WIRED VOL.35 DEEP TECH FOR THE EARTH WIRED VOL.35 DEEP TECH FOR THE EARTH

もはや人類は地球上の支配的なアクターではなくなる:デザイン理論家ベンジャミン・ブラットン、「ポストアントロポセン」の可能性を語る(後編)

アルゴリズムによる統治、人間排除区域、逆転する不気味の谷──デザイン理論家ベンジャミン・ブラットンがモスクワで教鞭を執るプログラム「The New Normal」では、この3つの急進的なテーマが研究されている。彼が2016年に提唱した「The Stack」という理論をひも解いた前編に続き、後編では3つのテーマと「ポストアントロポセン」の可能性について、スペキュラティヴ・ファッションデザイナーの川崎和也が訊いた(『WIRED』日本版VOL.35に掲載したインタヴューの完全版)。

ベンジャミン・ブラットンへの単独取材が終わったのち、Gallery IHAにて講演も行なわれた。

前編から続く>

The New Normalが探求する3つのテーマ

──あなたがStrelka Instituteでプログラムディレクターを担当しているThe New Normalでは、いくつかの研究テーマを設定していますよね。それについて教えていただけますか。

今年の研究テーマはAlgorithmic Gorvernance(アルゴリズムによる統治)、Inverse Uncanny Vally(逆転する不気味の谷)、Human Exclusion Zone(人間排除区域)の3つです。まず、Algorithmic Gorvernanceについて説明しましょう。それは、さまざまな文化的背景のなかで、自動化(Automation)とは何を意味するのかを問うことから始まりました。

また、わたしたちが考えている以上にテクノロジーと政治は密接に結びついています。テクノロジーには政治的な価値観があったり、政治がテクノロジーを監督するかもしれない状態になっています。だから、ガヴァナンスについて考える必要があります。

アルゴリズム・プラットフォームは、ガヴァナンスの一形態として機能します。その所有者は国家でもあり、私有のものもあり、両者が混合しているものもありえます。また、わたしたち自身を支配しているアルゴリズムをどうやって支配するか。そのためには、中央集権的か分散的か、国家か公共かという二項対立ではなくその組み合わせが重要になります。

わたしは以前、エストニア政府のデジタルアドヴァイザーを務めるMarten Kaevatsと話をしたのですが、エストニアではアルゴリズム賠償責任法(Kratt Laws)の制定の話が進められており、アルゴリズムによる統治の観点においてもユニークです。

──Inverse Uncanny Valleyについても教えてください。Uncanny Valley(不気味の谷)とは、ロボットが人間に近づけば近づくほど、ある閾値を超えると気持ち悪く感じるという現象のことですよね。それを逆転させるとは、どういうことでしょうか?

機械の眼を通して、あなた自身を見ることです。自分が思っているようには映らずに、ぞっとしてしまいます。自分が想像しているのとは違う姿で現れますから。Inverse Uncanny Valleyは、顔やカモフラージュ、コンピューターヴィジョンにまつわる問題です。重要なのは、このような視点により人間の認識をどう変えるのか?ということです。

浮かび上がってくることのひとつは、それが人間か非人間かという考え自体が間違っていること。人間とAIは常に混ざっており、融合しています。なぜなら、AIの背後には通常、人間または人間のトレーニングがあり、人間の背後には常に一連のテクノロジーがあるからです。

ベンジャミン・ブラットン|BENJAMIN BRATTON
デザイン理論家。カリフォルニア大学サンディエゴ校の視覚芸術学教授兼「The Center for Design and Geopolitics」ディレクター。ストレルカ・インスティチュートにて「The New Normal」ディレクターを務める。同校にて「地球のテラフォーミング」に関するプログラムを準備中。単著に『The Stack』、共著に『Dispute Plan to Prevent Future Luxury Constitution』など多数。

──なるほど。Inverse Uncanny Valleyは、機械の眼から人間を再解釈する営みなんですね。ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界」の概念を連想しました。

そうですね。マシンランドスケープのような概念とも関係しています。AIはときには自律的で、実用的な方法で共同研究者のようなものになるかもしれません。AIと協力して何かを行なうように。AIはあらゆる種類の知性の拡張になりうることを意味します。世界には、さまざまな知性が存在します。動物、人間、イルカ、カラス、タコ、野菜、ミネラルなど、知性はさまざまな形で存在します。そしてAIは共同研究する知性がどのようなものかは気にしません。人間以外の知能が人工知能をもつようになったという考えは、非常に面白いです。

──面白いです。

もう少し踏み込んで話せば、コンピューターやAIは、アフリカ大陸のある地域から採取した岩石でつくられ、中国で組み立てが行われ、石炭を燃やしたりロシアの天然ガスを圧縮したりして、それに電力が供給されます。すべては地政学的なプロセスであり、コンピュテーションは地政学的な事象なんです。では、そのAIを何に使うべきか。わたしたちの生命を存続させるために、この知性の爆発を気候変動のような差し迫った問題に対処するために使わなければなりません。

(写真右)聞き手を務めた、スペキュラティヴ・ファッションデザイナーの川崎和也。取材後に発売された編著『SPECULATIONS』にて、ベンジャミン・ブラットンが提唱した「The Stack」や「The New Normal」のプロジェクトを紹介している。川崎へのインタヴューはこちら

──なるほど。地球の資源を使ってAIをつくることが環境に負の影響を与えつつも、それ自体が気候変動に対応するツールにもなりうるということですね。Human Exclusion Zoneについても教えていただいてもいいですか。先ほど話されていたように福島第一原子力発電所のように人間が住めなくなった土地はそれにあたりますよね。

それだけではありません。「自動化」された機械にとって最も快適な環境は、工場の内部にあります。特に高度に自動化が進む工場では、人間とロボットは非常に分離されています。それは人間がKUKA[編註:ドイツの産業用ロボットメーカー]に斬首されるのを防ぐためであり、KUKAにプログラムされた動きが人間によって混乱させられるのを防ぐためです。動物園で虎を人から遠ざけるように、ロボットを飼育する仕組みになっています。

工場や農地は自動化の最もインテンシヴな形態のひとつですし、それはかなり普通なことです。しかし、それが都市規模で普及するにとれ、工場の論理はどのように都市に浸透し、Human Exclusion Zoneが出現するのか、を解き明かそうとしています。工場では移動させる箱を決め、箱を取り外して移動させますが都市はこれとどれほど近いのか。

この力学を小規模、中規模、大規模、超大規模と定義し、空間領域プログラミングの論理を適応しようとしても、この問題に関する重要な理論的研究は存在しません。その理由のひとつは、この種の建築の多くが本物の建築だとは考えられていないからです。かつての美術館建築などとは対照的に、単なる産業建築として片付けられていましたから。


 

工場における自動化の論理を、都市の規模に拡張してみましょう。2018年、米国のアリゾナ州でUberの自律走行車が、車道を横断しようとした歩行者に衝突する死亡事故がありました。これを防ぐために、都市での生活を「人々が行くことを許されている区画」と「クルマが行くことを許されている区画」に切り離すこともできるでしょう。都市の多くは人間の立ち入り禁止区域になり、残りの場所に人々が住むことになるのです。

より大きな規模で考えれば、Human Exclusion Zoneは都市の規模ではなく、国土の規模で考えられます。いくつか例を挙げましょう。SF作家のブルース・スターリングが提唱した「Involuntary park」という言葉があります。これは環境、経済、政治上の理由で、、人間の居住区が非意図的に野生の状態に戻ることを指しており、チェルノブイリや福島第一原発のような場所がそれに当たります。


 

また、生物学者のエドワード・オズボーン・ウィルソンは『Half Earth: Our Planet’s Fight For Life』にて「人類の文明が生きのびるためには、地球の半分を自然保護区にせよ」と主張しています。地球の半分が回復と再野生化に戻れるように、そのプロセスを慎重に行なう必要があると。それにより、進化が続き、野生動物のコリドーが続き、川の流域が回復するかもしれません。SF作家のキム・スタンリー・ロビンソンも『ガーディアン』誌への寄稿で同様の主張をしていますね。

つまり、人間の小さな居住区の外に自動化ゾーンがあり、さらにその外に自然がある状態です。これは極端な例ですが、人間排除区域を考えるときには、超高密度の巨大都市の倫理的必要性と、地球を回復させるための議論が必要になってきます。もしわたしたちが住む都市が自動化されたシステムに基づいたものだとしたら、人間が暮らすアパートの中のような場所以外の地球の半分は、Human Exclusion Zonesとなるでしょうね。

未来はキャンセルされていない

──あなたはThe New Normalにて「The Future Has Not Been Canceled(未来はキャンセルされていない)」というメッセージを掲げていますよね。なぜこの言葉を選んだんでしょう?

わたしたちは都市を非常に短期的な視野でデザインする傾向がありますよね。もっと長期的な視点で課題やさまざまな方法を見ていくべきです。

また、このメッセージは悲観的な物事の見方に対するレスポンスだったと思います。例えば、1960年代の文学を見ると、2000年や20世紀に対するアイデアは多く出てきます。2016年には、2100年のことについて悪いニュース以外の話は出てきません。

それはロシア未来主義にも関係していると思います。このオフィシャルな未来主義が長い間存在し、この共産主義の未来はかなり古びたものになっていたからです。そして、それはキャンセルされたばかりでした。だからこそ、このメッセージを掲げる必要があったのです。

──「中華未来思想」に対する、あなたの考えを聞かせてください。

中華未来思想にはいくつかの解釈があると思いますが、そのひとつは西洋が中国をみて、想像を膨らませていることです。それは自分自身に対する恐れを中国に投影し、それを逆側から観ていることであり、中国が西洋に取って代わるような未来を想像する行為です。しかし中国における中華未来思想と、SFとしての西洋が考える中華未来思想は関連性はあるにしろ、まったく同じものではありません。


 

──あなたは「ポストアントロポセン」という言葉を使いますよね。人類が地球環境に影響を与える時代を定義しようとする言葉を「アントロポセン(人新世)」と呼びますが、そのあとにやってくる世界はユートピアでしょうか、ディストピアでしょうか。

ユートピアでもディストピアでもなく、そのあらゆる範囲が可能だと思います。人間中心の時代であるアントロポセンは永遠に続くわけではありません。アントロポセンへの反応とは、できるだけ早くアントロポセンと呼ばれる時代から抜け出すことだと考えています。ポストアントロポセンとは、どのような状態であれど、人類がもはや地球上で支配的な地質学上のアクター(行為者)ではないという時代です。

しかし、人間が絶滅してAIゴキブリがあとを継ぐような状況だけではなく、さまざまな可能性が考えられます。人間がまだ認識可能なかたちで存在しているかもしれませんが、ほかの何かが支配的な種となり、地質学上のアクターになっているかもしれない。あるいは、人類は自分たちをもはや人間と認識していなく、異なるものに進化しているかもしれません。それもポストアントロポセンの可能性のひとつです。

──最後に、あなたが次に取り組むプロジェクトを教えてください。

The New Normalの次にわたしが取り組むのは「The Terraforming」というプロジェクトです。テラフォーミングという言葉は、人為的に惑星の環境を変化させ、人類の住める星に改造することを意味します。地球ではなく火星などの他の惑星への入植という意味で使われることが多いですが、わたしはテラフォーミングを異なる意味合いで使います。これまで地球は人間によってテラフォーミングされてきましたし、気候変動が深刻化して地球に住めなくなる土地が増えるなかで、再び地球をテラフォーミングするにはどうすればいいのか、を考えます。ロシアはロシア宇宙主義や宇宙開発の歴史がある土地です。このロシアで、テラフォーミングという言葉を使いながら、その未来を探るのです。

──ありがとうございます。あなたの話には希望をもらいました。

必要なものはすべて揃っているんです。問題は解決可能ですが、パースペクティヴや惑星規模での生化学の大きな転換が必要とされているのです。

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この地球を支える「惑星規模のコンピュテーション」とは何か?:『The Stack』提唱者ベンジャミン・ブラットンに訊く(前編)

デザイン理論家ベンジャミン・ブラットンは、惑星規模まで拡大したコンピュテーションにより地球のあらゆる事象は規定されるという概念「The Stack」を2016年に提唱した。デザインの対象が惑星規模まで拡大するなかで、加速度的に進化するテクノロジーはわたしたちをどこに連れて行くのか。フィールドトリップのために来日したブラットンに、スペキュラティヴ・ファッションデザイナーの川崎和也が訊いた。前編では「The Stack」の理論をひも解いていく(『WIRED』日本版VOL.35に掲載したインタヴューの完全版)。

PHOTOGRAPHS BY SHINTARO YOSHIMATSU
INTERVIEW BY KAZUYA KAWASAKI
TEXT BY KOTARO OKADA


ベンジャミン・ブラットン|BENJAMIN BRATTON
デザイン理論家。カリフォルニア大学サンディエゴ校の視覚芸術学教授兼「The Center for Design and Geopolitics」ディレクター。ストレルカ・インスティチュートにて「The New Normal」ディレクターを務める。同校にて「地球のテラフォーミング」に関するプログラムを準備中。単著に『The Stack』、共著に『Dispute Plan to Prevent Future Luxury Constitution』など多数。

地球に偶然にも出現した巨大システム「Stack」

──日本に来たのは、あなたが主宰するプログラム「The New Normal」のフィールドトリップのためですよね。Twitterに福島第一原子力発電所を訪れた様子をポストしているのを見ました。

Human Exclusion Zone(人間排除区域)を視察するために、福島第一原発に足を運びました。ほかにも日本科学未来館や首都圏外郭放水路にも行きましたね。

──あなたは2016年に『The Stack(スタック、「積層」の意)』を出版しました。この地球に「ユーザー/インターフェイス/アドレス/都市/クラウド/地球」という6つのレイヤーが多層的に重なったメガインフラストラクチャーが偶然にも出現したと書かれています。「The Stack」の概念について、もう少し詳しく教えていただけますか。

この本はふたつのアイデアで構成されています。ひとつは、惑星規模にまで拡大したコンピュテーション(計算装置)が伝統的な国家がもつ論理を歪め、新しい領土をつくり出していること。もうひとつは、惑星規模にまで拡大したコンピュテーションはさまざまな種類のコンピューティングの寄せ集めではなく、それ単体で回転していること。あなたがおっしゃったように、それは偶然生まれ、統合されたメガインフラストラクチャーなわけです。

例えば、地球のレイヤーでは、物理的な材料とエネルギー資源が情報コンピューティング技術の製造に使用されています。

クラウドレイヤーではプラットフォーム経済がヴァーチャルな地理(virtual geographies)をつくり出しています。ここでの「クラウド」はクラウドコンピューティング全般を指し、データセンター、情報チャネルなどのグローバルネットワークや、さまざまなグローバル・クラウドプラットフォームを構成するサービスなどが含まれます。

それぞれのプラットフォームは、伝統的な国家機能をもちながら、国境を越えて活動する準主権国家であるクラウド・ポリスのモデルを提案しています。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどのクラウドプラットフォームが国家の中核的な機能を吸収してしまうこともあれば、中国のようにそれに抵抗するケースも存在します。そこでは、国家とクラウドプラットフォーム間での主権をめぐる衝突が起きているわけです。GoogleのIDや「Google マップ」などは、国家をクラウドに溶解させています。クラウドが国家になり、国家がクラウドになり、この緊張関係が地政学的ドラマの原動力となっています。

都市のレイヤーでは、グローバルな都市ネットワークが物理的、情報的および生態学的インフラストラクチャーを組み合わせ、人々の移動と居住を位置づけています。

どのようなエンティティであっても、Stackのアーキテクチャーに参加するためには、アドレスが明確に示されなければなりません。アドレスレイヤーでは、大規模なユニヴァーサルインターネットアドレスシステム(IPv6)や、ユビキタスコンピューティング、IoTのためのプログラムを通じて、世の中のほとんどすべてのものの所在を特定可能な、オブジェクトのランドスケープを提案しています。

インターフェイスとは、ユーザーがStackにアクセスするための“膜“であり、Stackがユーザーにアクセスするための“膜“でもあります。特定のプラットフォームによって提供される一連のインターフェースは、ユーザーがどのようにStackを理解し、実行される可能性のあるアクションの範囲を規定します。

最後にユーザーのレイヤーでは、ユーザーがインターフェイスから地球へ、そしてその逆へと、上下のレイヤーで相互作用の連鎖を始める方法について説明しています。そこには人間に限らず、非人間のエージェントも存在します。

ユーザーは、いわば「ポジション」のようなもので、人間だけに限りません。この巨大メガインフラストラクチャーに作用するすべてがユーザーなのです。例えば、インターネットにおけるトラフィックの多くは機械によるものです。それゆえ、機械もユーザーと言えるでしょう。高速取引アルゴリズムから動物、植物、無機物、自律走行車まであらゆるものがユーザーとなりえます。「ユーザーセンタード・デザイン」というとき、わたしたちは人間のユーザーを想像しがちですが、人間や動物、植物、機械は独立しているわけではなく、すべてが織り交ぜられているのです。


 

──「偶然にも出現した」というのがポイントなのでしょうか。あなたはフランスの思想家ポール・ヴィリリオによる『速度と政治』の新装版の序文を書いていますよね。彼の有名な言葉に「技術文明は常に新しい事故を発明する」があります。

多くの場合、新しい技術の発明は、新しい種の事故の発明でもあると思います。自動車の発明は、自動車事故の発明である。電球の発明も停電の発明ですよね? これらの事故は、その発明の本来の意図よりも長期的な歴史的重要性と価値をもつかもしれない。アマゾンの倉庫に行き、その物流の“振り付け”(choregraphy)を見るのはとても難しく、大局的にはもっと複雑で奇妙なものだと思います。

──あなたが『The Stack』を出版してから約3年が経ちますが、どのような変化が見受けられますか?

Stackはひとつの巨大なグローバルシステムではなく、分割された状態にあります。中国版Stackがあり、北米版Stackがあり、EU版Stackがあります。この惑星の境界は、Stackのシステムと連動していますし、Stackが収集できるデータにより定義されます。

地政学的な問題で興味深いのは、米国による中心的な覇権主義や単極的なシステムから、より多極的な、異なる勢力圏が存在する状態へと移行していることです。

ある政権の地政学的影響力が、どのようなデータに基づき、どのようなデータを政府が収集することが許されているかという点ですね。例えば、米国版Stackは中国を除外してデータを収集し、そのモデルを作成します。その基盤となるのがAIであり、AIは今後の政治的、地政学的な戦略に必要な基盤なんです。

欧州では、一般データ保護規則(GDPR)や欧州モデルのデータ保護法に基づいて、このプラットフォームを構築し、市民の権利を保護するための基盤づくりを模索しています。しかし、データはさまざまなサーヴァーに存在し、EUには法的にヨーロッパ人ではない人々が大勢います。そこで問題となるのは、実際にEU版Stackのデータを構成するものは何かということ。こうした問題の複雑さは、欧州の政治をいらだたせ続けるでしょう。

地政学的観点からロシアに注目が集まる理由

(写真右)聞き手を務めたスペキュラティヴ・ファッションデザイナーの川崎和也。取材後に発売された編著『SPECULATIONS』にて、ベンジャミン・ブラットンが提唱した「The Stack」や「The New Normal」のプロジェクトを紹介している。川崎へのインタヴューはこちら

──あなたはモスクワを拠点とする研究機関ストレルカ・インスティチュートにて、スペキュラティヴ・アーバン・シンクタンクである「The New Normal」というプログラムのディレクターを務めていますよね。このプログラムについて教えてください。

ストレルカ・インスティチュートは今年で創立10周年を迎える研究機関で、モスクワの中央に位置するクレムリンから川を越えた向かいにあります。わたしが担当している教育プログラム「The Now Normal」は3年間のプログラムであり、今年が最終年です。毎年30名のリサーチャーが参加するのですが、その半分はデザインや建築畑出身の人々で、残り半分は哲学者やアーティスト、経済学者、テクノロジスト、映画監督と多様です。

このような構成の理由は、これまでの都市デザインの実践とは異なる成果を出したいからです。都市が人間という種にとって真の生息地になるにつれ、都市デザインは伝統的な都市計画だけにとどまらなくなりました。だからこそ、経済学や政治学、コンピューターサイエンスが重要になるんです。

わたしたちは現在23のプロジェクトを抱えています。この2年間で15のプロジェクトを終えましたが、建築物はつくっていません。ツールをつくり、プロトコルをつくり、架空の映画をつくり……宗教団体をデザインしたこともあります。


 

──あなたはカリフォルニア大学サンディエゴ校の教授も兼任していますよね。なぜロシアで教鞭を執ろうと考えたのですか?

わたしたちはロシアを拠点としているので、扱うプロジェクトはすべてロシアの文脈に置かれます。ロシアは東欧や西欧とのインターフェイスであり、米国の選挙にも影響を与えたと言われています。また、ロシアは太平洋からバルト海まで11のタイムゾーンにまたがっており、中露間の輪番制の場(rational space)としての地位を維持してきました。

また、ロシアは最大の天然ガス生産国のひとつです。気候変動が深刻になると、ロシア北部には住めるようになるエリアがあり、それは人間が住むことのできる最後の場所のひとつになります。歴史的に複雑で、とても魅力的で興味深い文化があるんです。

──なるほど。ロシアは気候変動の要因でもありながら、それが進んでいくとHuman Exclusion Zoneを人間の居住可能区域に変える可能性があるわけですね。

昨年、わたしたちは中国とロシアの関係を研究していたのですが、「一帯一路」として知られるプロジェクトは、特別なメガストラクチャーです。この構想における主要幹線道路の多くが旧ソヴィエト連邦諸国を通っていますし、そこには道路、空港、港、都市がたくさんあり、それらを結ぶノードも存在します。点線を描いて全部をひとつのものにまとめ上げれば、ベルトができます。これだけの規模のメガストラクチャーに対して国家による資源が投入されていることは、本当に興味深いことなのです。

わたしたちが行なったプロジェクトのひとつは、Seicheと呼ばれるものです。それは、ロシアとカザフスタンの国境にある中国・新疆ウイグル自治区のコルガスにまつわるものでした。一帯一路は中国西部からヨーロッパまで続いていますが、中国とカザフスタンの軌間は大きさが異なります。コルガスには奇妙な船渠があり、ここは世界で最も海から離れた場所です。列車が停車し、中国の列車から貨物を降ろし、ロシアの鉄道ゲージに乗せることでポーランドまで輸送します。

Siecheは、コルガスにおける輸送システムを規制する機関と、コルガスで活動する組織との間の情報交換に関する技術的・法的手続きの定義・管理を可能にするプラットフォームです。法的ワークフローとデータ・ワークフローの間にあるインターフェースとして機能し、同期化を促進し、新たな主権国家の動的ネットワークをマッピングします。

──いま中国とロシアの国境にまつわる話がありましたが、中国に対するあなたの考えも教えてください。「ハイパーコントロール社会」のような見方もありますよね。

米国と中国ではコントロールの問題は異なるものです。米国では、コントロールの問題は主にプラットフォームがすべてであり、このプラットフォームの経済は主に広告に基づいているという点に関係している。それはインセンティヴの関係で進化してきました。どんな生物も、食物がどこにあるかに関連して進化します。そして、大規模なプラットフォームでは、広告という収益がそれに当たるでしょう。

人々を憤慨させ怒りをもたせるようなソーシャルメディアのアルゴリズムもコントロールのひとつの形態です。わたしが非常に強い意見をもっているように感じさせるのも、コントロールの一形態だと思います。中国では、これとは別のかたちでコントロールが行われています。なぜなら、利益は必ずしも広告から得られるわけではなく、国から得たものでもあるからです。共産主義的に進化してきたんです。両方ともコントロールという観点で問題があります。

欧米では誤解があると思います。なぜなら、ソーシャルメディアの人々に対する有害な影響とは、人々が抑圧された結果ではなく、増幅された結果です。意見が過剰になっているんです。人々がいままで気にしていなかったことについても意見をもちます。なぜなら、そこから得られるお金があるからです。西洋のように人々の言論や心を開放し、個人の声をどんどん大きくしていくのがよいというわけではありませんから。

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