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消えた成長物語

「日本人はなぜ魔王を『善の存在』にしたがるの?」という外国人の質問にはこう答えるべき

作者:らんた

※勝手に翻訳することを禁じます。著作権はらんたにあります。

※姉妹エッセイ「「日本人のラノベはなぜ最近『異世界転生物』が多いの?」という外国人の質問にはこう答えるべき」もどうぞよろしくお願いします。「消えた成長物語」シリーズの1作品になります。

 「日本人はなぜ魔王を『善の存在』にしたがるの?」

 最近、いやここ10年特にイスラム諸国やキリスト教国出身者から特に日本のアニメを見たり日本のライトノベルを読んでそう質問するのだそうである。彼らにとってサタン・イブリース・ルシフェルというのは絶対悪です。ところが2009年の「魔王勇者」のヒットや「はたらく魔王さま!」のヒットで我が国の「魔王」キャラの立場は逆転してしまった。

 もちろん、世界に魔王信仰が無いわけじゃないんですよ?

 インドには光の魔王と呼ぶべきマハーバリ阿修羅王が居ます。ただし、彼の治世は飢えのない光あふれる3界となったというぐらいの王で出自が阿修羅族と言うだけで退治された悲劇の王です。ちなみにこの「マハーバリ」は「太陽神ヴィローチャナの子」という意味の「ヴァイローチャナ」という別名を持ってます。そうです。仏教では宇宙仏にして最高仏の大日如来である可能性が大です。ヒンズーは仏教を迫害したので夜叉系・羅刹系・阿修羅系といったかなりの数の魔神が逆に仏になっております。敵の敵は味方なのです。

しかし、そういう部分を差し引いても日本人の魔王礼賛は異常です。なぜなら仏教では元魔王=大日如来として信仰しているわけではないからです。

 マハーバリ(偉大なるバリ王)をたたえるためケーララ州にて特別祝祭日が設けられマハーバリが地底世界から帰ってくることを願うオーナム祭りが9月上旬ごろに開かれます。オナム・プーカラムというフラワーカーペットを作りマハーバリを迎えます。


 まあ、日本において『魔王=善』というのはここ10年の話でそれ以前は「悪役や魔王を倒してハッピーエンド」という終り方が普通ですから、やっぱそういう意味では日本は病んでると・・・思います?


 実は日本ほど魔王信仰が盛んな国は無いんです。もちろん、インド南端のケーララ州以上に熱心です。なお、「魔王信仰」は私の知る限りではインド南端と日本以外では見られない世界的にも珍しい信仰です。


 西日本の方にはなじみないのかもしれませんが東日本(北海道は除く)には「第六天神社」というものが数多く祭られています。第六天っていうのは単に天界の第6層つまり第六欲天の神様が居る場所と言う意味じゃありません。ここは天魔王が住む恐るべき場所で、つまり仏教における魔王がここに居るわけです。ブッダもこの魔王と戦い己の欲に勝ったわけで・・・。ただし、欲天がいないと食欲も無くなるわけですから死にます。だから人間にとって絶対に必要な神(仏)という複雑な魔王、それが第六天魔王です。別名他化自在天で仏です。


 したがって今の魔王礼賛文学は何のことはない、日本人が先祖帰りしただけなんだよって説明してください。なお『太平記』には天照と他化自在天(=第六天魔王)が互いに密約を結んで「この国を仏教国とせぬよう」第六天魔王が日本全国に欲望パワーをばら撒く許可を天照から頂くシーンがございます。替りに第六天魔王と第六天魔王の眷属が天皇家を守護するという密約です。それどころか神仏習合で第六天寺という仏教寺院まであちこち作られました。日本人は煩悩を断ち切るどころか煩悩の虜になったわけで第六天魔王の計画通りと言うわけです。密約のお礼として天照は第六天魔王から八尺瓊勾玉やさかにのまがたまをもらいます。なんという事でしょう。八尺瓊勾玉って三種の神器の1つじゃないですか。もっとも天照は大日如来と習合するので第六天魔王をひそかに裏切るのですが・・・。


 明治期に神仏分離され神社として統一され「第六天神社」になり、「淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神」という第六代兄弟神を祭ったりサルタヒコという事実上の天狗神に主神が置き換えられたので「現在の第六天神社には第六天魔王は祭られてはいない」と表向きはそういうことになってますがそもそも「淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神」自体が第六天魔王の化身なのでやっぱり第六天魔王を現代でも信仰していることに変わりがありません。

 「おまえら本当に仏教徒かよ?」という信じがたい信仰です。同じ他の仏教国つまりタイ、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナム、モンゴル人が聞いてもびっくりの信仰です。


 西日本では鞍馬(京都市)に奥ノ院魔王寺があります。牛若丸はここで修業したそうで。そう、天狗の王は日本では魔王です。特に大天狗は守護神でありながら天魔王でもあり国を揺るがす存在です。一番有名な天狗の天魔王は崇徳院でしょうか。鞍馬天狗の正式名称は「御法魔王尊」といい魔王像は美しい赤の羽を持った天狗の姿です。


 それによ~く思い出してください。

 信玄が「なんで比叡山を焼打ちにした?」と信長に書状送ったら信長は「うざいなあ」と思いながら『第六天魔王 信長』とだけ書いて信玄に送り返したというなかなか粋な答えをしたことがあったではないですか。信長=第六天魔王がここに誕生したわけです。


Q:「日本人はなぜ魔王を『善の存在』にしたがるの?」

A:「日本には第六天魔王や大天狗を信仰する魔王信仰があるからだ」

=「失楽園」について=

西洋文学に精通している方はミルトン著『失楽園』では魔王ルシファーが主人公で魔王ルシファーを美化しているぞ」とおっしゃる方もいるかもしれません。でもあの文学は「悪には悪の美がある」とか「悪に落ちるのには理由がある」という書き方で決して「魔王ルシファー=善」ではありません。『失楽園』はダークヒーロー物文学の誕生の瞬間でかつダークヒーロー物の金字塔とでもいうべき文学ですが、やっぱり魔王は悪なのです。とはいえ魔王主人公作品が近世に登場したのは特筆に値します。


=中華圏の魔王=

かの有名な4大奇書の1つ「水滸伝」は108の魔王の転生体が豪傑として活躍すると言う設定です。なので中国人は割と日本人の「魔王=善」という設定に理解は示してくれます。

しかも魔王と言っても「西遊記」に出る混世魔王や牛魔王のように本当に強いの?という魔王が多いので、中華圏での「魔王」という名称は段違いに格が低いことをご了承ください。また、孫悟空は2回牛魔王と義兄弟の契りを交わしています。つまり「魔王が親友や仲間になる」という世界で、これは現在の日本のライトノベルやゲームに多大な影響を及ぼしています。


=アイヌ神話の「魔王」=

同じ日本でもアイヌ神話の事実上の魔王「魔女ウエソヨマ」は西洋型の魔王です。この世を暗黒に染めようとする魔神の女王です。同じ日本国内でも北海道は全然違うぞということをご了承ください。暗黒の国の大王+魔女ウエソヨマ討伐後勇者オキクルミは雷神である父からもらった雷の魔剣で暗黒の国を12日間燃やして暗黒の国を消滅させたうえで、かつ暗黒の国にとらわれていた姫を救い出すというザ・勇者物語です。したがって同じ日本でも津軽海峡を境に「魔王」に対する感じ方は全然違っていたということになります。またこのお話からも分かる通り「東洋の魔王は割と人間に理解を示す」というのは誤解です。


=沖縄には逆に「魔王」が居ない!?=

琉球神道という宗教はかなり不思議でしてどうも祖霊神信仰が強くしかもあの世にに行くとニライカナイやオボツカグラという特殊な理想郷に行くと言う世界です。また事実上の魔女ともともいえるユタがおり祖霊と交信して託宣を行います。したがってアイヌ神話は西洋型の魔王討伐物語があるのに、沖縄にいたっては魔王自体が事実上居ない。西方に魔界があるとされるが、ほぼ存在感ゼロ。当然本州型の魔王も居ません。1200年ごろには沖縄に仏教も伝わっており、「第六天魔王」という存在も伝わっているはずなのに魔王信仰が見られない。魔王という存在がスルーされています。つまりアイヌ圏と真逆の信仰が成立したことになります。なんて穏やかな世界でしょう。神話世界では「(みんなどうせ楽園に行くんだし)なんとかなるさ!」という実に平和でポジティブな神話世界です。同じ日本でここまで違う。


=マヤ神話の魔王=

マヤ神話の魔王は12人が共同統治する魔王です。フン・カメー(「1の死」という意味の名)とヴクブ・カメー(「7の死」という意味の名)でこの2人が筆頭格の魔王です。残る10人の魔王が病・飢餓・恐怖・貧困・苦痛・死を地上にもたらす権利を持っています。10人の魔王は2人1組で地上に様々な恐怖と絶望と苦痛を与えます。が、偽物の生贄を受け取るようになってからシバルバーが没落し最後はかたき討ちに来た双子の兄弟勇者フン・フンアフプーとヴクブ・フンアフプーによって魔王らは抹殺されます。マヤ神話の魔王は基本的に西洋の魔王に近いですが2人が筆頭格として合計12人居ると言う点がポイントです。

また、この話からもそうですが中南米はカトリック圏なので日本における「魔王=善」という設定は理解しがたいようです。

なおシバルバーはまさに「魔王城のダンジョン」にふさわしい構造です。気になる方はググってください。


=韓国は?=

らんたの憶測でしかありませんが韓国はクリスチャンが50%近くも居る国なので、基本「魔王=善もありえる」という日本人の信仰には首をかしげると思います。この点が中華文化圏と大きく異なる点ではないでしょうか?なお、韓国はまもなくクリスチャンが過半数を突破しフィリピンに次いでアジアにおける2番目のキリスト教国になる見込みです。しかも、朝鮮=韓国神話には魔王が居ませんから理解は難しいでしょう。


=ブラック・アフリカ圏=

ングウォレカラ(コンゴ)という魔王がいるのがアフリカです。


=ギリシャ神話に魔王は居るの?=

結論から言います。居ません。ハーデスがいるって?あれは冥王ですし、むしろ味方ですよ。勝手に日本人がハーデスをラスボスにしたがるキャラですが仏教で言う閻魔大王みたいな存在でしかありません。よって欧州というのは本当はキリスト教が伝来するまでは(フィンランドを除き)『「魔王」という存在が居ない宗教世界で生きてきた人たち』だったのです。


=北欧神話に魔王は居るの?=

結論から言います。居ません。ロキがいるって?あれはトリックスターという存在です。まあ、最後は巨人族を従えて最終決戦に挑むのですが魔王か?と言ったらノーです。けっこうオーディンとつるんでいることありますし。


=ケルト神話に魔王は居るの?=

バロールは魔王に近いかなって思います。ただ一瞬とまではいかなくとも支配の時期は短期ですから一般的には「魔王」とは言わず「魔神バロール」と言われます。フォモール神族の王でダーナ神族から見たらたしかに魔王です。しかしケルト神話は来寇神話と呼ばれ新たな神族が移住しては古き神族を駆逐すると言う神話ですからバロールは「魔王」かといったらちょっと苦しいです。


=フィンランド神話に魔王は居るの?=

魔女ロウヒは事実上の魔王です。邪悪の国ポポヨラを支配しており太陽と月のない国です。現在のラップランドの事ではないかと言われております。サンポ戦争でポポヨラ側が敗北するとカレワラの大地に疫病を撒くべく魔女ロヴィアタルと魔女ロウヒが手を組みます。魔女ロヴィアタルはまず9つの疫病を生み落します。次に魔女ロウヒが9つの疫病を世に放ちます。カレワラの大地に住む民はこの疫病をサウナで治療し撃退します。だから今のフィンランドはサウナ大国なんだそうな。策が次々失敗すると魔女ロウヒはカレワラの大地から太陽と月を奪います。闇の世となったカレワラの大地は魔女ロウヒの勝利に見えました。しかし最後は勇者にして魔法剣士とも言えるレミンカイネンに魔女ロウヒは討たれ、ポポヨラは制圧されます。この話からも分かる通りフィンランド神話は「ザ・RPG」ですが知名度がギリシャ神話・北欧神話に比べて格段に低いのです。かつて非一神教圏だった欧州でこれほどまでの魔王キャラがいるのはフィンランドだけです。


=東欧神話に魔王は居るの?=

結論から言います。居ません。それどころか上級の悪魔や邪神と呼ばれる存在すら見当たりません。下級の悪霊に近い神ならおりますが・・・。それはそれで変わった神話ですよね。


=インド神話の羅刹王ラーヴァナは「ザ・魔王」=

こればかりは叙事詩『ラーマーヤナ』をお読みいただくことをお勧めいたします(ダイジェスト版でもかまいません)。逆にいかにアスラ王マハーバリが偉大かということがわかります。そもそもなんでマハーバリは3界を侵略したのでしょう。それは「阿修羅族とデーヴァ族の延々と続く対立を防ぐには人間界を幸福にし、かつ光あふれる世界にするべきだ。人間を味方に付ければデーヴァ族は力を失う」という結論に至った魔王なのです。ラーヴァナのように力には力でとなると退治されるということがマハーバリには分かっていたのでしょう。


=アステカ神話に魔王は居るの?=

結論から言います。居ません。ケツァルコアトルとテスカトリポカが世界を創造しては破壊するという世界です。なお、ケツァルコアトルとテスカトリポカは対立する神です。


=アボリジニ神話に魔王は居るの?=

結論から言います。居ません。また「悪霊の王」という存在も居ません。


=エジプト神話に魔王は居るの?=

結論から言います。居ません。セトは邪神ですが魔王とまで行きません。統べてないから。


=旧約聖書の時代に魔王信仰はあったか?=

旧約時代のユダヤ人は何度もバアル神を信仰していたのですが、バアルを魔王として信仰していたわけではないでしょう。


=アンラ・マンユへの魔王信仰はあったか?=

結論から言います。ありません。


=古代メソポタミアにはかすかにあった魔王信仰=

実は熱病の病魔で魔王のパズズの奥さんがラマシュトウという悪魔なのですが胎内にいる子供を引きちぎって食うと言う悪魔です。要は多産多死社会の象徴なのですが、ラマシュトウを鎮めるのに夫である魔王パズズにお願いしてラマシュトウを止めてもらうと言う魔王信仰があったのです。ただし古代シュメール時代のお話。


=シューベルトの「魔王」は誤訳。本当は「妖精王」=

あれはデンマーク民話を題材としたのですが当然キリスト教の魔王なんかではありません。それどころか妖精王です。しかも「死んだらいいところだからおいで」と誘う友好的な妖精王です。つまり、この妖精王はこの子を一種の楽園に誘ってるわけです。「きれいなお花も咲いて黄金の衣装もある」ですから明らかに魔界や地獄ではありません。それどころか妖精王は「(部下の)娘が転生先の世界では君の生活を全部見ようぞ」とまで言ってます。まさにこのセリフは「異世界にようこそ!」で「なろう」作者なら「「ぜひ!」」とか言いそうな勢いです(笑)。

ところが日本人は「死神」や「妖精王」と訳さず「魔王」と訳してしまいました。ここにも日本人の魔王感が出ております。「Elfenkönig」は直訳すると「妖精王」です。したがって「日本人にとっては妖精王であっても死に誘う存在なら魔王みたいなもん」ということです。なお、歌詞の元になったのはゲーテの詩です。


いかがですか?諸外国と比べてもいかに日本人の魔王信仰は特殊かお分かりいただけたでしょうか?

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