッドでは勝てなかった。しかし、総投票数の43%を獲得した。これは、1979年以来最高の数字だ。一方、労働党が得た議席数は203に過ぎない。これは1935年以来最低の数字である。
私よりも優れた多くの書き手、たとえば、ダグラス・マレーやジョン・グレーが、低所得の有権者が右翼政治を支持する唯一の理由は、エスノナショナリズムと偽りの希望を混ぜたカクテルに酔っているからだ (ルパート・マードックとウラジミール・プーチンの名がカクテル職人として交互に挙げられる) という考えが誤りであることを暴いてきた。間違いなくそれよりも深く関連しているのは、アメリカ中央部に住む “嘆かわしい人々” に対する左派の軽蔑である。左派が 、壁に囲まれたコスモポリタンの大票田を飛行機で行き来するときに飛び越えるような場所に住む人々だ。英国の選挙でコービンの政策プラットフォームが示したように、大都市以外に住む地元に根付いたワーキング・クラスの人々に対して、左翼政党が提供するものはほとんどなくなった。そして、左派の活動家は、白人だから、シスジェンダーだから、などといろいろな理由を付けて、こうした取り残された有権者は特権を持っているのだと言い募り、傷口に塩を塗り込むことも多い。労働党のような政党が、アイデンティティ・ポリティクスを好む中産階級の活動家の歓心を買うことに腐心し、本当の意味で不利な条件に置かれた人々の利益を無視し続ければ、連戦連敗は免れない。目覚めよ、そして破産せよ(Get woke, go broke)。
米国民主党は労働党の失敗から学び、ジョー・バイデンや、もっと言えばピート・ブーテジェッジを候補に選ぶだろうか? 私にはそうは思えない。たとえ現実が目の前に迫っていたとしても、ポストモダン左派の熱狂者のそれを無視する能力は底なしだからだ。昨日の夜、開票結果が明らかになる中で、私は友人にこう言った。ジェレミー・コービンのような政敵と戦うのは、地球が平らだと思っているチームを相手にヨットの世界一周レースを戦うようなものだ。それは楽しいかもしれない。気分爽快にすらなるかもしれない。しかし、彼らが羅針盤を手に入れ、海図の読み方を覚えるまでは、それを公平な戦いと呼ぶことはできないだろう。(翻訳ここまで)