野ぐそ歴46年! 「ウンコロジー入門」著者が実践する“自然との共生”

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 2018年からの「うんこドリル」ブーム、2019年に議論となった東京オリンピック・トライアスロン競技会場である東京湾のうんこ臭事件……近年、うんこが世間を賑わせている。

【「今、うんこ触ってんですよ?」と楽しげに語る達人】

 ここに「ウンコロジー入門」なる書物がある。

 野ぐそ生活46年、“うんこを土に還す達人”を意味する「糞土師(ふんどし)」を名乗る伊沢正名さんが2019年12月に刊行したものだ。■うんこは生命循環の源である

 伊沢さんはキノコやコケの写真家として長年活動し、自然に親しんできた。そのなかで動物の糞や死骸は他の動物に食べられ、あるいは菌類に分解されて役立てられ、ミミズや菌類が排泄したものによって栄養ゆたかになった土を求めて植物が根を伸ばし、その植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べるという生命の循環に気づいた。

「糞尿は病気のもと」というイメージが根強い。しかしそれは自然が分解しきれないほど大量の排泄物を一度に土や河川、海に流す、あるいは分解する菌類がいないコンクリート等でできた都市で生じる問題だ。

 人口密度の高い都市部以外では、人類は疫病を蔓延させることなく適量を自然に還してきた時代・地域の方がマジョリティである。日本でも化学肥料が普及する以前はうんこは肥料として高値で取引され、有効活用されていた。

 ただただうんこを忌避する今の日本人のうんこ観は、せいぜい数十年の歴史しかない、きわめて新しいものだ。

 この本「ウンコロジー入門」はそうした新しい常識に染まりきった私たちに再考を促す。伊沢さん自身が林の土に埋めたうんこがネズミやイノシシ、アリやフン虫などに食べられ、腸内細菌やカビ、キノコなどの菌類に分解され、そこに植物の根が伸びてきたり、芽生えがあらわれるまでの調査記録も克明に綴られている。

「林でうんこをすれば分解して土に還ると頭ではわかっていたけれども、実際に足かけ3年にわたる野ぐそ跡掘り返し調査をやったのは、野ぐそを始めて30年以上経った2007年から。もう、世界観が変わりました」

 伊沢さんは「人間が生み出すもので他の生物の役に立つのは、うんこと死体だけ」と語る。動植物やキノコを食べて命を奪った人間が、自然に栄養を返し、生命の循環に参加する行為が野ぐそなのだ。

■野ぐそはなぜ必要なのか?

 こう言っても「変わった人がいるんだなあ」くらいの感想しか抱かないかもしれないが、災害大国日本では、いつトイレの機能が停止してもおかしくない。

 実際、震災などで電気も水道も止まれば、水洗トイレはたちまち使用不能に陥る。そこで新たな防災対策では、携帯トイレとトイレットペーパーを備蓄し、燃えるゴミへの移行を推奨するようになったが、先の熊本地震のようにゴミ焼却場が被災してしまえば、それも不可能。南海トラフ巨大地震が起きたとき、静岡県富士市の海岸沿いに集中している製紙工場が機能停止すれば、紙の供給も滞り、うんこが出せない、拭けない、燃やせないという最悪の事態になってしまう。

 ところが茨城在住の伊沢さんは、東日本大震災で電気が5日間、水道が3週間も止まったが、野ぐそをし、葉っぱで拭くスタイルを実践していたため、普段通りすごせたという。

■野ぐそ感度が高いのは女性と子ども

 しかし、女の人が野ぐそをするのは危ないのではと振ると、「講演会には女性のほうが来ます。どちらかというと女の人のほうが勇気がありますね。若い男が一番だめ」と言う。つい先日も伊沢さんの家にうんこを扱った創作劇の取材で訪れ、庭で野ぐそをしていった若い女性がいたそうだ。

「登山や釣りに行った人たちで野ぐそしている人は本当はたくさんいるんです。でもそれは、トイレがないから仕方なく、という人たちがほとんど。そうじゃなくて『自然との共生なんだ』と教えたい」

 伊沢さんは各地で子どもに対しても自然の循環のしくみを説き、野ぐその掘り返し調査の実践も提案している。

「子どもも多様ですから、好奇心が強い子もいれば今の生活から出たくない子もいます。でも総じて若いほど頭は柔軟。おもしろければすぐに『やってみよう』となります。3年前に夏休みの野外活動に呼ばれて講演したんですけれども、私が『野ぐそは人間が食べて奪ったものの命を自然に還すことなんだ』と言ったら、小学5年生の女の子が翌日早速実行してくれて、そのことを作文コンクールに出したんですね。それが学校や自治会で評判になって、今度は姫路市の小学校で講演会に呼ばれ、さらにうんこの授業もしてきました」

■野ぐそから考える地球の未来

 伊沢さんが現在の日本のうんこ処理を問題視するのは、自然に対して強い負荷をかけているからでもある。

 日本では年間約1000万トンにもおよぶうんこが処理されているが、その方法は下水処理場を稼働するために大量の電気を使い、分解後の汚泥をやはり大量の重油を使って燃やし、その灰はセメントの原料にする、または埋め立てるのが主流だ。

 これにさらにトイレットペーパーを作るために木が切られ、化学物質やエネルギーが使われて環境を破壊し、トイレでお尻を洗い、うんこを流すために莫大な水が必要になる。

 エネルギーや資源をいっさい使わず、すべて自然に還すことができる“葉っぱ野ぐそ”こそが地球をサステナブルなものにするために最も有効な手段だ、と伊沢さんは考える。

「グレタ(・トゥンベリ)さんにもうんこのことを教えたい。彼女が『大人は何やってんだ!』と怒るのは当然ですよ。豊かになることばかり考えて地球をめちゃくちゃにしてきたこれまでの世代のツケを背負って、今の子どもたちは生きていかなきゃいけないんですから。私は17個あるSDGs(持続可能な開発目標)の18番目に、野ぐそのことを入れたいんです(笑)。

 自然界の食物連鎖の頂点にいるライオンをはじめとする肉食動物は、生きている動物を食べ、それは残酷なんだけれども、自然の中で共生していますよね。なぜなら、野ぐそをすることで食べた分の命を自然に還しているから。うんこを他の生きものに食べてもらうことで、次の生命に貢献している。そうやって自分がもらった命をうんこというかたちで自然に還すのが、共生を実現するための生き物の責任なんです」

(取材・撮影・文/飯田一史)

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