書評
『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)
宇宙に行かなくたって十分面白く生きられる
大金持ちが、タワーマンションの最上階に住んでいることを自慢げに語ったり、「宇宙に行きたい!」と言い始めたりするのを見て、「この人たち、毎日つまらなそうだな」と感じてしまう。今日はイマイチ面白くなかったけど、明日は面白くなるかもしれない。そんな可能性にかけて毎日をこなすためには、あそこまで大胆である必要はない。彼らはいつも無理をしている。
一方、この著者はちっとも無理をしない。だから、信用できる。大阪と東京を片道2000円台で結ぶ深夜バスに乗りながら、あれこれ考える。バスの隣席で男性が「パピコ」を食べ始めた。右手で1本目を食べ、左手で2本目を持っている。もしかしたら「1本いります?」と言われるのでは、と身構える。
生きるってこういうことだ。廃車になったバスの中でラーメン店を開いていると聞けば和歌山まで食べに行く。揉め事の原因になりがちな飲み会の「割り勘」を「唐揚げ何個食べた?」レベルまでやってみたらどうなるか。用のない駅で降りて歩いてみたら発見はあるのか。「としまえん」の入園料が払えない時にどう過ごせばいいのか……。
このご時世、誰からも期待されていないことをやり続けるのって、なかなか難しい。どんな情報でも行動でも「なるほど!」と頷く人がいる。ここに収められている29編には、そういう頷きが想定されていない。
特にやらなくてもいいことばかりやっている。野外に椅子を置き、座ってお酒を飲む「チェアリング」を提唱、「それまで何でもないように思っていた場所が、自分だけの特別なものに感じられる」そうだ。ありきたりな視点を外し、新たに視点を得る。それだけで、宇宙に行くより面白くなる。宇宙、行ったことないから知らないけど。
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