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埼玉県発!活版印刷の伝統を通して、言葉の重みを伝えたい

画像:活版印刷の道具の前に立つ櫻井さんの写真

埼玉県川越市で大正13年から続いている伝統ある印刷会社。その四代目社長の櫻井理恵さんに、川越を盛り上げるフリーペーパー発行の取り組みと活版印刷に見出す「温故知新」ついてお話を伺いました。

現在の活動を教えてください。

当社は一般的な印刷会社で、主にチラシやパンフレットを作っています。最近はネット印刷で簡単にプリントまで出来ますが、そのような中で、当社のような従来のスタイルの印刷会社にお仕事を依頼していただく理由として「デザインや企画までできる」という点が強みだと思います。そこからPRの一つとして会社案内の冊子を作ろうと思い立ち、さらに「捨てられない会社案内にしたい」と考えました。そこからできたものが川越に住まう人たちへ向けたフリーペーパーです。

このフリーペーパーのコンセプトは“小江戸に来る人、住まう人。”です。来る人(観光客)はもちろんですが、主に住まう人(住民)に向けたものです。内容は、お店の紹介だけではなく、地域に根付く伝統・歴史・技術などを紹介しています。2016年にはフリーペーパーのコンクールで大賞を受賞しました。

なぜ住民に向けたフリーペーパーを作ったのですか?

観光を目的に川越にいらっしゃる方は増えていますが、旅行者が多いです。全国的に人口が減少しているなか、この町に住み続けてもらうためには、今住んでいる方に地域の魅力を見直してもらう必要を感じました。草の根運動のようですが、自分自身が育った町のことをよく知らなかったんです。実は同じような人も多いのではないかと思います。そのため、「川越にはこんな伝統や歴史があるんだ」ということを知っていただき、自分の町を好きになってもらえればいいなと思っています。フリーペーパーには地図を載せていますが、店舗の営業時間やメニュー、バス停等の詳細情報の記載はありません。観光客にとっての情報誌としては不親切かなと思いますが、地域の人にはこの地図を白地図として使ってもらいたいと思っています。そのほかデザインに関しては書体を厳選し、余計な装飾をせず、日本語の美しさを伝える努力をしています。

情報誌のデザインのルールに規則はありますが、その範囲の中でどれだけ自由にできるかに挑戦しています。本を作る上で、見た目の派手さではなく、「どれだけ読みやすいか」を重視しています。文章は特に注力していて、書いてあることがきちんと頭に入ってくることが、機能として一番重要だと思っています。読み手が読みやすくて、その文章から想像したり理解したりするための余白が必要で、活版の組版につながることでもあります。パソコンで文字を打っていない時代、印刷会社の従業員はいつも活字を通じて「文字の重み」に触れていました。

  
画像:活字一式の写真

昨年に活版印刷を復活させたきっかけを教えてください。

昔は、どの印刷会社も全て活版印刷でやっていましたが、パソコンの登場など技術の進歩で活字を取り扱う業者が少なくなってきました。業界全体としてデジタルに移行してきたため、当社でも時代の流れとともに活版印刷機を全て処分し、オフセット印刷やオンデマンド印刷を導入しました。しかし昨年、ご縁がある印刷会社から、活字や活版印刷機を一式譲り受けることとなりました。そこから、地域の人に活版の歴史や技術を公開したり、イベントを行ったりしました。活版印刷は多くの職人の手が必要で、手間と時間がかかります。美しい日本語の組み方にはルールがあり、余白の作り方が大切です。そうした言葉の重みを手で感じられるのが活字であり今の時代に見直されてきていることも確かです。

大切にしている思いを教えてください。

初代が始めたこの印刷という商売があって今の私たちがあり、大正13年からずっと印刷屋として商売をしてきました。家業を継いでいくために「重心は低くおいて、視野は広く構える」ことを心に置き、自分の専門とする印刷=情報処理でどう地域に貢献することができるかを常に大切にしています。

デジタル、ネット、AIの分野で新しい産業を活用していく一方、時代ごとのアプローチに柔軟に対応しながら「印刷屋として地域のために何ができるか」を考え、自分の専門をベースにして地域や世間の役に立つことを考えています。

  
画像:印刷機の写真

活動を通じて何をつないでいますか?

取材にいくことで、地域の方との縦のつながりを感じることができます。両親や祖父母や先祖とのつながりの中で、私は時代の流れの「一点」でしかないのですが、未来に思いをはせるだけでなく、自分の先祖を知ることを大切にしています。取材活動を通じて、自分が生まれる前の時代に何があったかを知り、自分が生まれてきた意義を見出すヒントを得ています。このように過去・現在・未来の時間のつながりの大切さを活動を通じて実感しています。

将来取り組んでいきたい活動はありますか?

印刷業は、紙媒体を大量生産するイメージがありますが、デザインを含めて考えると既に色んな情報を加工していることが分かります。例えば、本やカードに加工する。今の時代だと、アプリ、ウェブ、動画、音声に加工するという方法もあります。そう考えると印刷業は情報加工の商売でもあります。そのため、時代ごとのアプローチが異なります。

このように今後も新しい加工方法が出てくる可能性があります。そうすると従来の印刷屋のように紙へ印刷をするだけでは時代に合わないので、データサイエンス、AIなどにも関わっていきたいと考えています。川越は観光地なので外国人も多く、情報を多言語化していくという可能性も高いと思います。ここ数年で当社は川越の情報を掲載したアプリを開発しましたが、情報加工というところではブレていません。「重心は低くして視野は広く」という印刷屋としての矜持は忘れず、地域に貢献できる存在でありたいです。

櫻井さん、ありがとうございました。

希望の光プロフィール

画像:櫻井さんのアップの写真

櫻井 理恵(39)

株式会社 櫻井印刷所 代表取締役社長
埼玉県川越市で大正13年創業された印刷所を経営する四代目社長。大学院卒業後、家業を継ぐために川越に戻る。

取材を通して...

今回、一般的な印刷業界のイメージにとどまらない可能性を感じることができました。また、職人が活字を一つずつ選び、組版をする活版印刷の工程を考えると、言葉の重さや余白の大切さが分かりました。ただ単に文字を印刷するのではなく、日本語の美しさを最大限表現することへの奥深さも感じることができました。こうした過去の歴史をきちんと理解して、現代的なアプローチに変換し続ける櫻井さんの視野の広さと柔軟な姿勢は素晴らしいと思いました。

法政大学 2年 尾舘 祐平