ンフィーレア一行がナザリック地下大墳墓に招待され、家族水入らずで豪華な食事を楽しんでいた最中のことである。
「……あ、あのすみません。私お手洗いを貸して頂きたいのですが……」
砂糖の甘みに感動し、紅茶をお代わりした結果だろう。
申し訳なさそうにエンリ・エモットが申し出た。
この時点で、ささやかな幸運が2つある。
1つは彼女の発言が転移した者たちの耳に「お花を摘みに……」と翻訳されなかったこと。
2つ目が大墳墓の主人アインズ――鈴木悟は女性と交際経験など皆無だ――が同席していなかったことである。
あやうく自然豊かな第六階層に招待されるようなボケは発生しなかった。
しかし―――
幸運は大き過ぎると意外な結果をもたらす。
「畏まりましたエモット様。では、ご案内を……」
「いえ! 教えて頂けたら大丈夫です! 一人で行けますから!」
自分は16歳。妹とは違うのだ。
この綺麗なメイドさんにトイレまで付いてきて貰うなんて、そんな恥ずかしい真似など出来ない。
メイドさんに簡単な道筋を教わってエモットは部屋を出る。
ここで彼女の認識違いを指摘しよう。
彼女が出た部屋は『 客室 』だ。
臭いや水音を考えて不浄の場所である『 トイレ 』が真近にある訳がなく、ナザリック大墳墓の間取りは村の建築レベルを遥かに凌駕する。
「部屋を出て右手に真っ直ぐ進んで、左手側にございます」
エンリが真っ直ぐに進む間に、他のメイドと遭遇する可能性は充分にあったのだ。
人の姿をしたメイドでない可能性も。
エンリが異形の彼女に遭遇して悲鳴を上げなかったのは、ゴブリンやオーガとの生活に慣れていた為かもしれない。
ペストーニャ・S・ワンコ。
ナザリック地下大墳墓のメイド長にして、守護者に次ぐ高位の神官だ。
(犬の被りもの? アインズ様も仮面をしてるし、この人も魔法使いさんかな?)
犬の頭部にある瞳は優しいものの、考えてみれば自分は不審者に思われても仕方ない状態だ。
ここはお手洗いの場所をきちんと聞いて、自身が怪しい者でないことを証明しなければ。
慌ててエンリが口を開く。
「あの、お手―――」
「わん!」
たまたま通りがかり、その瞬間を目撃した第三者のメイドがある証言をしている。
アインズ様が招待した人間がメイド長に命令して服従を強いていたと。
実際はメイド長はかつての創造主とのやり取りが条件反射で出て、来客へ対する失礼に頭を下げていたのだが。
さらに後日エンリは指揮官系のスキルを持ち、号令で配下のゴブリンを動かせることが知れ渡る。
かくしてエモット様は高位神官の抵抗すら打ち破るスキル保有者だと、ナザリックの一般メイド達に噂になり。
それを耳を挟んだルプスレギナは笑い転げながら『肯定』し、エンリ伝説の後押しをしたという。