人工的につくった「サイの角」は、密猟をなくすことができるのか?

一部の国で高値で取引され、密猟が問題になっているサイの角。この問題を解決するために、本物そっくりの模造品をつくる方法が開発された。原料はなんと、馬の毛だ。フェイクの角を流通させて本物の需要を減らす狙いもあるというが、どうやら話はそう簡単ではないらしい。

rhino horns

PAUL FLEET/GETTY IMAGES

模造品の経済学は単純である。リッチな人々は高級ブランドのバッグを買い、それほどリッチでない人々は偽物を選ぶ。両者とも同様に浅はかではあるが、これによって後者は予算が限られていることを世間に知らしめている。

高級ブランドは模造品を好まない。模造品は最終的な利益だけでなく、ブランドの価値まで毀損するからだ。こうした原則を、サイの角の取引に適用しようと試みている科学者たちがいる。本物だと思わせるような人工の代替品を生産し、市場に投入しようというのだ。

『Scientific Reports』に11月8日付で発表された論文では、馬の尾の毛からフェイクのサイの角を製造する方法が説明されている。研究者たちによるとこの方法は、これまでに試みられたいくつかの方法より簡単であるだけでなく、より本物らしい模造品を生産できるという。

フェイクで狙う市場の混乱

論文の共同執筆者であるオックスフォード大学の生物学教授フリッツ・ヴォーラスは、「非常に高価な商品があったとしても、優れた模造品によってその市場を飽和させることができれば、価格を下げざるをえなくなると経済学者たちは論じています」と語る。それによって密猟で得られる利益が減り、絶滅危惧種を救うことに役立つかもしれないというわけだ。「市場を混乱させることを期待しています」

批判がないわけではない。サイの角の取引を研究している保護団体などは、フェイクの代替品をつくることが絶滅危惧種の保護につながるとは考えにくく、かえって問題を悪化させる可能性があると主張している。

オックスフォード大学の研究チームは「本物らしさ」を追求した。つまり、バイヤーたちを“混乱”させることができれば、角を入手しようとする人々が安い商品で欲望を満足させたり、本物ではないものを買うことに用心深くなったりすることによって、そのうち角の価格破壊が起きると考えたのだ。

At left in images A and C, a cross section of a real rhino horn. Images B and D are the artificial horn made in the lab.

左側の画像AとCは、本物のサイの角の断面図(縦断面と横断面)。画像BとDは、研究所でつくった人工の角だ。PHOTOGRAPH BY SCIENTIFIC REPORTS

実はサイの角は「骨」でも「歯」でもない

サイの角は、骨でできているシカの角や、巨大な歯である象の牙のようには成長しない。鼻から伸びた毛でてきていて、皮脂腺からの分泌液で固くくっついている。今回の新しい手法では、サイに最も近い親戚である馬の毛が使われた。

馬の毛の表面は人間の毛と同様にうろこ状になっているが、サイの毛は滑らかだ。このため研究チームは、馬の毛の外側の粗い層を、臭化リチウムを使って化学的に溶かして除去した。続いて馬の毛を筒状に束ね、絹とセルロースからつくった物質を使って固めた。

「これを磨くと、サイの角に非常によく似た外観になります」と、ヴォーラスは言う。断面もよく似ているし、化学的分析や力学的分析でも同様だ。「つまり多くの点で、サイの角に似た物質ができたことになります」

ほとんど区別がつかないような模造品ができれば、保護論者たちは新しい市場をつくり、本物のサイの角の需要を減らすことができるのだろうか。

これは経済学で注意が必要な点だ。一部の保護論者は、偽物の角が本物の角の広告のような役目を果たすことになるのではないかと懸念している。世界自然保護基金(WWF)の取引監視ネットワークであるTRAFFICのシニアディレクターを務めるクローフォード・アランは、「市場の需要をさらに増加させ、新しい世代や特定層の消費者全体にまで取引を広げてしまう可能性があります」と指摘する。

Rhinoceros

CHRIS CLOR/GETTY IMAGES

リッチな人々は引き続き本物を欲しがる

サイの角が狙われる理由はふたつある。中国の伝統医学では、サイの角は発熱の治療に使われる(一部で言われているような媚薬としてではない)。ヴェトナムでも人気があり、どちらかと言えばステータスシンボルとして求められている。

「これらの市場のどちらにも、人工のサイの角のようなものが受け入れられる場所はありません」と、「セイヴ・ザ・ライノー・インターナショナル」の副事務長を務めるジョン・テイラーは指摘する。「アジアで活動している保護団体は、それが国際的な団体であるか、アジアを拠点とするものかにかかわらず需要の削減に取り組んでいて、サイの角を使わないように人々を教育する試みを行っています。医療目的なら、ほかの何かを使うことができます。ステータスシンボルであれば、やめるべきです」

この問題の核心は、先例がないという点だ。サイの角の完璧なレプリカをつくり、市場を飽和させて何が起きるかを見届けた人はこれまでひとりもいない。UAEのシャルジャ首長国にあるアメリカン大学シャルジャ校でサイの角の取引を研究している経済学者のエイドリアン・ロペスは、「われわれはまだ、人工の角が消費者にどのように認識される可能性があるか、つまり本物の角と同じように贅沢品としてみなされるかどうか、完全に理解している段階には達していません」と語っている。

a cross-section at top right and a lengthwise run at bottom right

サイの角が毛でできていることを示す断面図。右上は横断面、右下は縦断面。IMAGE AND PHOTOGRAPH BY JONATHAN KINGDON

模造が完璧であれば、市場に出回る本物のサイの角を完全に置き換えることは可能かもしれない。しかし、それが区別できる場合、超リッチな人々は本物を求めて、さらに高い金を払うだろう。

偽のデザイナーバッグの例に戻れば、自分たちが手に入れるものが偽物であることを十分に知りながら、模造品をステータスシンボルとして買う人々はいる。その一方で、リッチな人々は引き続き本物の商品を買う。つまり、フェイクのサイの角は、友人をだまして自分たちが超高級品を手に入れたと思わせるだけでいいと考える買い手たちにとっては魅力的かもしれないが、リッチな人々は引き続き本物を欲しがるのだ。

「偽のバッグが出回れば、市場の特定層では本物のバッグの需要が減るかもしれません。しかし、本物を手に入れるための金額を喜んで支払うという消費者は常に存在します」とロペスは言う。

真に取り組むべきこと

問題はまだある。国際法では、サイの角とみなされるものを流通させる行為は、それがたとえ本物でなくても違法となるのだ。「偽物が非常に素晴らしい出来栄えであれば、実際に密猟・密輸されるサイの角を摘発しようと努力する警察の仕事が、途方もなく困難になります」と、セイヴ・ザ・ライノー・インターナショナルのテイラーは語る。

論文を発表したヴォーラスは、フェイクのサイの角を開発する過程で多くの経済学者から意見を聞いたという。「保護主義者の人々は、『いや、それはサイにとって状況がさらに厳しくなるだけです』と言います」とヴォーラスは言う。「経済学者の意見は、この市場を何かで飽和させれば価値に影響を与え、価格は下がるだろうというものです。それによって本物の角がさらに貴重なものになるかもしれませんが、現状以上に貴重なものになるとは思えません」

この市場を攻撃したいと本当に思うなら、現場で取り組まなければならないとテイラーは言う。つまり、ソーシャルメディアを利用して教育を行い、サイの角に代わる持続可能な代替品を伝統医学の医師たちに広めてもらう。さらに、例えば中国とヴェトナム国境の両側で警備部隊と協力するなどして取引ルートを断つのだ。

変化は研究室から生まれるものではない、とテイラーは語る。「正直なところこの研究は、何が可能かについては真剣に考えているとしても、自分がやるべきかどうかについてはそれほど真剣に考えない事柄のひとつだとわたしは思っています」

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ようやく「本物の5G」が始まったが、普及の歩みは決して速くはない

米国の4大通信キャリアによる5Gサーヴィスが出揃った。理論上の最高通信速度が下りで10Gbpsにもなるとされる5Gだが、実際のところ提供エリアが限定されているか、速度が4Gより少し速い程度にすぎないことが多い。どうやら本格的な普及には、まだまだ時間がかかりそうだ。

TEXT BY KLINT FINLEY

WIRED(US)

cellphone

DAVID ZAITZ/GETTY IMAGES

第5世代移動通信(5G)の壮大な構想が、徐々に実現に近づきつつある。最終的には、最も速い家庭向けブロードバンド通信サーヴィスの10倍にも達する通信速度が実現するとされている。

通信大手のAT&Tが12月にロサンジェルス、サンフランシスコ、サンノゼを含む10都市で開始した新たな5Gサーヴィスの特筆すべき点は、実際には4Gの改良だった同社の先行サーヴィス「5G Evolution」とは異なり、今回は正式な5G規格に準拠している点だ。しかし現時点では、新サーヴィスの通信速度が「5G Evolution」相当であることをAT&Tは認めている。およそ158Mbpsという最高速度は、競合のTモバイルが提供する米国で最も高速な5Gサーヴィスと大差ない。

AT&Tの新サーヴィス開始により、米国の全4大キャリアが、少なくとも一部の消費者を対象に何らかの5Gサーヴィスを提供することになった。しかし、盛んに喧伝されてきた5Gへの期待を満たす実力には、これらのネットワークではほど遠いのが現状だろう。

というのも、いまのところ一般的な4Gのサーヴィスと比べても速度の向上がわずかである場合が多いからだ。それに一部のサーヴィスは最速の通信速度を提供しているものの、地域によってむらがある。その一方で、韓国やスイス、中国などでは、2019年内に高速ネットワークを全面的に提供開始することを目指し、順調に歩みを進めている。

異なる周波数帯域という問題

次世代の高速ワイヤレス通信である5Gは、理論上の最高速度が10Gbpsにもなる。グーグルが提供する「Google Fiber」の家庭用ブロードバンドサーヴィスの10倍の速度だ。

ところが、データ分析企業のOpenSignalが実施したテストによると、米国における現在の5Gのダウンロード速度は、最大でもおよそ1.8Gbpsにすぎない。これは世界一の速度ではあるが、一部の地域に限定されている。

速度の格差が大きい原因のひとつは、キャリアがそれぞれ異なる周波数帯域に基づいて5Gサーヴィスを提供しているからだ。米連邦通信委員会(FTC)は無線の周波数帯域を、低周波数帯、中周波数帯、高周波数帯の3つのカテゴリーに区分している。

低周波数帯はテレビ放送やモバイルデータ通信に利用されており、最も混雑していることから速度はいちばん遅い。高周波数帯は昔から用途の少ない周波数帯だが、未使用の帯域幅が大量に余っている。このうち「ミリ波」帯が最速の5Gサーヴィスに利用されている。

ただしミリ波の問題点として、信号の伝達距離が限られている。このため通信キャリアは、同じエリアをカヴァーするだけでも基地局の数を増やさなければならない。

これらの中間にあたるのが中周波数帯だ。帯域幅では高周波数帯に劣るが、中周波数帯には広範囲のエリアに対応しやすいというメリットがある。こうした利点にもかかわらず、米国では中周波数帯の5Gは普及が進んでいない。

確かに高速ではあるが……

このうち低周波数帯を利用するTモバイルは、米国の4大キャリアうち最も広いエリアで5Gを提供している。同社はニューヨークやロサンジェルスに加え、そのほか多くの地方を対象に5Gネットワークを提供しており、対象は国内人口の約60パーセントに相当する2億人に達すると謳っている。『WIRED』US版の調査によると、同社のサーヴィスはダウンロード実効速度が5M〜158Mbpsだった。

OpenSignalが今年発表したレポートによると、米国における4Gの平均速度は21.3Mbpsである。これを踏まえれば、158Mbpsという上限速度は魅力的ともいえる。ただし、Tモバイルの通信速度は4Gネットワークでも100Mbpsを超えることがある。同社の5Gサーヴィスは4Gサーヴィスと比べて、平均しておよそ20パーセント高速であるという。

もうひとつの問題点として、Tモバイルの5Gに対応するスマートフォンはわずか2機種にすぎず、しかも高価である。サムスンの「Galaxy Note 10+ 5G」の価格は1,300ドル(約14万3,000円)だが、5G非対応モデルは1,100ドル(約12万円)で販売されている。また、「OnePlus 7T Pro 5G McLaren Edition」は900ドル(約98,000円)だが、5Gに非対応の通常モデル「OnePlus 7 Pro」は700ドル(約77,000円)だ。

ちなみにアップル製品のファンは、いましばらくの辛抱が必要になる。同社が5G対応のiPhoneを発売するのは、来年以降と見られている。

各社とも提供エリアは限定的

ベライゾンの5Gサーヴィスは、高周波数帯のミリ波帯域を利用している。『WIRED』US版の調査では、同社の5Gはダウンロードの実効速度が600M〜1.5Gbpsだった。ただし利用できる地域は、シカゴのリンカーンパークエリアの大通りやニューヨークのブライアント・パーク周辺など、米国17都市のごく一部に限られる。

対応地域でも電波状態は悪く、屋内に入ると接続が途切れてしまう。それにベライゾンの5Gサーヴィスには新しい高価なスマートフォンが必要なうえ、月額10ドルの追加手数料が必要になる。同社には5Gを利用した家庭用ブロードバンドサーヴィスもあるが、提供エリアは数カ所に限られている。

なお、AT&Tの新サーヴィスは低周波数帯を利用する。同社は法人顧客限定で、ミリ波によるサーヴィスも数カ所で提供している。

スプリントは米国の大手キャリアで唯一、中周波数帯に基づく5Gサーヴィスを提供しており、調査によるとダウンロード実効速度は110M〜400Mbpsだった。利用可能な地域はニューヨーク、ロサンジェルス、シカゴなど数都市の一部エリアに限られているが、対応エリアマップによれば利用できる地域はベライゾンの5Gよりはるかに広い。同社は米国の人口のおよそ3パーセントに相当する1,100万人をカヴァーするとしている。

先行する韓国

通信キャリアによる中周波数帯の活用が依然として進まないのは、FTCが周波数帯域の割り当てに消極的だからだ。米国では中周波数帯の大部分が衛星通信事業者や軍事レーダーシステムによって使用されており、割り当てが進まない原因のひとつでもある。

だがFTCはいまになって、5G向けの中周波数帯域をオークションにかけることに躍起になっている。これに対し、中国と韓国が中周波数帯を5Gに転用する動きは素早かった。

コンサルティング企業Strategy Analyticsのフィル・ケンドールによると、韓国の通信キャリアは2019年内に人口の90パーセントをカヴァーすることを目指して順調に歩みを進めているという。

「これらのネットワークの平均ダウンロード速度は通常300M〜500Mbpsに達し、ピークダウンロード速度は800M〜900Mbpsにもなります」と、ケンドールは言う。ただしいまのところ、屋内におけるサーヴィスの品質は屋外に比べて大きく劣る。「屋内にも電波は届きますが、電波の強度は4Gに及びません。ダウンロード速度は大幅に低下することがあります」

Recon Analyticsのロジャー・エントナーによると、韓国では2〜3年以内に、地方も含めて全土が5Gの対応エリアになる。ただしエントナーが指摘する通り、韓国は比較的国土が狭い国だ。これはスイスも同様で、同国は2019年内にも人口のおよそ90パーセントをカヴァーする見込みであるという。

世界的な普及はまだ先

米国にとって5Gの“競争相手”と目される中国に関して言えば、5Gの展開が順調に進んでいるかどうかは微妙なところだ。新華社通信は10月、同国のモバイルキャリア3社が50都市を対象に5Gサーヴィスを開始したことを伝えている。しかし、対応エリアの広さや通信速度については明らかになっていない。

「これらの都市に対応エリアが点在しているのが実情だと思います」と、Strategy Analyticsのケンドールは言う。北京における通信速度が100M〜1.2Gbpsであると中国メディアが報じていることから、ネットワークには改善の余地があるとケンドールは指摘している。

数カ国で5Gが実現しても、世界的に普及するのはまだ先の話だ。世界中の多くの利用者はいまだに3G止まりであり、それどころかモバイルサーヴィスにアクセスできない人も依然として大勢いる。OpenSignalの予測では、2020年に入ってからも世界的には5Gより3Gの普及率が上回るという。

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