クリスマスイベント2019後半解禁のお知らせ

 これこそが最高のクリスマスだ。僕は幸せ者だ。

 サンタ・フォレストは年中、雪が降っている。にもかかわらず、天を見上げれば満天の星が輝いていた。


 幻想的な光景に目を細める。ゲームなので法則がねじ曲がっているのだ。そして、美しい分には文句を言うつもりはない。パンに手足が生えて走っている時点でもうツッコミなんて野暮なのである。


 だが、元気な僕とは裏腹に、シャロはぐったりとひつじさまの上で目を回していた。

 目の下には濃い隈。前髪が額に張り付いていて、今にも死にそうだ。


「師匠、もうだめです……これ以上は狩れません……」


「たった丸三日、狩っただけで情けないな……」


 ひつじさまが進化ステージ・アップして身体が大きくなっていなければ持ち運びに苦労していたところだ。あいにく、シャロのレプラコーンの能力はイベントでも有効で、耳の入手効率に大きく影響するので置いていくわけにはいかないのであった。

 同じく、ひつじさまの上でへたり込んでいるナナシノがぶつぶつと言う。


「ブロガーさんの嘘つき。必修は受けさせてくれるって言ったのに……」


「僕は離脱は許したよ」


「ブロガーさんがログアウトしないと、私もログアウトできないもん……」


 それは……うっかりしていたな。だが、ナナシノはいらないが彼女の出したサンタスレイヤーは効率プレイに必須なのであった。

 時間はいくらでも作れるが、イベント期間は限られているので妥協するわけにはいかない。大丈夫だよ、三日くらい大学を休んでも。


 アビコルは遊びじゃないのだ。特にマルチ要素が充実していたこのゲームでは、イベント特攻眷属の召喚に成功したプレイヤーは引っ張りだこなのである。ナナシノは一体しか出していないが僕は一体も出していないので彼女を手離すわけにはいかない。


「いざという時のためにサンタスレイヤーだけ置いていってくれれば別に宿にいてもいいよ。僕だけで狩るから」


「……それは嫌です」


「あるじ、ずっとはたらかされるわれのきもちにもなってほしいぞ。けんぞくぎゃくたいはんたーい!」


 イベントアイテムのとんがり帽子をかぶったサイレントが腕を振り上げ文句を言う。やれやれ、皆情けないな。

 小さくため息をつくと、ポケットから七面鳥の丸焼きを出した。


「よし、わかった。じゃあそろそろ休憩を入れようじゃないか。僕の計算ではそろそろSPが切れるはずだ。」


「うぎゃッ! もうターキーは嫌ですぅ……」


「…………」


「ななしぃ、淑女にあるまじきこえをだしてるぞ。しゃろりんなんて完全にちんもくしてるし……」


 ナナシノがこんがり焼けた七面鳥の丸焼きの匂いに目をむき、シャロが無言でぐったりしている。最初は美味しそうに食べていたのに、全く情けない。

 七面鳥の丸焼きはイベント報酬で貰えるSP回復アイテムである。アビコルは太っ腹なので、イベントを回せば有り余る程のSP回復アイテムが貰えるのだ(ちなみに、使用期間が限定されているのでイベントが終わると使えなくなる)。


「ほら、クリスマスケーキ(SP回復アイテム)にクリスマスシャンパン(SP回復アイテム)もあるよ」


「われ、あるじのこと、そんけいするぞ。よくそんなにたべられるよね……」


「いやー。ケーキもシャンパンも、もういや…………おなかいっぱいです……ふとっちゃいます……」


 大丈夫だよ、ナナシノはスリムだし、SP回復アイテムで太るわけがない。


 僕は元々、余り食べない方だったが、アビコルではプレイヤーにはあらゆるステータスが存在しないので、満腹度の概念も当然ない。

 お腹は減らないしいっぱいにもならない。SP回復アイテムも思う存分使用できるのであった。まぁでも、もし満腹度があったとしても、僕は食べて吐いて次を食べてを繰り返していただろう。それくらいの覚悟なくして千箱を目指す事はできない。


 今回のイベントはブラックサンタを数狩るイベントである。アビコルではSPはモンスターとの戦闘開始時に出している眷属分消費するし、イベントモンスターは大量に出てくるので、甘めに見積もっても一時間に一度は食べないといけないのであった。


 しかし、あの活動的なナナシノとシャロがダウンするとは……仕方ない、僕が手伝ってやろう。


 アビコルでは戦闘中にSPが切れると呼び出している眷属がすべてロストしてしまう。レプラコーンやサンタスレイヤーを失うわけにはいかない。僕は指を鳴らしてサイレントに指示を出した。


 さて、どれにするか……まあ、シャンパンで良いだろう。ケーキや七面鳥を無理やり食べさせるのは骨だし、シャンパンならば水分なので簡単に放出できる。


「サイレント、二人をひっくり返せ。僕が注ぎ込む。クリスマスイベント舐めんな」


「われ、コーラーじゃなくてよかったと心底思うぞ……」






§






 ブラックサンタ狩りは楽しい。強敵に挑むのもそれはそれでやりがいがあるが、弱いものを大量に蹂躙するのはそれはそれでカタルシスがある。


 ブラックサンタは食パンである。サンタ帽子と袋を背負った食パンで、バターが塗ってあるものやジャムを塗っているものなどバリエーションがいくつかあるが、強さは基本的にそこまででもない。全体攻撃持ちを持っていればだいたい苦戦しない。


 サイレントが触手で薙ぎ払うたびにばたばた倒れるブラックサンタ達を見るのは爽快だ。今回ばかりは全体攻撃持ちのサイレントを最初に引けた事に感謝したい気分だ。おら、耳よこせ。

 近くでは、ヘタった情けない主人に代わり、頼りになるアイちゃんがサンタスレイヤーをぶん回し、シャロの眷属であるコインが背負った不思議な袋からパンの耳を量産している。


 僕は積み重なったブラックサンタの死体を踏みつけ、聖夜に高らかに笑い声をあげた。

 ブラックサンタは低反発クッションのような感触だ。リア充死ね。


「はは、目がばってんになってるよ」


「あるじ、テンションずっとおかしくない?」


 アビコルがサービス終了してから僕のクリスマスはずっと灰色だった。というか、クリスマスに限らず、ずっと気力を失っていたのだが、久しぶりのクリスマスイベントなのだ。それはテンションだって上がる。


 SP回復アイテムが切れたらたっぷりの耳を持ってプレゼントを貰いに行くのだ。何回繰り返しても飽きる事はない。


 アビコルではボックスガチャ系のイベントはイベントの中で最も人気が高いものの一つだった。

 中には報酬目当てではなく、箱を開けるためだけに箱を開けている人すらいたのだ。僕はそこまでストイックにはなれなかったが、サイレントに緻密な指示を出せるおかげでアイテム集めのストレスが少ないこの世界だったら、いくらでもモンスターを狩れる気がする。


「しかし、こんなに美味しいイベントなのに他の召喚士は来ないなんて、わかってないな……」


 めてお君がこないのは彼の眷属がもう育ちきっているためなのだろうが、一人で盛り上がるのも少しだけ寂しいものだ。


 贅沢な悩みを抱きながらサンタ・フォレストの絶景を見回す。




 と、その時、僕は森の奥でふと真っ赤な影が横切るのを捉えた。



 一瞬だった。百メートル以上離れたそれに気づいたのは、僕の精神が久しぶりのボックスガチャイベントで研ぎ澄まされていたからだろう。


 感情を消し、一歩前に出て目を凝らす。


 それは――サンタノルマだった。


 真っ赤な帽子と袋を背負い、お腹の出た恰好をしたノルマが狂気的な笑い声をあげながらパンを狩っていた。

 寒くはないのだろうか。健康的に焼けた艶めかしい肌に広がった入れ墨はリヤンの遺物を揃えた証だろう。サイレントがいくら倒しても果敢に立ち向かってきたブラックサンタ達が逃げ惑っていた。元々野性味あふれるキャラだったが、その様はまるで蛮族だった。


 クリスマス期間中、ほとんどのNPCはサンタコスをするが、一定の居住地を持たないノルマのサンタコスは非常にレアだ。全国五十人のノルマファンのために写真を撮らないと……。


 サンタノルマはブラックサンタを倒すと、豪快にそれに噛み付いていた。ブラックサンタの絶叫が森を揺らす。

 美味しいのだろうか、ブラックサンタ。誰か彼女にそれは食べ物ではないと教えて上げてください。


「うへえ……あれ、ノルノル? 正直、ひくぞ……」


「…………成長したなぁ」


 サイレントがドン引きしている。

 栄養を取ったせいか、胸も前よりは成長しているようだ。耳を取ればもっと美味しいものが出るプレゼントと引きかえる事ができるというのに、彼女はもしやパン好きなのだろうか?


 だが、一番気になるのは――。


「あのノルマが着てる服、イベント特攻装備のスーパーサンタ服じゃね?」


「……はぁ?」


 本来眷属召喚で手に入れる物なはずだが、どこで手に入れたのだろうか。

 だが、間違いない。あの真っ赤なショートパンツに、お腹の出た派手な衣装と銀色のブーツ。間違いなくスーパーサンタ服だ。僕は眉を顰めた。


「…………倒せばドロップしそうだな」


 サンタスレイヤーは単体攻撃武器であり、全体攻撃にはその効果が乗らないのでサイレントに装備させても意味が薄い。

 だが、スーパーサンタ服は攻撃倍率がほとんど上らない代わりに攻撃方法問わずで倒したモンスターのイベントドロップ率が上がる。手に入れてサイレントに着せることができれば耳の入手効率は桁違いだ。


 ……歩く宝箱が恩返しにやってきたな。


 ノルマも遺物をいくつか手に入れ成長しているようだが、今ならばサイレントの方が強い。何より、ノルマはサンタの恰好をしている。という事は、イベント特攻のダメージ加算が乗るはずだ。最悪、石には少し余裕があるので、石を砕いて倒せばいい。イベント特攻装備にはそれだけの価値がある。


 いい子にしてた僕へのクリスマスプレゼントかな?


「……あるじ、まさかノルノルをまた裸に剥くつもりか……」


「大丈夫、下着くらいつけてるよ。全年齢なんだから」


 僕は暴れるノルマを見据えながら、ひつじさまの上でヘタっているナナシノの肩を揺すった。


「ナナシノ、サンタスレイヤー貸して。サイレントを単体攻撃モードにして装備させるから」


「……ふえ?」


 ぶっころしてやるよ、ろくでなし(HPゼロにしても死なないけど)。


「早く! 早くしないとノルマが逃げるだろッ!」


 ノルマとの遭遇確率は完全にランダムである。クリスマスイベント中にサンタ・フォレストで遭遇するなんて奇跡としか言いようがない。

 ナナシノは疲労のせいか、意識が散漫のようだ。サイレントが呆れたように言う。


「ななしぃが貸してくれるわけがないだろ、そんなよこしまな行為のために」


「イベントに最善を尽くす事のどこが邪だ」


 もしもここにいるアビコルプレイヤーが僕じゃなかったとしても同じことをやっていただろう。時間がないのだ。素人プレイヤーに構っている暇はないのだ。

 僕はまだ状況がわかっていないナナシノにしっかりと目を合わせて言った。


「クリスマスの当日はナナシノに付き合ってあげるよ。サンタスレイヤー貸して」


「……ふぇ? か、貸します!」


「……ななしぃってけっこうだめだよね。そういうところだぞ」


 了承を貰ったので、アイちゃんの持っていたサンタスレイヤーを受け取り、サイレントが単体攻撃形態になる。金色のバターナイフが銀の月明かりを浴びて輝いている。しんしんと降る雪もあり、絵になる光景だ。僕は抜け目なくSNSに載せるための写真を撮影した。



 さぁ、準備は万端だ。ノルマ……今こそこれまでの貸しを返してもらおうか。



 その時、不意に地面が大きく揺れた。地鳴りのような音に、ひつじさまが震え、シャロとナナシノが雪の上に落とされる。

 すかさず周囲を見回す。この音は――。


「レアモンスター……大ブラックサンタの出現エフェクトだ」


「だいぶらっくさんた?」


「うん、あれ」


「!? なな、なんだ、あれは!?」


 ノルマのすぐ目の前。木々をへし折り、地面から飛び出してきたのは、これまでさんざん倒したブラックサンタだった。

 ただし、その大きさは通常のブラックサンタの十倍以上ある。その頭の上は木々よりも高く、背負った袋は僕たち全員が入っても余りありそうなくらい巨大だ。


 急に現れた巨大なパンにノルマが目を見開き、しかしすぐに齧っていたブラックサンタを吐き捨て、獰猛な笑みを浮かべて武器を構えた。


 大ブラックサンタが袋を振りまわす。雪が、へし折れた木々が盛大に吹き飛ぶが、ノルマはリヤンの遺物を使い、空に浮いてそれを回避した。

 イベントのレアモンスター、大ブラックサンタはそこまで強いモンスターではない。今のノルマでもなんとか勝てる程度だろう。


 だが、これは…………大チャンスだ。やはりアビス・コーリングの神は僕に微笑んでいる。





「漁夫るぞ、サイレント。まず奇襲でノルマを倒し、イベント特効を剥ぎ取り、それを装備して大ブラックサンタを倒す。これでドロップは十倍だッ!」


「え、ちょ……」


 最悪、勝てそうになかったらカベオをぶつければいい。今年のクリスマスは過去を遡っても最高のクリスマスになりそうだ。



 僕は舌なめずりをすると、ひつじさま達を置いて、サイレントと共にサンタ・フォレストを駆け出した。






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イベント期間

~2019/12/25




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アビス・コーリング〜元廃課金ゲーマーが最低最悪のソシャゲ異世界に召喚されたら〜【Web版】 槻影 @tsukikage

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