老王の憂慮
ラウゼス陛下は冷静です。明らかにグレイルブチ切れ案件ですが、それを鎮めるか爆発させるかはアルベルティーナ次第なのをわかっています。
ですが周りには取らぬ狸のなんとやらをいっぱいしている人たちが。
陛下もかなり受難。
キシュタリアは器用に片眉を上げ、皮肉気な笑みを模る。その姿すら麗しい。だが、彼を溺愛している義姉には見せられないシニカルな表情だった。青い瞳が酷薄な光を宿す。
話を持ってきたミカエリスすら、苦渋と苦悶が滲み出ている。
「へぇ、賊の襲撃騒動に便乗して乗り込んできて、乱暴に姿を暴いた挙句に無理やり公爵家から連れ去ったのに? 泣いて嫌がっていたのに、それを無視して王城に連れ去って閉じ込めて、アルベルから全力の拒絶を受けて手出しできなくなって僕に泣きついてきたってこと?」
実に勝手である。都合が悪くなったらこちらを頼ろうという魂胆が丸見えだ。
キシュタリアの毒まみれの言葉に頷くミカエリス。
「………アルベルの結界は、心を許した相手しか通さないようなのだ。
今のところ、アルベル付きの侍女だったアンナのみ自由に行き来できるという。
強引に入り込むことは可能だが、入った相手に多大な重圧がかかる。余りに深く入り込むと、術者のアルベルに負担もかかるからあまりできることではない」
「結界魔法はかなり特殊な魔法ですがその様なタイプがあるのですね」
「珍しい属性だから、一般的な四属性や六属性に比べると全く研究が進んでないからね。
特殊魔法は神霊や精霊、妖精、悪魔とかとの関連もあるってきくし………大抵の人の手には余るからもっと研究が進まない
ましてやサンディス王家の結界はかなり限定的な血族系の魔法みたいだし」
キシュタリアは魔法使いの一人としてはどういう原理かは不明なのは気がかりだが、アルベルティーナは無事なようでかなり安心した。
下手をすれば、既に見知らぬ男を宛がわれているのではと内心穏やかではなかった。
王家の瞳に関する栄光と陰惨な噂をよく聞いた。王位継承権とは切れない関係でもあり、元老会はその話題には妄執じみた関心を持っていると聞く。
アルベルティーナが奪われていくのはあまりにあっけなく、あまりに展開が速かった。あのフォルトゥナ公爵が、まさか直に王城に連れて行ってしまうとは思わなかったのだ。
伯爵のクリフトフの様子から、グレイルとの仲は最悪でもアルベルティーナへの肉親愛はあると思っていたのだ。
「結界の出入りに対する選別はあくまで仮定だ。それでも行くんだな?」
「当たり前だよ。アルベル、基本滅茶苦茶怖がりで人見知りなのにこんな場所に連れてこられてまともな状態なわけがない。
チャンスがあるなら行くに決まってる。
いくらアンナがフォローを入れても、アルベルが本当の意味で落ち着くには父様に会わせるしかないよ。僕でも精々気休め程度だよ」
肩をすくめるキシュタリア。
アルベルティーナを一番に考えているあたり、相変わらず行き過ぎたシスコンである。
アルベルティーナの王家の瞳をラティッチェ家ぐるみで隠ぺいしていたことは、当然キシュタリアにも咎めは飛んでいる。最も責任があるのはグレイルだが、それよりもガードが甘そうなキシュタリアから何としてでも決定的な言質を得ようと執拗な揺さぶりがあったと聞いている。キシュタリアの飄々とした様子からすると、とてもそのようには見えない。
キシュタリアにしてみれば、アルベルティーナに対してオイタの過ぎたときの義父グレイルの全てを凍てつかせる冷視線と実母ラティーヌの稲妻のような激怒に比べれば、多少大仰な恫喝やねちっこい尋問など大したことではない。お茶会や夜会でしつこい上級令嬢に捕まった時より全然なんてことはない。キシュタリアが公爵令息である以上、決定的な暴力や不敬な言動はできないのだから。天下のラティッチェ公爵家の威光は、こんな時でも轟いている。
「ジュリアスだけでも連れて行くのは出来そう?」
「難しいと思うが聞いてみよう」
「アルベル、こいつの淹れる紅茶とかハーブティー好きなんだよ。
ストレスで小鳥よりも食べてなさそうだから、せめて水分だけでも摂らせたい」
「連れていただけるなら、アルベル様のお好きな銘柄の茶葉や蜂蜜の用意をします。
あと果物ですね。重すぎず柔らかい物やゼリーやコンポート類なら食べるかもしれません……ローズ商会の物なら、大体は口をつけるとは思います。アルベル様にお出しするといえば、間違いはないでしょう。あれはラティッチェ家お抱えのシェフやパティシエが監修し、料理人はすべてラティッチェ家の所縁のたちばかりです」
神経を尖らせているだろうアルベルティーナに半端なものを出せば、違和感を感じ取って手を伸ばさない可能性がある。だが、何度も試食をし、愛顧しているローズ商会のものであれば馴れた味だと安心するだろう。
下手なものなど持ってはいけない。
「本来であれば、ラティッチェ本宅の料理長を連れて行きたいところですがね」
「ジュリアスは料理作れないの?」
「………簡単なものであれば可能ですが、お嬢様にお出しするようなものではないかと」
「アルベルが食べられそうなら作れ」
「お嬢様のお口には………」
「作れ」
「横暴な」
ため息をつきながらも「手を付けるかはわかりませんよ?」とジュリアスは了承した。
ミカエリスは気安い二人の会話を静かに聞いている。
「話は決まったな。では私は報告をしに行く」
そういって立ち上がると、ミカエリスは鮮やかな髪を揺らしてさっさと踵を返した。
普段より、一段と言葉が少ない当たりミカエリスも腹に色々抱えているのだろう。しかし立場上は感情を飲み下し従っている。
あの生真面目な騎士道精神をもった伯爵は、アルベルティーナとの思慕や心配と、サンディス王国の騎士団長であるフォルトゥナ公爵への尊敬や憧憬を複雑に入り混じらせている。
キシュタリアたちから見れば胸糞悪い横暴ジジイだが、別のつながりを持つミカエリスには違うものも見えているのかもしれない。
感情はアルベルティーナにあるが、理性は伯爵として冷静にこの場を見極めようと板挟みになっている。難儀な男である。
だが、彼のその実直な人柄ゆえに、キシュタリアやジュリアスとは違う方向からの情報も持ってくるし、こちらに敵意があるわけでもない。
ミカエリスはラティッチェ家に、アルベルティーナに多大な恩義がある以上、裏切らないという確信がある。裏切ったらキシュタリアたちが拳を振り上げる前に、超激情型の妹ジブリールが大癇癪を起して盛大に爆発するだろう。ジブリールのアルベルティーナへの懐きっぷりは尋常ではない。アルベルティーナも、義弟のキシュタリアに勝らぬとも劣らぬ溺愛ぶりでジブリールを可愛がっている。
基本、目下の物に優しいアルベルティーナである。その中でも、ジブリールへの愛情はかなり深い。思わず、キシュタリアたちが恨めしい視線を送ってしまうほどに。
きっと、アルベルティーナの一件が耳に入れば学園も社交もほっぽりだして駆けつけるだろう。
あの華奢で可憐な見た目に似合わず、恐ろしくパワフルな伯爵令嬢は時に三人をも圧倒する。そして、あの可憐な声を厳しく張り上げ、情けない嘆かわしいと自分たちを容赦なく叱責するのだ。社交界で鍛えた話術を駆使し、痛いところをピンポイントで滅多刺しにかかるのだ。
あれはまさに赤い小悪魔だ。そう言い出したのは三人のうちだれかは忘れた。だが、実にしっくりとくる呼び名だった。
二人は、待つ間に静かに赤い小悪魔の襲来に備えて作戦会議をすることにした。ほとんど無駄な事だが、気休めにはなるからだ。
許可はあっさりと下りた。
ダレン宰相と元老会は難色を示したが「お前たちの都合で余の姪の娘を死なせる気か!」とラウゼス国王が一喝をして黙らせたのだ。
普段温厚なラウゼス国王のまさかの激怒に、流石の宰相や元老会も引っ込んだ。
キシュタリアたちがこっそりとラウゼスを見直したのは秘密である。
いくら温厚だろうが、普段大人しかろうが、彼は一国の王なのだ。後継者に悩んでいるとしても、暗愚にアルベルティーナに飛びついたりしなかった。
現在の国王陛下が老いも目立つ年齢もあり、唯一アルベルティーナが子を成せそうな王家の瞳の持ち主だ。ルーカス、レオルド、エルメディアと三殿下揃って王家の色には恵まれなかった。もし問題がなければ、ルーカスかレオルドに嫁がせるのが順当だが、余りにも王家とラティッチェ家には軋轢がありすぎる。そして、両殿下が寄りにも寄って他の女に入れ込んだ。他に身分の高い婚約者のいる身でありながら、悪女に肩入れをしてとんでもないことをしでかして、もはや事実上婚姻は不可能だった。王家の立場を利用して強要するには、事件は大きすぎたし、ラティッチェ公爵家は力が強すぎた。
アルベルティーナはラティッチェ公爵の唯一だ。
このような誘拐時見た形で連れ去ったのは最悪だった。きっと、討伐から戻ればグレイルが荒れることは目に見えている。
王家の瞳を持つ娘を隠していたのは罪だが、アルベルティーナの繊細過ぎる気質を考えれば納得せざるを得ない。アルベルティーナを知るラティッチェの関係者は、口をそろえてかの令嬢は心根が穏やかであり、権力闘争には全く向かず関心もない。そして、誘拐事件以降から治りきらぬ身心の脆弱な性質を心配していた。
そして、一方的な断罪をするにはサンディス王国を表からも裏からも支えていたグレイルの今までの功績は大きすぎた。
アルベルティーナの健やかさはグレイルの過剰な愛情と、過保護によって守られてきた。
心血を注いで慈しんできた愛娘を、家から奪い取る。愛娘は拒絶しきっているにもかかわらず――グレイルが怒らないはずがない。
これだけ、グレイルの逆鱗に触れたのだ。タダで済むはずもない。
知らない場所に無理やり連れてこられて、泣き伏せって周囲を拒絶し、結界まで張るほど怯えている少女。それが今のアルベルティーナだった。ラウゼスは冷静にそれを理解した。この状況で、ラティッチェに戻すのは難しい。動かすこと自体が危険なのだ。だが、ラティッチェの縁者を呼び、周囲に置くことでだいぶ心は落ち着くはずだ。
憔悴して、痩せこけた愛娘の姿など見せれば怒りは倍増するのは想像に難くない。
監視を兼ねた護衛の騎士たちは結界の傍まで来るまで、義弟のキシュタリアが結界を通れるか半信半疑だった。
キシュタリアの出生が公爵家から見れば圧倒的格下の遠縁であるうえに、愛人の息子であったことは公然の秘密だった。あからさまに揶揄する人間はいないが、噂というものは当人の知名度が高い程広まりやすい。
「ここからが結界だね。ジュリアス、ちゃんと用意できている?」
「………大変申し訳ありませんが、アルベルお嬢様の御愛用の茶器は間に合いませんでした。
茶葉などは好きな銘柄はいくつか揃えました。普段、飲まれる紅茶はなんとか。ですが、ここ最近特にお気に召しているシャル・ド・フェアニンのヴィンテージリーフは既にローズ商会でも品切れで、次の入荷は来週です。軽食の材料やフルーツチップやシロップ漬けは滞りなく」
「ふぅん、まあいいか」
令嬢から秋波の絶えない美貌の公爵令息は横目でちらりと従僕を眺め、気のない言葉をつぶやく。
そして、気負いなく百戦錬磨の騎士たち王宮魔術師たちすら手も足も出なかった結界に足を踏みいれた。
ガラスにもシャボンにも似た薄い魔力の膜は、あっさりとキシュタリアとジュリアスを受け入れた。そして、ジュリアスの用意したティーセット入りのワゴンも通過する。
そして、それらに便乗しようとしたらしい騎士たちはあっさり結界に跳ね除けられて、結界の外でしりもちをついた。
起き上がったものは何とか入りこもうと、未練がましく結界に手をついて叩いているが入れる気配はない。
騒がしい背後に目を向けることもせず、二人は長い廊下を進んでいった。
読んでいただきありがとうございました。
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