劇作家養成に関してはMFAを授与する修士課程があちこちに存在するのに、
ミュージカル創作はまだアカデミックな環境では認められていません。
伝統校には生徒が自主的にショウを書いて上演する慣わしがあるところも多いですが、
正規課程としては、ときどき作曲科で増加単位的に扱っているところや、
教授の中にミュージカルも書いている人が混じっている場合などに、
第二課題として認めてもらえる場合はあるようです。
ミュージカル作家養成の権威として認められているのは、
実質的には今のところNYに2つだけあります。
その草分けで現在も続いているのが、著作権管理団体であるBMIが主催する、
BMI Lehman Engel Musical Theatre Workshopです。
1961年に作曲家でブロードウェイの指揮者でもあったLehman Engelによって創始され、
彼が亡くなった後に一度存続の危機に陥りましたが、
Edward KlebanやAlan Menken、Maury Yestonなどの弟子達によって続けられ、
現在に至るまでもう半世紀近くも無料で作家を養成し続けています。
Klebanは、有名作家が多く出ていないと存続に難色を示すBMI側に、
『良い医者や法律家になるには10年かかる。
クリエイターにだってそれと同じだけの時間と才能を磨く機会が与えられるべきだ。
才能を支える責任感と知識を身に付けた時、必ず何かを成し遂げる。』と、
かつてEngelが言っていたという言葉を引用して、最終的に説得に成功したそうです。
Lyricist(作詞家)/Composer(作曲家)クラスと、
Librettist(台本作家)クラスとがあって、2年の間、
それぞれ週に1回、約9ヶ月間に渡って、
講義と実技課題のクリニックを中心にしたセミナーがあります。
ソングライティングクラスに関しては、
1年次は指定課題ごとにパートナーを換えて曲を発表し、
年度の終わりには仕上げとして10分ミュージカルを書きます。
2年次には自分でパートナーも題材も選んで、
長編ミュージカルに挑戦していくことになります。
これとは別に、Advanced Workshopというものもあって、
こちらはプロが実際に開発中のミュージカルをメンバーの前で披露して、
色んな意見を吸収するための場となっています。
養成クラスの卒業時にオーディションがあって、
委員会が資格有りと認めた人の中から、
なおかつ参加意思のある人だけ入れてもらえます。
特徴としては、参加者の年齢層はバラバラ、職業も出身もバラバラということと、
教育方針として伝統と歴史から学ぶ姿勢が強いことでしょうか。
ヒットメイカーを養成するというよりも、Engelの言葉どおり、
確かな知識と技術を持った作家を養成することが目標で、
ブロードウェイヒットは持たないながらも、
海外からは様子が見えにくい国内ミュージカルシーンを支える、
腕の良い中堅作家が非常にたくさんいます。
ワークショップ出身のソングライターチームで、若い世代の代表格は、
Lynn Ahrens and Stephen Flaherty(Ragtime, Seussical, Once on This Island)、
Robert Lopez and Jeff Marx(Avenue Q)でしょうか。
作風から意外な感じもしますが、Michael John LaChiusaも出身です。
もう片方の権威となっているのは、
全米で唯一ミュージカル創作に対してMFA(専門人文修士)を出している、
NYU Tisch Schoolの大学院にある、
Musical Theatre Writingプログラムです。
教授陣は全体的に若い世代が多く、理念的にはどちらかといえば、
伝統にとらわれないミュージカルづくりを目指しているようです。
William FinnやMichael John LaChiusa、Rachel Sheikinなども教えているので、
名前にピンとくる人には何となく雰囲気が分かるかもしれません。
修士課程は2年制で、それぞれ台本・作詞・作曲の生徒を募集してます。
1年次と2年次の最終目標に関してはBMIと同じです。
まだ誰もが知っているという卒業生は居ませんが、
近年ではLittle Womenの作詞家Mindi Dickstein、
Wickedの脚本家Winnie Holtzmanなどがブロードウェイ作品に参加しています。
新作のリーディングやフェスティヴァル、グラント(作品援助資金)などでは、
BMIメンバーに負けず劣らず出身者の名を見かけることは多いです。
某雑誌で教授のPolly Penが指導について語っているのを読んだことがありますが、
部屋に閉じこもって何とかアイデアを捻り出そうと苦しむ生徒達が多いので、
メト美術館へ行って気に入った作品について曲を書けという課題を与えるそうです。
元々は、どこからインスピレーションが得られるか分からないから、
常に頭を柔らかくして発想することの大切さを教える方法は無いかと始めたそうで、
生徒達は最初キョトンとするものの、みんな夢中になってしまうとか。
僕は説明会に行ったことがあるだけですが、20代半ばの生徒が多いせいか、
若い教授陣も含めて和気あいあいという感じでした。
毎年韓国からの留学生が何人か入学しているようです。
何といっても専門学位が与えられるのが強みでしょう。
ただし、授業料はかなりのものです。
NYを除いた地域に関して、僕が知っている限りでは、
LAとChicagoにBMI出身者が同様の養成機関を主催しているとのことです。
スポンサーが違うので、無料ではありません。
その他にも、全米初の著作権団体であるASCAPでは、作家養成というよりは、
提出作品に対してクリニックを行う夏季ワークショップを、
また、作家協会であるDramatists Guildでも、Fellowshipという形で、
期間毎に何組かの若手作家を選んでプロ作家とのセッションを行っています。
もちろん、これらの養成機関を経ずに作家として成功していく人達もたくさん居ますし、
学校へ行ってもずっとベンチを温めているタイプの人が居るのは世の常なのですが、
先達の知恵や技術を伝授してもらうだけでなく、人脈やチャンスを広げることもでき、
何よりも作家コミュニティというものに迎え入れてもらう最初のきっかけとして、
毎年たくさんの人がその扉を叩いています。