オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記   作:ほとばしるメロン果汁

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『少年の復讐劇・目覚め』

 赤茶けた街道の土に真新しい溝ができていた。

その上をなぞるように動かなくなったクレマンティーヌがうつぶせに倒れ、その直ぐ近くにはホニョペニョコと名乗った漆黒のローブが佇んでいる。

 

 深夜の街道、静寂に包まれた闇の中をカジットは一人喉を鳴らし、ジワジワと体の奥から湧き出す恐怖に呑まれようとしていた。

 

 ――クレマンティーヌが、殺された。

 

 一瞬のうちに何が起きたのか、あの女が何をされたのか理解できない。

ただ飛び出し、一呼吸もなく相手の懐に入ろうとしたクレマンティーヌが文字通り地面に落ちたのだ。うつ伏せに地面にめり込んだため表情は見えないが、その体はぐったりと崩れ落ち生気は感じられない。

 

 握っていた杖が震える手から離れ、コロコロと地面に転がる。

 

「ば…バカな……こんな……」

「何をしたか理解はできた?」

 

 震えはじめた体と共にゆっくりと脳が理解を始めたころ、感情のない無機質な声で問いかけられた。首の部分を傾げこちらに歩み寄ってくる漆黒の闇。恐怖。体が氷像のように冷たくなり、周りの空間ごと全てが凍ったように感じられた。

 

「使用したのは無詠唱化した十位階魔法時間停止(タイム・ストップ)。時間が止まっている間に魔法遅延(ディレイマジック)と九位階魔法の真なる死(トゥルー・デス)を使用して、時間停止が切れた瞬間に()()()()ようにしたわけ」

 

 なんでもないように、まるで死んだ虫を指さすようにクレマンティーヌだった物を一瞥するホニョペニョコ。

 

「じ、時間を……じゅう、い……かい?」

 

 

 ありえない。

 あってはならない。

 そんな神話の力など――。

 

 体中が酸素を欲し息が乱れ、心臓の破裂しそうな音が脳にまで響き始める。

 

「やっぱりそういう反応か~、学院に通う時は生徒たちには秘密にしないと駄目だなぁ。何位階までなら驚かれないのか聞いておかなきゃ……」

 

 神話の中にしか存在しないはずの化け物が小さな独り言をつぶやきながら、カジットの元へ近づいて来る。冷えた夜風が全身に張り付いた汗を撫で、体がカタカタと骸骨(スケルトン)のように震え、止まらない。

 懐に握っていた死の宝珠が滑り落ち、地面に転がる。それにも目もくれず、ホニョペニョコはカジットの目の前まで迫った。

 

「それで先ほどのお願いだけれど――」

 

 無機質ながらも敵意を一切感じさせない気楽な声色。

たった今クレマンティーヌの命を刈り取った事などおくびにも出さず、静かに尋ねてきた声が突如目の前の人物ごと消えた。

 

「――聞いてくれる気にはなったかな?」

 

 背後から全く同じ声。

見なくても分かるが、見ないわけにもいかない。額に汗が浮かぶのを感じながら振り返る。

 

「……転移魔法?」

「いや、今のは自己時間加速(タイム・アクセラレーター)で歩いただけなんだけど。なるほどなるほど、転移魔法と間違うレベルか」

 

 後ろにはしきりに頷き、カジットをまるで実験動物のように観察するホニョペニョコがいた。

そこに敵意はない。敵など目の前にいないと言わんばかりの平静な態度をしていた。

 

「わ、わかった、いやわかり……ました。帝都には向かいませんッ! おま、あなた様の邪魔になるようなことは決してしません……」

 

 心の底から湧き出す悲鳴を静かに、震える声で相手に伝える。

 

「ん? そう。ならもう一つの方も言おうか、エ・ランテルに戻って帝国軍と正面から戦ってくれ」

「なッ――なんだと!?」

 

 恐ろしい相手の恐ろしい要求に思わず首がすくみ、声が震え上がる。

無理だ。出来るのであればズーラーノーンとしてとっくに実行している。盟主が率いているなら兎も角、クレマンティーヌが殺された現状のカジットと弟子達、そして叡者の額冠(ンフィーレア・バレアレ)だけでは帝国軍と戦うには心許ない。

 だから下部組織(邪神を信仰する教団)を利用して帝都で死の螺旋を行い、魔法省地下の死の騎士(デス・ナイト)を解き放つことで帝国を内部から壊し、自身は不死のアンデッドになるはずだった。帝国の最大戦力であるフールーダ・パラダインは、魔法に対する絶対耐性を持つスケリトル・ドラゴンとクレマンティーヌで対処する予定だったが、あの女が殺された事で全て水泡に帰した。計画の全貌を知るこのホニョペニョコもそれは分かっているハズだ。そうなると狙いは――

 

「つまり……捨て駒になれということか。帝国軍を帝都から引き離し、帝都での用事とやらのための」

「む? いや、ちゃんと勝ってもらわなきゃ困るから戦力は提供するけど?」

「何!?」

 

 カジットは一瞬こいつは何を言ってるだと、目をぱちくりさせる。

てっきりカジット達を囮にして帝都での用事とやらを片付けるのかと思ったのだが。

 

(となると帝国の軍事力弱体化が狙いか? なんにせよ断るなどできんが――)

 

 チラリと視界の隅で死体となったクレマンティーヌを確認する。

自分はまだ死ぬわけにはいかない。エ・ランテルでの五年の月日は憎きガゼフ・ストロノーフに潰された。そして今ここで死ねば、三十年以上の忘れ得ぬ思いも無に帰してしまう。首を振るなど出来ようはずもない。例え泥を舐めることになっても生き延び、亡き母を生き返らせることをカジットは選んだ。

 

「わ、わかった。そういうことであれば全てお主の言う通りにする。どうか命だけは……」

「理解してもらえたようで良かった。ならまず――叡者の額冠……いや、ンフィーレア・バレアレという少年がいるのはあの馬車かな?」

 

 ローブの顔の部分が向いた方向にはクレマンティーヌによって横転した馬車があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界を闇が覆っていた

 

 『――――――・――――』それが自分の名前

 

 だがそれ以上の事はなぜか考えることもできない

 

 まるで眠っているような感覚、それ以上考えようとしたものが全て消えていった

 

 何もわからない――大事なものを失った気がした

 

 消えていく、消えていく、全て

 

 闇の中、時間もわからない中、唐突に世界が見えた気がした

 

 頭の白い霧がなくなり、世界が黒ではなくなった。

 

 

 

「ぶふぅッ!」

「おっと、目が覚めたか」

 

 ――ゴホッ、ゲホ!

 

 喉を満たしていた苦い液体に驚き、飛び起きると同時に胃の悲鳴が猛烈な咳を引き起こした。

夢からいきなり叩き落とされて目覚めるような強烈な感覚に体は悲鳴を上げ、気が動転する。だが胃に液体が届いた瞬間、頭が突然冴えわたり、悲鳴を上げていた体が突然静かになった。

 

(……え?)

 

 不思議な感覚。だがその疑問を形にする前に目の前に佇む"漆黒の塊"が話しかけてきた。

 

「ポーションの効能はどうかな? 状態異常は粗方治るはずなんだが、試すのは初めてでね。どこか体に異常はないかな?」

 

 夜空の世界、魔法に照らされた土の上に漆黒のローブが立っていた。

小柄で無機質な声。おそらく背丈はンフィーレアより年下の子供、だがその声はしっかりとした理性を感じさせる。体どころか顔まで隠れていたため確信はないが、ンフィーレアを心配するような雰囲気が見て取れた。

 

「だ、大丈夫です。多分」

「なるほど、問題なさそうだな」

 

 腕と足をパタパタと振り、肩を何度か動かしながら自らの体を確認する。

ここは何処で何があったのかは霞がかった記憶で分からないが、少なくとも今の自分に怪我らしいものはない。

 

 「僕は、一体……」失った記憶を探すように周囲を見回す。

エ・ランテルではない。カジットやクレマンティーヌといた地下神殿でもない。一言で言えば夜の屋外。市壁もなにもない街道の脇に横転した馬車が転がっており、その馬車の傍で箱の中から体を起き上がらせていた。

 

「説明の前に少し失礼、記憶操作(コントロール・アムネジア)

 

 頭に僅かに浮かぶ違和感。

それは一瞬だった。ンフィーレアが「な、何をッ!」と、驚き身を引く前に終わる。

 

「なるほど……帝国軍に襲われたカルネ村。そこに住んでいた想い人の敵討ち、という訳か」

「なッ!?」

 

 驚愕とともに頭の霧が消え去り、鮮明な記憶を思い出す。

 

(そうだッ! 僕は叡者の額冠というアイテムで――)

 

 アレを身につけた途端、完全に自我を失った。

つまり騙されたのだ、あの案内したクレマンティーヌという女とカジットに。叡者の額冠にどんな効果があるのかはわからないが、自身は都合のいい様に弄ばれただけ。特にあの不気味な笑顔を浮かべる女に。

 

「あなたも……あの二人と同じズーラーノーンの人ですか?」

 

 罠にはまり、騙された自身の不甲斐なさを呪う感情のまま目の前の怪しい人物を睨む。

おそらくンフィーレアを目覚めさせてくれた人物、だが『助けてくれた』などと簡単に信用する気にはなれなかった。八つ当たりを含んだ感情ということは理解しているが、姿を隠していることからも警戒心を抱くのは当然だ。

 

「いや違う、私は一応だが君を助けた者だ。アレを見たまえ」

 

 後ろを振り返ったローブの塊が横にずれる。

言われるままに目を向けると「え?」と、間抜けな声が口から零れた。夜の街道、照らされた空間にはやせ細り顔色がさらに悪くなったカジットが怯えた表情でこちらを見ていた。そして近くにはうつ伏せに倒れたあの女――クレマンティーヌが転がっている。動く気配は一切ないし眠っている様子もない。それはまるで――

 

「クレマンティーヌの方は殺してしまったが、構わなかったかな? 話の途中で私を攻撃してきたから、悪いのは完全にあちらだと思うのだけれど」

 

 平坦な声でアッサリと『殺した』という言葉にただ唖然とする。

薬師であり魔法詠唱者でもあるンフィーレアだが、クレマンティーヌが前衛として相当の――もしからしたら人類最高峰の――実力を持っているのはおぼろげに理解していた。それを彼はなんでもないように殺し、カジットを抑え込み余裕の態度でンフィーレアと話せる程の実力者という事になる。

 

「あなたは一体……」

「それを話す前に、少し君にお願いがあってね。私の願いと君の願いが一致しているのかを確認したい。……君は本当に帝国へ復讐したいのかな?」

 

 伺うようなローブの顔の部分を思わず睨みつける。

答えは決まっていた、当たり前だと。だがその結果復讐というクレマンティーヌの甘い言葉に乗り、ズーラーノーンに捕まってしまった。

 

「それは当然ですッ! でも……」

「ふむ、後悔か混乱か。少し戸惑ってるようだが、まずはこれから私がすることを見てくれるかな」

 

 そう言うとローブを翻しンフィーレアから離れていく。

散歩をするように無造作に、そして静かにクレマンティーヌの死体まで歩み寄ると頭をローブ越しの腕でつかみ、乱暴に持ち上げた。自身より小さな人物が女の死体とはいえ、人間一人を軽々と掴み上げる様子に驚いたが、それだけでは済まなかった。

 

 ――中位アンデッド作成 死の騎士(デス・ナイト)――

 

 突然クレマンティーヌだった物がビクリと動く。

最初はただ乱暴に動かしただけと思ったが違う、死体が突然黒い泥のようなものに覆われると同時に手を放した。黒いドロドロとした液体が街道の土の上に転がったと思った瞬間、噴水のように大きく噴きあがった。

 

 噴きあがった泥が消えたそこには、化け物が立っていた。

 

 人間としての成長では不可能な巨体、そして巨大な剣と巨大なタワーシールドを持ったアンデッド。血管を思わせる模様に覆われた鎧とボロボロのマント。顔は腐り落ち、ただ紅く光るその双眸にはハッキリと生者への憎しみが宿っていた。

 

「ひ、ひぃいぃいい!」

 

 その恐怖とも言うべき光景に目が離せなかった。

視界の隅ではカジットが、倒れこみ、叫び、逃げる様に後ずさっている。そしてそれを生み出した張本人は「さて……」と、まるで何でもないように再びンフィーレアの傍まで歩み寄って来た。

 

「アレの命令権を君に上げよう、と言ったら嬉しいんじゃないかな?」

「な、なんで……」

 

 間違いない。あれは文字通りの化け物だ。

人類でも最高峰の一握りがやっと止める事ができるかもしれない怪物。そんなアンデッドをまるで子供の玩具のように貸そう、などと言う相手の狙いが全く分からない。

 

「なに、君の復讐を応援しようと言うだけさ。その結果が私にも利益になると思ったからだが」

「利益? それは――」

「それは答えることは出来ないな。この姿を見ればわかるだろう?」

 

 未だに顔どころか全身を隠している黒いローブ。

つまり姿もその狙いもこちらに伝える気はないという事。ただその力は果てしなく巨大、あんなアンデッドを生み出せることからも国一つかそれ以上の力を持っているのは間違いない。ローブで隠しているのは醜悪な悪魔の姿、と言われても信じてしまいそうだ。

 

「無論君には考える時間もある。随分長い間眠っていたようだし、エ・ランテルが今どうなってるかも知らないのだろう? 私もこれから忙しくなるし、とりあえず帰ってから数日考えてみて欲しい」

「断ったら……どうなるんですか?」

 

 おそらく殺されるのだろう、本能的にそれは理解していた。

震える唇で紡いだ質問だったが、相手はまるで考えていなかったように首を捻りながら答えた。

 

「その時は……そうだなぁ、私に関する記憶を消して何処かそれなりに安全な場所へ送ってあげよう。君が望むならついでに想い人に関する記憶も消してあげようじゃないか」

 

 記憶を消す事――おそらく精神系魔法――をなんでもないように告げられる。

口約束でしかないが思ったより寛大なもの、ただ後半に告げられた内容には本能が悲鳴を上げそうになった。今はもう叶う事の無くなったずっと小さなころからの片思い、それを消される事への恐怖。

 

「まッ、待ってくれ! 儂はどうなるッ」

 

 視界の隅で尻もちをつき、顔色をさらに悪くさせていたカジットが懇願するような叫び声を上げた。

 

「お前はこの少年が断わった時の予備かな。彼が承諾した時は仇討ちに協力してあげてくれれば良い」

「そ、それは……小僧の仇は……」

「どうした? ……あぁ、なるほど。心配しなくてもお前の影にいるハンゾウのほうが死の騎士(デス・ナイト)より強いぞ。私を裏切らない限り守るよう命令してある」

 

 その言葉に「ひぃッ!」と、叫び声を上げまるで己の影から逃げる様にズルズルと這うカジット。ンフィーレアには何のことかわからなかったが、おそらく影に何か監視するような存在が潜んでいる事は予想できた。 

 

「さて、私は疲れ……じゃなくて、そろそろ帰らせてもらおう。とりあえずあの死の騎士(デス・ナイト)の命令権は君に与えておく。馬車は壊れたようだし、人間二人程度であれば運べるだろう。何か質問があればカジットかカジットの影にいるハンゾウに話しかけてくれ。私は別件で忙しくなると思うので期日は決めてはいないが、とりあえず数日後にまた会いに来るとしよう」

 

 ――それとまずはエ・ランテルが今どうなっているか、カジットに聞いておくことをお勧めしておこう。

 

 最後にそう告げると同時に、光に包まれた漆黒のローブが突然消え去った。




モモンガ様視点のオチは次回→明日投稿
とりあえず本編中にほぼ勢力は書けた(法国は除く)のでちょっとまとめときます。

 ンフィーレア
今後の展開によっては『血塗れのンフィーレア』とか呼ばれないかすごく心配

 カジット
気苦労の多い中間管理職的立場。復讐の真相は知ってるけど、言えば自分が代わりに矢面に立たされそう

 ホニョペニョコ
神話の如き力を持ち、ンフィーレアに力を貸す親切なスポンサー様

 帝国
ただの被害者になりつつある気が。原作での帝国軍は最敬礼と喝采する事、泣き叫びながら将棋倒しになる以外いいとこなしですが、今作では決死の活躍をさせてあげられるといいなぁ

 王国
いつもどおり内部分裂中。ガゼフが戻ることで『ホニョペニョコ』の名がラナー含めた王国上層部に知れ渡っちゃいそう

 法国
元を辿ればだいたいこいつのせい

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