年間200億円のスポンサー費

今年6月、IOCは東京五輪の国内企業からのスポンサー収入が30億ドル(約3300億円)を超えたと発表した。これは過去最高額で、これまでの夏季大会のスポンサー収入の最高額の約3倍に当たる。

そもそも五輪のスポンサーには、4つのカテゴリーがある。一つは最上位の「ワールドワイドオリンピックパートナー(TOPスポンサー)」。これはIOCと契約を結んでおり、コカ・コーラやインテルなどの世界的企業14社が名を連ねている。

「'15年にトヨタが自動車メーカーとしては初めて、このTOPスポンサー契約を結びました。10年間の長期契約で、これによりトヨタは五輪で使用される車の独占権を取得しました」(大手広告代理店社員)

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トヨタは契約金額を公表していないが、一部では2000億円とも報じられている。実に年間200億円だ。

さらに、JOC(日本オリンピック委員会)と契約する「ゴールドパートナー(ティア1)」、「オフィシャルパートナー(ティア2)」、そして「オフィシャルサポーター(ティア3)」の3種類がある。スポンサー料はバラバラだが、ティア1の相場が100億~200億円、ティア2が60億円、ティア3が15億円と言われている。

「カテゴリーごとに、宣伝などでできることが違います。基本的にティア1は自社の商品に選手の顔写真などの肖像を使用することができますが、ティア2やティア3ではできません」(前出・代理店社員)

なぜここまでスポンサー収入が集まったのか。それは今回の東京五輪から、IOCがこれまでの原則だった「一業種一社」というスポンサー枠の制限を取り払ったからだ。

『やっぱりいらない東京オリンピック』の共著者で神戸大学教授の小笠原博毅氏が語る。

「一業種一社の原則が緩和されたことで『ライバル社がやるのならウチも』という対抗意識でスポンサーになった企業が多いのではないでしょうか。少なくともしっかりと費用対効果を試算したとは思えません」

これまで「一業種一社」という制限があったのは、スポンサーの権利保護のためだ。しかし、その縛りがなくなったことで、スポンサーになった一流企業からは嘆きの声が聞こえてくる。ティア1のうちの一社の幹部はこう語る。

「五輪のスポンサーになってわかったのは、多額のスポンサー料を支払っても、それに見合うメリットが得られないことです。そもそもIOCの規約が多く、差別化が難しいので、各企業のオリンピックCMがどれも似たり寄ったりになってしまっている。

どこも選手を登場させて『東京五輪を応援しています!』という言葉を入れる。それにスポンサー企業が多くなりすぎたため、CMそのものが埋もれてしまっているのです。五輪の協賛は初めてという会社ばかりなので、どこの企業の幹部も肩を落としているようです」

一方で五輪スポンサーになることを見送った、金融機関の幹部が語る。

「ウチは2つの理由でスポンサー契約を結ぶことを見送りました。一つはティア1で100億~200億円というスポンサー料はあまりに高いこと。

世界規模で広告展開ができるなら別ですが、国内に限定されているのです。もう一つは、オリンピック時に番組などでCMの枠を用意されるんですが、実際にCMを打とうと思うと、別料金がかかる。結果、ウチはメリットが少ないと思い、スポンサー契約を結びませんでした」

元共同通信経済部次長で名古屋外国語大学教授の小野展克氏はこう話す。

「オリンピックのスポンサーになることは、そもそも企業として費用対効果に見合うものなのか。企業に出資している株主に対して、この宣伝費は果たして説明できるのでしょうか。そこが、今後、株主総会などで問われてもおかしくありません」

スポンサー企業にとって、高い勉強料になりそうだ。

でも、一番のスポンサーは国民

民間からのスポンサー料だけを見ていると、大きな問題を見落とすことになる。組織委員会は前章でみた巨額のスポンサー収入に加え、チケット収入(820億円)などの収入を見込む。

1兆3500億円と試算されている大会費用のうち、組織委員会は6000億円を負担する。だが、同時に都が6000億円、国も1500億円の費用を負担する。これらはすべて税金だ。ただし、税金の投入はこれだけでは済まない。

「これらは『直接経費』というもので、新国立競技場の建設費などがそれに当たります。しかし、大会費用とは別に、国はセキュリティ対策費などの『間接経費』を負担している。この間接経費が約1380億円かかっているのです。都も同様の『五輪関連費』8100億円を見込んでいます」(全国紙五輪担当記者)

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これらを合わせると、国の負担は2880億円、都の負担は実に1兆4100億円にのぼる。われわれ国民が知らず知らずのうちに最大のスポンサーになっているのである。国民1人当たり約1万3000円ほどだ。

さらに、その税金が有効に使われているとはいい難い。東京都は五輪のマラソン競技の暑さ対策のため、道路の遮熱性舗装を進めていた。予算は実に24億円。それが札幌開催に変更になり、意味がなくなってしまったのだ。米大手放送局の意向に逆らえない組織委員会の尻ぬぐいを、我々の税金で行ったわけである。

前出・ボイコフ氏の話。

「国民の莫大な税金が投入され、それで利益を得るのは放映権を持つ企業や政治、経済分野のエリートたち。これは常にオリンピックの問題と言われています。五輪というのは、開催地に多大な負担と多くの社会問題を引き起こすのです」

嘆いているスポンサー企業を笑っていられないのだ。

新聞社が批判記事を書けないわけ

「私の調査では、新聞社が五輪のオフィシャルスポンサーになるのは、オリンピック史上初めてのことです。海外の研究者からも日本の言論環境を危ぶむ声があがっています」(前出・小笠原氏)

東京五輪の裏側に問題が山積しているのは、これまでご覧頂いた通り。では、なぜこれらの問題に大手メディアがダンマリを決め込んでいるのか。

そのワケは、大手新聞社が軒並み五輪のスポンサーになってしまっているからだ。読売新聞、朝日新聞、日経新聞、毎日新聞は「ティア2」に名を連ね、北海道新聞、産経新聞なども「ティア3」になっている。

元々、新聞業界では'02年から読売新聞がJOCの「オフィシャルパートナー」という立場だった。

「読売新聞はそのまま東京五輪のスポンサーになることで、五輪報道で独占的なポジションを得ようと考えていたのでしょう。しかし、『一業種一社』の原則が崩れ、朝日などがスポンサーに入り込んできた。他社は読売に独占状態にされてはかなわないと考えたのだと思います。そうして、各新聞社による五輪批判は鳴りを潜めるようになったのです」(前出・谷口氏)

'16年4月に『週刊新潮』が五輪組織委会長の森喜朗氏(82歳)が「オリンピックを批判する新聞とは契約しない」と東京新聞をスポンサーから排除したと報じた。裏を返せば、他の新聞社はJOCに白旗をあげている状態なのだ。

「新聞社はメディアとして自殺を選んだに等しいと言えます」(谷口氏)

新聞社も「五輪複合体」の一員なのだ。

『週刊現代』2019年12月7・14日号より