遠いコンパクトシティー 止まらぬ居住地膨張 大阪府ひとつ分に

人口減時代に必要なコンパクトシティーづくりが進まない。日本経済新聞が直近の国勢調査を分析したところ、郊外の宅地開発が止まらず、2015年までの10年間で大阪府の面積に迫る居住地区が生まれたことがわかった。かたや都心部では空き家増加などで人口密度が薄まっている。無秩序な都市拡散を防がなければ、行政コストは膨れ上がる。

Compact City

Episode 1 つくば市 ( 茨城県 )

児童急増、あふれる教室

12月6日朝、つくば市立みどりの学園義務教育学校。大勢の生徒が列をなして登校した後、大型クレーン車が建材をつり上げ、校舎の増築工事を進めていた。

つくば市立みどりの学園義務教育学校

小中一貫校として開校したのは18年4月だ。あっという間に児童・生徒数は約1000人まで増え、2年足らずで受け入れ余地がなくなってきた。20年春までに16教室を増築するものの、21年度には満杯に。30年度までに最大4600人に膨れ上がる見通しとなり、市は近隣で新たに学校用地を取得する計画だ。

つくば市の新たな居住地区

© Mapbox, © OpenStreetMap
Landsat

住民急増の引き金となったのは05年のつくばエクスプレス(TX)開通だ。みどりの学園の最寄り駅は終点つくば駅から3つ目で「かつてこのあたりは田畑や雑木林しかなかった」(地元のタクシー運転手)。周辺で開発された萱丸地区は05年に人口ゼロだったが、今は約1万2000人。市役所近くの葛城地区も12人から約1万9000人に膨らんだ。

TX沿線地区が つくば市人口を押し上げる

つくば市全体では15年までの10年間で約12平方キロメートルの居住地区が生まれた。うち5割強は100人以上が住む地区となり、8%は1000人を超えた。今もTX沿線では土地区画整理による住宅開発が進んでいる。 「人口が増えるだけでは赤字になる」。五十嵐立青市長はTX効果を歓迎しつつ、人口急増が招く将来の財政負担に身構える。市財政は健全で、4年連続で地方交付税の不交付団体であるにもかかわらず、だ。

TX沿線開発地区の人口推移

00.511.522.533.54200607080910111213141516171819年万人
(注)いずれも4月時点、つくば市調べ

18年4月にTX沿線に開校した義務教育学校2校の整備費は約130億円。その後も市立校で増築が相次ぎ、3校を新設する必要がある。長い目で見れば生徒数は減少に転じて校舎は空き、維持・管理費だけがかさむようになる。延びる上下水道の維持負担も増す。高齢化が進めば扶助費が増える。 市は35年度以降に歳出が歳入を上回り、50年度の歳出額は1088億円と18年度から約3割増えると推測する。五十嵐市長は「産業振興など税収をきちんと確保する取り組みが欠かせない」と気を引き締める。

Analysis 全国で住民の奪い合い

全国の分析でわかったのは、新たな居住地はつくば市のような相対的に勢いのある地域だけでなく、全国で満遍なく広がっていることだ。全国1386市区町村で発生し、うち43市町でその面積が5平方キロメートルを上回った。都道府県別では茨城県、北海道、福島県が上位。市区町村別では新潟県長岡市、福島県いわき市、浜松市など地方の中核的な都市での拡大が目に付く。 「人口の奪い合い」――。都市開発を専門とする識者の多くが自治体の姿勢をこう評する。住民が流出するのを避けるために、土地代の安い地域の民間開発を後押ししているのだ。既存の市街地は開発余地が限られているため、行き着く先として農地や丘陵地を宅地に転換するケースが増えている。

都道府県別の 新たな居住地区面積

東京都奈良県香川県神奈川県徳島県大阪府鳥取県愛媛県高知県石川県佐賀県富山県福井県山梨県京都府和歌山県滋賀県山口県群馬県山形県島根県大分県長崎県青森県秋田県宮崎県沖縄県埼玉県熊本県広島県愛知県福岡県岐阜県岡山県三重県静岡県兵庫県鹿児島県新潟県長野県栃木県岩手県宮城県千葉県福島県北海道茨城県020406080100k㎡020406080100k㎡

新たな居住地区が増えた 上位20自治体

福島県郡山市栃木県那須町広島県東広島市島根県出雲市岩手県一関市新潟県上越市兵庫県神戸市福島県二本松市沖縄県宮古島市山梨県北杜市宮崎県宮崎市岡山県岡山市新潟県新潟市宮城県石巻市茨城県鉾田市栃木県宇都宮市静岡県浜松市福島県いわき市新潟県長岡市茨城県つくば市024681012k㎡024681012k㎡

Episode 2 広島市

切り開かれる山林、 止まらぬ開発意欲

広島市安佐南区で2000年に開発が始まった分譲地は典型例だ。坂の傾斜がきつい山の中腹に新築住宅がずらりと並ぶ。開発業者によると、3000万円台で庭付き一戸建てが買えるという。市中心部から引っ越してきたばかりの30代主婦は「家は広いし、周りも同世代が多くて暮らしやすい」と満足げだ。この辺りは住民ゼロから1000人以上となった地区があった。

広島市の新興住宅街

広島市は1月にコンパクトシティーをめざす立地適正化計画を策定したが、こうした宅地開発を容認。都市計画課は「規制を強化すると、周辺の市に人口を奪われてしまうリスクがある」と主張する。

広島市の新たな居住地区

© Mapbox, © OpenStreetMap
Landsat

こうした丘陵地の開発はリスクと隣り合わせだ。実際、くだんの新興住宅地近くでは14年8月の集中豪雨で土砂崩れが発生し、死者が出た。ただ、広島市は土砂災害警戒区域(イエローゾーン)でも宅地造成の基準を満たしていれば、住宅建設を認めている。

Analysis 相次ぐ規制緩和

「多くの自治体が、様々な都市計画手法を使って農地や丘陵地で宅地開発を推進してきたが、将来の想定人口と比べて居住地を広げ過ぎているところがある」。都市政策に詳しい東洋大の野澤千絵教授はこう警鐘を鳴らす。

全国の市街化区域の拡大推移

143143.5144144.5145145.51462008091011121314151617年万ヘクタール

国交省によると、全国の市街化区域は08~17年の間に178平方キロメートル増えた。開発を抑制するために設定した市街化調整区域の開発基準を条例で緩めている自治体も多い。山形市では17年6月に調整区域の規制を一部緩和したところ、住宅開発の許可件数が急増した。

Episode 3 茨木市 ( 大阪府 )

ニュータウン開発、影響今も

住宅を大量供給するニュータウン開発を担った都市再生機構(UR)の遺産も引きずっている。その一例が大阪府の茨木市と箕面市にまたがり、04年に街開きした「国際文化公園都市(彩都)」だ。

茨木市と箕面市にまたがるニュータウン「彩都」

URは01年に新規のニュータウン開発をやめることを決めたが、大阪府や茨木・箕面両市、民間企業を巻き込んだ大型案件である彩都に後戻りする選択肢はなかった。 その結果、先行した西部地区(3.1平方キロメートル)はマンション、商業施設、研究所の誘致が進み、この地区の人口は1万6000人を突破した。 しかし街の交通網は脆弱だ。鉄道は隣の豊中市や吹田市の主要駅とつながるモノレールの終着駅があるだけだ。住民は若い世代が多いが「いずれは東京の多摩ニュータウンのように街全体が老いて、移動困難者が増える懸念がある」(市の住民)。

茨木市の新たな居住地区

© Mapbox, © OpenStreetMap
Landsat

人口急増のデメリットを認識し始めたのだろう。茨木市の都市政策課は「これ以上居住地を広げない方針」と説明する。彩都の東部地区は産業誘致に特化することを決めた。 全国には彩都のように、URが撤退を決めてからも開発が続いたニュータウンは数多くある。土地や事業が民間に譲渡されたことで、開発が加速したケースもある。

Episode 4 大阪市

空き家急増、 大都市ではスポンジ化

これからも宅地開発は全国規模で続くのだろうか。日本は新築志向が強く、開発しやすい郊外に目が行きがちだが、深刻な事態が都心部で進んでいることを直視しなければならない。空き家の急増だ。

大阪市内の人口増減

© Mapbox, © OpenStreetMap

三大都市圏で深刻なのは大阪市だ。05年と15年の500メートルメッシュ人口を比べると、タワーマンションの建設が相次ぐ中央区や北区など市の中心部を除けば、人口がおおむね減っている。高齢化に加えて、若い世代も市外に流出し、人口密度が薄まっている。

大阪市24区の空き家率

鶴見福島城東天王寺西住之江平野阿倍野淀川西淀川大阪市浪速都島此花中央東淀川大正東成生野住吉東住吉西成0510152025%0510152025%

人口が減少している地域では住宅の新陳代謝が起きていない。18年10月時点の住宅・土地統計調査によると、全国平均の空き家比率は13.6%。これに対し、大阪市内24区では19区で全国平均を上回り、市南部にある西成区や東住吉など4区は20%台に達している。

大阪市東住吉区の空き家

東住吉でかつては比較的裕福な住宅街だと言われていた地区に足を運んでみた。サッカーJリーグ・セレッソ大阪の本拠地であるヤンマースタジアム長居からそれほど遠くない場所にあるが、至る所で庭の草や木が手入れもされずにいる空き家が点在している。 「木や家が朽ちており、いつ倒れてくるか心配」。空き家から木が覆いかぶさるように迫っている隣家の高齢女性は困った表情を浮かべる。持ち主やその親族とも連絡がとれず対処できないという。別の門扉がない空き家の現状を複数の住民に尋ねても「さっぱりわからない」という言葉が返ってくるばかりだった。 高齢化と人口減少が先行している地方と同じように、大都市でも既存の市街地はスポンジのようにスカスカになってきているのだ。

Conclusion
新築志向からの脱却を

人口減少が加速する中で、無秩序な郊外開発と都市の荒廃は表裏の関係にある。こうした事態を解消するにはどうすればいいか。 「これからは中古住宅の流通が重要だ」。日本の住宅事情を政策面から分析する神戸大学の砂原庸介教授は、住宅ローン減税など新築中心の政策からの転換を求める。「中古住宅の資産価値がいたずらに下がらないようにする手立ても必要だ」とし、資産評価のあり方も考えるべきだと訴える。 国や自治体が持続的なまちづくりとしてコンパクトシティー政策を掲げるが、多くが絵に描いた餅となっている。住民を誘致したい自治体、収益を手っ取り早く稼ぎたい民間企業、できるだけ安く持ち家を得たい住民――。それぞれの利害が一致し、財政負担を軽減するコンパクトシティーの実現は遠ざかる。都市部で増加する空き家の再生を含め、既存市街地の新陳代謝を後押しする政策が欠かせない。