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石川県加賀市で木地(きじ)師として、また漆芸作家として活動する田中瑛子さん。日本の伝統技術「木地挽き(きじびき)」を用いて独特の世界観をその器に凝縮させています。近年では、日本の文化を継承させるため、海外で技術指導を行うことも増えているといいます。そんな田中さんにとって「つなげる」とはどんなものなのか、話を伺いました。
そもそも漆器というのは総合芸術に近くて、木を削る人、漆を塗る人、絵を描く人、というように色々なジャンルの職人による分業制で成り立っています。木地師とは、この中でも、木を削って器を作る専門の人を指します。一概に木を削るといってもさまざまな手法がありますが、私たち木地師は、木材を”ろくろ”で回転させ、これに刃物を当てることで器の形を作り出します。
特に、ここ石川県の山中は挽物(ひきもの)の技術が有名な漆器の産地で、その技術は全国でもトップクラス。最近は木地師の数が減少しており、漆器の産地でも木地師さんが残っていない地域はたくさんあります。なので、山中で作られた木地は、京都や輪島など他の漆器の産地にも送られているのです。そう考えると、山中は日本中の漆器の産地を支えているということになります。
高校生の時から漆器には興味があり、大学では漆芸を専攻していました。その時は、木地は専門の方にお願いして作ってもらっていました。でもやっぱり器の厚さやシルエットなど、どうしても自分のイメージとのギャップが生まれやすいんですね。それなら自分で器を作ろうと思い、日本で唯一木地師を育てる専門の研修所がある山中に来ました。
20代はひたすら木地の技術だけを追っかけていましたね。研修所に通いながら師匠のところにも通っていて、週6日、9時から19時までひたすら木を挽いていました。基本的に技術は教えてくれるものではないので、師匠が削っている時の音を聞いたり、かんなから出る木くずを見たりして、日々試行錯誤していました。大変でしたが、やればやるだけ自分の技術になって返ってくるのが実感できて、すごくうれしかったです。
そうですね。もともと私は「自分の形の器を作りたい」というのが先にあるので、今は図面通りに作ることが求められる職人仕事というよりは、作家仕事の方にシフトしてきています。よりハイレベルな一点ものということですよね。量産的なことももちろんできるのですが、私はそれよりも、1つの器に最高の技術と自分のセンスを詰め込みたいと思っているので。だからこそ、作品は唯一無二であり、コピーなんてないんです。
でも、今の作家としての活動ができるのは、7年ほどの職人時代があったからこそだと思います。100%図面通りに作れる技術がなかったら、自分がイメージをするものも作れないので。今私は、頭の中にあるイメージ、つまり図面すらないものを作りたいんですよ。だから、イメージと実際の器の形を一致させるには、テクニックでカバーするしかないのです。
伝統的なものとして守る部分と、自分らしさを入れる部分のバランスを大切にしています。日本の文化って歴史が長いので、形や大きさなど、「こうあるべき」というのが形式的になっているんですよ。もちろん理由があってそれが美しい形とされているのですが、その理由が忘れ去られてしまっている場合も結構あります。だから、私は伝統的な技法や表現方法は使いつつ、デザインについては用途が壊れない程度に自分で変えています。
例えば、私のカップには足のような部分がなくて、転がるくらい丸いんですよ。足のような部分があると、フォルムを邪魔するなと思ったので。もちろん、お椀に足がついているのは、お椀を手で持った時に手の中に落ち着きやすいようにするため、という理由はあります。でも、それなら「片手じゃなくて両手を使って持てる器を作ればいい」ということで足を取ってしまいました。
おそらく、すべての人や存在は「チェーンの輪」を持っていると思っています。その輪は人によっていろんなエッセンスを持っていて、私の場合は日本の文化とか伝統的な技術とか、そういった色が濃い輪です。そして、出会った人と交流することで「チェーンの輪」を渡したり逆に受け取ったりして、輪に含まれるエッセンスが増していくのだと思います。それを個性と言うのだと思っています。最終的にそれがどんな輪になるのかわかりませんが、私は私の輪をずっと育てていくんだと思います。その輪を「世界の中にいる誰か」が受け取って、またその人の色を含めて誰かにつなげてくれたら嬉しいですね。
チェーンの輪を「こうやってつなぎなさい」と言われるのは好きじゃないんです。でも、相手と自然につながって、輪の中にあるたくさんのエッセンスの一つがまた違うエッセンスと融合して、お互いに残っていったら本当に幸せなことだと思います。そのため、私にできることは形にこだわらず積極的にやっていきたいと思っています。
今は、日本の文化と外の文化をどうやってつなげようかと考えています。日本人は「日本の伝統的な文化は日本人で守っていこう」という考えがあるんですね。でも、技術を守るために隠していたら、多分この文化はなくなってしまうんですよね。
私は、大量生産の技術じゃなくて技術を受け継ぐ人間を育てたい場合には、人種は関係ないと思っています。だから、最近は海外で木地挽きのデモンストレーションをやっています。これを通して、日本の木地挽きに興味を持ってくれるきっかけになればうれしいです。
また、海外の方が日本の文化を体験できるようなスペースを作ろうと思っています。わざわざ日本に来てくれた海外の方に、濃い体験をしていってほしいと思っています。物理的には遠いけど、心の距離は近い、そんな交流をしていきたいです。そうしていると、きっと日本の文化が守られるんですよ、不思議ですけどね。
田中 瑛子(36)
木地師・漆芸家
石川県挽物轆轤技術研修所専門コース卒業
漆芸作家として、木地挽きから漆塗りまでを手掛ける。その作品は、海外でも高い評価を受けている。
「好きなことに生きるのが大事」と語る田中さん。あみだくじのように2択で自分の好きな方や自分らしい方を選んでいたら、今のスタイルになった、といいます。
当時、田中さんはお姉さん系のキレイな格好をして山中の研修所に行くと、「そんな格好でうちの学校に来たのは初めてだ」と言われたそう。そんなエピソードからも、田中さんの自分の感性を大切にする、また自分らしさを貫く様子がうかがえます。きっとそのような生き方をしているからこそ、田中さんの考えや感性がぎゅっと詰まった、多くの人を魅了する素敵な漆器が産み出されるのだろうと思います。
私はこの取材を通して、自分らしい生き方とは何なのだろう、と考える機会が多くなったように思います。それほど、自分らしいものをとことん極める姿は輝いていました。そう考える私は、やはり田中さんのチェーンからつながった1人なのだろうと感じます。
金沢大学3年 濟田 志穂