猫でもわかる量子インターネット
前書き
この記事は量子コンピュータ Advent Calendar 2019 の24日目、及び、慶應義塾 村井合同研究室 Advent Calendar 2019 の25日目です。
最近の量子計算ブームで、量子インターネットに興味のある方も増えてきたと思います。量子インターネットは量子計算パワーを情報通信に用いる分野であり、広域ネットワークを介した量子コンピュータ同士を接続のみならず、量子セキュリティや、超正確な時刻同期、宇宙望遠鏡の超高精度化など、情報分野に限らない重要かつ波及効果が期待できる利用方法が提案されており、通信量を指数関数的に削減できる問題の存在も判明しています。空間を超えて量子情報の恩恵を最大限活かしていく分野が量子インターネットであり、次世代インフラとして着実に研究開発を進めていかなければなりません。地道な理論的・実験的研究の先に、量子インターネットの恩恵の世界が広がっています。(※途中からおおむね量子インターネットタスクフォース 設立趣旨の引用)
というわけで、本稿では量子インターネットについて説明します。 量子通信網は2 種類に大別できるので、その違いが分かるように説明することにします。
- End-to-End で量子通信をおこなう量子中継ネットワーク (量子インターネット)
- 量子通信を1ホップ毎に終端する古典中継ネットワーク (いわゆるTrusted node 量子暗号ネットワーク)
の2 種類です。前提知識として、状態ベクトルを理解しており、ゲート操作や測定について理解できることを想定しようかと思いましたが、そういうのはAppendixにしてしまったので、あまり必要なくなりました。 研究途上の話が多く、著者の見解や主張も交えながら話しますが、そういう点はそれと分かるように書きます。 猫にもわかりやすいようにできるかぎりプレスリリースを引用しています。(うっかり論文を引用してるところもあります)
中継の必要性
量子通信での信号中継を考えるにあたり、まず現行インターネットでの信号中継を考えてみます。
信号中継はコンピュータネットワークに欠かせないものです。 現行インターネットにおけるルータの役割は受信したパケットをルーティングして適切な隣接ノードに送信することですが、正確には、ルーティングしながら信号中継しています。 信号中継の目的は複数ありますが、ここでの信号中継は信号増幅の意味合いです。 ルータが受信した信号は、光ファイバーなりUTPケーブルなりを通って減衰することによって、前のルータから送信されたときより信号強度が弱くなっています。 もしルータが信号を増幅して強度を再生しなければ、目的地に辿り着くまで信号強度が弱くなり続け、いつか読み取れなくなり、通信が失敗します。 ルータが信号を適切に中継増幅することで、情報を信号減衰から守り、目的地まで情報伝達できるわけです。
ところが、量子通信においては、信号を増幅できません。 非クローン定理によって、任意の量子状態 を他の量子状態 (例えば) にコピーして同じ量子状態 を作成できないためです。 信号増幅せずにただひたすら光子をファイバーに送り続けるとどうなるかと言うと、ファイバーを透過している間に、一定距離毎に割合ベースで光子がファイバーに吸収されていきます。つまり、距離が伸びれば伸びるほど、目的地に到達する光子の数は指数的に少なくなります。縦軸はlog scale です。青い線は、量子もつれの片割れを飛ばし、キロメートル離れたノード間に量子もつれを生成する際の生成レートのシミュレーションのグラフです。 距離が遠くなるほど、ファイバーの信号減衰で量子もつれの生成レートが下がっています。生成レートが距離に対して指数的に悪くなる様子が見て取れます。 縦軸はノードの各コンポーネントのパラメータへの依存性が強くて、物理系によって激しく変動するのでここでは数字を消しています。 気になる方向けに、具体事例として、単一原子での一例を計算した論文を紹介しておきます1。(この論文、initialization を始めるタイミングとか、メモリ時間がデコヒーレンスより長いとか、疑わしいパラメータがあるが置いておく。)
さて、量子通信におけるこの指数的減衰問題を解決するために考えられたのが、量子中継です。 上述のグラフの赤い線 (2 hop) は、中間地点に量子中継器を置いた場合の生成レートです。量子中継器を用いず1 hop で送る場合より生成レートが良くなっているのが分かります。 ノードの各コンポーネントが理想的に動作することを想定すると中継器ありの生成レートのほうが常にが良くなるのですが、実際には各コンポーネントに成功確率やfidelity でのオーバーヘッドが存在するので、 ある程度の距離までは1 hop のほうが良くなります。どの程度の距離かはオーバーヘッドの大きさに依存するので、物理系やアーキテクチャ次第です。(アーキテクチャ重要だよというポジショントーク。)
量子中継
量子中継は、量子もつれを「つなげる」操作で達成されます。この操作はEtanglement Swapping (ES)と呼ばれます。この仕組みの何が良いかと言うと、AB間、BC間の距離がそれぞれであるとき、ACは2L離れています。 2L離れたノード間で光子をdirectに飛ばすと、信号減衰は指数的に効いてくるので、ファイバー中で光子がロスせず到達する確率は減衰しにくさの度合いとして定数を用いてと書けます2。 一方、ES を使うと、まで良くなります。
量子中継のステップはざっとこんな感じです。
- 光子を原子などから出して、エンタングルしたメモリ量子ビットと光量子ビットの対を作る
- ファイバー内でロスせず送る
- 原子などに吸収させて受け取り、メモリ量子ビット同士のエンタングルにする
- ここまでを、異なるノード (Station B にとってのAとC) を相手におこなう
- ES を実行する
- 光子の受信確認や、ESの実行結果のフィードバックを共有する
実験すると各ステップ内でさらに細かなステップがあり、それぞれに成功確率や操作fidelity が存在します。 「光子をファイバーに捕まえる」とか。
今は、要素技術が出来上がってきた、という段階になります。
古典中継
量子中継は、今でこそ、研究者、特に実験家のたゆまぬ努力による量子情報技術の発展によって、実現が見えてきました。 しかし、2000年代初頭には十分な成功確率の実現の目処が立たず、夢のまた夢のような技術でした。 このため、中継は古典的にやっていいんじゃないかとの考え方が生まれました。つまり、量子通信は各リンクで終端し、測定して古典情報に変換することにして、 中継は得られた古典情報を用いて実行しようという仕組みが考案されました。 この「古典中継」で作られる通信網が、今日Trusted Node の量子暗号ネットワークと呼ばれているものです。本稿の後半で詳しく説明します。
量子インターネット (量子中継)
量子中継の量子インターネットは、一般の量子情報を伝送する、量子情報の力を真に引き出すコンピュータネットワークです。 プロトコルスタックは固まっていませんが、任意の量子ノード間にBell pairを生成するのが現行インターネットで言うところのネットワーク層までの機能になると思います。 指定された個数とfidelityのBell pair を確保して、そのまま使うなり、Bell pair を消費しての量子テレポーテーションで信頼性ある量子状態伝送を実現するのがトランスポート層になるでしょう。
量子インターネットの仕組み
光子は伝送中にロスするので、大事な量子情報を光子に書き込んで直接送るのは危険です。 したがって、ロスしても再生産可能な通信リソースとしてBell pair をエンドノード間で生成し、量子テレポーテーションで量子情報を伝送するのが、 大切な量子情報を失わず確実に目的地まで届ける流れです。
まず、両エンドノードを結ぶパス上の各リンクでlink Bell pair を生成します。
次に、各量子中継器上でES を実行し、Bell pair を接続します。
ESのプロシージャ中に存在するのBell測定の結果を現行インターネットで逆ノードに運ぶ必要がありますが、ここでは省略します。 Alice とBob の間でEnd-to-End Bell pair が生成されました。
ルーティングはESを実行する量子ビットの組み合わせを変更することで実現します。
まず、同様に、各リンクでlink Bell pairを生成します。
今度は、下の量子コンピュータとの間で生成したBell pair に属する量子ビットとの間でESを実行します。
Alice とCharlie との間でEnd-to-End Bell pairを生成できました。
このあと、End-to-End Bell pair を使って、量子インターネットアルゴリズムを実行します。 例えば、量子状態を伝送するには、量子テレポーテーションを実行します。 共有秘密鍵を生成するには、E91 と呼ばれる量子鍵配送アルゴリズムを実行します3。 量子鍵配送は、暗号通信に使えるランダムな共有秘密鍵を生成する量子アルゴリズムで、情報理論的安全性4 を持ちます。 (暗号鍵共有アルゴリズムなので、認証アルゴリズムは別途用意してやる必要があります)
最近の動向
コンソーシアム活動
各地でコンソーシアム活動が始まりました。 発足した順に、
があります。 QIAは、4ノードでのフィールド実験を実施するプロジェクトがQuantum Flagshipで採択され、準備を進めています。 QITFはフィールド実験に向けて活動を計画しています。
プロトコルレイヤー(以上のレイヤー)
現行インターネットが矜持とする、開かれた組織との協調が始まっています。 インターネットの標準を議論する会議IETF 8 と併催されるまだ研究ステージの技術を取り扱う会議IRTF 9 でも、量子インターネットのリサーチグループQIRG 10 が立ち上がりました。 QIRGでまず注目すべきは、Architectural Principles の整理がおこなわれていることです 11。量子情報というと参入障壁がありますが、これにより、現行インターネット側の研究開発者の参入がぐっと容易になります。また、リンクレイヤーのAPI を定義するドラフト 12 や、量子インターネットのコネクションを作成するプロトコルのドラフトが提案されています 13。このコネクションはTCPよりもレイヤ2/3仮想回線 14 に近いです。
また、オランダのQuTech が2018年から毎年量子インターネットハッカソンを開催しており、インターネットの研究開発について議論するフォーラムRIPE の運営組織RIPE NCC もイベント開催に協力しています 15。
離れた2ルータの間に(not 1-hop link) Bell pair を作っておいて、いざEnd Bell pair を作る際にショートカットとして使う研究 16 や、 エラー訂正符号変換を含むスケーラブルな量子ルータアーキテクチャの研究 17 なども取り組まれています。
各種の量子ビット
複数の物理系が、量子インターネットの素子候補として研究されています。 現行インターネットでは、用途に合わせて電気信号と光信号と無線信号が使い分けられ、それぞれ異なるメディアが使われていて、 同じメディアでも異なる素子が使われていて、様々な素子が併用されて1つのインターネットとなっています。電話線を使っていた時代もありました。 量子インターネットは現行の光ファイバーに合わせて研究が進められてはいるという点である程度メディアが限定されていますが、 どういう状況でどの素子を使うべきかまだまだ判明しておらず、各物理系の研究をしっかり進めようという状況です。
ダイヤモンド中のNitrogen-Vacancy Center 量子ビットは、量子インターネットを直接的に目標とした研究・実験が進められています。 QIAでは、長距離でlink Bell pair を生成する実験 18 や、生成したBell pair のエラー確率を下げる実験 19 が実施されました。 ただし、QIAが目指しているアーキテクチャは確率的に動作するコンポーネントが多くなっており、パフォーマンスに悪影響があると見込まれます。 日本では、横国大を中心に、決定論的に動作するアーキテクチャのための実験や 20 、ダイヤモンド内の量子メモリ間データ転送やES を実行するための実験 21 が進められています。
イオントラップは、そもそも量子ビットのエラー確率が全物理系の中でもっとも良く、メモリ時間も長いです 22。 エラー確率だけなら、Google/IBM/東大中村研究室/他で進められている超伝導量子ビットよりも良い。 ただ量子ビット配置が1次元になるためスケーラビリティに難がありますが、量子インターネットと量子コンピュータの要件は異なり、量子中継器は量子コンピュータほど量子ビット数を必要としないため、量子インターネットに向いていると考えられます。 日本では、より高頻度にイオンから光子を放出させて光ファイバーへ通す実験がとても楽しみで、期待が高いです 23 24 25。パフォーマンスに直結します。
超伝導量子ビットは量子コンピュータでブイブイいわせていますが、実は光ファイバーとの相性が他より良くないです。 超伝導量子ビットのエネルギーがあまりに小さく、光ファイバーを通る光子のエネルギーとの差が大きいためです。 このため、光ファイバーを通る光子と変換する研究が取り組まれており 26、日本でも東大がトップジャーナルを連発しています 27 28 29 30。 光ファイバーとの相性が良くないため量子中継器に不向きと言えそうですが、量子インターネットに量子コンピュータを接続するという点において相性がバツグンというか必須の技術になるので、 エンドノードの素子として着実に研究していく必要があると考えられます。
シリコン量子ドットを用いた量子ビットでも、光子からの状態転写 31 など、量子通信に向けた研究が取り組まれています。
ここまでメモリを使った量子中継について説明しましたが、メモリなしの全光で量子中継する仕組みも提案されており、阪大が実証実験に成功しています 32。中国が後追いしました 33。 阪大の同グループは光子の偏光を保ったまま波長変換する実験にも成功しており 34 、この技術はどの物理系にも応用可能です。この実験は、冷却原子を用いて実現されました。
Trusted Node 量子暗号ネットワーク (古典中継)
さて、量子インターネットは量子情報の力を普に引き出す通信網ですが、量子中継の技術確立は難しいものでした。 そこで、条件付きで量子の力を引き出す通信網として、古典中継を用いる、Trusted Node の量子暗号ネットワークという仕組みが考案されたのでした。 Trusted Node 量子暗号ネットワークは、量子鍵配送による情報理論的安全性を持つ共有秘密鍵を生成する、用途専用通信網です。 Trusted Node 量子暗号ネットワークでは、各リンクで量子鍵配送をおこない、隣接ノード間でそれぞれ共有秘密鍵を作成します。 つまり、各リンク毎で量子通信を終端します。そして、生成した鍵を、これまた生成した鍵を使って現行インターネットでうまく配送する仕組みを構築します。
基本的な仕組み
というわけで、仕組みを解説します。 まず、各リンクで量子鍵配送を実行するとこの状態になります。
ここから、「鍵カプセル化リレー」で、Alice とBob の間に共有秘密鍵を配送します。 左から二番目のノードは、Alice と共有している鍵を、逆のノードと共有している鍵で暗号化します。
暗号化された鍵を現行インターネットで次のノードに送信します。
このノードはもちろん復号鍵を持っているので、復号すると、Aliceの持っている鍵が出てきます。
次のノード (Bob) と生成した鍵で暗号化します。
次のノード (Bob) に送ります。
このノードはもちろん復号鍵を持っているので、復号すると、Alice の持っている鍵が出てきます。
というわけで、Alice とBob の間に共有秘密鍵を生成することができました。
しかし、このままでは気になる点が残ります。中継ノードに盗聴者がいる場合どうなるのか。
Alice の鍵は各ノードで復号され、平文の鍵になっているので、どのノードに盗聴者がいても、鍵を盗まれてしまいます。
最終的に、Alice, Bob, そして盗聴者が秘密鍵を持っていることになり、この鍵で暗号通信すると、盗聴者によって解読されてしまいます。
というわけで、「中継ノードを信頼できなければならない」ため、Trusted node の量子暗号ネットワークと呼ばれます。 ちょっと考えてみると、この「信頼」の中身は2 点あることに気付きます。
- 対外部: 外部の攻撃者によって、中継ノードがクラッキングされていないこと
- 対内部: 内部の管理者等によって情報漏えいしないこと
この信頼は、このネットワークでセキュリティを担保するための条件となっています。 つまるところ、Trusted Node 量子暗号ネットワークは、まんなかを信用するという条件のもと、End-to-Endの秘匿性を担保しています。 1つ目はなかなか厄介で、つまるところ、セキュリティホールがあると死にます。ゼロデイ攻撃が怖いのは当然のこと、セキュリティパッチが存在していても、個人宅にあるモデムやルータまで全て適切に管理し続け、常に安全性を担保し続けるのは難しい 35 36。 2つ目もなかなか厄介で、担当者が違法に情報を持ち出すリスク 37 や、そもそも管理組織が信用できるのか、という話もあります。
条件が厳しいのは問題なので、最近では、その条件を緩和するための研究が実施されています。
最近の動向
最近では、社会実装に向けて、鍵管理レイヤーの研究や、量子鍵配送デバイスの低コスト化に寄与する研究が取り組まれています。また、標準化争いが壮絶です 38。 鍵管理レイヤーの研究は、現行インターネット研究者の活躍チャンスになっています。
秘密分散
上述の説明事例のように、1対1でシングルパスで通信すると、1つのノードがやられるだけで暗号解読されてしまいます。 となれば、まずはマルチパスにするとか考えられます。全パスでノードをやられない限り安全です。 最近ではもっと進んで、1対1ではなく、複数ノード間で秘密分散にする研究が取り組まれています 39 40。
衛星通信
量子暗号ネットワークに人工衛星を使おうという研究があります。日本でも情報通信研究機構が中心となって取り組んでいます41。
ファイバー中の光子ロスが伝送速度を落とす問題に対して、1つの答えとして、真空である宇宙を通せばロスゼロというものがあります。 セキュリティ条件について考えると、ロスゼロの真空を通せば中継ノードを減らせて、信用しなきゃいけないノード数が減るので、条件を満たしやすくなる効果があると考えられます。 ただまあ地上と宇宙の間には空気があるのでロスを本当にゼロにはできないですし、フリースペースでは遠くなるほど電波が広がっちゃうので、この辺の問題に引き続き取り組む必要があります。
中国とオーストリアは、人工衛星を使って、大陸間量子鍵配送を実現しました 42。 遠方の国と国家機密レベルの暗号通信をおこなうには、他国に置かれた中継ノードをはたして本当に信頼してTrusted nodeとして扱えるのかという問題があります 43。 地上系ネットワークを信頼できないなら中間ノードをおかずにすっ飛ばしちまえ、他国の空中/宇宙を通すことになるが盗聴されたら分かるぜ、というのは大技ですが、Trusted Node 量子暗号ネットワークの短所を補いつつ長所をしっかり活用できている発展方向だと考えられます。
ユースケース開発
病院をつないで医療情報を守る話 44 は上述のセキュリティ条件とのマッチングがかなり良くて、病院同士をつないでおけば基本的に事足ります。 カルテだとデータの生成元も病院なので、重要拠点間だけ重点的に守って信頼すれば良いので、信頼できるような管理が難しい“末端機器”が存在しません。 (訪問医療先でオンデマンドに量子セキュアにカルテをダウンロードする、みたいなユースケースはスコープから外れてしまいますが。)
まとめ
Trusted Node 量子暗号ネットワークは古典中継を用いるため“まんなか”を信頼する必要がある仕組みとなっており、 現行インターネットが哲学としている、まんなかが何者だろうと何を画策していようとEnd-to-End で秘匿性を担保しておけば問題ない、という考え方とは違った秘匿性になっていました。 現行インターネットに携わる方々は既にお気づきかもしれませんが、実際のところ、人類の活動圏すみずみまで敷設するネットワークで末端のネットワーク機器まで信頼できるようしっかり管理するというのは現実的ではありません。というわけで、量子暗号ネットワークは重要拠点間を高速に繋ぐ場合に向いています。 他方、量子インターネットは量子中継であるため、現行インターネットの哲学を引き継ぐ量子セキュリティを提供してくれます。とは言え、当面、量子暗号ネットワークほどの速度は出ないことが見込まれます。
以上のように、量子暗号ネットワークが量子鍵配送専用網なので鍵生成での比較になりがちですが、量子中継の量子インターネットは一般の量子情報を伝送するコンピュータネットワークです。 量子インターネットがあれば、鍵生成以外の量子セキュリティアルゴリズムも使えるようになります。認証アルゴリズムである量子デジタル署名 45 です。 また、冒頭で述べたように、量子コンピュータ同士の通信や、超正確な時刻同期、宇宙望遠鏡の超高精度化、量子秘匿計算など、情報分野に限らない重要かつ波及効果が期待できる利用方法が判明しており、 今後も増えていくと期待できます。
量子インターネットに必要な量子ビット数は量子コンピュータより少ないので、実現は量子コンピュータより早いと考える識者もいます。 量子コンピュータとは違う難しさがあるので本当にそうなるかは分かりませんが、光子を実地配備の光ファイバーに通す難しさなど量子暗号ネットワークの知見を応用できる面も多いので、 量子コンピュータや量子暗号ネットワークと協調して研究していくと発展が早いのは間違いないです。 そもそも日本の量子インターネット研究は優れているので。 ただ、最近他国の力の入れようが半端じゃないので、日本も力を入れないとアドバンテージを失います。
Further reading には、
- 物理や通信容量の理論的限界方面: NTT物性基礎研の東 浩司博士の Journey towards the quantum internet 46
- 大規模ネットワークとしてのアーキテクチャやプロトコル方面: 慶應義塾大学のRodney Van Meter 教授の Quantum Networking 47
を挙げておきます。
長くなりましたが、量子インターネットへの興味をより深めて頂けたなら幸いです。
Acknowledgment
The author is grateful to QITF board members, Prof. Kosaka, and Prof. Yamamoto.
Appendix: Entanglement Swapping
このAppendix は博論からコピペしての英訳途中です。
hence a desired Bell pair between station and is achieved.
は、粒子数がに減衰する距離を表す定数。Attenuation length。↩
情報理論的安全性とは: 攻撃者がいかな計算力を持っていても秘密鍵を知ることができない安全性。↔計算量的安全性 (RSAなど、解くことは可能だが、そのための計算力を人類が保持していないので実際的には解けないという安全性)↩
Quantum Internet Alliance. http://quantum-internet.team/↩
Q.Link.X. https://qlinkx.de/↩
Quantum Internet Task Force. https://qitf.org/↩
Kozlowski et al. Architectural Principles for a Quantum Internet. Internet Draft 02. Nov 2019. URL↩
Dahlberg et al. The Link Layer service in a Quantum Internet. Internet Draft 03. Nov 2019. URL↩
Connection Setup in a Quantum Network. Internet Draft 01. Nov 2019. URL↩
RIPE NCC. Take part in Pan-European Quantum Internet Hackathon. URL↩
Chakraborty et al. Distributed Routing in a Quantum Internet. arXiv:1907.11630. URL↩
Nagayama et al. Interoperability in encoded quantum repeater networks. Phys. Rev. A 93, 042338. Apr 2016. URL↩
Hensen et al. Loophole-free Bell test using electron spins in diamond: second experiment and additional analysis. Scientific Reports, 6(30289), Aug 2016. URL↩
Kalb et al. Entanglement distillation between solid-state quantum network nodes. Science. 256(6341):928-932, 2017. URL↩
Tsurumoto et al. Quantum teleportation-based state transfer of photon polarization into a carbon spin in diamond. Communications Physics, 2(74), Jun 2019. URL↩
Sekiguchi et al. Geometric spin echo under zero field. Nature Communications, 7(11668), May 2016. URL↩
Harty et al. High-Fidelity Preparation, Gates, Memory, and Readout of a Trapped-Ion Quantum Bit. Physical Review Letters 113:220501, Nov 2014. URL↩
Takahashi et al. Strong coupling of a single ion to an optical cavity. arXiv:1808.04031, Aug 2018. URL↩
Takahashi et al. An integrated fiber trap for single-ion photonics. New Journal of Physics, 15, 053011, May 2013. URL↩
Takahashi et al. Cavity-induced anticorrelated photon-emission rates of a single ion. Physical Review A, 96:023824, Aug 2017. URL↩
Y. Tabuchi et al. Hybridizing Ferromagnetic Magnons and Microwave Photons in the Quantum Limit. Phys. Rev. Lett. 113:083603, Aug 2014. URL↩
Kuroyama et al. GaAs横型量子ドットにおける光学的スピン閉塞効果を用いた量子状態転写の実証. 日本物理学会 72.2(0), 939-939, 2017. URL↩
Li et al. Experimental quantum repeater without quantum memory. Nature Photonics volume 13, pages644–648, Jun 2019. URL↩
http://qi.mp.es.osaka-u.ac.jp/main/press-2018-5-24/↩
NICT, NEC, 東芝.国際標準化機関ITU-Tで初の量子鍵配送ネットワークに係る勧告が成立 -秘匿性の高い量子暗号通信サービスの実用化と普及を加速- URL↩
Rodney Van Meter. Quantum Networking. Wiley-ISTE. May 2015. URL↩