■『海のはくぶつかん』1996年11月号

八丈島のユウゼン
鈴木 克美・日置 勝三
ユウゼンは相模湾から伊豆諸島を経て小笠原諸島までと高知県および沖縄島にだけ分布する南日本に固有のチョウチョウウオ科の魚です。
サンゴ礁にすむ目いっぱい派手なチョウチョウウオの仲間に比べると全体には黒っぽく、一見地味に見えますが、その名の由来のように日本古来の友禅染のような格調高い雰囲気を持っています。
海水魚愛好家の間では非常に人気がありますがなかなか手に入らないようです。ユウゼンは分布の範囲も狭く、そんなにたくさんいるという種類ではないことと、地元のダイバーが保護に大変気を使っていることがその理由と考えられます。
そんなユウゼンの生態を八丈島沿岸で約1年間調査しました。この調査には八丈島のダイビングセンターの方の理解と協力のもとになされたものです。その結果をお話しします。
八丈島沿岸では周年観察されますが夏の水温の高い時期に個体数が多くなるころ、100尾程の群がりを作ることもありますが(表紙写真)、普通は2尾ずつ連れ立って海底から1~2メートル離れて遊泳することなどが潜水調査の結果わかりました。そしてその2尾はいずれの組でも雌雄のペアであることも確かめられました。
繁殖期の調査のために月毎に標本を採集して調べました。標本個体を解剖して生殖腺(卵巣)の重さを測ることで、おおよその繁殖期がわかります。またその卵巣を薄く輪切りにし切片を作り、顕微鏡で調べると卵の発達状態がわかります。この2つの方法で調べたところ八丈島沿岸では5~8月に完全に熟した卵を持っていることがわかり、繁殖していると判断されました。
しかし、潜水調査で繁殖行動を観察しようとしましたが、残念ながら見ることはできませんでした。生活している水域とは別の場所か、あるいは夜間に行っていることも考えられますが、それを確かめるまでには至っていません。
水槽で飼育して観察しても繁殖は観察されません。そこで、水産試験場八丈分場の施設をお借りして人工受精によって卵や仔魚の形態を観察することにしました。
方法はシャーレの上に雌のお腹をしぼって卵を出しそれに雄の精子をかける方法です。
受精はうまく行き、卵は発生を開始し、受精後23時間で卵から仔魚がふ化しました。顕微鏡で観察すると、口はおろか鰭もなく泳ぐこともできず非常に未発達な仔魚です。腹部には仔魚の栄養の元である大きな卵黄があり、その後端に1個の油球があります(図.1)。この形態は以前当館の水槽で繁殖した同じチョウチョウウオ科のシラコダイ(本誌Vol.10,No.2)とよく似ていて、本科に共通したものと判断されました。育てる努力をしましたが、与える餌を用意できず、ふ化3日後までの形態記載をするにとどまりました。しかし、その時点では仔魚はとても元気でしたので、何尾かでも大きく育てばと願いを込めて海に放流しました。このように少しではありますがユウゼンの生態を明らかにすることができました。今後も他のチョウチョウウオ科を調べ比較しながら研究を進めたいと考えています。

『海のはくぶつかん』Vol.26, No.6, p.6 (所属・肩書は発行当時のもの)
すずき かつみ:東海大学海洋科学博物館副館長
ひおき しょうぞう:学芸文化室水族課
最終更新日:1996-12-12(木)
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