カジノを含む統合型リゾート事業(IR)に絡み、秋元司衆院議員(48)が収賄容疑で逮捕された。現職の国会議員が逮捕されるのは、実に10年ぶり。政界に切り込んだ東京地検特捜部に注目が集まっているが、トップである森本宏特捜部長とは、一体どんな人物なのだろうか――。

 NHK時代に司法キャップなどを務め、共著に『伝説の特捜検事が語る-平成重大事件の深層 』(中公新書ラクレ 2020年1月刊)もあるジャーナリスト・鎌田靖氏が、“エース中のエース”と言われる森本氏の人物像、捜査の特徴を書く。

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「また何かやっているんでしょう?」「いやいや、全く、何にもないですよ」

私の質問に対して、にこにこ笑いながら完全否定した相手は、東京地検・森本宏特捜部長。

 2019年11月22日、東京・有明で開かれた、元東京地検特捜部長、熊崎勝彦氏の喜寿を祝う華やかなパーティーの席上でのやり取りだ。この時が初対面だった。こんな時「実は○○疑惑を内偵してるんですよ」などと応える特捜検事はまずいない。逆に「こんな席で失礼だぞ」と怒る検事ならいる。「朗らかに応対してくれただけ良しとしよう。ホントのこと言うわけないし」と思いながら辞した。

 それから33日後、特捜部はIR事業をめぐって中国企業から賄賂を受け取った収賄の疑いで衆議院議員・秋元司容疑者を逮捕した。国会議員の逮捕は実に10年ぶりだ。


逮捕された秋元議員 ©共同通信社

政界・官界・財界のすべてに切り込む森本特捜

 17年9月に森本氏が特捜部長に就任してから、特捜部は大型事件を相次いで摘発している。日産のカルロス・ゴーン元会長の電撃的な逮捕。文部科学省をめぐる汚職事件では同省の局長を逮捕。そして今回の秋元議員の逮捕で特捜部は政界・官界・財界のすべてに切り込んだ形となった。特捜の捜査が注目され久々に存在意義を示している。その特捜部を率いる森本部長とはどんな人物なのか?

 岐阜県出身で1992年、検事に任官。特捜経験は10年近くに及ぶ。かつては特捜在籍10年という職人のような検事もいたが、最近ではほとんどいない。これまでに村上ファンド事件や福島県知事汚職事件を手掛け、副部長時代には医療法人「徳洲会」グループの公職選挙法違反事件の捜査を指揮した。また法務官僚としても有能で、重要ポストとされる法務省刑事課長を務めている。検事には二つの系統がある。事件捜査に力を発揮するタイプ(“現場派”といわれる)と法務行政に強いタイプ(法務省の旧本館がレンガ造りだったことから“赤レンガ派”といわれる)に分かれ、互いにけん制しあっているのだが、森本部長はどちらの能力も兼ね備えているとされる。だから役所内では「エース中のエース」とか「将来の検事総長候補」という高い評価を受けているのだ。

厳しい取り調べに当事者から批判も

 一方で厳しい取り調べを事件の当事者から批判されたこともある。2006年、特捜部に逮捕された元福島県知事の佐藤栄佐久氏はその著書で、弟を担当した森本検事の取り調べは過酷だったとしたうえで、森本検事から「知事は日本にとってよろしくない。いずれは抹殺する」などと言われたと記している。佐藤氏の著書のタイトルは「知事抹殺」(平凡社)である。

 では現役の司法記者たちの森本評はどうなのか。複数の記者によると「記者とはフランクに話をしてくれるし、記者との飲み会にも参加してくれる。仕事以外ではいい人だ。ただし、情報は全く得られない。また気に食わない記事が出るとむちゃくちゃ怒られる」ということのようだ。ちなみに森本部長はジョギングが趣味で、皇居を1周するときには、担当記者も一緒に走るそうだが、誰もついていけないらしい。

 2010年、大阪地検特捜部の検事が捜査で押収したフロッピーディスクの日付を改ざんしていたことが判明し、検事と上司が逮捕されるという前代未聞の事件が起きた。検察への不信は極度に高まり、特捜解体論さえ取り沙汰された。これ以降、特捜は目立った事件を手掛けていない。いわば崖っぷちに追い込まれた検察の最後の切り札が森本部長だったといっていい。持ち上げるつもりはないが、他に人材がいないのも事実だ。

特徴は「司法取引」を駆使した捜査

 その森本特捜を特徴づけるのが、司法取引を駆使した捜査だ。司法取引というのは、容疑者や被告が、他人の犯罪を明らかにする見返りに、検察官が起訴を見送ったり刑を軽くしたりできる制度で2018年6月に導入された。取調べの録音録画と引き換えに捜査側が得た“果実”ともいえる。導入翌月には、早くも司法取引を適応しタイの火力発電建設に絡んだ贈賄事件を摘発している。日産のゴーン元会長をめぐる事件でも適用したといわれる。日本の捜査機関で司法取引を駆使しているのはいまのところ森本特捜しかない。では今回の秋元議員の事件ではどうなのだろう。具体的な事実をつかんでいないので、あくまでも私の推測に過ぎないのだが、今回の事件でも司法取引が採用された可能性があるのではないか。

 実は12月中旬、司法取引の制度設計に深く関与した法務検察の元幹部とたまたま会食した。秋元議員の逮捕前だったので、特捜は、もはやバッジ(国会議員のことをいう)を摘発することはできないのではないかと話題にした。これに対して元幹部は次のように話した。

政界捜査の有力な武器となる秘書との司法取引

「司法取引というと、例えば大企業のトップや暴力団幹部の摘発につなげるためと言われます。確かにそうなんですが、実は法務検察の真の狙いは政治家の摘発なんです。政治家を捜査する場合、いつも壁となるのが秘書です。秘書は政治家を守らなければならないので、時にはウソもつく。政治家も秘書のせいにしてしまう。『秘書が秘書が』というやつですね。でも司法取引が秘書との間で成立したらどうでしょう。政界捜査の有力な武器となるはずです。政治家摘発が真の狙いだというと議員の先生方に反対されるので、当時はだまってましたが (笑)」

 目からうろこという感じだった。そんな狙いが司法取引にあったのだ。その2週間後に秋元議員は逮捕された。司法取引が、それも秘書との間であるのではと私が睨んでいるのはこんなことがあったからだ。秋元議員は300万円の賄賂を議員会館で受け取ったとされるが、普通いるはずの秘書がこの場面に登場してこないのも疑問だし、12月28日時点で秘書の逮捕者がいないのも不思議だ。真相はどうなのか。事件を直接担当する後輩の記者たちの取材に期待する。

伝説的な熊崎元特捜部長との“関係”

 冒頭紹介したパーティーの主役、元特捜部長の熊崎氏は、リクルート事件、金丸元副総裁巨額脱税事件、ゼネコン事件、第一勧銀事件、大蔵省汚職事件など数々の事件を手掛けたいわば伝説的な特捜検事だ。特捜部長時代は「熊崎軍団」とも呼ばれ、政界官界財界から恐れられた。その熊崎氏の母校岐阜県立益田高校(現在の益田清風高校)の後輩が森本部長なのだ。熊崎氏によると、高校の同窓生で司法試験に合格した1人目が熊崎氏で2人目が森本部長。そしてどちらも東京地検特捜部長になるというウソのようなめぐりあわせだ。司法修習生時代に弁護士希望だった森本部長を、熊崎氏は渋谷の飲み屋に呼び出して検察官志望に変えさせている。熊崎氏に秋元議員逮捕について感想を聞いた。

「久しぶりの政治家逮捕だが、とりあえずよくたどり着いたとは思う。ただ政治家1人の逮捕にとどまらず、さらに捜査を広げてIR事業が孕む構造的な問題に切り込んでほしい」

 熊崎氏はこう述べて、森本氏にエールを送った。結構ハードルは高い。

 熊崎氏は退官後、日本プロ野球コミッショナーを歴任した。だから喜寿を祝うパーティーにはプロ野球関係者も多数出席していた。その中に福岡ソフトバンクホークス取締役会長の王貞治氏もいた。野球少年だった私のあこがれの人である。記念撮影をお願いしたら気軽に応じてくれた。どうでもよいことだが……。

 政官財に切り込んだ森本特捜部長。捜査は越年して続く。熊崎氏が期待するように、構造的な問題を暴くことができるのか。他の政治家の逮捕はあるのか。王さんになぞらえれば、捜査の“三冠王”と語られる日が来るのだろうか。

(鎌田 靖)