時間軸はオーバーロード第9巻「破軍の魔法詠唱者」の後です
未読の方には作品のネタバレになる恐れがあります
カルネ村を取り巻く情勢は大きく変化し、住人は種族の比率を塗り替えて一気に増えた。
これもひとえに大魔法使いアインズ・ウール・ゴウンと一人の少女がもたらした結果だ。
もしもこの地域にネット検索があったら、キーワード・ランキングのトップはこうなっていたに違いない。
『エンリ将軍』
最近カルネ村で新しく浸透し始めた言葉だ。
リ・エスティーゼ王国第一王子との戦闘において、二つ目の『小鬼将軍の角笛』から召喚されたゴブリン軍から発せられた敬称である。
もちろん、村では何の違和感もなく村人みんなから受け入れられた。
エンリ・エモット本人を除いて。
「村長や族長の肩書きだけでも重いのに、将軍だなんて押しつぶされそうだよぉ……」
「ははっ、お疲れ様エンリ」
「お姉ちゃん将軍、がんばって!」
机に突っ伏したエンリの背に、ンフィーレアとネムの声がかけられる。
現在、彼女が処理しているのは村の行政についてだった。
一気にゴブリン軍を抱えた為、住み家や食糧事情など問題は現在進行形中だ。
「それと今年の収穫祭はどうする?」
「あー、これだけの人数だと規模からして違うよね……」
「うんうん、お酒やごちそう足りないよ!」
例年は広場に村人が集まり、ささやかで慎ましい酒宴が行われた。
日頃よりも少しだけ肉が多く振る舞われ、子供達は貴重な菓子を楽しみ、妻や娘たちが慎ましく着飾って華を添える。
夜にはたき火の周囲で素朴な歌や踊りを楽しみ、笑い声の絶えない時間を村全体が楽しんだ。
今年はそうはいかない。
まず人数からして広場に収容するのは無理。
そもそもゴブリンやオーガたち亜人を交えた酒宴が想像つかない。
普段から肉をたくさん食べるオーガが羽目を外したら、どれだけの肉が必要なのだろう。
人間よりも強い亜人たちが酒に酔って暴れたら止められるのか?
「いっそのこと中止にする? 戦闘があったばかりだから、喪に服すという建前はつけられるよ。
……というかエンリが言えば、誰も反対しないと思うけどね」
「ええ~! お菓子食べられないの嫌だよ!」
二人の声にエンリの気持ちは固まりつつあった。
誰も反対しないからでは独裁と変わらない。
新しく村長になった自分を支えてくれるみんなの為に何かしたい。
村を守る為に矢面に立ち、傷ついてきた亜人たち。
同じように村の為に動いてこそ村長ではないか。
「あのね、今年は本当に大変だったから、楽しい収穫祭にしたいの」
エンリの発言にンフィーとネムが微笑んだ。
『……というかエンリが言えば、誰も反対しないと思うけどね』
先程の『誰も』には、二人も含まれているのだから。
「じゃあ、決まりだ」
「ねぇ、お姉ちゃん。楽しくするなら何かしようよ。街から楽師さんを呼んで来るとか、ゴウン様のお力を―――」
「それは駄目」 「止めとこう」
エンリとンフィーの声が重なった。
ゴウン様が関わったら絶対に豪華過ぎて、ネムを除くみんなの胃が驚嘆・恐縮するような収穫祭になる。
10年分の収穫高よりも高額な、1日だけの収穫祭なんてありえない。
「いい、ネム? 村のみんなで出来る範囲でやるの。そうね、新しく仲間になったゴブリンさん達の歓迎も兼ねて……」
この時、エンリに電流が走る!
新しく仲間になったゴブリン軍には、古株になったジュゲム達よりも強そうな者たちがいた。
誤解の始まりとなった、アーグ達と腕相撲をして全戦全勝して、村人たちにも信じられ始めた族長伝説。
それを払拭する良い機会ではないか。
「これだわ!」
「ど、どうしたのお姉ちゃん?」
「場所をとらず、お金もかからず、新旧の人達が交流できて、肌を触れ合わせる催しものを思いついたの!」
肌の触れ合い発言でちょっと誤解したンフィーが赤くなっているが、エンリは気にしない。
村長……いや、将軍による鶴の一声。
かくして収穫祭における、大腕相撲大会が実施されることになった。
―――姐さんがやる気だぜ! 野郎ども、露払いは果たせよ!
―――族長が以前、俺たちにしたみたいに新入り達を締める気だ。
―――エンリ将軍による軍事教練の発令です。全員絶対に参加。当日までに鍛錬に励み、決して無様な姿をさらさぬよう。
優れた軍隊は指揮系統が統一され、末端に至るまで命令が行き届くものである。
それこそ角笛を吹くように。
結果から言えば、エンリの目論み通り族長伝説は払拭される。
代わりに新たな覇王伝説の1ページが誕生するのだから。
※ ※ ※
カルネ村収穫祭の当日、エンリ将軍杯・腕相撲大会トーナメント。
村の郊外に設置された野外会場で一回戦が全て終わり、参戦者は半数になった。
敗れた者たちは周辺の警備と運営、そして観客へと交代。
勝負が進むにつれ、交代要員が増える度にローテーションが巡る。
ゴブリン軍の割合が多い関係もあり、進行はスムーズに進んだ。
やがて昼過ぎにベスト16が決定。
ここからは特別シード枠のエンリも参加する。
――エンリ将軍 VS 古株ゴブリン・カイジャリ――
「カイジャリさん、分かってますよね?」 (私が怪我しないように本気を出さないで下さいね?)
「もちろんでさぁ、エンリの姐さん!」 (恥をかかせるような真似はしませんぜ!)
早々に負けるつもりで腕から力を抜いていたエンリは、カイジャリに
(え? えっ? ええええーーっ!?)
「姐さん、ナイスマッシブ!」
親指を立て、カイジャリが勝者を讃える。
「ねえ、ルプーさん。今のお姉ちゃんの腕が引っ張られてなかった?」
「あれはモンクのスキル、アイキドーでしょうね。押してダメなら引いてみろってヤツっすよ」
「えっ? そんなことできるの?」
「知らないっす」
――エンリ将軍 VS ゴブリン・ギーグ部族の族長アーの子・アーグ――
アーグが勝ち抜いているのは幸運に過ぎない。
族長の子ゆえにシードだった彼は、初戦は先の戦闘による負傷が癒えないゴブリン。
二回戦は人間の若者。
互角の勝負だったが、相手は収穫祭の準備による疲れがあって僅差で勝てた。
最後は子供を相手に本気出すのは大人げないと、相手のゴブリン聖騎士が辞退したのである。
しかし、幸運は完全に尽きた。
眼前にはオーガの巨腕すら捻り潰す、エンリ族長が降臨しているのである。
彼女が自分を見て微笑んだ。
アーグの瞳には、獲物を前に旨そうだと舌舐めずりするオーガのように映った。
※ ※ ※
ここで勝つのは絶対にマズイ。
観衆の中、アーグがガタガタと震えて「腕が折れたらどうしよう」と呟いている。
エンリは相手を落ち着かせようと微笑んだが、なぜか泣きが入って蒼ざめた。
アーグの対戦者だったゴブリン聖騎士が辞退しただけに、子供相手に本気出すのはイメージが悪すぎる。
絶対に負けなくては!
心の中で力強く決意し、エンリが腕を差し出した瞬間――
「おっ、俺! 棄権しますっ!」
「アーグくんっ!?」
呆然とするエンリに、アーグが頭を下げる。
というか腕を組み合わせていないのに、負傷したみたいに押さえているのは何故?
「自分の叶わない相手と出会って退くのは恥じゃない。むしろ相手の力量に気づかず、返り討ちに遭う方がダメだ」
返り討ちって何?
たかが腕相撲だよ?
ここで大声で否定したいが、最近のエンリはバーゲスト戦で見せたようにゴブリンを強制的に動かす時がたまにある。
あの現象が発動したら、それこそアーグの撤退が正しかったと証明するようなものだ。
エンリが笑顔を崩さないで耐えていると――
「見なさい。優れた将は他者へ自発的な成長を促すものです。さすがエンリ閣下」
「おおっ!」
観客のゴブリン軍師さん、ちょっと黙って欲しい。
感嘆の声が沸き上がる中、エンリの笑顔には汗が浮かんでいた。
「アインズ様いわく『戦闘は始まる前に終わっている』。
男胸さんを無礼討ちした際のお言葉ですが、エンちゃんもその域に達するとは流石っすね!」
ルプスレギナが大恩ある魔法詠唱者の名前を出したことで、村人達のエンリを見る目が尊敬に変わった。
先代の村長が「わしの判断は間違ってなかった。エンリで正解だった」と言葉を添える。
「え!? ちょっと、あの……!?」
「エンリ! エンリ! エンリ! エンリ! ウォォォォオオオオーーー!!」
ゴブリン軍によるコールが唱和される。
腕相撲大会の高揚は最高潮に達した。
企画考案者の思惑は最高調に没した。
もはや収穫祭は英雄の誕生祭の態になっていた。
次回は準決勝と決勝戦。
半分まで書き終えています。
今月中に投下する予定です。(※ 仕事の疲労度と休み次第)