■国民祭典と渋谷ハロウィーン、2つの”にわか”のための空間
去る(2019年)11月9日、「国民祭典」にて、3万人の前で嵐が奉祝の歌を披露した。場所は、皇居前広場である。一週間と少し前に懸案だったハロウィーンの日があった。その舞台は渋谷駅前のスクランブル交差点。少数の逮捕者が出たとは言え、2018年のような大きな騒動にはならなかった。年々、暴動寸前、犯罪の横行といったネガティブな方向での話題を振りまいてきた渋谷ハロウィーンも峠を越えたという見方もできそうだ。
国民祭典に渋谷ハロウィーン。2019年の10月末から11月上旬にかけて多くの人々が都心のスペースを埋め尽くす”祭典”が相次いだ。集まる人の性質がどういうものであれ、2020年の東京オリンピックのリハーサルだったと捉えることができる。大勢の人出に備えたテロ対策など警備のシミュレーションという意味ではない。都市空間に人々があふれるイメージ、一時的に広場化するイメージを、都市住民たちが身をもって体験できたことの意味が大きい。
皇居前広場は、ふつうの”広場”ではない。ここに普段、人が集まることはない。『皇居前広場』なる本を書いた原武史によると「まるで誰もいないことがはじめから予定されていたかのような静けさが、常に広がっている」のが”皇居前広場”だという。戦後すぐ、ここは集会やデモの場所だった。だが、いつしか人のいない場所になった。ほぼ10年おきに特別な催しが開かれるときだけ”にわか”に広場となり、3万からの人が集まるのである。
今回、気になったのは、広場に大型ビジョンがあったことである。イベントでは、その場に来た人々が、その場での連帯や興奮を共有する。だが昨今は、同時にそれをビジョンで視聴するということが、当たり前になっている(2009年の即位20年の祭典でもビジョンはすでにあった)。パブリックビューイング。W杯やオリンピックなどの大規模なスポーツの大会では、スタジアム周辺や街中に巨大ビジョンを設置するのが定着した。イベントに参加しながら、同時にビジョンを通しての視聴者にもなる。これは「テレビ受像機が家庭に普及する過程で失われた集団視聴という現象を、擬似的に再生している」(飯田豊・立石祥子『現代メディア・イベント論』)ものでもある。
つまり、かつてスポーツイベントは、スタジアムの内側、またはそれを中継する家庭のテレビの前で盛り上がるものでしかなかった。しかし、いまは集団視聴という体験が加えられた(厳密には復活した)のだ。パブリックビューイングが今のようなものとして定着するきっかけは、2002年(日韓)、2006年(ドイツ)のサッカーW杯と言われる。2002年は、屋内でのパブリックビューイング開催がメインだったが、ドイツはドイツ中の街中でそれが行われた。「サッカーそのものに興味を持たない人々を巻き込んだ一大ムーブメント」(立石)としてこれが仕掛けられ、街の広場などに大型ビジョンが設置された。これは、2002年の東京が体験したものとは規模が違うし、その後、世界中の都市にこの手法は、広まった。スタジアムや家庭の中に留まっていたイベントの連帯や興奮が、その外側に広がる公共空間(都市、または広場)にはみ出していったのである。スポーツイベントを街全体で楽しむことが可能になったのは、まだ最近のことだ。この10年でもっとも大きな都市のイノベーションは、この大型ビジョンがもたらしたものと言えるだろう。
■都市の中の一時的な”広場”
天皇を研究する原武史によると、かつて天皇は、鉄道に乗って日本中を回ったという。国民は、沿線の空き地に集まり、その姿をちらっと見る。それで日本という国の国民である実感を得る。つまり天皇とは、連帯や興奮を人々が共有するスポーツイベントに似た存在だった。それは基本的には変わっていない。今回2019年の「国民祭典」では、広場でビジョンを介し、国民の間で連帯や興奮が共有された。もちろん、多くの人々は、それをメディア報道という形で家で見るわけなのだが。
一方、渋谷の駅前スクランブル交差点。こちらもサッカーの日本代表戦や年越しのカウントダウン、さらにはハロウィーンなど、特定のタイミングでイベントの場になる。社会学者の南後由和は「普段は何もない交差点が、若者たちによって新たな使い方を発見され、一時的に『広場化』」(『商業空間は何の夢を見たか』)する場所だと指摘する。普段は交差点だが、ときにここは広場になる。それを称して昭和女子大学准教授の田村圭介は「四十五秒間の広場」と表現した。45秒間とは、信号が青に切り替わっている時間のこと。信号が切り替わる度に断続的に人があふれ、消えていく。
渋谷のスクランブル交差点で行われているのは、パブリックビューイングではない(サッカーの代表戦の時も、この辺りのディスプレーが試合の様子を流すことはない)が、その登場以降、公共空間にイベントがはみ出していった街のあり方が、ここでも踏襲されているのは間違いない。ハロウィーンをおかしな連中の狂った行動と見るのは間違いなのだ。東京でもパブリックビューイングの定着以降、大型ビジョンがもたらした都市のイノベーションの影響をうけつつある。こうしたにぎわいは、定常化するだろう。なんならここでパブリックビューイングをやればいいのでは?
いっそのこと渋谷の駅前スクランブル交差点を常設の広場にしてしまうのはどうだろう? 想定しているのは、ニューヨークのタイムズスクエアである。この件については、都市計画の専門家である泉山塁威さんに、ニューヨークのタイムズスクエアと渋谷のスクランブル交差点の違いに関して意見を聞いてみた。
「集まる人の規模はともかく、イベントで人が集まって”広場化”するところは似ていますよね。でも基本的には似て非なるものだと思います。渋谷は交差点ですけど、タイムズスクエアは実際の広場なんです」
タイムズスクエアが広場であるというのは、比喩ではない。実際に、ニューヨークは、ブロードウェイと7番街が交差するタイムズスクエアの車道を歩道に変え、恒常的な広場にしたのだ。かなり思い切った都市再開発だが、広場化が完成したのは、2016年のことだからつい最近のこと。これはマイケル・ブルームバーグ市長時代に市長の肝いりで進められたもの。ジャネット・サディク・カーンという元交通局長がこれを担当し、何年かかけた社会実験を行い、広場化を進めたのだという。泉山さんは、このカーン氏にも直接取材を試みている。
この広場化に代表されるように、都市中心市街地にある自動車のための場所を歩行者に取り戻す流れは、今の都市計画の潮流である。渋谷の駅前が東京随一の観光名所になってるのは、ここが東京で随一の歩行者の多い場所だから。周囲に放射状の坂道が広がるすり鉢の底に渋谷の駅がある。そこに人が集中するのは、地形的な問題。むしろそこに車道が通っていることのほうがバランスが悪いと考えるべきなのではないか。それが仮に幹線道路だとしても、これを取っ払って何の問題があるだろう?
■パーキングデーという都心の小さな革命
実は、渋谷区において歩行者を優先したまちづくりの計画は実際に存在するという。泉山さんの誘いでとある取り組みを取材することになった。ハロウィーンからさかのぼること約40日。2019年9月20日に開催された渋谷・宮益坂でパーキングデー=Park(ing) Dayのイベントだ。このイベントを主催したのは、渋谷宮益商店街振興組合と泉山さんが共同代表を務める一般社団法人「ソトノバ」である。
これは、路上のパーキングスペースを小さな公園に変えるという試みで、今回実施された場所は、宮益坂中腹にある車道の両脇レーンの一部分である。普段は白線が引かれたレーン脇のパーキングスペースなのだが、この日はクルマの流れを止め、人工芝が敷かれ、歩行者に開放されていた。
宮益坂は、人工芝の上にさまざまなタイプの椅子やテーブルが並べられていた。人々がそこで近所で買ったコーヒーを飲んだり、軽食を食べたりしている。公園といえば、禁止事項がたくさん書かれた看板が掲げられるものだが、意図的にそれはない。ここにも実験的な趣旨がある。
「特に何を禁止というのは言わないようにしてます。例えば、お酒禁止とも書いてはないんですよね。あれこれ制限付けないほうが、何が公共なのか、各自が考えるんじゃないですかという趣旨でもあります」と泉山さん。
「はじまりは、ベンチを置いて、友だちを呼んだ。それだけ」というのがパーキングデーの始まりだったという。カリフォルニア大学バークレー校の学生がまず軽いノリでゲリラ的に駐車スペースを占拠し、公園として利用した。それが2005年のこと。そこでの駐車スペース=Parking、を公園=Parkに変えてしまうという思いつきは、世界中から賛同の声を集めた。2005年のことだ。この手法がマニュアル化され、9月の第3金曜日におこなうことが定番化。やがて世界中の都市に広がるムーブメントになっていった。小さな路上のコインパーキングのスペースが公園になる。ほんの小さな見た目の変化だが、道路行政という視点から見れば、これも大きなイノベーションだ。
このパーキングデーは、渋谷区の「歩行空間確保や道路空間充実に向けた取り組み」というまちづくりのコンセプトに沿った取組みなのだという。つまり、車道が歩道になるというまちづくりは、すでに前に進み始めている。
ちなみに、こうした社会実験、歩行者優先のまちづくりには、渋谷区長の長谷部健本人が強く関心をいだいているという。渋谷区の公共空間の利用と社会実験について知りたいという要望を伝えたところ、直接長谷部区長にインタビューする機会を得ることができた。
■渋谷に新たに目抜き通りをつくる
そもそもパーキングデーの試みは、長谷部区長自身が、関心を持って取り組んでいることなのかと聞くと「もちろんです」と間髪入れず返事が返ってくる。「取り組みについては、区の指針とも連動していますよ」と。それは失礼しました。ではその指針とはなにか。具体的に聞いてみる。
「指針というか、元々、もうちょっと大きなコンセプトを持って考えているんです。私は、渋谷に目抜き通りを作りたいと思ってます。渋谷には、これから大きな高いビルがたくさんできてきますよね(取材は10月初頭のこと)、最先端の高層の商業ビルからメジャーなカルチャーが出てくるのもおもしろいんですけど、多様な人たちが混じり合いながら新しい価値文化を生み出していくと考えると、ストリートこそがこの渋谷の街の原動力だと思っているんです。私自身、いろんなストリートカルチャーに揉まれて育って来ているので。例えば、原宿の歩行者天国がかつて有名でしたけど、実は渋谷でもやっていたんです」
スクランブル交差点の広場化といった極端なものではないが、基本的な方向性は、やはり歩行者中心の街である。ちなみに、かつて渋谷の歩行者天国は、渋谷駅から東急本店に向かう渋谷109側の道で開催されていた。いまはここが目抜き通りという感はない。
「かつて、大山街道と呼ばれる道がありました。いまの宮益坂からスクランブル交差点を抜けて、道玄坂に向かうコースです。あれが最初の渋谷の目抜き通りだったんですよ。246が通るのは歴史的にもっと後。この大山街道を新しい渋谷の目抜き通りにできないかとずっと考えています」
”大山街道”は、のちの神奈川県伊勢原市につながる道で今の246号線。この道は、大山阿夫利神社に向かう大山詣の道として知られていたという。目抜き通り、つまりメーインストリートを新たに生み出すという構想はおもしろい。垂直に高い建物が垂直方向の街の拡張だとしたら、ストリートは水平方向の拡張。いや、渋谷の駅前はすり鉢の底のような地形であるからストリートは基本、坂である。斜めのベクトルということになる。区長はそれを活かすことを具体的にプランとして考えていた。
「宮益坂と道玄坂の旧大山街道に似たところはないかと思っていたら、参考になる街としてイギリスのグラスゴーがあるなと。渋谷に少し似たような、谷間(たにあい)に街がある。向こうは坂の低い場所に広場、パブリックスペースがあって、一番上にシティホールがあるんですよ。途中にライブハウスもあって。車しか通らなかった道を全面歩行道路に変えたりもしている」
パーキングデーの趣旨は、車道を減らす試みである。道を作り変えることのおもしろさというのは、まだ日本ではピンとこない部分が多いが、世界の都市を見ると別のものが見えてくる。
「(グラスゴーは)谷底を楽しむための設計にしてあって、外に置いてあるベンチも道路に平行に置くのではなく、車道がないから下に向かって置かれている。要するに谷底が見られるように置いてあって、その景色がなかなかおもしろいんです。街路に木なんかはないんだけど、むしろ抜けがあってよく下まで見える。そんな風に、渋谷の谷地形をもっと歩行者優先にして利用したい。道玄坂、もしかしたら宮益坂もだけれど、車線をすべてなくすというのは無理だとしても、歩道の拡幅はもっとやりたいし。それをどうすればスピード感を持ってできるかなというのは区長として考えています」
とはいえ、ただでさえ狭い駅の周辺。地形的にも今の駅前再開発でこれ以上、人が増えるのは無茶な気もする。
「ハチ公広場だけではキャパシティをオーバーしているわけだから、もっと広いところがあった方がいいとは思います。でも今度、駅の東口は広場化するんですよ。明治通りの方、ハチ公の逆側ですね。駅を挟んだヒカリエの前のところがもっと広くなるんですよ。その先、西口の方もまだこれから計画が議論されますけど、バス停が集まるバスターミナルの上を広場にしたらどうかなとも思っています。でもすごくお金かかるから。誰が負担するんだって、この後揉めると思うけれど(笑)。」
目先の計画が山盛りのようだが、その裏で歩道化実現に向けての社会実験も進んでいる。思いのほか渋谷のスクランブル交差点を広場にという発想が突飛なものではなく、なんなら実現可能なものにも思えてくる。