ここで考えてみたいのは「クロスオーバーヨミ」とはなんなのか?です。 彼は心を無くして暴走した人ならぬ存在として描かれていますが、教団教祖であるヨミが心を無くした存在とは、すなわち「オラクル教団の教義そのものが顕現した存在」な訳です。 オラクル教団の教義=シャングリラの理想ですね。
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で、シャングリラの理想とは全てをゼロにし争いを無くす事なのですが、それはシャングリラが至った「結果」であって、その過程である「守る為に戦う(という矛盾)」も教義は内包しているわけです。E3通して疑問視されやすいオラクルの行動ですが、明文化の可否はともかくそう考えると納得できます。
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戻ってヨミ様。復活後のヨミは心を無くした事で破壊神となったと書かれていますが、これは教義達成への強硬手段としての行動です。 しかし、顕現した教義である以上、それは「守る為の戦い」であるべきです。彼が心を取り戻したのか否かはわかりませんが、最後の行動はそのためには絶対の行動でした。
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一方のカツムゲンですが、彼らがオラクルと戦っているのは自由を守る為の戦いであり、仲間を守る為の戦いです。ハンターを起源に持つ彼らは誰かの為に戦う事に意味を見出します。 ここは意味を見出せなかったガーディアンとの対にはなりますが、しかし、彼らは守る為に戦う事自体を評価するのです。
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教義の顕現であるヨミ様の「守る為の戦い」に触れた事で、彼らは思想は違えど同じ行動原理を持つものである事を悟り、そして、彼らを否定する事は自己否定になると(直感で)理解したわけです。仲間を守る心、と表現されてますが、これはカツムゲンなりの考えで、目的が一致した時は共闘できるわけです
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この「戦う相手であっても目的が一致すれば一緒に戦える」というのはE3を通して描かれたアウトレイジの特性であり、そういう意味ではオラクルもアウトレイジであるとカツムゲンは理解したわけです。 またイズモも教義となったヨミが「アウトレイジのように」自分を守った事で同じ事を理解します。
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アウトレイジとオラクルの根本的な思想は相容れないままですがヨミ様の行動を通して彼らは相互理解のキッカケを得たわけですね。 別々の考えに対して上のレイヤーから働きかけて新たな考えに昇華させるキッカケの存在として、彼にはクロスオーバーの名前が与えられているわけです。 来年もよろしく!
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