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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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何これおいしい


 俺たちはエリカが出て行くのを見届けた。

 見届けたあと、互いにベッドの縁に隣り合って座る。

 それから声量を落とし、今後の方針を話し合った。

 そしてほぼ再確認のような形になったが、方針はひとまず固まった。

 しばらくはここに滞在する――少なくとも、俺の傷が癒えるまでは。


「しかし、なんと言いますか……曖昧な条件ですよね」


 セラスが言った。


「重視されてるのは……人となり、かもな」

「エリカ殿が見極めたがっているものが、ですか?」

「ああ」


 信頼できるかどうか見極めたい。

 つまり、


「…………」


 禁呪習得に必要なものは、おそらく……


「あの……ところで、先ほど話しそびれた件なのですが……」


 黙り込んだ俺の顔色をうかがいながら、セラスが切り出した。


「ん? ああ、就寝時の相談だったか」

「覚えていてくださったのですね」

「そりゃあな。で、何が気になる?」


 セラスが座ったまま、身体の正面を俺の方へ向ける。


「この寝具は、トーカ殿がお使いください」


 この申し出は想像できていた。


「魔群帯を進む中で、トーカ殿はかなりの疲労を蓄積しているはずです。傷のこともあります。例の補正値があるとしても……」


 セラスが、両手で俺の左右の手を取った。


「この傭兵団の最重要人物は、あなたです」


 彼女はそのまま俺の手を自分の胸に持っていった。


「私にとっても、トーカ殿が何より大事です。ですので……どうか」


 真剣な面持ち。

 語調は真摯ながら、鋭さを帯びていた。

 強いトーン。

 セラスは俺がベッドを遠慮するのも予測している。

 それゆえの強い調子なのだろう。

 彼女は彼女で、俺の反応パターンを理解してきているようだ。


 部屋を片づけたところでベッドは一つしかない。

 余っているベッドは……まあ、ないか。

 エリカならあれば説明した時に触れているはずだ。

 ゴーレムに頼めば簡易ベッドくらいは作れそうなものだが……。

 ただ、俺たちは定住するわけではない。

 一時的な滞在者のために家具を無闇に増やすつもりもないのだろう。

 その気持ちはわかる。


「トーカ殿」

「ん?」

「もし、私にこの寝具をどうしても譲るということでしたら……」


 セラスがまつ毛を伏せる。


「この寝具を……ふ、二人で一緒に使う手も……なくはないかと……」


 なるほど。


「その手もあるか」


 その選択肢は思いついてなかった。

 というか、今まで排除していた。


「ま、俺はかまわないけどな」

「……よいので?」

「いや、セラスはいいのか?」


 伏せた視線を逸らすセラス。


「もちろんかまいません。提案した側がここで拒否するのも、おかしな話ですし……」


 俺の正面に顔を向けて、彼女は言い直した。


「その、私はあくまで互いが最も休養できる手段を提案しただけです。ですので……私にふしだらな意図がないことだけはご理解を。……、――あ」


 俺は掴まれていた手をほどいた。

 一瞬、セラスの手が離れた手を追うような仕草を取る。


「こいつは、そこそこ広いベッドだ」


 てのひらでベッドの敷布を撫でる。


「互いの距離もそこそこ取れるから、就寝中の不意の密着もそれなりに避けられるだろ。今後の旅でもこういう状況があるかもしれない。だから、まあ……一つのベッドで寝るのに慣れておくのも悪くないかもな」


 セラスは姿勢を戻すと、揃えた膝の上に両手を置いた。


「ご、ご無理を言って申し訳ございません。そう言っていただけますと……私としても、助かります」


 少しばかり罪悪感が見て取れた。

 俺は上半身をベッドの上に倒す。


 ボフッ


 久しぶりに感じる柔らかな寝床の感触……。

 エリカの残した温度が、ほんのり背に感じられた。


「俺を意識して眠れないようなら、いつも通り【スリープ】をかける。俺に余計な危惧も抱かなくていい。エリカ曰く”年頃の男の子のわりには、なかなかの自制心”らしいからな」


 セラスは嘘を見破れる。

 が、その本人は抜群に嘘が上手いわけではない。


「…………」


 セラスがこうしたいのなら、乗ってやるべきだろう。



     ▽



 ゴーレムが呼びに来た。

 手まねきしている。

 夕食の準備が整ったらしい。


 俺たちは大きめの卓のある部屋へ案内された。

 イヴとリズはすでに着席していた。

 卓上には料理が並んでいる。

 根菜類、木の実、果物……。


「干し肉もまだ残ってるけど、エリカの酒のつまみだからあげない」


 木の実で唇を押し広げながら、エリカが言った。

 ここだと食のバリエーションも限られるのだろう。

 ただまあ……俺たちには例の皮袋があるわけで。

 バリエーションという意味なら、困ることはない。


 食事はつつがなく進行した。

 出会ってから初めてのエリカとの食事。

 大事な話が何か飛び出すかとも思ったが……。

 特筆すべき話題は出なかった。


 あえて言えば二つの話題に終始した。

 食事に関する話題と、イヴとリズに関する話題だ。

 その二つにしても踏み込んだ内容はなかった。


 何が好きか、とか。

 これがおいしい、とか。

 リズにとってイヴはどんな存在か、とか。


 で、最もエリカが興味を示したのは魔法の皮袋の話題だった。

 今は使用可能な状態。

 なので、使ってみることにした。


「な、なんだかドキドキするね……おねえちゃん」

「うむ。何が出てくるのかわからぬからこそ、あの不思議な皮袋には妙な期待をしてしまうのかもしれん」


 何が出るかわからないクジ引きみたいなもんだしな。


「ふふ……リズもイヴも、あまり期待をかけすぎるとトーカ殿に変な重圧がかかってしまいますよ?」


 セラスがそう言って苦笑する。


「…………」


 隠そうと、努力はしている。

 ぱっと見、興奮もしていない。

 どころか、楚々として沈着。

 が、やはりというか。

 いちばん期待に胸を膨らませているのは、セラスだった。

 椅子から腰が、微妙に浮いている……。


 今回出てきたのは抹茶プリンだった。

 幸い数は四つ以上あった。

 計七個。

 壺を模した黒い容器。

 ご親切にプラスチックのスプーン付き。

 上にホイップクリームがのっている。

 ……けっこう高いやつっぽいぞ、これ。

 まあ、デザートとしてはちょうどいいか。


「何これおいしい」


 最初のひと口を終えたエリカが、目を丸くした。

 彼女の興味はそれまで魔法の皮袋に向いていた。

 が、今その興味を勝ち取ったのは抹茶プリンだった。

 今は、指ですくったクリームをペロペロ舐めている。


「む、ぅ……渋味のある複雑な味わい……この渋味が白いニョロニョロの強い甘みと合わさると、絶妙な後味になるのか……」


 白いニョロニョロはクリームのことらしい。

 イヴの鼻下に、クリームがついていた。


「はむっ……んっ……んむ……お、おいしいですトーカ様っ……ありがとうございます」


 リズも喜んでいた。


「はい、ピギ丸ちゃん」


 椅子の傍にいたピギ丸にスプーン一杯分を渡すリズ。


「ピニ〜♪ ピム、ピム、ピ……ム!? ピッギ!? プリーン♪」


 リズはスレイにも差し出した。

 舌で舐め取ったスレイが、嬉しそうに尻尾を振る。


「パキュ〜ン♪ プリュ〜ン♪」


 ピギ丸もスレイも気に入ったらしい。

 セラスはというと、背筋をピンと伸ばして椅子に座っていた。


「確かにおいしいですが――はしゃぎすぎぬよう、気をつけねばなりませんね」


 が、頬の緩みは隠せていなかった。



     ▽



 髪を水滴で湿らせたセラスが部屋に入ってきた。


「浴場まで備えているとは、驚きました。まさか魔群帯の奥地であんな澄んだ湯に浸かれるとは……」


 食事後、俺とセラスは部屋へ戻って軽く掃除をした。

 そして一段落したところでエリカがやって来て、


『埃っぽさも不快だろうし、ジワッとした嫌な汗をかいたでしょうから……湯浴みしてくるといいわ。ほら、案内してあげる』


 そう勧めてきた。

 汗ばんだ身体は濡らした布で拭く予定だった。

 が、それでさっぱりできるかは微妙なところだ。

 なので申し出はありがたかった。

 ただし風呂はさすがに二人一緒でとはいかない。


『トーカ殿からお入りください。騎士が王より先に入るなど、ありえませんから』


 そう押し切られたので俺が先に入った。

 そうして、俺たちは身体の不快感を洗い流した。


 ちなみに三階ほど下にある浴場は広かった。

 半天然の温泉みたいなイメージだろうか?

 湯は、適度な温度で心地よかった。


 で、今ほど後に入ったセラスが戻って来たわけである。

 薄衣の彼女が、布で髪を拭きながらベッドの縁に座る。


「ふぅ……髪も含めて全身を洗い流せると、やはり心地よいですね」

「湯浴みは好きみたいだな」

「そうですね……古い文献を漁るのと同じくらい、好きかもしれません」


 床に座っていた俺は『禁術大全』を閉じた。

 俺が床に広げているものを見て、セラスが尋ねる。


「何をしていらしたのですか?」


 床に広げているのは、魔群帯で得た素材。


「ピギ丸の強化剤の材料が、どのくらい揃ったのかと思ってな……改めて確認してた」


 セラスが寄ってくる。

 前屈みになり、背後から俺の肩越しに覗き込んできた。


「首尾はいかがですか?」

「残念ながら一種類足りない。前向きに考えれば、あとそれさえ手に入れば次のピギ丸の強化ができる」


 素材の傍らでプヨプヨしていたピギ丸が鳴く。


「プユリ〜」


 セラスが素材の一つを指差した。


「その素材は……使えそうなのですか?」


 セラスは『禁術大全』を読み込んでいる。

 だからすぐピンときたようだ。

 人面種から手に入れた素材。

 しかしその人面種は『禁術大全』に素材持ちとして載っていない。


「例の突然変異説が正しいなら、変異前の魔物の名残りとしてこの素材部位が人面種の部位として残っていた――そう考えられる」

「なるほど。それなら、同じ魔物の素材として考えていいわけですね……」

「そういうことだ。ま、とにもかくにも――」


 トンッ


 指で『禁術大全』の表紙を叩く。



「次の強化剤が完成すれば、さらに戦いの幅を広げられる」





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