がん体験者の栄養と運動のガイドライン
更新・確認日:2013年10月11日 [
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1.はじめに
がんになり、初期の治療が一段落した後、がん体験者と家族の方々は、「どのような食事や生活をすればよいか」という問題に直面します。さまざまな情報がはんらんしているので、戸惑われることもあるでしょう。どうすればよいでしょうか?
ひとつの手がかりとして、米国対がん協会(American Cancer Society)が2012年に公表した、「がんサバイバーのための栄養と運動のガイドライン」第4版があります。
ここでは、米国対がん協会が専門委員会を組織し、がん体験者の食事と運動に関する最新の研究を調べてまとめた上で、がんの治療後の生活について助言をしています。このガイドラインは、米国のがん体験者を念頭において作られていますが、日本のがん体験者と家族の方々にも、参考になる部分が多いでしょう。
2.米国対がん協会2012年ガイドラインのまとめ
ガイドラインの結論部分を、以下に示します。
●がんサバイバーの栄養と運動に関する米国対がん協会2012年ガイドライン
健康的な体重へ減量し、その体重を維持しましょう。
- 過体重や肥満の場合は、高カロリーの食物や飲料を制限し、減量するために運動量を増やしましょう。
定期的に運動しましょう。
- 運動不足を避けましょう。そして、診断後もなるべく早く通常の日常生活を取り戻しましょう。
- 1週間に150分以上運動することを目標としましょう。
- 1週間のうち2日以上は筋力トレーニングを運動の中に含めましょう。
野菜、果物、全粒穀物を多く含む食事パターンにしましょう。
- 「がん予防のための栄養と運動に関する米国対がん協会ガイドライン」に従いましょう。
CA. Cancer. J. Clin. 2012; 62(4): 242-74
最後に出てくる、「がん予防のための栄養と運動に関する米国対がん協会ガイドライン」は、「がん体験者」ではなく、「健康な人」が、がんになるのを予防するためのガイドラインです。その抜粋を以下に示します。
●がん予防のための栄養と運動に関する米国対がん協会ガイドライン(抜粋)
生涯を通じて、健康体重を達成し維持しましょう。
- 生涯を通じて、やせにならない範囲で、できるだけ体重を少なくしましょう。
- すべての年代で、過剰な体重増加を避けましょう。過体重や肥満の人にとって少しの体重減少であっても、健康に有益であり、よいきっかけとなります。
- 健康体重を維持するために、定期的に運動し、高カロリーの食物や飲み物の摂取を制限しましょう。
運動をしましょう。
- 成人:一週間に中等度の運動を150分間、または、強度の運動を75分間(または両者の組み合わせ)を、できれば一週間を通して偏らないように行いましょう。
- 小児と青少年:毎日、中等度または強度の運動を1時間以上行い、強度の運動を一週間に3日以上行いましょう。
- 椅子に座る、寝転ぶ、テレビを観る、映画やコンピュータなどの画面を見る娯楽などの、非活動的な行動を少なくしましょう。
- 普段の運動量が高い場合でも低い場合でも、普段以上の運動を行うことは、健康上多くの利益につながります。
植物性の食物に重点を置いた、健康的な食事をとりましょう。
- 食物と飲み物を選ぶ際には、健康体重を達成し維持するために必要な量にしましょう。
- 加工肉*1や赤肉*2の摂取を少なくしましょう。
- 毎日2.5盛り*3以上の野菜と2.5盛り以上の果物を食べましょう。
- 精製穀物製品*4の代わりに全粒穀物*5を選びましょう。
飲酒する場合は、量を制限しましょう。
- 女性は1日1ドリンク*6、男性は1日2ドリンクを限度としましょう。
CA. Cancer. J. Clin. 2012; 62: 30-67
*1 加工肉:ベーコン・ハム・ソーセージなど。 |
*2 赤肉(red meat): |
牛肉や豚肉など。鶏肉は含まない。 |
*3 盛り(serving): |
「1盛り」の例として、1個の新鮮な果物(中位の大きさのリンゴなど)、1カップの生の葉物野菜、1/2カップの調理野菜など。1カップは250ml相当。 |
*4 精製穀物製品:白米、白パンなど。 |
*5 全粒穀物:玄米、黒パンなど。 |
*6 ドリンク(drink): |
「1ドリンク」はアルコール約10〜15gに相当。日本酒1合のアルコールは約22g。2ドリンクは、日本酒なら約1合に相当。 |
3.がん体験者の食事についての研究状況
ガイドラインが勧める食事についての内容は、いたってシンプルです。特定の食事療法、サプリメント、健康食品などは勧められていません。
その一方で、「がんの治癒」をうたった健康食品の広告などを、多く見かけます。このようにはんらんしている情報と、ガイドラインが勧める食事についてのシンプルな内容には、大きなギャップがあります。なぜでしょうか?
その背景には、次のような事情があります。
がん体験者に対する食事療法、サプリメント、健康食品は、古くから存在しています。しかしながら、実際に科学的方法を用いた本格的な研究が報告されるようになったのは2000年代後半になってからであり、つい最近のことです。そして、現時点においては、がんの再発率や生存率を改善することが科学的に十分確認された、食事療法、サプリメント、健康食品は存在していません。
ここでの「科学的に十分確認された」とは、「複数の臨床試験(ランダム化比較試験)の総合評価(システマティック・レビュー)により、再発率や生存率を改善することが示された」という意味です。
がん体験者の食事療法の分野で、もっとも研究が進んでいるのは、「低脂肪食により、早期乳がん体験者の再発リスクが下がる」という仮説です。アメリカで大規模な臨床試験が2件行われ、その結果が報告されています。
1つの研究では、低脂肪食による再発リスクの低下がみられました(Chlebowski R. T. et al.; J Natl. Cancer. Inst. 2006; 98(24): 1767-76.)。この研究は、「女性の栄養介入試験(Women's Intervention Nutrition Study)」、頭文字をとって「WINS試験」と呼ばれています。具体的には、術後の早期乳がん患者2,437人を、ランダムな(作為的でない)方法により、食事療法群(総カロリーに占める脂肪の比率が15%未満になるようめざした低脂肪食の群)と比較群(一般的な食事指導をする群)の2グループに分けました。平均5年の追跡調査を行い、乳がんの再発率は食事療法群(9.8%)が比較群(12.4%)より低く、食事療法群の再発リスクが24%低くなるという結果でした。
ところが、もう1つの研究では、低脂肪食による再発リスクの低下はみられませんでした(Pierce J. P. et al.; JAMA 2007; 298(3): 289-98.)。この研究は、「女性の健康的な食事と生活のランダム化試験(The Women's Healthy Eating and Living Randomized Trial)、頭文字をとって「WHEL試験」と呼ばれています。具体的には、術後早期乳がん患者3,088人を、食事療法群(野菜・果物・食物繊維を増やし、総カロリーに占める脂肪の比率を15〜20%に減らすようめざした群)と比較群(食生活に関するパンフレットを配布した群)の2グループにランダムな方法で分けて行いました。平均7.3年の追跡調査で、乳がんの再発率は食事療法群(16.7%)と比較群(16.9%)で差がありませんでした。
2件の臨床試験の結果は一致しませんでした。そのため現時点では、「低脂肪食により、早期乳がん体験者の再発リスクが下がる」という仮説は、「有望」かも知れないけれども、「科学的に十分確認された」とはいえません。
「早期乳がん体験者の低脂肪食の有用性」以外においては、がん体験者に対する食事療法、サプリメント、健康食品について、ここまで研究が進んでいるものはありません。そのため、米国対がん協会のガイドラインでは、特定の食事療法、サプリメント、健康食品を勧めず、「健康体重の維持」「定期的な運動」「野菜、果物、全粒穀物が多い食事」という、シンプルな生活習慣を勧めているのです。
4.ガイドラインの活用法
がん体験者の方々は、ガイドラインを参考に、生活習慣を見直し、できることから取り入れていくのがよいでしょう。ガイドラインの内容は、がんに限らず、心臓病・脳卒中・糖尿病などの予防にも役立ちます。
半面、ガイドラインが勧めていない内容で、極端な制限を要求する食事療法や、法外に高価な健康食品を利用することについては、慎重に考えた方がよいでしょう。
また、有用性が確認されている通常の治療(手術・放射線・抗がん剤など)があるにもかかわらず、それらを受けずに、食事療法、サプリメント、健康食品だけでがんを治そうとするのは、危険な選択と考えるべきでしょう。
5.おわりに
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